どこを見渡しても青天の、燦々と降り注ぐ陽が心地良い場所。
日差しは強いのに、暑さは然程感じるものではなくて。
それがこの世界の、少し変わった独特のものだと感じられる。

 ぼんやりとしていれば、眠ってしまえそうな陽気を浴びて。
大きな木の、天辺に程近い太い枝の上に、一つの影。
がっしりとした幹に背中を預けて、白銀の髪を揺らしている少年が居た。
その紫玉は焦点をどこに合わせるでもなく、空の向こうを眺めている。

 (平和なものだ)

 以前この世界に幽閉されていた魔王を追い、人界に降り立ってからそれなりの時間が経った。
あの遠呂智が創り出した歪んでいる世界を、壊して、帰還してから。
元々争い事とは無縁に近い仙界は、暇過ぎるほど閑を持て余している。
するべきことがないわけでもないが、急ぐほどのものでもないのが現状だ。

 いつからそうしているのか、ただただ呆と時間が過ぎ去っていくのを感じて。
何をするでもなく、白が移ろう空だけを見上げて。

 ずっとそうしていた彼の耳に、少しばかり遠いところから、賑やかな声が届いた。













垣間見た仕草










 「次っ!」

 張り上げられている、高い声。
その後にはきん!という金属音が何度か続いて。
それが収まれば、また次を呼ぶ声。
その繰り返しが、先程から続いている。

 「ほら、次!」

 元気が良いとも、騒がしいとも取れるその声を、木の上に居た太公望が聞いていた。
声の主は彼も良く知っている、少女のもので。
とはいえ、外見だけのことであり、実際の年は彼も彼女も、見た目よりは上だ。

 「様、もう無理ですっ」

 「もう?情けないわね―――」

 、と呼ばれた少女は、携えていた細身の剣を下げて一息吐く。
その彼女の周りには、ぐったりとした数人の男達が居て。
どうにか身体を起こしている一人が、彼女に停止を呼び掛ける。
見るからに、彼女が男達を相手に、鍛錬をしていたような感じだ。

 (またやっているのか)

 太公望はそう思いながらも、口を出しには行かない。
出してしまえば最後、彼女の持つ剣の矛先が自分に向くと分かっているからだ。
出来ることならば、居場所を知られずにいたいもので。

 「そんな調子で仙界の戦士になんてなれないよ?」

 呆れた、といった風に頭を振った彼女の髪が、きらりと陽を反射して光る。
両側耳の上で留められているそれは、根元が水色毛先が銀色という不思議な色合いで。
腰よりまだ長く、彼女の頭の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れている。

 「そんなこと言われましても・・・」

 「口答えはなし!とにかく、わたしに一度でも勝てるようにならないと話にならないわ」

 そんな、様。と情けない声があちこちから上がる。
それを一瞥すると剣を鞘に仕舞い、は身を翻す。
そのまま訓練場になっているところから立ち去った。
最後まで、太公望が見ていることに、気が付く様子もなく。
























 は、仙界の中でも地位の高い、太公望とほぼ同等の立場にある。
智略もそこそこのもので、武術といえば、最高位に近い。
そんな彼女が、いま最も怒っていることがある。

 それは、魔王遠呂智との決戦に、参加できなかったこと、だ。

 ずっと同じようにして行動を共にしていた太公望が出向いているというのに、はそれが許されなかった。
名目上は、仙界の守りを任せる、とのことで。
それをジョカやフッキに頼まれると、彼女も断るに断れず。
渋々ながらも残りはしたのだが、生憎と彼女の性格は男勝りで。
太公望よりも武術は上だという自信があるから、悔しくて仕方がなかったのだ。

 それが原因で、彼らが遠呂智を倒し還ってきてから、太公望に突っ掛かっている。

 二人の仲は特別良いとは言わないが、悪いわけでもなく。
もう幼馴染とか兄妹に近い感覚で育っているため、対抗心も強い。
何かと躍起になって対抗しているのはだが、太公望も負けるのは面白くないようで。
何かが関わると、いろいろと対立や競争をするのが二人の常になっている。

 「望!」

 「、何用か?」

 短く呼ばれた声に太公望が振り向けば、その眼前に翠玉が迫っていた。
長い衣が引っ掛かりそうなのをも厭わず、は太公望の居る木に登ってきて。
同じ高さにある違う枝に腰掛ける。

 「ここから訓練見てるくらいなら降りて来て相手しなさいよね」

 「何故私がせねばならぬ」

 「あついらじゃ束になっても相手にならないから」

 それはそうだろう、と太公望は考える。
現に彼女に勝てるものといえば、仙界でも数える程しかいない。
彼もその一人ではあるが、勝率は五分で、一番均衡が取れている相手なのだ。

 「ならばフッキやジョカに頼めばよかろう」

 「二人は忙しい、って言われたのよ」

 人界に行き、遠呂智を消滅させたことで、二人の忙しさが増しているのは太公望も知っている。
ただ逃げる理由として、言ってみただけなのだ。
彼らが忙しい原因は、己にあるといっても過言ではないから。

