「こんちわー! フラワーショップ 『maro』 でーっす」
先立っての準備?を終えたはその後、花屋の作業服に着替えてある場所を訪れた。
数日に一度足を運び、新しい花をアレンジしつつ飾るこの場所は、ホストクラブ 『魏』。
今となっては同じ居合道の道場に通う相棒とも言うべき夏候惇が働く場所でもある。
「来たな、………よろしく頼む」
たくさんの花を運びながら扉を開けると、そこには支配人の姿。
彼は迫り来る眠気に不機嫌さを隠し切れない様子だったが、の姿を見ると僅かながら表情を柔らかくする。
先程連絡した時は
「こんな朝っぱらから電話などして来るな、馬鹿めが!」
とわめき散らしていたのだが、事情を説明すると手のひらを返すような態度を取って来た。
流石は支配人――この店の窮地を救ってくれるのであれば店も人間も好きなように使っていい、との提案を快く受け入れてくれたのだ。
加えてこの店は支配人をはじめ、殆どの人物がの正体を知っている。
今回の作戦を実行するに当たって、表立って行動したくないにすればこの店はいろんな意味で好都合なのであった。
「いきなりこんな事になっちゃって悪いね、司馬懿」
「いや、お前の頼みならば聞かざるを得まい………此度はこの店の存亡にも関わる事だしな」
「それはちょっとオーバーだよ」
はは、と笑いながら花を生けていく。
昼間と言えど出入りが激しいこの場所で、込み入った話をするには作業しながらが一番安全だ。
そこで彼女は花を生け直すのを口実に、打ち合わせをしようとここに訪れたのだった。
「――奴らの傾向からすると、今夜は夏候惇あたりが指名されるだろう」
「なんですって!? 私の………ゲフンゲフン、いや、成る程、そいつは好都合だね」
中身がぎっしり書かれているメモ帳を見ながら司馬懿はここ数日の傾向を報告する。
そして今夜の予想される指名相手の名前を聞いたは、少々の動揺の後にやりと唇の端を吊り上げた。
「何が好都合なのだ?」
「いやぁ、惇兄ならさっき電話したから話が早いし、指名もし易いからね」
「ん? お前も夏候惇を指名するのか?」
「勿論♪ んで、にっくき雌豹に真っ向から勝負を挑む!」
「………真っ当な考えだと思えんな、よ」
一体何を考えているのだ、と司馬懿は両手を挙げた。
は相手が中国マフィアの息のかかっている者だと自覚して言っているのか。
しかしいや何か考えがある筈だ、と司馬懿はあれこれ思案を巡らす。
幾ら頭より行動の方が早いだと言っても、その後の事を考えずに動く訳がない、と。
すると――
「堅気じゃない奴とナシつけるには下手な小細工なんてしない方がいいんだよ、司馬懿」
何処から来るか解らない自信を漲らせたがニカッと不敵な笑顔を見せた。
そして程なく、この店に少々遅れて夏候惇が訪れた。
顔を見るや否や直ぐに今迄司馬懿と交わした話の内容をから聞かされると、彼は顔に苦笑を浮かべつつもしっかりと頷く。
「全く、お前らしいな………」
「あは、褒め言葉として受け取っとくよ」
居合道の手合わせをしている時も、何時だって真っ向から勝負を仕掛けて来る。
それを知っているだけに夏候惇の呟きには至極説得力があった。
此度、そのから手を貸して欲しいとの連絡があってこの店に来てみれば、これから挑むべき敵?に正面からぶつかると言う。
それでも、夏候惇自身には嫌そうな気配は全くない。
だからこそ俺もやり易いのだ、とに不敵な笑みを浮かべる。
「………ならば、今宵は何時もより丁寧にもてなしてやろう」
「丁寧に、って………惇兄が? あはははは! いやいやいや無理だろそれ」
「なっ! これでも俺はな………って、淵のような口ぶりはやめろ!」
「あははははは………」
楽しげ?に笑い合う二人には一見緊張感がない。
しかし、その心の中には同じ想いがある。
――強敵に立ち向かう時の、何とも言えない高揚感――
の行動に、相手はどう切り返してくるのか?
