こつり、こつりと小さく音を立てながら大きな回廊を歩く。
目の前にある、それもまた大きな扉に立つと
いつも、私の心臓は頼りないほど震えてしまう。
言葉では言い表せないほど
「様、それでは、今日も夕方にはお迎えに参ります」
横にいた侍女がそう言葉を発し、深く頭を下げる。
「はい、よろしくおねがいします」
私は、そう言いながら、もう意識は目の前の扉の先のことでいっぱいだった。
侍女の姿が見えなくなって、やっと扉の先へ行く決心がついた。
扉の横に立っている兵士さんに、扉を開けるようにお願いする。
ごう、と壮大な音と共に扉が開かれる。
ゆっくりと歩を進め、君座の前まで行って、私は深く頭を下げた。
「、久しぶりだな。待っておったぞ。玲瓏は変わりないか」
厳しい顔つきだった曹操様は、優しく微笑むとそう言ってくださった。
「お久しぶりです、曹操様。父上も変わりありません。ありがとうございます」
私の顔をじっと見つめると、曹操様は小さく笑った。
「ふっ、よ。母に似て美しくなった。父に似ずよかったな、似ればこのような縁談の話も来まい」
ははは、と笑う曹操様に、私も笑った。
曹操様と私の父上は昔からの親友で、多分父上がこの場に居れば、
何を言うか、と面白く食って掛かるだろう。
それに曹操様は、私が父上、玲瓏の子だからこそ、もう三年も前にこの縁談を組んでくださったのだ。
「ふふ、相変わらずですね。ですが、ありがたいお言葉、感謝いたします」
きょろり、と辺りを見回す。
今日もあのお方の姿が見えない。
「あぁ、子桓は今出ている。ゆっくりしておれ」
今、いない。
は、ほっと安堵しそうになり、息を止めた。
「お前も大きくなった。そろそろ子桓との婚姻の契りの日程も決める時やもな」
私の小さな心境の変化に気付いてか気付かずか、曹操様がそう言った。
「・・・そろそろ・・・ですか。・・・ですが、曹操様。曹丕様は・・・」
そこまで言葉を紡いだが、その先が出てこない。
「ん?子桓がどうした。」
曹操様がそう聞かれても、私は何も答えることが出来ない。
言ってもどうにもならないのだ。
ただ、微笑んで首を横に振る。
「いいえ、何でもございません。それでは、私は曹丕様が帰ってくるまで中庭に出てもよろしいでしょうか」
そう言うと、曹操様は寒くなったから身体を冷やすなよ、と言って許してくれた。
綺麗に整った木々や花がいっぱいの中庭に、ぽつりと佇むと、
とても寂しい気持ちになった。
先ほど、曹操様に言いたかったこと。
曹丕様との婚姻を、曹操様がおっしゃってもう三年。
私は、ずっとずっと曹丕様が好きだった。
もちろん、今も。
だけども、曹丕様は。
私のことが好きではないのだ。
好きな人との結婚はとても嬉しいことだけれど、
相手は私のことが好きではないのでは、幸せになどなれるはずがない。
近頃はそれを考えれば考えるほど、結婚どころか
曹丕様に会うことさえ恐ろしくなるのだ。
どれほどの時間、そんなことを考えていただろうか。
ふと気がつくと、ぽつ、ぽつ、と
鼻や肩に冷たい感覚が広がる。
「あ・・雨・・・・・・」
いつの間にか空が暗くなっている。
「曹丕様、帰ってこなかったのかな」
近頃は、私がこの邸へ来た時に曹丕様がいないことが多かった。
何をしているかも私は知らない。
「もう、無理かもしれないな」
くる、と回廊のほうへ向き、雨を避けようと足を急がせた時。
曹丕様の姿が目に入った。
「曹丕様・・・」
回廊に佇んでいる曹丕様は、難しい顔をしてこちらを見ていた。
小走りで回廊へ向かい、曹丕様の前まで行く。
「帰っておられたのですね」
「・・・・・・」
曹丕様は、口を真一文字にしたまま私をにらみつけた。
「曹丕・・・様?」
しばらく沈黙が続いたあと、曹丕様が口を開く。
