普段自分が使っている机の背後は全面ガラス張りになっていて。
 こう天気のいい日には、気持ちのいい日差しが入ってくる。
 夏場ならば暑すぎてブラインドを下ろすが、この季節にはこのくらいが丁度いい。

 窓際の一部が陽だまりになっていて、眠気が襲ってくるくらい。

 ジリリリ、と無機質な音が室内に響いた。

 ぽかぽかする背中のぬくもりで、ぼんやりしていた思考が引き戻される。
 休憩、とお茶を飲みながら片手間に眺めていたデザイン画は一枚も進んでいない。
 『幾咲』に数人いる若手デザイナーのものを、チェックしていたのだが。

 この無機質な音は、会社用の携帯だ。
 私用の携帯も同じような音だが、少しだけ違う。
 それに、会社内で私用携帯は音を切ってあるから鳴ることはない。

 誰からの電話なのか、とディスプレイを見る。
 社員の誰かなのか、それとも取引先の人間か。
 中りを付けつつ見れば、少しばかり珍しい人からの電話。

 まず、普段この時間帯には掛けて来ない相手ではある。

 「もしもし?」

 『ああ、さん。いま電話しても?』

 「大丈夫。何かあった?」

 『実は───』

 意外な人物からの意外な電話。
 いきなり何を、と思ったものの。
 その先にはとても楽しいことが待っている予感があって。

 顔が緩んでいるのを自覚しながら、今夜の待ち合わせを決めた。










知らぬは奴ばかりなり 〜煌めきの準備はお任せを!〜










 カラン、とドアベルがいい音を発てる。
 それを聞きながら店内へと入れば、迎えてくれるのは馴染の声。

 「いらっしゃい、さん」

 「こんばんはーさん」

 挨拶しつつ、視線をきょろりと彷徨わせる。
 昼間待ち合わせに指定した時間から、いくらばかり過ぎていて。
 そういったものに正確な相手は、もう来ている筈だ。

 ほのかに薄暗い店内に、その目立つ容貌を探す。

 「さん、こちらです」

 「お待たせ、張コウ。遅れてゴメンね」

 大丈夫ですよ、と微笑む彼の正面へと座る。
 いつもここへ来たときはカウンターにしか座らないので、新鮮な気持ちだ。
 四人掛けられるテーブル席は広々と感じる。

 「で、用事って?」

 張コウとはスーツの共同開発をしているから、こちらの正体は知っている。
 その彼がわざわざ仕事中である時間帯に、電話を掛けてきたわけ。
 自ずとそれは、ファッションに関連していることだとは予想出来ている。

 が、大抵のことならば一人でやってしまう張コウだ。
 私にアポを取った時点で、会社の力を使ってほしい事態なのか。
 それとも───私の親友たちが関係しているか。

 「実はですね・・・・・・」

 「姐さんが曹操とデート!?」

 些か言い難そうに話し出した張コウの言葉に、一瞬耳を疑う。
 同じ『魏』で働いている夏侯惇の名前が出てくる方が驚かない。
 何がどうなって店長の曹操とデート、という経緯になったのか。

 それはまあ、置いといて。

 「じゃあ相談っていうのは、姐さんの服装?」

 「そうです!」

 そこまで聞けば、何となく呼び出された理由は分かるというもの。
 どういうやり取りがあって、張コウが口を出そうとしたのかも。

 「どうせ姐さんがデートに和装で行く、とでも言い出したンでしょ?」

 少しばかり苦笑いを滲ませて言えば、その通りですと重々しく頷かれる。
 どうしてか曹操と出掛ける約束を交わしている場面に出くわして。
 じゃあ和服でビシッと決めていくわ、と宣言したのを聞き流せず首を突っ込んだらしい。

 「まあ、姐さんだからねぇ」

 普段から、何か大一番の勝負などがあれば和装が勝負服という姐さんだ。
 どこかいい店へ、となった時点でその考えに至ったのだろう。
 私たちと出掛けるときだって、畏まった場面では和装しか見たことがない。

 洋装で着飾っている、というのは余程レアな話だろう。
 普段着ならば、よく見かけるものの。

 「分かった。じゃあ、姐さんに着せる服を考えればいいわけだね」

 ちなみに、行く店は知っているのか。
 レストランでもランクというものが、もちろんある。
 ドレスコードが厳しいところでは、生半可な格好では駄目だ。
 行く予定の店を押さえ、その上で服装を考えなくてはいけない。

