その日は天候も穏やかで、比較的平和な日だった。
特別忙しいわけでもなく、厄介な仕事があるわけでもなく。

 久しぶりに空いた時間を、有意義に過ごせる。

 そう、少しでも期待していた自分が悪いのか。
日頃の行いはいいはずなのに、と暫し過去を振り返って。

 そうでもして現実逃避をしなければ、頭が痛くなりそうだったのだ。

 遠くで聞こえた大きな爆発音と、少し遅れて伝わった地面の揺れ。
そして慌てた様子でこちらへと駆けてくる、複数の足音。

 それらを聞いた瞬間、自分でも眉間にしわが寄ったのが分かった。
目の前に座っていた彼女が、苦笑したのも。

 出来ればその扉を開くことなく、無視を決め込みたい。
そうしたいけれど、それが許される立場でもなく。
むしろ、率先して対策に乗り出さなければいけない立場だ。

 どうか過ぎてくれ、と願っていた足音は期待を裏切ってこの部屋の前で止まる。
そのあと遅れて叩かれる音。
嫌だ嫌だと思いながらも、仕方なく音を口に乗せた。

 「はい」










言い付けは守りましょう!










 走りはしないけれど、いつもより早足で回廊を抜ける彼女を追いかける。
歩幅は若干ながら自分のほうが広いので、そんな困難なことでもない。
ただ目的地へと急いでいる人の背を追っているだけだ。

 その先に、自分も用がある人物がいると分かっているから。

 でも、と向かうほうから見えた影に気づき前を行く人の手を取る。

 「殿、危ないですよ」

 「え・・・?あ、ありがとうございます、陸遜様」

 そのまま進んでいればぶつかっていただろう影とすれ違い、再び歩き出す。
普段の彼女であれば、あれくらい気が付いていたはずで。
やはり先ほど聞いた報告に少なからず動揺しているのだと分かる。

 聞いた時もいまも、まったく表情には出ていないけれど。

 「そんなに急がなくても相手は逃げませんから」

 私の目的は逃げるかもしれませんが、と苦笑する。
後ろから追うのを止めて隣に並べば、彼女も同じことを思ったのか苦笑していた。
何となく向かう先にいる人たちの行動が読めてしまうから。

 「それに、優秀な軍医殿が逃がさないようにしてますよ」

 彼女もご立腹でしょうから、と付け足す。
今回のこの騒動に関しては、当事者たちに物申したい人物は大勢いる。
それは自分たちもだし、それ以外にも。
特にいま向かっている部屋の主などは、これ以上ないほど怒っていることだろう。

 近寄れば怒鳴り声が聞こえてくるかもしれない。

 「だから、慌てず行きましょう」

 「ええ、そうですね」

 こちらが落ち着いていなければ、奇妙な理由で言い逃れられますよ。
そう冗談っぽく言えば、少し困ったような笑みをは浮かべた。















 久しぶりに取れていたとの時間を潰してくれたのは、ひとつの爆発音だった。
それはもう、城のほど近くから聞こえてきて。
よほど大規模だったのか、地面まで揺れたほどだった。

 いったい何が、と思ったのは城にいた全員だっただろう。
敵襲か、なんて慌てた人もいたはずだ。
それでも冷静に動いた数人の武官が現状を把握し、こちらまで伝えに来た。

 どたどたと大きな足音をさせて私の部屋まで駆け込んできた彼ら曰く、

 『訓練用の軍船が一隻、爆発した』

 ということだった。
それを聞いて一番に思うのが、何故、ということ。
その爆発した軍船には立ち入りを禁じていたはずで。
それにわざわざ乗り込む人物は、限られている。
船を整備するために入る職の者か、ただの命令違反した問題児。

 前者は間違っても船を爆発などさせない。
不具合がある部分を直すために入るのだから。
ならば必然的に後者なるわけで・・・
そんな問題を起こし、尚且つ爆薬など持っていそうな人物は一人しか思い当たらない。

 まあそれは、案の定、というわけで。

 そこまでは共に報告を聞いていたも予想していたこと。
ただただ困りましたね、と苦笑を浮かべて聞いていただけだった。
けれど彼女の顔色が変わったのは、そのあとに続いた彼らの言葉が原因で。

 『負傷者は二名、とのことです』

 一人はもちろん、聞かなくても分かっている。
しかしもう一人というのが気になって、誰なのか尋ねた。
それを聞いた瞬間、明らかには動揺した。

 報告に来た者は、気づいていなかったけれど。

 『負傷したのは甘将軍。そして、殿です』

 普段、軍医見習いとして働いている彼女。
今日は調子が悪い、ということで軍医から大事を言い渡されていた。
だから部屋で寝ているはずの名前が出てきて、は困惑したのだ。