「よ・・・。先、父に何を言った」
曹丕様は、恐ろしくも怒っているようだった。
「え・・と、中庭に出ると・・・」
そう言うと、曹丕様は大きく溜息を吐いた。
「それではない」
ぴりぴりとした空気が身体に纏わりつく。
す、と曹丕様が私と反対方向へ歩き出す。
ただその姿を見つめていると、曹丕様は振り返りぎろりと私を見据えた。
「来い」
その言葉の通り、曹丕様の横へ行く。
「曹丕様、どこへ・・・」
私の言葉を軽く無視し、曹丕様は口を開いた。
「父が、来年の春先に婚姻の契りを結べ、と言っていた」
ぴくり、と小さく肩が揺れる。
曹丕様がそれに気付き、歩を止めた。
「嫌か」
曹丕様が私のことを好きでいてくれないのに、婚姻などするのは嫌だ。
今でも、気持ちの差にこれほど辛い気持ちになっているのだ。
婚姻すればそれはもっと表れてくるだろう。
「おい・・・」
曹丕様の顔を見上げる。
久しぶりに、真正面から見た曹丕様の顔は、複雑な表情だった。
「曹丕様、私は怖いです・・・婚姻することが・・・」
曹丕様の表情が、無表情になった。
「婚姻とは、愛する二人がするものだと、私はそう信じております」
ですが、と震える声で続ける。
「曹丕様は私を好いておられません。私は、おそらく堪えられません・・・そんな婚姻関係なんて」
曹丕様は、ただ、ずっと静かに私の言葉を聞いている。
「愛の無い婚姻は恐ろしいものですが、片方だけに愛があるのは、もっと恐ろしいものです」
曹丕様の顔を見ると、眉間に皺を寄せていた。
「」
はい、と返事をする。
「父がお前との婚姻を約束したが、別に強制ではなかった。
私が嫌だと言えばいつでも取りやめることくらい出来る」
はい、と消え入るように返事をした。
「分かりました。・・・もう、此方へは・・・伺いません」
喉が痛い。これ以上何か言葉を紡げば、涙が出てきそうだ。
「・・・・・・。私はお前のそういうところが、本当に嫌いだ」
どくん、と胸が痛む。
もはや曹丕様の顔を見ることさえ出来ない。
怖い、とは思った。
(人に嫌われるって、こんなに怖ろしいことだったっけ・・・)
「顔を上げろ、」
珍しく、曹丕様の声は荒いでいた。
おそるおそる顔を上げると、歪んだ表情が目に入った。
「どこをどう解釈すれば、私がお前を好いていないと思うんだ。本気でそう考えるお前に嫌気が差す」
ふら、とする足に懸命に力を入れていると、曹丕様の大きな手が私の腕を掴む。
「強制でない婚姻を、三年もずっと解消しないのは何故だ、と考えないのか」
何か言おうとするが、声にならない。
「近頃お前が笑わないのは、そんな馬鹿げたことを考えていたからか」
曹丕様は、また大きく溜息を吐いた。
「私が、どんな気持ちでそんなお前を見ていたと思う・・・」
どういうことだろう、重なる質問に私は焦った。
焦った故、こんな変な質問をしてしまった。
「あの・・・曹丕様、え・・・と、曹丕様は、私のことが好きなのですか」
曹丕様の動きが止まる。
聞いた私の、顔が紅くなる。照れではなく、後悔で。
何を聞いているのだろう、私は。
一段と恐い顔になる曹丕様を見て、聞かなければよかった、と思う。
だが、曹丕様の次の言葉で、今度は私の動きが止まった。
「・・・好きに決まっているだろう」
掴まれていた腕が震える。曹丕様の手のひらが熱い。
「・・・本当・・・ですか・・・?・・・曹丕様」
つい、目頭が熱くなる。
「泣くな、。・・・うっとうしい」
う、と息を吸う。
そう言われても、もう涙は止まらなかった。
曹丕様は、ぐっと腕に力を入れて私を胸の中へ押し込めた。
「そ、曹丕様・・・!汚れます」
涙が曹丕様の服に着かないように顔を背ける。
が、曹丕様は強引に私の顔を胸に押し付けた。