 「ほんと、わたしも行きたかったわ、人界に」

 そう言い、足を投げ出した状態では枝に座っている。
そんな女の自覚もなさそうな彼女を見て、太公望は内心ため息を吐きながらも、一人の面影を見ていた。


































 太公望は遠呂智によって歪められた人界で、一人の少女と出会っていた。
漆黒の髪に漆黒の瞳、けれど仙人の血を継いでいる少女に。
とても剣を握るようには見えない、しかし実際は戦場に立っていて。
舞姫としての美しさを持ちながら、どこか強い光を瞳に湛えている。
人への見方を完全に変えてしまうような印象の強い、あの少女。

 「それにしても、ここ、凄く眺めいいね」

 「そうだな」

 考え事をしながらも、太公望はの言葉へ反射的に相槌を打つ。
他人には殆ど口を利くこともない彼だが、どうしてかには適用されない。
それほど、二人の関係が長い証拠かもしれないが。

 「人界も見えたらいいのに」

 「そんなに興味があるのか?」

 「まーね」

 額に掛かっている前髪を掻き揚げながら、は口を上げる。
座り方がいつのまにか、片膝を立てる状態になっていて。
あの少女では絶対にしないだろうな、と太公望は微かに思う。

 「もう少し女らしくしようと思わないのか、お前は」

 「何よ、急に」

 ぽろりと口から滑り落ちた太公望の言葉に、は訝しげな視線を向ける。
他人に興味を持たない、普段の彼からは考えられない言葉を聞いたからだ。

 「いや―――」

 「わたしを誰と比べての言い草?それ」

 ジョカではないよね、確実に。とは少し考える素振りを見せる。
その呟きに太公望は軽く頷いた。
確かにジョカでは有り得ない。
彼女は、男よりもとても男らしい、格好いい女だからだ。

 「どうでもいいけど、わたしは今更自分を変えようとは思わないよ」

 すくっと立ち上がり、は伸びをする。
それからひたりと太公望を見据えると、嫌味いっぱいに笑ってみせる。

 「それに、いきなりわたしが女らしくなったら、気持ち悪いでしょ?」

 ね、望。と言って、は枝を軽く蹴った。
しゃっと衣擦れの音がすれば、直後にすたん、という音。
太公望が下を見れば、そこには見事着地したが居た。

 じゃーね、と一言置いては建物の中へと入っていく。
それを見届けてから、太公望はまた空を見上げた。

 (確かに、気味が悪いかもしれぬ)

 誰と比べたのか、と聞かれて一番に浮かんだのは、あの少女。
人界で会った中で一番女らしい仕草をしていたと思える、少女のこと。
それを何故思い出したのかといえば、傍に同じ血を引く彼女が居たからで。
面影を重ねれば、どこか似ている節のある、遠く遠く離れすぎた血縁者の少女達。

 (私らしくもない)

 そこまで考えて、太公望は思考を止めた。
そしてまた違うことを考え始め、遠くを見遣る。
いま暫く、閑な時間を過ごすために。


































 相も変わらず―太公望にとっては―暇な日々が続いていた。
日差しがあたたかいのも、過ごしやすい気候なのも、変わらない。
ただ時の流れに無頓着な仙人であっても流れたのが分かるくらい、時間が過ぎていて。

 屋内ではなく、以前のように木にでも登って持て余した時間を過ごそうと太公望は表に出た。
この辺り一帯は、誰のものなど決まっていない。
自由に立ち入りが許可されている、庭のような場所で。

 「ねぇ、もう一回!」

 「もう一回だけ、お願い!」

 きゃいきゃいと子供特有の声が複数聞こえてきて、太公望は思わず足を止めた。
聞こえてくる方向が、いまから向かおうとしていた方角と同じだからで。
彼は、何を考えているのか分からない、突飛な行動を起こす子供が苦手なのだ。
出来れば、関わりたくないと、極力避けて生活するほどに。

 「ねぇ、さま!」

 「さまの歌、聴かせてよ」

 思わず方向転換しようとしていた太公望の足が、ぴたりと止まった。
子供達の声が、聞きなれた名を呼んでいたから。
そして、また、耳を疑うような単語が聞こえてきたから。

 (歌?が?)

 どこか興味を惹かれて、太公望は少しだけ近付いていく。
遠目で彼女らの姿が確認出来る場所で、足を止めて。
そこには木の幹に背を預け、子供達に囲まれているが居た。

 (苦手だと、思っていたのだが)

 太公望は、も子供が苦手なものだと思っていた。
彼女の性格がさばさばとしているから、なのだが。
だがそれは、やさしく微笑み掛けている様子を見て、違っていたのだと分かる。

 「これで、最後よ?」

 「うん!分かってるよー」

 わくわく、といった様子で子供達がをじっと見詰める。
静かに口を開いた彼女は、どこか懐かしい音楽を、奏でていく。
すんなりと空気に溶けてしまいそうな、それでも遠くまで届く、芯のあるやわらかな声で。

