忙しなくも平穏な夜の街――『無双』――

 今夜もたくさんの女達を巻き込み、それぞれ嬉しさや楽しさを共有する。

 そして――



 ――人は様々なドラマを描いていく――










 影の素性










 「かたじけない、――では、私はこれで失礼する」
 「はぁーい毎度ありっ! 今夜も頑張ってね、張遼」
 「うむ」

 の言葉に微かな笑顔で答えると、張遼はすっと踵を返した。
 両手に、抱えきれない程の花を持って。
 そんな時でも変わらずにしゃんと伸ばされている背を見送りながら、はほぅと溜息を零す。

 ――今夜は誰があの人を指名するのかな。

 張遼の紳士的な態度や柔らかい物腰は、ここに来る女達からも定評がある。
 年齢層によってはホストクラブ 『魏』 のナンバー1にもなれそうな程、評判がいい。
 それでも彼は 「いや、私はこれでいいのだ」 と云う。
 その控えめなところもの気に入るところであった。



 花屋を開店してからというもの、毎晩のようにこの街で働くホストだけでなく、彼らを目当てとする客がここで花を買って行く。
 あんなにたくさん買ったって同じようなものを持って帰るだけなのに…とは思うが、ここはやはり商売人。
 来る者は拒まず、の精神でここまでやって来た。
 それに、ここで客やホスト達の話を聞いていると、店に直接行かずともこの街の様子が手に取るように解る。
 それは花屋の店長としても違う意味でも非常にありがたい事だった。







 「姐さん姐さん、ご注進! 業者さんが明日の分の伝票切ってくれって待ってますよん」
 「あーはいはい。 じゃぁ…くのちゃん、一旦ここを任せちゃっていいかな?」
 「はーい了解ですぅ!」

 何やらごっつい業者さんですぜ、と外したのエプロンを受け取りながら 『くのちゃん』 と呼ばれた女の子が追って耳打ちをする。
 彼女はくのいち、が切り盛りしている花屋 『maro』 を手伝っている、所謂アルバイトだ。
 しかしフットワークが非常に軽く、夜は 「お呼びとあらば何処へでも!」 と手の回らないところへ出向いている。
 遅くまで営業している花屋の店主としては 「こっちも人手不足なんじゃ!」 と言いたいところだが、好き勝手やってもらって自分は彼女から店の内部を知る。
 そこは持ちつ持たれつ、といったところだ。





 店の奥にある扉を開けると、はくのいちの言葉を反芻して一つ頷く。

 ――『業者』 は 『仲間』 という意味。
    『伝票』 は重要な話があると言う事。

 それは全てを知る者同士が使う暗号のようなもの。
 の裏事情を知るくのいちが 「姐さんのために!」 と考案してくれたものだ。



 その、の裏事情とは――!?










 「こんなところに、親分自らお出ましとはね………」
 「親分とは聞き捨てならねぇなぁ………、お前も同じようなもんだろ?」

 が着替えて地下に設えている別室に入ると、呼び出した張本人が椅子にどっかと腰を据えていた。
 今時時代遅れな煙管を咥えるその姿はまさにヤ●ザの親分だ。
 その親分さながらの張本人に同じようなものだと言われたは照れくさいのか、微妙な笑顔を浮かべつつ男の前に座る。

 「ま、あんたが前に居るおかげで私が今の仕事を続けられるんだけどね」
 「俺を隠れ蓑にしてお前もこのシマの頭(かしら)張ってるってぇ事だろ? ………解ってるさ、兄弟」
 「ありがと、氏康」

 頼もしい男の言葉に満面の笑顔で答える
 男に『兄弟』と呼ばれるのは未だに慣れないが、それでも目の前の男――氏康とはそれで構わないと思う。
 何故なら――



 二人は一度本気で喧嘩をし、心から解り合えた 『仲間』 なのだから――。













 「、悪いが………ひとつ頼まれてはくれないか?」



 この街が未だ発展途上だった頃――

 フラワーアレンジメントの専門学校に通っていたの元に、古くからの友人が久し振りに訪れた。
 久し振り、といっても日々送られてくるメールから彼女の様子は解っていたのだが。
 その友人――は昨年、念願の夢が叶ってとある街の土地を買い占めた。

 「そこでホストクラブ街など作ってみようと思うのだが………、お前はどう思う?」

 その際に言われた言葉に面食らった覚えがある。
 何時か店を経営したい、とあらゆる知識を身に付けて金を稼ぎ――漸く掴んだ夢。
 それがホストクラブだとは正直思いも寄らなかったのだ。
 しかし、これも彼女の夢の一部であれば………とは彼女を心から応援していた。