 「ああ、それならば」

 張コウから聞いたのは、知った先の店だった。










 「っていうわけで、服とかは私が決めさせてもらうので───」

 何の企みか教えてもらっていいですか?
 後ろから近付いて来ていた姐さんへ向かって、声を掛ける。

 「さん!?」

 店の扉へ背中を向けていた私が気付いて、直接見える張コウが気付かない。
 それほど話に集中していたのかもしれないが。
 姐さんが居ると知った時の驚きようが、少し笑える。

 「どうしてここへ?」

 「私が呼んだのよ」

 ここへ来る途中、姐さんの店へと寄ってきた。
 何となく、関わっているような気がしたからだが。
 手が空いたら、BASARAに顔を出してほしいとだけ。

 「やだな、御前。何も企んでないから」

 「いやいや、それは嘘でしょう」

 嘘だという証拠に、顔が笑っている。
 初めは何の意味も持たなかった、曹操とのデートかもしれない。
 でも、あの店には姐さんのお目当てが居るのだ。
 そこから何か、いい方向へ持って行こうとか考えない筈がない。

 「なになに?面白そうな話?」

 飲み物を運んできてくれたさんの目が、きらきらと輝いている。
 何か楽しいことを見付けた時の、それ。
 これは首を突っ込む気だな、と一瞬で知れた。

 「そうみたいよ〜さん」

 仲間に入る?と聞けば、入る入る!と挙手される。
 ならば、と手招いて三人顔を突き合わせて話し出す。
 ここへ呼ばれるきっかけになった張コウの存在は、既にないものとなっていて。

 「あの、三人とも───」

 「あれ、張コウまだ居たの?そろそろ行かないと遅れるよ」

 彼は今日も出勤の筈だ。
 あまりここで油を売っていては遅刻するだろう。
 そう思って早く行け、と扉を示す。
 ここからは彼の意見など、聞いても採用されることはない。

 「あ、に伝言。暇だったらバーにおいで、って言っておいて」

 心ばかり肩を落としながら扉を出て行こうとする彼に、追い打ちのような言葉を掛ける。

 そのまま、他に客も来ないバーで三人はコソコソと計画を練っていた。










 「で、姐さんのドレスなんですが───」

 数日後、またもバーにお馴染みのメンバーが揃っている。
 私も一度行ったことのある三ツ星レストランへ行くための、服をチェックするために。
 まだデザイン状態のそれを、姐さんへと見せて。
 何か変えてほしい場所とかあれば、組み込むために。

 「一応この部分にですね───を隠すことは可能です。あとここを引っ張ったら───」

 パッと見はただのロングドレスだ。
 ただ後ろに多くボリュームを持たせて、そこのシルエットを曖昧にしている。
 何枚もの布を重ねて出来ているスカート部分は、一本の紐を引けば一度に解けるようにもなっていて。

 いざ、大立ち回りをする場合は取っ払うことだって可能だ。

 「うんうん。で、ここは?」

 色はどうだとか、素材はこんなのだとか。
 デザインを立体に見せれるように、タブレットを駆使する。
 これでOKが出れば、このまま制作へと回す。

 もう、デートまで時間はない。

 「ちなみに、私のは?」

 「え?見たい?さん」

 やはり何か企まれていたデートには、尾行組としてさんが付いていく。
 彼女のお供はフリージャーナリストの成実で。
 デート場面を激写して、それを姐さんの本命──夏侯惇へと見せる、という算段だ。

 もちろん、その写真であることないこと語るのも、さんの役目。

 「見せてもいいけど、苦情は聞かないよ?」

 さんが着ていくドレスデザインは既に決まっている。
 こちらもあとは作るだけ、なのだが。
 毎度私の作るものに対して警戒している節のあるさんへ、一応牽制しておいた。

 にっこり、と笑顔付きで。

 「や、やっぱいいや」

 「そ?」

 男性陣、っても成実だけだが、それも私が作る。
 曹操は放っておいてもそれなりの服装で来るだろう。
 ただ姐さんとのバランスが、とも考えるが。
 ボリュームはあってもシンプルに纏めてあるから、浮きはしないだろう。

 「じゃあこれで、作りますね」

 「御前、よろしく!」

 決まればさっさと会社へ戻るとする。
 いまから戻っても、殆どの社員はいない時間だが。
 戻ってデザインから型紙だけでも作り上げておかなくては。
 本来はパタンナーに頼むが、これは言わば私物なのでそうも出来ない。

