――あーめんどくさいったらありゃしない!



 美容院で髪を思いっきり弄られながら叫びたくなる気持ちを抑える。
 だってさ。
 何か知らないけど、母さんが急に「花嫁修業でもして来なさい!」って言うもんだからさ………
 知り合いの茶道教室に出向く事になっちゃったんだもん。
 もちろん、お茶なんて高校以来だからホント久し振りだし………
 こんな事するくらいなら友達とカラオケに行ってた方がよっぽど楽しいじゃない。

 はぁ………母さんてば何考えてんだか!










 動揺を隠す術










 どうも和服は私の性に合わない。
 何時もジーンズで床に胡坐をかいているくらいだから。
 きつく締め付ける帯、歩きづらい裾。
 これが普通だった当時の人たちに楽になるコツを訊きたい位だわ。

 「どうもありがとうございました〜。 ちゃん、着物なんだから立ち居振る舞いには気をつけるのよ」
 「解ってますよーっだ!」

 行きつけの美容院の店長に真っ赤な舌を出して、私は店を出た。
 外は梅雨なんか何処へやら的な初夏の陽気。
 雲ひとつない空を見上げると何だか気温が上がりそうな予感がする………。
 もう、天気まで私の敵になるか!?

 まぁ、でも?
 お金は交通費込みで母さんが出してくれたし?
 ちょいと久し振りの茶道でも、楽しみますか!



 私は茶道教室へと足を向けて歩き始める。
 だけど、道の向こうから………



 「おーーーーーい! 、何だその格好は!?」



 ………今、一番会いたくないヤツが、私に近寄ってきた!





 ヤツの名前は馬超。
 字(あざな)――こっちで言う名前?は『孟起』らしいから私はそう呼んでる。
 なんでか解んないけど、中国の三国志?って時代からこっちに来ちゃったんだって。
 本人がそう言うし、調べるアテなんて何処にもないから信じざるを得ない。
 だけど………どう考えても私にはそうは思えないのよね。
 だって、これだけ ウマ が合うっつか何でも言い合える彼氏?なんて今迄居なかったし。

 ………ちょっと遠慮がなさ過ぎるのが玉にキズ、だけど。





 その孟起。
 私の姿を見た途端、おっきな声で叫びながら目の前に来た。
 そして――

 「おぉ、その格好………てれび、で見たやつだな。 一瞬お前だと解らなかったぞ」

 まじまじと私の着物姿を眺める。
 えぇえぇ、これだけ見た目が変わりゃぁアンタでも見違えるでしょうよ。
 何だか胸クソ悪いから軽くあっかんべーしてやった。
 そしたら、案の定………ヤツは何時ものように減らず口を叩き始める。

 「ほぉ………馬子にも衣装、ここにありって感じだな」
 「アンタが馬だけに………って、ほっとけ!」
 「しかし女は化けると聞いていたが、本当にその通りだ」
 「………今直ぐここで殺人鬼に化けたろか、マジで」

 ………だから今、コイツとは会いたくなかったのよ。
 孟起にはお世辞という言葉が似合わない。
 つか、褒められたらそれでこっちが恥ずかしくなるだけだし。
 でも………もっと違う言葉があるでしょ!

 「ごめん孟起、私これからお稽古に行くから」

 怒りが爆発する前に退散しなきゃ。
 そう思った私は直ぐに孟起から目線を逸らして歩き出す。
 だけど敵?も然る者、このままでは終わらなかった。



 「その稽古だが………俺はお前の母上から監視の役目を仰せつかった!」
 「………はぁっ!?」



 ………驚いた。
 まさか母さんがそこまで用意周到だとは思わなかったわ。
 何時何処で手回しをしたのか、孟起と話をつけてたなんて!!!

 くっそぉ………
 今度帰ったらただじゃ置かないからね、母さん!



 「正義の名の下………俺は、お前の稽古を見届ける!」
 「あーはいはい。 じゃ、勝手について来てくださいませ」



 適当にやって途中で抜け出そう!
 そう思っていた私の思惑が見事に外れた。

 こうして私は孟起の監視の下、茶道の稽古をみっちりこなす事となった――。















 こうなったら、孟起に私の別の顔を見せてやるんだから!