 つい先ほど顔を合わせてきていたようだったから、余計に。

 そうして、報告をすべて聞き終えると、急いで医務室へと向かうことにした。















 「だからっ、あんたどれほど大変なことしたか分かってるの!?」

 「分かってるってば。ちゃんと反省してるよ、姉さん」

 医務室の前まで来ると、そんな声が中から聞こえてきた。
予想通り、ここの主が怪我をしてやってきた少女相手に怒っているらしい。
それはもちろん隣に立っているにも聞こえている。

 無駄と思いつつも、律儀に扉を叩き、と二人中へと入る。
そこには軍医とその見習いの少女、そして騒動の大元が居座っていた。

 「さん」

 つかつか、と殿へと歩み寄ったは微笑みを浮かべている。
いつもならば見惚れてしまうそれを、怖いと感じるのはどうしてなのか。
それは周りにいるみんなが感じ取ったようで。
名を呼ばれた本人だけが、何も気づかずぽかんとしている。

 いきなり逃げ出そうとした甘寧殿は、しっかりと捕まえて。

 「あ、様」

 「お怪我は?」

 「それはかすり傷だから全然平気。それより姉さんの怒鳴り声で頭が痛くて」

 ボクまいっちゃう、と顔を歪める殿を、はしっかりと見据えている。
部屋の一番奥でいままで殿を怒っていた殿は、どこか引き気味で。
殿の言い分に反論しようと口を開きかけて、しかしを見て止まった。

 「そう―――怪我が軽いようで良かったですわ」

 でしたら、とは微笑んだまま言葉を続ける。
にこにこと笑っているのに、いつものやわらかな雰囲気ではない。
これは数年に一度お目に掛かれるか、くらい珍しい現象が起ころうとしていて。

 (おい、陸遜。異様に恐くねぇか?)

 (そう思うなら黙って見ていたらどうです)

 こそこそと話す甘寧殿を黙らせて、彼女たちを見遣る。
普段、鈍感だと思う甘寧殿ですら気づいているの変化に、未だ気づいていない彼女。

 「これから暫く、私の管理下に置かせていただきます。
軍の中で決められたことを破る、という行動がどれほど重い罰則を与えられるか身を以て体験してくださいね」

 「えぇっ!?」

 な、なんでボクが。と慌てる殿を誰も庇う気はない。
まだ見習いとはいえ、彼女も軍に属する医者の端くれだ。
そんな人が軍規に反したとなれば、それなりの罰を受ける義務がある。

 隣で必死に逃げようともがいている甘寧殿も同じく、だ。
彼の場合は将軍と立場にあるから、もっと厳しくしなければいけない。

 「そんなっ、ボクには無理だよ」

 姉さん、何とか言って。と殿に助けを求めている殿をは黙って見ているだけ。
もう決めたことは何を言っても覆ることはないし、私も同意見だ。
このどこか甘えている殿の性根を叩き直すにはいい機会だろう。

 「ふつう、見習いでもちゃんと訓練とかは受けるのよ。あんたが受けてなかっただけなの」

 だから諦めなさい、と殿も見捨てる。
それもそうだろう。
この軍で生活していくとなれば、いつまででも甘ったれてはいれないのだ。
殿より年若い子供でも、厳しい規律の中で生きているというのに。

 「確かに船を壊しちゃったのは悪いと思ってる。でもボクは直接なにかしたわけでも―――」

 「上司から安静を言い渡されていたにも関わらず、歩き回っていましたよね?そして立ち入り禁止区域にも入っている」

 「些細な約束事かもしれませんが、それくらい守れないようでは軍に在籍させることは出来ませんよ」

 軍紀が乱れますから、と言い募る。
誰か一人でも甘い考えで動けば、そこから崩れていく。
そんなことは許されないのだから。

 「何を言おうとも、私の管理下に入ることは決定です。明日から、覚悟なさってくださいね」

 そうとだけ言って、は医務室から出て行った。
彼女が去った後は、ただ茫然とした殿がいて。
ボクには無理だよ、とどこか弱音を吐いていた。















 「あーあ、、だいぶ怒ってたね」

 「ええ」

 あれほど怒っているのは初めて見るかもしれない。
普段怒ることのない彼女だから、余計に恐く感じるのだ。
いままで怒られたことのなかった殿にしてみれば、相当衝撃だったのではないか。

 「、あんたが悪いんだからね」

 「だからボク、何も―――っ」

 「したでしょう、充分」

 何もしてない、とまだ言い張る殿の言葉を遮る。
彼女は自分が取った軽はずみな行動で、どれくらい周りを振り回したのか分かっていないのだ。
甘寧殿は・・・一応は分かっているのか、少しおとなしくなっている。

