その日、その場所を訪れたのは自分に出来る一番豪華な服装だった。
それがあとで不謹慎だと咎められようとも。
自分をその場に呼んだ人が、それを望んだのだから仕方がない。
そう、あの、煌びやかな城内が静まり返っていたあの日。
何色も色を重ねた衣を纏い、髪には金の飾りを付けて。
裾を引き摺るのは、鮮やかな緋色。
そして、涼やかな音のする鈴を手にして。
あの日、望まれるままに舞って見せた。
誰もが静かに見守る中、見知った顔もいつもと変わらない無表情を貫いていて。
話しかけることはなかったけど、視線だけは追っていた。
その内面に、どんな感情を隠しているのかと。
いま頭の中は、何を考えているのかと。
自分には関係ないことを考えて、役目が終わると一筋だけ涙が流れた。
―そして、いまに至る―
だから、前を向いて
ぴりぴりと緊張感漂うそこは、少しでも動けば刺されてしまうのではないかと思う。
そのくらい誰もが辺りに気を配って―いや、気を張っている。
虫一匹通さない、というくらい空気が張り詰めていて。
そんなところへ、その城の主に呼ばれたは足を踏み入れた。
小姓に案内されて通されたのは、城の奥まった場所にある部屋だった。
そこへ辿り着くまでに何度身の上を尋ねられたことか。
そのくらい、そこへ行くための道は警備が厳重だった。
ここで、と小姓が離れていったのを確認してはその場に座す。
暫くすると主が覗います、という伝言は受け取っている。
それまでは何も置かれていない広い一室で、彼女はただじっと座っていた。
この城内に漂う空気を、その身に感じ取りながら。
以前、ここに来たのはいつの頃だっただろうか。
は待つ時間の間、そんなことを考えていた。
前にここを訪れたときは、穏やかな空気が流れていたように記憶している。
城主の顰め面とは違って、この国に住む人々はやわらかい印象を受けた。
それは政治が行き届いている、という証明だったのかもしれない。
けれどいまは、その影さえも薄めてしまっていて。
これから先、起こる大きな事を敏感に感じ取っているような。
(仕方がないのかもしれない)
は、そう息を吐く。
自分がこの場に呼ばれたのも、これから起こることに備えてだと知っている。
出来るだけ質素な格好で来い、といわれたのはこの身を案じてのことだろう。
でなければ、ここへ着くまでにこの関係を良く思っていない輩に捕らえられていた可能性もある。
(本当に、敵ばかりね)
困ったものだ、とも思う。
けれど仕方がないのだろう。
みんな守りたいものは同じだけれど、その方法が違う。
根本的には同じことを思っているのに、その過程が違うだけでいがみ合っているのだ。
己は己の道を律するために。
だから、自分もここへ来たのだ、とは微かに笑った。
「久しぶりね」
「そうだな」
からり、と軽い音がして襖が開かれる。
じっと座していたの目に入ってきたのは、この城の主。
そして、と浅くはない関係を築いてきた、その人。
「私を呼んだ、ということは・・・もう、準備は整ったのね」
「ああ」
三成、と呼べばここ佐和山城の主である石田三成は、すっと座った。
畳み一枚分を隔てた、の目の前に。
どちらも顔を伏せているわけではないのに、視線は交わらない。
ただ個々に、真っ直ぐ前を見ている。
「呼んだ意味は、分かっているか?」
「当たり前じゃない」
別に、声に出して確認しなくても何を求められているかは知っている。
それを分かっていても、三成は敢えて確かめた。
そうしなければ、いけないというように。
「私に舞えと言うのでしょう?」
ああ、とこくり三成は頷く。
が口にしたことこそいま三成が望んでいること。
そして、彼女が持っている最大の役目。
「だが、いいのか?」
「呼んでおいて、それはないんじゃない?」
戦の勝利を願う舞を、は三成から要請されてこの城へと来た。
それは同時に彼女の命をも危うくする可能性もある。
三成を敵としている家康が、それを許さないだろうから。