 意外なものを見た、と固まってしまっている太公望は、その光景を暫く見詰めていた。
歌を歌っているだけでなく、は手元で花冠を作っては、子供に被せ。
全員にそれが行渡ると、歌うことだけに集中する。
そんな彼女の横には、繕いの途中であろう裁縫の道具が、置かれていて。

 (変わる必要など、ないな)

 ただ太公望が知らなかっただけで、には女らしいところが普通にあったのだ。
それが前面に出ているか、いないかだけの違いで。
そうしていると、彼女も剣など持ったこともないような、少女に見える。
印象とは、少しの違いで大層変わるものだと、太公望は実感する。

 やはり、血の繋がりは、侮れないものだ、とも思って。
























 「望、いい加減、こっち来たら?」

 が歌い終わり、子供達が立ち去って暫くしてから、太公望は我に返った。
声を掛けられて視線を戻せば、繕いを再開している彼女が居て。
どことなくバツが悪い思いをしながらも、太公望は足を向けた。

 「そんなに警戒しなくても、子供達は何もしないよ」

 太公望が近寄らなかったのは、子供達のせいだとは思っているようで。
確かにそれもあるが、一番の原因は、彼女にある。
あまりにも意外な一面を見せられてしまって、彼の思考が追いついていないのだ。

 「そういうことも出来たのだな」

 「んー裁縫のこと?そんな意外?」

 「ああ」

 軽く悪態を吐きながら隣に腰を降ろせば、きょとんとした表情でが己の手元を見る。
そこには、きれいに繕われた布が握られていて。
その腕を確かめながら、太公望は正直に頷いた。

 「それなりには出来るのよ」

 「そのようだな」

 知らなかっただけで、と太公望は心の中で付け足す。
この方長い付き合いの中で、こういうことをしているを初めて見て。
どこか少しだけ、彼女に対する見方が、変わった気がした。

 「知らなくても無理はないと思うけど」

 多分、誰も知らないんじゃないかな。とは笑った。
それほど希少価値の高い光景なのか、と太公望は思う。
誰も知らない、という彼女の一面を知って、得をした気分にもなる。

 「望、今日も暇なの?」

 「・・・暫くはな」

 ざっと吹いた風で、二人の髪が踊る。
目を伏せた状態で流れてしまう髪を押さえているの横顔を見て、太公望は女の顔を垣間見たような気がした。
少し目を見張って、どくり、と心臓が動いたのを感じて。

 「じゃあさ、話してよ」

 「何のだ」

 「もちろん、遠呂智討伐の、人界の話」

 仕方がないな、とため息を吐きながらも、太公望はどこから話し始めるか考える。
人界に降り立って暫くは、何の動きもなかったのと等しい。
展開があったのは、妲己を見付けてからだ。

 そう、頭の中で整理して、太公望は一言目を紡ぎ始めた。
討伐の内容と、その中で会った人々のこと、そして、少女のことも。
隣に居る彼女が、驚くことを、予測しながら。






 が時折見せる女らしい仕草に、人への考えを改めさせた少女とその横に立つ少年を思い浮かべながら―――――














<こちらは執筆者・葵さんのコメントです>

26600Hit!ありがとうございますv
キリリク頂きました、飛鳥姐さんに捧げます!!
初、太公望の夢でしたー

こちら、お題提供リクエストでして・・・・・・
お題、何だったか―――な?
えっと・・・『驚きに胸躍る』(byメモ)でした
どこが?っていう突っ込み、お待ちしてますww

何やら始めに考えていたのと違う方向へ話が進み
且つ、妙に長くなってしまってスミマセンでしたー
恋愛対象としてではない、発展途上は書いてて楽しかったです

実のところ、色々と裏設定があったりとかしたンですが
それはまたそれ。
ご本人へは機会があれば語ろうと思います
カンの宜しい方ならば気が付くかもしれませんがw

そんなこんなで遅くなりましたが
こんなでも受け取って頂けると嬉しいです
キリリク、ありがとうございました!!



<ここからは管理人・飛鳥のコメントです>

うきゃー!来ましたキリリクwww
もうご本人様からのご連絡もなく速攻奪取ですぜ!(←これこそフトドキ者
もう何度目かになりますか………御前(紫緋さん)宅で踏みまくってます。
キリ番ゲッターの名を欲しいままにしておりますね(汗

今回のリクエストは――お相手の指定なしで(笑)。
その代わり、お題を提供いたしました。
当サイトを散らかしている?お題のひとつ『感情お題』から。

いやいや…御前、そのように卑下なさらなくとも大丈夫ですよw
お相手さんのチョイス、そして心の躍り具合…しっかりツボでんがな♪
更に…私の大好きなアノ話を裏に持って来るとは…

私に負けず劣らずのサプライズっぷり!!!(←何だそりゃ

うんうん、勘が鋭くなくても私には解りましてよwww
ヒロインとお相手さんの関係の微妙さや彼の性格がよく出ていて――
私としては悶えずにいられないお話でした!
(デフォルト名の事も含めてwww)

本当に御前にはいつもいつもお世話になりっぱなしでございます!
此度も(断りもなくwww)しっかりと飾らせていただきました!
本当に…本当にありがとうございました!!!

2009.06.02   飛鳥 拝礼




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