 「体調が悪くて寝ているはずの人が、突然起こった爆発で怪我をしたと聞いた」

 なんで部屋にいないのか、という疑問も残る。
でも、それより怪我の具合が気になるから、慌てて様子を見に来た。
だというのに当の本人は何もなかったというように、笑っている。
しかも自分は全然悪くない、といった風に。

 「心配していたのを、馬鹿にされたようなものですよ。貴方の態度は」

 「怒って当然でしょ」

 そこまで言われて漸く気が付いたのか、殿が黙り込んだ。
心配させるだけさせておいて、なんで心配されなきゃいけないの、と言う。
その上自分は何も悪いことはしていないと言う。

 すごく、身勝手だ。

 「まあ殿があんなに怒るのは稀なことです。それくらい想われると思って、明日からきりきり動いてくださいね」

 もちろん、甘寧殿もですよ。と隣で座りこんでいる彼にも釘を刺す。
彼にはもっともっと過酷なことをしてもらうつもりではあるが。

 「ま、強いて言えば―――」

 ふぅ、と息を吐いた殿が殿と目を合わせてしゃがみ込む。
自分が何をしていたか自覚した殿は、表情が抜け落ちていて。

 「言い付けは守りなさい、ってことよ」

 守って当たり前なんだけど、と殿は苦笑した。
それに微かだが、殿が頷く。
ここまで言われれば、彼女も今後、今回のようなことはしないだろう。

 だからと言って、明日からの過酷な日々がなくなるわけでもないが。

 「さあ、甘寧殿。何がどうなって爆発したのか、じっくり聞かせてもらいましょうか」

 殿への説教が終われば、今度は甘寧殿だ。
彼には聞かなくてはいけないことがたくさんある。
恐らくも感情を切り替えて、部屋で待っているだろう。

 「行きますよ」

 お邪魔しました、と殿に一言告げ、その場を後にした。
甘寧殿を引き摺って。















 それから暫くして、突如火柱が上がり、悲鳴が木霊したのは一部の人間のみぞ知る。
翌日からは悲鳴が増えたことも、ごく僅かな人物しか知らない事実。

 けれど、それらを噂の片隅ででも聞いた人々は、こう心に決めたそう。






 どんな些細な言い付けや約束であっても、決して破りはしない、と。














 ↓こちらは作者:紫緋さんからのコメントです↓

38900Hitキリリクは〜コラボ夢!
毎度ながら見事に踏んで下さった飛鳥姐さんに捧げます!!


今回のリクエストは、受けてから着手に間が開きすぎてまして・・・・・・
どんな内容だったのか忘れてしまっていたため、改めて詳細お聞きしました
その節はスミマセン orz
そうして決まったコラボ夢ですが・・・当初、一人の予定が途中でもう一人参戦w
ヒロインがお相手と一緒にうちのヒロインにお説教される、はずが・・・
結局一人だけだったりとか
なぜかうちのヒロインのお相手出張ってる、とかw(つか彼目線の話だったりするしw)
楽しくもほっこり〜な話にもなってないし(汗)
今回、外してばっかりです><;;
ご期待に沿えてなくてスミマセン。苦情などはドント受け付けます!!


あ、お題は―――
りっくんのセリフ「3.やってくれましたね」か
感情のお題「1.怒りの理由」のどちらかで、と思って書き始めたンですが、どちらからもズレたので
今回はなし、ということでお願いします(苦笑)


んでは、いつもながらキリ番ゲット&リクエストありがとうございました!!



 ↓ここからは管理人のコメントです↓

 はい、性懲りもなく御前宅のキリ番をふみふみしたのは私でございます orz
 今迄散々無茶ぶりをしてきた私ですが…今回はコラボ夢をリクエストしました。
 私も大のファンである御前宅のヒロインちゃんと、ウチの娘。
 内容は『ウチの娘とお相手が御前宅ヒロインに説教される』というもの。

 いやしかし…素晴らしく私の想像を覆してくださいました(笑

 御前のお話はいつもほんわかしていて…まるで洗いたてのタオルに包まれているかのよう。
 それが………意表を突いたほんのりシリアス仕様。
 まぁ考えてみれば、彼女が怒るのは相当な事でしょうからこうなるのは当然?(汗

 違った意味でドキドキしました。
 火柱………うはぁあの人は散々な目に遭ってしまったのですねwww
 そしてウチの娘は彼女に思いっきり絞られるんでしょうなぁ…
 それでもあのキャラはきっと治りません(笑



 いつもの如くですが………
 此度も素晴らしい夢を、本当にごちそうさまでした♪
 宝物のひとつとして崇め奉ります〜!(←やりすぎ

 2011.12.07   飛鳥 拝礼




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