そのくらい、が舞うことは、大きな意味を持つ。
「危険かもしれない」
「そんなことは百も承知よ」
どれほど危険なことか、はよく分かっている。
それでも自分が最後に舞うのは三成を助けるためだと決めていた。
そして、頼まれてもいた。
「私なら、大丈夫だから」
強い声音では三成へと言う。
これから、再び分かれてしまった天を統べるための大きな戦が起こる。
それに勝利するための、それを祈願する舞をは踏むのだ。
神の力を宿すと言われている、その舞を。
「いよいよね―――」
三成に呼ばれて佐和山城を訪れた翌日、用意されていた祭壇では舞った。
そこには三成に味方する諸将も顔を揃えていて。
みんなが並ぶその前で、は一心に舞ったのだ。
ただ、これからの戦の勝利を願って。
その後、諸将は己が受け持つ場所へと、散っていった。
は普段己が住んでいる神社には戻ることなく、ずっと佐和山城で過ごして。
戻ることで更なる危険が訪れるかもしれない、というのがあった。
それに、にはもう戻るつもりもなかった。
この戦がどんな結末を迎えようとも、三成たち西軍と命運を共にすると決めていたから。
それはあの人に頼まれたからではない。
自分の意志で、前々から決めていたことだ。
こうなってしまうことが、知れていたときから。
そしていま、は三成に付いて戦場まで来ている。
総大将として三成が立つ、本陣の後ろ。
そこへは己の居場所を作られ、じっと前を見据えていた。
もうすぐ、戦いの狼煙が上がる。
上がれば最後、どちらかが倒れるまで戦は続くだろう。
各地で戦っている味方も、どうなるか分からない。
天下を分けての戦は、どちらかが退却、という終わり方などないのだ。
すべてに決着を付けてこそ、終わる。
「ねえ、三成」
ぴりぴりとした空気が流れるのかと思っていれば、実際はそんなことはなかった。
どこかもう、誰もが覚悟を決めているからか穏やかなものだ。
戦の直前だというのに、それを感じさせないほど。
ただ、始まりの合図を、静かに待っている。
「なんだ?」
「大丈夫よ」
の呼び掛けに応えたものの、三成は彼女を振り返ることはない。
の存在は、そこに在ってないようなものだ。
小ぢんまりとした祭壇がある、そんな感じ。
会話にもなっていない受け答えだが、二人は何となく通じていた。
いま三成が感じて思っていることも。
それを感じ取ったが、大丈夫だと言い切ったことも。
いま、これからも。
「そうか・・・・・・」
「そう。だから安心して戦って」
(貴方は決して、一人じゃない。一人だなんて言わせない)
多くの味方が、頑張っているのだから。
ここより先に、戦が始まってしまっているところもある。
そこでの味方の奮闘が、伝令で送られてくる。
みんな、戦っている。
みんなが、味方。
そして―――
「何があっても、私だけは最後まで味方よ」
ぽつりと零したの言葉は、誰にも届くことなく沸き起こった喧騒へと消えた。
りん、と鈴の音が辺り一帯に響いた。
その音を耳にしたのは、その場に何人くらい居たのだろう。
分からないけれど、確かに三成の耳には届いてた。
本陣へと敵が押し寄せてきたその時、三成が負けを覚悟しそうになったとき響いたそれ。
敵兵の動きが止まったのを、三成は唖然として見ていた。
彼らの視線は、三成の後ろに控えていたへと注がれている。
まるでその場にいきなり彼女が現れたかのように。
けれどその一瞬で体勢を立て直すには充分だった。
思い出したかのように動き出す敵を前に、三成は味方を鼓舞する。
その間にも一定の間隔で、りんりん、と鈴の音は本陣に響き渡っていた。
そして、その音に導かれるように現れたのは、援軍。
形勢逆転とは、正しくこのことなのか。
押されていた西軍が、あっさりと戦局を立て直せるくらいに。
ただ一つの、鈴がそれを可能にした。
戦を勝利に導く、舞姫の鈴が。
援軍を得て本陣から敵を追い出し、そのまま敵本陣へと攻め立てる。