「馬鹿者、そんな情けない顔を見たくはない」
押し付けられた胸元は、手と同様熱かった。
頭の上から、小さく声が聞こえる。
「よ。お前がこれから泣くほど苦しいことがあれば私が何をしても救ってやるが、
またこのように馬鹿げたことを一人で考え泣くのならば、すぐにでも放るぞ」
だから、もう馬鹿なことを一人で考えるな、と聞こえた。
感極まり、ひぃ、と大きく嗚咽が漏れる。
多少荒しく背中を叩かれる。
「い、痛いです曹丕様・・・」
ひぃ、とまた嗚咽を漏らしながらそう言うと、
乱暴ではあったが曹丕様はぎゅうと私をもっと抱きしめた。
「気持ちを伝える、言葉が足りなかったのか?」
耳元でそう囁かれる。
小さく頷く。
だって、曹丕様はいつもむすりとした顔をして、何もおっしゃってはくれなかった。
「お前に対する思いを、どんな言葉で表せばよい・・・。出来るものか」
曹丕様は独り言のようにそう呟き、息を吐いた。
「伝えようとしたこともあった。・・・だがお前を見ると何を言えばよいか分からなくなる」
それでもまだ言葉で表せ、と言うか。と曹丕様は聞いてきた。
私は、まだ涙が収まらない。
だが、もう充分です。と、そう答えた。
本当に、今までの悩みが馬鹿げたものに感じるほど、今の私の胸は満ちている。
少しの間曹丕様の胸の中でじっとしていたが、
私の涙が止まったのを見て、曹丕様は私の腕を掴み、またどこかへ歩み始めた。
ぎろり、と私を見て、
「腫れぼったい目だ」
曹丕様は遠慮もなくそう言い放った。
「う・・・」
手で目元を隠すも、すぐにその手を退かされる。
「曹丕様、どこへ行くのです?」
「私が近頃ずっと行っていた場所だ」
そうだ。近頃、曹丕様は邸を出ていた。
あんなに頻繁に、どんなところへ行っていたのだろう?
「それは、どんなところなのですか?」
そう聞くと、
「・・・少しは黙っていろ」
また、ぎろりと睨まれる。
これ以上怒らせては駄目だ、嫌われる。と、
私は今度こそ怯えて口を閉じた。
今考えると、そんなことで嫌われることなどないと分かるのに。
あの時はまさか、私達が結婚後に住む邸に連れてこられるとは、夢にも思わなかった。
私は本当に鈍感だったな、と今だったら思う。
あの時は悩ませてごめんなさい、子桓様。
end.
<作者様によるアトガキ>
「Take It Easy」の瑞樹飛鳥様に捧げますv
相互記念1周年を越した今、なんと相互記念の小説を
送りつけることになろうとは・・・!思ってもいませんでした。
飛鳥姐さんのリクの、
陸遜、甘寧、曹丕、太史慈の中から曹丕様を選んだ理由は、
名前の前にツンデレ曹丕様、と書かれていたからです笑”
ツンデレの4文字で、もうすっごい妄想が広がりました。
でも、読み返すとツンデレになっているかどうか不安が大きいのですが・・・
飛鳥姐さんへの、感謝の気持ち、
そしてどうしようもないほど溢れる愛(笑”を込めて。
これからも、どうぞよろしくおねがいします!
<ここからは飛鳥@管理人のコメントです>
ゆっ…ユラちゃんっっっ!!!
お姐さんはものごっつ嬉しいです!
こんなモエモエなピ様夢をいただけるとはっっっ!!!(落 ち 着 け
気にしすぎでビクビクになってるヒロインちゃんも。
想いを上手く言葉に出来ない…真性ツンデレのピ様も。
二人ともカワイイですwww
初々しい二人にカンパイしつつお礼の言葉に変えさせていただきます。
ユラちゃんからの贈り物。
大切な宝物として奉らせていただきます。
今回は素晴らしい夢を本当にありがとうございました。
こちらこそ…今後とも宜しくお願い致します orz
2008.02.21 飛鳥 拝礼
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