 「当日にここでお会いしましょう」

 ひらひら、と手を振って姐さんとさんへ別れを告げた。










 「失礼しま〜す」

 バーの奥で着替えている姐さんのところへ、コソッと伺いに行く。
 一応着方も言ってあるのだが、分かったかどうか不安で。
 いろいろな仕掛けを施してあるドレスは、少し面倒な構造だ。

 「これでいいの?御前」

 「ええ、バッチリです」

 ドレスの本体は、両サイドにスリットが入ったミニ仕様だ。
 その上に何枚もの布を巻き付けて、ロングに見せてある。
 上を剥ぎ取った場合に備えて、中はガーターベルトと細かいレースのニーハイを履いてもらっている。

 靴はもちろん、ハイヒールだが。

 ちょいちょい、と少しばかりスカートの巻き方を調整して。
 大丈夫です、と外へ送り出す。
 そろそろお迎えの時間が迫って来ていて、暫くしたら曹操が顔を出すだろう。

 ドレスに合う鞄を渡し、羽織っていく薄手のポンチョを肩に掛ける。
 それだけで、普段の和装とはまた違った雰囲気を醸し出して。
 これは知らない人が見れば姐さんだと分からないだろう、とも思う。

 「本当にか?見違えるな」

 「、それはちょっと酷いな」

 様子を見に来ていたに、そんな評価を受けている。
 それくらい、服装一つで変われるものなのだと証明していて。
 少しデザイナーとして誇らしくもある。

 「さん、成実ー。準備出来た?」

 「さん!これ───っ」

 「だから、苦情は聞かない、って言ったじゃないですか」

 相変わらずミニ丈のドレスに、さんが憤慨する。
 前から分かっていた筈でも、そう言うのだ。
 もう周りはじゃれ合いにしか思っていないような、何度もしている遣り取り。

 「でも、いつもよりマシでしょう?」

 「そうだけどさー」

 腰の部分からドレープを持たせた別布が、ひざ裏くらいまで伸びている。
 だから後ろから見れば、ミニだとは分からない。
 前に回って、ああ短いのね、という具合だ。

 今回行くのが三ツ星レストランだから、多少は気を遣った結果である。

 「、これでいいのかい?」

 「ん?うん、バッチリだね、成実も」

 すらりとした背に合うシルエットのスーツ。
 ここまで着こなしてもらえると、製作者冥利に尽きる、というもの。
 タイを少し直しながら、出来栄えをしみじみと眺める。

 やはりここに集うメンバーは、毎度いい刺激を与えてくれる。

 そんなことを考えていると、カラン、とドアベルの音が聞こえた。










 「いってらっしゃ〜い。楽しんで来て」

 姐さんを迎えに来た曹操の反応は充分満足させてもらった。
 本当になのか、みたいなことを言っていたが。
 その辺りに対する制裁は、本人から受けるだろう。

 これは写真ででも見れば、私に依頼してきた張コウだって驚くだろう。
 そして、美しさについて語ってくれるかもしれない。

 そんな二人と一緒に、さん成実ペアも送り出して。
 尾行なのだから、あとから行くべきでは。
 なんて誰も言わないのがここのメンバーだ。
 用は最終的に夏侯惇へ見せつければいいだけの話で、尾行対象もグルなのだから問題なし。

 「は行かなくても良かったのか?」

 「私?私はね〜自分のドレスまで作ってる時間なかったの!」

 確かに付いていくのは楽しそうだった。
 でも服を用意する暇がなく、連れて行く相手もいない。
 ならばバーで数時間待って、それからをみんなで楽しむ方がよほど良い。

 「そういえば、夏侯惇にはバレてないンだよね?」

 「曹操が店に居ないのはいつものことだ。誰も不思議には思わないだろう」

 「そう言われれば、そっか」

 偶に、ホント偶に『魏』へ顔を出しても、曹操の姿など見たことはない。
 店によって店長の立ち位置、というのはバラバラだ。
 熱心に顔を出している人もいれば、支配人へ一任してしまって好き放題やっていたりする。

 もちろん、曹操は後者だ。

 「今日、店の方はどうしたんだ?」

 「姐さんトコ?ああ、代わりにボス置いて来てるから大丈夫?じゃない?」

 「あのお人は・・・・・・」

 いないと思えばそんなところに、とは項垂れる。
 いまごろフラワーショップ『maro』の店番は、この界隈のボスが務めているだろう。
 エプロンをして、店の奥に陣取っているだけだろうが。
 実際接客しているのはくのいちだけの筈だ。