この作戦?で事態が丸く収まるのだろうか?
勿論、不安はある。
だがそれ以上に楽しみでもあるのだ。
「じゃ、今夜はよろしく頼むね惇兄!」
「応!」
は撤収作業を終えると、夏候惇と軽く言葉を交わして扉へと踵を返した。
向けてくる笑顔に、確たる頼もしさを感じながら――
カランカラン♪
「ちゃん、さん! 準備出来てる――っておぉぉぉぉっ!?」
その夜――
ついに、作戦を実行する時がやって来た。
が待ち合わせに利用させてもらっているバーの扉を開けると、そこには――
「やっほー姐さん! どう? 私もさんに速攻で作ってもらっちゃった♪」
「いや〜んさんエローイ♪ って………どったのちゃん?」
「いや…こ、これミニじゃないですか姐さん!? 聞いてませんよこんなの!?」
「うん、言ってないし? 大丈夫大丈夫、可愛いからとっととこっち来いや(にっこり)」
「あぁ、さんの勝ち誇った笑顔が目に浮かぶ………」
方やドレープをたっぷり持たせたセクシーなドレスに身を包み、楽しげな表情を浮かべる。
そして予想以上に短かった丈のドレスを着たが涙目での前に現れた。
二人の艶やかな姿を交互に眺めながらはうんうん、と満足げに頷く。
「うん、流石はさん! やっぱ頼りになるねぇ」
そう言う自分も、『幾咲』の最高級和服に加えて美容院に行ってしっかりと髪まで整える徹底振り。
これならば、どのようなゴージャスなご婦人が相手でも負ける気がしない。
はから託された想いと何時もよりずっと重みのあるバッグに自分の気も引き締めると
「では参りましょうか、淑女の皆様」
見る人によっては物凄く恐ろしい笑みを、その顔いっぱいに浮かべた。
すれ違う人たちに振り向かれながら、三人はいよいよ此度の決戦場 『魏』 に到着しようとしていた。
司馬懿からの電話によると、今夜は黄泉という女が来ているらしい。
そして、金にものを言わせて夏候惇を思い切り振り回しているという。
「くっそー! やりたい放題やりやがって………我が家の家宝でぶった斬ったる!」
「ちょ、姐さん………それじゃ勝負の前にお縄になるって!」
「ふふ、冗談よちゃん………じゃ、参りますよ」
「………目が笑ってないんですけど」
冗談?はさておき――
は扉の前に立つと司馬懿に電話をして 「着いたよ」 と短く告げる。
そして、二人の淑女と視線を合わせて微笑み――
「いらっしゃいませー!」
徐に扉を、開けた。
「これはこれはようこそ、様、様、様。 お疲れでしょう、さぁ奥へ――」
「ありがとう、支配人」
扉を開けると、目の前にはずらっと並んだホストたち。
手の空いている者は皆並ぶよう支配人や店長に言われたのだろう。
そして、奥から現れる支配人――司馬懿。
この上客扱いには照れくさく感じたが、先制攻撃には充分だと笑みを零した。
如何にもセレブだと言わんがばかりの出で立ちをした、タイプの違う女たち。
言うまでもなく他の客の目は三人に釘付けとなる。
ある者は連れとヒソヒソ何者か推理をし、ある者は呆然とそれを見つめていた。
(………右手に居る偉そうな女、あれが黄泉だ)
(ふぅん…確かに男を手玉に取りそうな雌豹だね)
奥にあるVIPスペースへと案内されつつ、司馬懿とは小声で言葉を交わす。
二つあるスペースのうちの一つは言うまでもなく今宵の決戦?相手が陣取っていた。
司馬懿の予想通り、今夜の相手は夏候惇。
よく見ると、どうやら黄泉からの無理な注文に悪戦苦闘していたようだ。
しかし――
「何? あの人………私より上、なのかしら?」
が入ってからの店の様子を見て、黄泉の顔色が一気に変わった。
今まで見てきたものとは全く違う客の扱いに驚いているのか。
自分以上の待遇をされるに、どうやら気持ちが向いたらしい。
――さぁ、勝負はここからが本番だ――
「で――様、今宵は誰と一時の夢を見られるおつもりで?」
「ふふ、言うまでもないわ支配人。 今宵も私が指名するのは夏候惇、その人だけ――」
支配人が人知れずほくそ笑みながら訊くと、は静かに答えた。
その瞳は隣の席に居る夏候惇本人に向けられ、そっと彼に手を差し伸べる。
すると――
「今宵も俺への指名、感謝する――」
「そんなに畏まらないで、夏候惇。 私の方こそ、ありがとう」
跪き、差し伸べられた手を取って唇を落とす夏候惇と優しい笑顔を向ける。