味方の動きを伝令で三成は確認していく。
その間、ずっと前を向いていて。
遠く離れた場所で、本来なら聞こえるはずのない勝鬨が上がった音が聞こえた。
戦の終わりが見えて、三成は漸くの方へと向き直った。
それまではその場に彼女が居ることなど、完全に忘れていたかのように。
ただ真っ直ぐに意志を貫いている彼女を見て、三成の表情が少しだけ緩んだ。
「だから言ったでしょ?」
大丈夫だ、って。とも役目が終わったとばかりに笑みを浮かべた。
手にしていた鈴を取り落としたかと思えば、祭壇へと寄り掛かる。
いままで張り詰めていたものが、急に切れてしまったように。
「?」
「ん?平気よ。ちょっと疲れただけだから」
暫く休ませて、と彼女は苦笑する。
勝利の女神、という役目を全うして気が抜けたのだ。
「ほら、することあるでしょう?三成は行かなきゃ」
「ああ。はそこで休んでいればいい」
一応護衛は置いていく、と三成は足早に本陣から出て行った。
戦をどんでん返しにした友を、労いに行くのかもしれない。
そこはには分からないことだけど。
(ずっと前を向いてないと駄目よ)
くすり、と笑うとはその場で目を閉じた。
一人だ、なんて言わないで。
一人なんてことはないから。
だから、ほら。
ずっと前を見て、歩いていて―――――
↓こちらは作者:葵さんからのコメントです↓
36800Hitキリリクは・・・
お題提供リクエストにして、三成夢をお届けしました!!
姐さん、毎度ありがとうございます〜
今回は、明暗対比言葉お題より明のお題にて
「一人だ」なんて言わないで。
を使わせていただきました!
強く生きて。というお題と迷ったのはここだけの話w
お題を使って私らしいふんわりした話を、とのことでしたが・・・
すみません、ふんわりしてない!かなりシリアスだww
ちょっとやわらかい話は厳しかったです、とだけ
ヒロインがどういった人物なのか、とか
お相手とどういう関係なのか、とか
いろいろ伏せたまま書いている部分が多いですが
秘密の方が盛り上がるンじゃないか、と思ってこんな感じです
お持ち帰り&苦情は姐さんからのみの受付でw
書き直しもOKです〜気に入らなければ言って下さい(汗)
では、今回もリクエストありがとうございました!
↓ここからは管理人のコメントです↓
御前のキリリク、思ったより早く来たようっひょぉ〜っ♪
と、おパソの前で狂喜乱舞したのはここだけの話(笑
というわけで、此度はまたしてもキリ番を踏んだアタクシのために………
御前が素敵な夢を書いてくださいました♪
感謝してもし切れないっすよホント。
此度のリクエストは御前も書いている通りです(←略すなw
明暗対比お題という、ちょっと難易度の高いチョイスをしてしまったんですが…
それをいとも簡単に仕上げてくる御前の腕はなかなかのもの。
こうして少しづつハードルを上げてたり(ないない
これまで何度もリクエストさせていただきましたが…
このような特殊設定のヒロインにシリアスなお話、ちゅーのは物凄く新鮮でした。
でも、その中にしっかりと御前節(?)が盛り込まれていて。
シリアスなのに何処か優しい、本当に御前らしいお話だと思いました。
史実ではこの決戦にて敗北、本人も捕われてしまうという部分。
そこを見事に覆し、ヒロインの力によって勝利を掴むという結末に驚きました。
そして、二人の関係!
何も言わなくても解るような…恋人を超えた何かを感じさせます。
二人はこの先も同じような関係を続けるんでしょうか…
どちらも一歩前へ!って人間ではなさそうなのでこのままですかね(←勝手に想像w
長くなりましたが………
此度は素晴らしい夢をくださってありがとうございました!
ありがたーーーーーく宝物として頂戴します!
2010.10.09 飛鳥 拝礼
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