 ――その矢先に、今回の話だ。

 の話だと――

 買い占めた土地の界隈は古くから大きな勢力が治めていて、の土地計画に憤慨しているという。
 早い話が 『どっちがこのシマを治めるか白黒はっきり付けようや』 という事らしい。
 これが普通の繁華街であればも然程気にも留めなかったのだろうが、その街にが絡んでいるというのならば話は別だ。
 知る者は少ないが自分も舎弟を抱える、小さいながらも一つの組の頭。
 親友の窮地には全力で手を貸したいと思うのは当然であった。



 「で………私にその勢力を抑えてくれ、って事ね、
 「そうだ。 話し合いで解決出来るのであれば問題ないのだが…口で言って解るような奴らではなさそうなのでな」
 「あぁ………典型的なチンピラの集団、なんだ」

 「………、私はそこまで言ってはいないぞ」

 親友の口から語られた物騒な話にも一向に怯まず軽口を叩くに、は漸く笑顔を見せた。
 その様子から、の張り詰めていた緊張が少しだけ緩んだようには感じる。



 ――うん、はやっぱり笑顔が一番綺麗だ。

    私の親友を困らせる――笑顔を消すような輩は、私が絶対に許さない!



 「解ったよ。 上手くいくか解らないけどやってみる」

 は意を決したように一つ頷くと、改めてに向き直って一言答えた。















 数日後――

 一旦解散していた舎弟を呼び寄せ、の仮設事務所に訪れた。
 所内がむさ苦しくなるから、と舎弟らを外に待たせておいて中に入ると――



 「おぅ、遅かったじゃねぇか」

 もっとむさ苦しい男が応接セットのソファにと向かい合わせでどっしり腰をかけていた。
 煙管を咥えて悠然とした態度を取っている男を見て、は一発で見抜く。

 ――コイツ、堅気じゃないな、と。



 「――俺は相模の獅子、北条氏康ってんだ。 宜しくな」

 の話では案の定、彼がこの地を統べる親分だった。
 是非とも話し合いの場を設けたい、とが持ちかけたところ………
 意外にもすんなり応じてくれたらしいのだ。

 そして、が来るまでの間に双方の言い分を語り合ったようだが――



 「俺と、お前が勝負をしてお前が勝ったら好き勝手していいぜ」
 「………という事になった。 よろしく頼む、

 「ちょ、待て。 何処からそんな話になったぁぁぁぁっ!?」



 にとったらまさに 『青天の霹靂』 である。
 組同士の争いになれば喧嘩も辞さない、と覚悟は決めていたが………
 いざ蓋を開けてみればシマを賭けてのタイマン勝負。
 どう話し合いをしたらこのような展開になるのか、には全く持って理解出来なかった。
 しかし――



 「まぁ待ちな、話は聞いたぜ………お前も組の頭ぁ張ってんだってな」
 「………まぁね。 でも、あんたのとこに比べたら月とスッポンだけど」
 「はは、どんなちっぽけでも組は組だ。 それだしよお前、腕も覚えがあるみてぇじゃねぇか」

 「………何処まで話をしたんだ、………」



 氏康の話っぷりを聞くと、どうやら自分が到着するまでの間に相当話をしていたようだ。
 それならば納得がいく。
 はこの期に及んでも表情を変えないを一瞬だけぎろりと睨んで、直ぐに氏康へと視線を戻す。

 「居合道をこんな形で使いたくはないけど………親友の頼みなら仕方がない。 この勝負、受けて立つよ」
 「はっは、こいつはありがてぇな」



 ――双方の話はついた。



 と氏康、二人は立ち上がってがっちり一つ握手をすると、徐に外へ向かって踵を返した。










 時は夕刻――

 未だ建設前の空き地に、二人は対峙した。
 方やは腰に一振りの刀を携え、方や氏康は手に大振りの杖を持っている。



 「さぁ、何処からでもかかって来な」
 「いいのかなぁそんな事言っちゃって? あんたは男――手加減しないつもりなんだけど」

 杖の先をの喉元に突きつけ、氏康が不敵に笑う。
 それを受けても同じような笑みを浮かべると、徐に刀の柄に手をかけた。



 相手は男。
 だったら早いとこ勝負をつけなきゃ!



 「はっ!」

 は小走りに間合いを詰め、氏康の小手先目掛けて一閃を放つ。
 そして直ぐに横へ踏み出し、上段からもう一振りお見舞いしてやる。

 だが――



 がきんっ!



 「えっ!?」

 の一撃は見事に受け止められた。
 二つに分かたれた氏康の杖によって――。



 ――これは………仕込み杖!?