心の中には盛大な照れくささがあるが、これも作戦の一部?である。
隣では笑いを必死に堪えるとが誰を指名するか楽しそうに相談しているが、これは作戦外。
(後は適当に、ハメをはずさない程度にやっといて)
二人に横目で指示をして、は支配人へと目を向ける。
「………支配人、悪いけど隣の方にお詫びとして上等なもの一本とこの店のナンバーワンを付けてあげて」
「承知いたしました、様」
これで、とテーブルに置かれたのは紙の紐で綴られた分厚い札束。
司馬懿はそれをしっかりと懐に収め、「ではどうぞごゆっくり」と言い残してフロアへ降りていく。
「………いいのか、?」
「敵に塩を送るって謙信さんも言ってたでしょ? あーいう人はこれだけでも充分な屈辱だしね」
心配そうな夏候惇を他所に、これも一つの勝負の形だよ、とはククと笑った。
その間にも店は慌しく動いていく。
「よっ惇兄! 俺もの指名でここに付く事になったぜ!」
「というわけだから、よろしく夏候惇!」
「なぁ、ホントにおいらでいいのかぁ?」
「いいよいいよ! 可愛いし♪」
淑女二人の指名を受け、夏候淵と許チョが現れる。
そして、隣の席では――
「申し訳ありません、黄泉殿………夏候惇は隣の席で指名がありました故、代わりに曹丕とこれを――」
他の席で接客をしていた曹丕を無理やり引っ張り、司馬懿が謝罪を始めた。
しかし待遇が違う上に自分の指名したホストがあっさりと他の客に取られたとあっては、どんな人物でも流石に怒りを覚えるだろう。
黄泉はその場にすっくと立ち上がると、テーブルに置かれたものを手で思い切り弾く。
それは物凄い勢いで床に落ち、次々に高らかな音を立てながら割れた。
「そんなもので私の気を静めようとしても無駄だわ。 貴方たちにはそれなりの制裁を加えないといけないようね!」
黄泉の怒号に、店内がしんと静まり返る。
それでも彼女の怒りは収まる事を知らず、その矛先が司馬懿に向かった。
何をするのです、と前へ出る支配人の胸倉を掴むと、もう一方の掌が――
「はい、そこまでよ。 マフィアのお使いさん」
――支配人の頬を捉える直前、それはの腕によって抑えられた。
その力は想像以上に強く、ぎりぎりと黄泉の手首を締め上げていく。
彼女は腕の痛みよりも、何故が自分の正体を知っているのかが気になったようだ。
怒り心頭の様相を呈しつつ、をぎっと睨む。
「貴女、只者じゃないわね………誰?」
「いやぁ、名乗る程のもんじゃないよ。 それより………楽しい店の中でコレ、はないんじゃないかな?」
締め上げる腕をそのままに、は顎で眼下の様子を示した。
そこには散らかった食べ物、割れたグラスやボトル、そしてが昼間に丹精込めて生けた花が酒に濡れて凄惨な状態を作り上げている。
「これはこの店の人間が悪いのよ。 この私を蔑ろにしたから――」
「見苦しいよ黄泉。 この店の人たちだって一生懸命やってるんだ、それをこんなに滅茶苦茶にしていいわけない」
「それは勝者の余裕、かしら?」
「そう思ってくれて構わない。 でもね………アンタたちがこの街を荒らすのを黙って見てられないんだよ」
はこう言うと、漸く黄泉の腕を解放した。
それでも相手はその場から動かず、を睨み続ける。
そして一時の間、沈黙が続いた――
「ふふ、この街に貴女のような人が居たなんて知らなかったわ」
「あっは、知らなくて当然だよ。 だって私一般人だし」
「とても堅気だとは思えないんだけど?」
「はは………ご想像にお任せするよ」
重苦しい沈黙を破ったのは、この騒ぎの張本人である二人の笑いだった。
暫くの睨み合いで疲れたのか、両者ともすっかり力が抜けている。
しかし、未だの瞳には強い光がしっかりと湛えられていた。
「さて――どうする? また外でこの店の悪評を流すかい?」
「ふふ、もうそんな気失せたわ………貴女のような人が居たら何をしても無駄だと思うし」
「黄泉………」
「だから私たちはこの街――いえ、あの人からも手を引くわ。 貴女の顔に免じて、ね」
黄泉はこう言うと、床の掃除を始めた除晃と張遼に 「ごめんなさいね」 と素直に一言告げる。
その顔は何処か清々しく、何処か寂しげであった。
は店の扉へと踵を返す黄泉を見送りながら――
「黄泉、あっちに帰ったら大ボスに一言言っといてくれる?