 稽古の目的が『折角だから楽しむ』から『憎たらしい彼氏?にいいとこ魅せる』に変わって――
 私は割り稽古の後、いきなり久し振りに亭主を買って出た。

 さっすが私!
 基本的な盆略手前とはいえ、昔取った杵柄は伊達じゃなくてよ!
 次々に作法をこなし、道具を引き下げて襖を閉じる。
 刹那、中から他のお弟子さんの歓声と拍手が沸き起こった。
 でも――



 「さん、長年のブランクを感じさせませんね!」
 「素晴らしい! これならば今度のお茶会に胸を張って出せますよ、先生!」
 「そうね………それじゃ、今度のお茶会はさんに亭主を任せましょうか?」



 ん?
 何か、聞き捨てならない事を聞いたような………?

 私は嫌な予感を拭いきれないまま慌てて部屋の中に入る。

 「え、先生………お稽古、今日だけじゃないんですか???」
 「あら、お母さんから聞いていませんでしたの? 今日から正式にここの生徒さんになったんですよ、改めて」
 「えっ………はいぃっ???」

 ………やられた。
 どうやら、母さんの手回しは孟起だけに留まらなかったみたい。
 しかも私の性格を見切って………
 これで、漸く孟起を駆り出した本当の意味が解った。

 黒いっ!黒いぞ母さん!!!










 「ではさん、次回もよろしくお願いしますね」
 「はぁーーーーーい」



 先生からにっこり笑顔で言われ、生返事で返す私。
 はぁ………これで週に2回は拘束されるのか。
 でも、しょうがない………母さんに逆らったら後が怖いし。

 鬼ババのような形相をした母さんの姿を脳内で思い浮かべ、私はぞっと背筋を凍らせた。
 でも、日頃遠慮ない孟起をちょっとは見返してやれたかな。
 そう思うと、この稽古も苦じゃなくなる。
 茶道もめんどくさいだけで、楽しい事には変わりないし………
 ま、いっか。



 何事も前向き、ってのが私のモットー。
 さぁ、孟起連れて帰ろう。



 ………あれ?



 今迄座っていた筈の孟起が、そこに居ない。
 どうしたんだろう、と他のお弟子さんに訊いてみれば、彼はたった今ここを出たとの事。
 何だろう………?
 私がちゃんと真剣にやってたから、満足して逸早く母さんに報告しに行ったのかな。

 「お疲れ様でした」

 私は、孟起が居ない事をあまり気にもかけずにお稽古場を後にした。










 着物も、慣れればいいもんよね。

 商店街を歩いているうち、私はそう思えるようになって来た。
 並ぶお店の顔見知りに
 「おっ! ちゃん、綺麗だねぇ〜」
 って口々に言われると、やっぱりまんざらでもない。
 それがお世辞だと解ってても、口に出して言ってくれると、ね。

 でも………久し振りの着物だから、ちょっと疲れちゃったな。

 友達のお母さんがやってる喫茶店にでも寄ろうかな、と私は足を速める。
 でも、その思惑は再びヤツの登場でパーになった。



 「………っ!」



 道の向こうから驚いたような顔をしてる孟起とバッタリ。
 まぁ確かに、ここは家の方向とは違うからね。
 でも、孟起の驚きようは半端なかった。

 よく見てみると、隠したようで隠してない孟起の手には一つの小さな包み。
 ………つい昨日、小物を調達するのに母さんと寄った和服屋さんのものだ。

 ふぅ〜ん、そういう事か。

 私は一つの仮説を頭の中で思い浮かべる。
 大方、母さんに言われて次のお稽古にとこっそり買い物を頼まれたに違いない。

 「わっはっは、君の思惑、大ハズレ〜!」

 今度は私の方が小走りで孟起に近付く。
 母さんに何度もしてやられた私だけど、今回ばかりは勝ったと思った。
 でも………



 「………いや、これは、あの、何だ………」
 「何? 母さんに言われたんでしょ? 何も隠すことなんかないじゃない」
 「??? 俺は母上から何も頼まれていないが………」



 んじゃその包みは何なのよ!?って私は直ぐに訊く。
 だって、頼まれたわけでもないのに店で買い物なんて孟起は簡単にしないもの。
 そしたら、目の前の男は顔を耳まで真っ赤にしてこうのたもうた。



 「………に、やろうと思ってな」



 はぁ?
 意味解んないし。
 確かに、好きな人からのプレゼントは嬉しいけど………
 別にもらうような事、何もしてないし。

 「………孟起、今日は何の日だっけ?」
 「ちっ、違う! ………ってお前な、俺がやるって言ってるんだ、素直に受け取れ」
 「いや、もらえるんだったらめっちゃ嬉しいけど………」

 理由が聞きたいの、私は。
 お稽古頑張ったご褒美? それとも何?