 心底驚いた。
 今時仕込み杖など何処ぞの国の紳士でも持ってないだろう。
 刀を一旦収め、攻撃の届く位置に間合いを保ちつつもは氏康の持つ仕込み杖の作りの良さに感嘆していた。
 同時に、氏康自身の強さにも。

 腕に自信のあるは、今の打ち合いだけでも充分に解った。
 この人には絶対に敵わない、と。
 しかし――



 「あなたは強い、でも………私は負けられない」

 ――の、夢のためにも――



 「それを聞いて安心したぜ。 さぁ、とことん打ち合おうや」
 「望むところよ、氏康!」










 この二人には、それ以上の言葉など必要なかった。
 本気で勝負する二人の顔には、知らず知らずのうちに笑みが零れる。
 そして幾度も打ち合い、息が切れても一歩も退かないの姿に氏康が突如得物を振る手を止めた。



 「………、お前ちったぁ出来るようだな。 降参だ」

 「………は?」
 「ド阿呆が、俺の負けだって言ってるんだ。 素直に勝ち鬨を上げな」



 氏康は目を白黒させるを尻目に己の得物を元の形に戻す。
 俺も年かねぇ、と呟きながら。

 この突然の展開には勿論ついていけない。
 どうして、と相手に訊きつつ刀の柄に手をかけたまま固まっていた。
 すると当の本人はの背をぽんっと軽い調子で叩き、言葉を続ける。



 「いいか、俺が負けたのはお前の心意気にだ。 親友のためにここまでやれるなんざ、てぇしたもんだ」
 「氏康、あんた――」
 「ド阿呆が、勘違いするな。 俺は負けたが、この地を離れるつもりはねぇよ」



 ますます解らなくなる。
 この地を離れたくなければ、との勝負を勝ちで終わりにすればいいだけの話だ。
 それにも関わらず、わざわざ自分に土を付けるような事を言ってくる。

 氏康の意図は、一体何処にあるのか――?

 だが、その疑問は氏康自身によってあっさりと解明される。
 氏康は控えていた舎弟に視線をやると、拳を振り上げつつ大声を張った。



 「おぅお前ら! これからはのためにこの街を護るんだ、いいな!」

 「「おぉぉぉぉぉーーーーーっ!」」










 結局のところ――
 の友情に心を動かされた氏康の勢力が、今後は用心棒としてこの街を統べるという事となったようだ。
 予想外の戦力に、の喜びも一入だろう。

 しかし、その後が悪かった。



 組を解散し、ひっそりと花屋でも経営しようと思っていたの耳に、氏康からもたらされたただ一つの条件。
 それが――



 ――も共に、この街を護る事――



 「………てぇわけだ。 これからも宜しく頼むぜ、兄弟」

 「だから何でそうなるんだぁぁぁぁっ!!!」





 ――これが、の 『裏の顔』 の始まりだった――













 「クスッ………今思えばありがたい提案だったよ、氏康」
 「それはこっちの台詞だ。 、お前が居るから俺も安心してこの街に足付けられるってぇもんだ」



 あの時のように、二人は不敵な笑みを向け合う。
 護るべきものがある事の充実感。
 そして、共に歩む 『仲間』 が居るという事の安心感。
 これは何にも変え難い財産なのだ。





 あの一件から――

 の土地の片隅を借り受け、花屋を経営する事となった。
 曰く 「私の夢は叶った。 今度はの番だ」。
 これは裏の顔を大々的に見せる事を嫌うにとっては願ったり叶ったりである。
 そして今は――

 表向きの頭は氏康に任せ、は花屋を経営しながら影で氏康と共にこの街を護っている。





 「………で、氏康。 あんたまさか今日は昔話をしに来ただけだ、なんて言わないよね」
 「はっは、実はな………ちょいときな臭ぇ話なんだが――」



 卓を挟み、詰め寄る氏康に表情を変える
 その顔は既に、『裏の顔』 そのものだった――。










 ――氏康の語るきな臭い話とは!?



           それはまた、別のお話――










 劇終。



 アトガキ

 ども、異色シリーズ発動にちょいとドキドキしてる管理人です(汗

 申し上げておきますが、こちらのシリーズは――
 紫乃瑪ちゃんの運営する相互企画サイトのお話となります。
 詳しくはこちら→ 
 管理人もこの街の住人となっておりまして、今回はその設定に基づいてお話を書きました。
 (実はその設定、サイトマスターさんとの間で決定したんですよーv)
 非常に楽しい(笑)シリーズなので、今後もちょくちょく出てくるかと思いますが――
 このような 『何でもアリ』 的な設定でも大丈夫!という方はどんどんご覧くださいませ!

 ちなみに――
 著作権は放棄しておりませんが、こちらのシリーズは紫乃瑪ちゃんのみお持ち帰り可能です。
 見たら煮るなり焼くなり剥くなり………(イカ自重v




 お礼としては些か物足りないような気がしますが――
 少しでも楽しんでくだされば幸いに思います。

 ここまでお読みいただけただけで幸せです、アタクシ。
 あなたが押してくださった拍手に――
 これ以上ない程の感謝の気持ちをこめて。

 2010.03.30   御巫飛鳥 拝


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