『この街が欲しいなら、こんな姑息な手を使わないでアンタ自ら出て来いや! そん時はこのが迎え撃つ!』
………ってね」
――その背に、未だ見ぬ影への宣戦布告の伝言を頼んだ――。
「はい毎度ありー! また宜しくどうぞ!」
男と女がたくさんのドラマを描いていくホスト街――無双。
その片隅にあるフラワーショップ 『maro』 は今日も大繁盛である。
客のために花束を買うホスト、そのホストの機嫌を取るために花を買っていく女たち――
は彼らの楽しさに満ちた表情を見るのが好きだ。
――だからこそ、護りたい――
華やかな街ゆえに、暗躍する影もある。
今回の悪夢?はまさにそれを思い出させる事件であった。
相対した敵は強大だった、しかし――
「おう、小娘。 今日はこの後夏候惇と逢引じゃねぇのか?」
「もう小娘って歳じゃないよ、氏康………つか仕事があんのにデートなんぞ出来るかっての!」
「姐さん姐さんご注進! さっきそこでっちに口説かれて凹んでる司馬懿を発見!」
「口説かれて凹む??? ………あぁあの娘、酒癖が悪いからなぁ………大方ケロッと忘れられてて凹んだんだな」
「おぉ、姐さん大正解〜♪」
「………こんなんで正解しても嬉しくねぇよ。 っつか、ヤツが凹んでるのはそれだけが理由じゃない気が………」
――頼れる仲間、そして 『無双』 の結束力があれば、何も恐れる事はないのだ。
毎日のように出くわす大小様々な事件に翻弄されながら――
は今日も、そしてこれから先も、この街を見守っていく。
――今日も 『無双』 は平和?である――
劇終。
アトガキ
ども、此度は異色シリーズ第2弾をお送りいたします。
前作でも申し上げたように、こちらのシリーズは――
紫乃瑪ちゃんの運営する相互企画サイトのお話となります。
詳しくはこちら→
管理人もこの街の住人となっておりまして、その設定に基づいてお話を書きました。
しかし、彼女の本館で司馬懿がアンナコトになってますが…まぁその前の話って事でひとつ。
このような 『何でもアリ』 的な設定でも大丈夫!という方はどんどんご覧くださいませ!
今回のお話はちょいと 『マルチレイド2』 のキャラを出しております。
解らない方はスミマセン…てか、私もキャラの口調とかいまいち思い出せなかったり(をい!
しかも出来るだけたくさんの人物を出そうとしてカオスったりwww
ホント自分勝手な大騒ぎ話ですみません orz
更に名前変換が5つもあってスミマセン orzorzorz
ちなみに――
著作権は放棄しておりませんが、こちらのシリーズは紫乃瑪ちゃんのみお持ち帰り可能です。
見たら煮るなり焼くなり剥くなり………(イカ自重v
お礼としては些か物足りないような気がしますが――
少しでも楽しんでくだされば幸いに思います。
ここまでお読みいただけただけで幸せです、アタクシ。
あなたが押してくださった拍手に――
これ以上ない程の感謝の気持ちをこめて。
2011.04.13 御巫飛鳥 拝
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