 まくしたてるように言う私。
 流石にこれじゃ孟起も戸惑うかな、って思ったけど………その辺はしっかりしなきゃ。
 お互いに貸し借りなし、って言ってたのは孟起本人だし、ね。

 でも、当の本人は顔を高潮させたまま何かしら言葉を詰まらせてる。
 ………こんな孟起、初めて見るわ。
 何時もは言いたい事をはっきりと直ぐに言う人なのに。



 ………!?



 孟起の態度を見ているうち、私は心配になって来た。
 心の奥底に何時も持っている不安が、急にこみ上げて………

 もしかして、元の世界に帰っちゃう???
 そもそも、違う世界から来た人だから元の世界に帰りたいとも思ってるだろうけど………
 私は、イヤだ。
 何時も悪態を吐き合う仲だけど………



 「私、孟起のこと好きなのよ! お願い、何時ものようにはっきり言って! 私を不安にさせないで!!!」



 膨れ上がる不安を振り切るように、私は叫んだ。
 もう、孟起の居ない世界なんか考えられない。
 これからも、ずっと………



 「………っ! すまない、
 「………私もごめん。 急に怖くなったの………貴方が居なくなるかと思っちゃって」
 「大丈夫だ、俺はここに居る」



 涙を必死に堪える私を、孟起は直ぐに自分の腕で包んでくれる。
 この優しさは何時もの通りに私の心を落ち着かせてくれた。
 でも急にプレゼントだなんてびっくりしたわ、と私が言うと――

 「いやっあの………これはだな………」

 また動揺し始めた。
 普通は自分の動揺なんて恥ずかしいから隠しちゃうものなのに………
 孟起は、動揺を隠す術を持ってないのかしら。

 ………ううん。
 きっと、この人は自分の心を隠さない人なんだ。

 すると、いきなり目の前の彼氏?が自分の顔を平手でパン!と思い切り叩く。
 そして何事!?と目を剥いた私を他所に、そっぽを向きながら孟起は言ってくれた。

 お世辞じゃない、自分の思った本当の気持ちを――



 ――
    今日のお前は、凛としていてとても綺麗だ。
    何時もとは言わないが、この先もそのような格好を、俺に見せてくれ。

    で、次にそれを着る時は………これを共に――










 「折角だから、今着けるわ」

 孟起がくれた髪飾りを早速着けて、にっこりと笑う。
 その様子を照れ笑いで見ている孟起。
 なんかそれだけで、今日頑張ってよかったなって思えちゃう。



 「………折角なのだ、帰るまでちょっと歩くか? 
 「うん!」



 自然と繋がる手のひら。
 さっきまで感じてた疲れも何処かへ吹っ飛んで行く。
 ぐいぐいと先へ引っ張ってくれる孟起に、私は満面の笑みで返した。

 ――ありがとう、という一言を――










 「………その着物も髪飾りも、良く似合うな」
 「えっ何? 聞っこえっませ〜ん」

 「ちょっ………少しは察せよ、!」







  ――一緒に居て飽きない人、孟起。

     こんな楽しい彼氏………他には居ないわよね、きっと――










 劇終。


 ※ このお話は合同企画の恒例絵チャにて描いていただいた絵をモチーフにしました。
   この場をお借りしてアイデアをくださった御前(紫緋さん)とリク主さんご本人に厚く御礼を申し上げます。
 


 アトガキ

 逆トリップって楽しいっ><
 ………と、思わず書いてる張本人が叫んじまいました(笑

 ちゅーわけで、こちらのお話は7万打のすげーキリ番を踏んだ紫乃瑪ちゃんにプレゼントです。
 (しかしホントすげーヒット率だ。。。)
 実は以前に違うリクエストをいただいていたんですが………
 合同企画の絵茶にて授かったネタが先に出来上がったというカオス。
 アノ件はまた後で書くから安心してねwww ←私信

 今回のリクエスト内容は、このページにある御前(紫緋さん)作の挿絵。
 これをモチーフに話を書いて!って事だったんだけども………
 ………すんません、彼が相手だと何処かギャグになっちまいますね orz

 それでも、しっかりと纏めるところは纏められた………でしょう!(←自信ナッシン
 このような話でもよかったらお持ち帰りくださいませ、紫乃瑪ちゃん♪
 意見、文句などあったらどぞー;;



 最後に、ここまで読んでくださった方々へ心より感謝いたします。


 20010.06.21   御巫飛鳥 拝


  使用お題『動揺を隠す術』
 (当サイト「感情お題10連発!」より)


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