 万が一、ボスやあそこの居候のせいで売り上げが落ちれば、あとで姐さんが怒るだろう。

 「それにしても、大人のデートかぁ」

 いいねぇ、と呟く。
 今回のは出掛けるといえば近場のバー(つまりはここ)にしか行かない、夏侯惇への当て付けだ。
 そうと分かっていても、大人のデートとは響きがいい。
 憧れている人間だって、多いものだろう。

 出来れば、生でその雰囲気を見てみたかったが。

 「連れて行ってもらえばいいだろう」

 「そんな相手がいればね」

 いれば行ってるよ、と肩を竦めて見せた。










 淹れてもらった紅茶を手に、デザイン画を捲っていく。
 張コウが電話をしてくる前に、やっていた作業の続きだ。
 これは期限のあるものではないから、後回しにしていて。

 時折話し相手になってくれるバーテンと言葉を交わしながら、見進める。

 カラン、と音がして扉が開いた。
 もう四人が帰ってくる時間か、と時計を見た。
 けれど予定より随分と早い時刻を、針は示していて。
 ならば誰か、とデザイン画を隠しながら客を見る。

 「あれ?張コウ」

 「さんに行って来いと言われまして」

 「ああ。姐さんを見に来たンだね」

 納得して、隣の席を進める。
 でもナンバー3に当たる彼を途中で放り出すなど、今日は暇なのだろうか。
 各店の様子を見に行った親友の考えが、偶に分からなくなる。

 「もう暫く待たないと駄目だとは思うけどね」

 手元に置いてあった私用の携帯を見た。
 初めのうちは姐さんと曹操の様子が、送られてきていたのだが。
 それは途中から、この料理や酒が美味しい、といった報告へ切り替わっている。

 どうもさんは大層お楽しみのようで。

 「さんのドレスはどうなりましたか?」

 「あれはね〜稀にない自信作よ」

 写真ではなく、生で見ることになったのだ。
 心して見なさい、と言いたい気分である。
 それからは別に話すでもなく、それぞれ好きなことをする。
 さっきまでしていたデザイン画のチェックには、時折横から指摘が入ったりして。

 それを細かくメモして、デザインした本人たちに渡す準備をする。

 「たっだいま〜」

 ドアベルの音を掻き消す、帰還の声。
 それを聞いて出していたものをすべて鞄へと仕舞った。
 さんや姐さんだけなら問題ないが曹操も一緒に居る。
 彼には既にバレている気がしないでもないが、一応。

 「張コウではないか」

 いまは働いている筈の張コウを見て、おや、と曹操は目を見張る。
 だがそれを聞いていないのか、張コウ視線は姐さんへ固定されていて。
 曹操も別に咎める気はないのか、そのまま様子を見て。

 「ああ、さん。なんとお美しい!」

 歓喜に満ちた声が、小ぢんまりとしたバーに響き渡る。
 両腕で自分の身体を抱いて悶える張コウを、姐さんは引き攣った笑みを浮かべて見ている。
 一歩二歩下がったのを、張コウは気付いているのか。

 「いつもの和装も捨てがたいですが、やはり偶には洋装も───」

 ああだこうだ、ベラベラ語り出した張コウを横目に、全員思い思いに動き出す。
 ああなった彼は満足するまで喋らせておくのが一番だ。
 そうしている間にレストランへ行っていた三人は着替えだし、曹操もバーから出て行く。

 「じゃあ、いろいろ聞かせて下さいね」

 携帯に入って来ていた実況中継では分からなかった部分を。
 直接本人たちの口から聞くために。

 着替え終わった三人と、店へ戻る。
 そこではまだ、張コウが熱く持論を語っていたが。
 本人に気付かれないよう、そっと背を押して。店の外へと追いやった。

 これで幾分静かに、話が出来るというものである。










 その日、数時間後がバーで再び合流するまで、店外では張コウの演説が響いていた。

 営業妨害だ、と怒ったものは───はてさて、いたのかは分からない。









☆ 作者様のアトガキ ☆

9作目書いてから10作目が早かったな〜とw
今回は実は3部作(予定)!という話の第1弾です
ここから書き手が変わって、この話は続いてまいります
っていうか
毎回中途半端に丸投げ
さらに今回はかなり酷いw ホントごめんなさい><

バーにいるバーテンの名前がないのは敢えて、です
これから続きを書いて下さる方々に、迷惑とならないよう
好きなバーテン選んでくださいねvという丸投げです(笑)

もっともっと絡みたかったンですが
やはりこれはタイトル通り、準備の話、ってことで
このくらいでお願いしますw

これらの処理は毎度同じく、主催者様にお任せいたします〜


 ブラウザを閉じてくんなまし。