君をこの手に










 準備中の看板を物ともせず、バタン、と勢い良く入り口のドアが開かれたかと思えば、開けた本人は驚くスタッフなど気にも止めずに、店内を見渡して、来た時同様、そのまま無言で出て行こうとする。

 「こら!」

 それに気づいて、待て待て、と呆れたように呼び止めるに、来訪者──夏侯惇──は酷く不機嫌な顔を向ける。

 「何の用だ」
 「いやいやいや、それ、こっちのセリフだから」

 『準備中』って書いてるじゃん。
 まぁ、見てないんだろうけど。
 気にしてもないだろうし・・・。
 それにしても・・・

 「珍しいね、惇がこんな時間に来るなんて」

 探し人は

 「いや」
 「・・・だよね。だったらわざわざ探さず呼びつけるもんね」

 電話一本でオーナーを呼びつけるとか、どんだけ偉いんだ、アンタは。
 苦笑するに、無駄話に付き合ってる暇はない、と夏侯惇。

 「はいはい。お探しなのはどちらのお姉様?」

 真っ赤なドレスの大人の魅力たっぷりのお姉様?
 それとも今も海外を飛び回ってるホテルのオーナーさん?
 某アパレルブランドの社長様?
 それとも・・・

 「お花屋の店主様かなぁ?」

 ニヤリ、と意地悪く笑えば、あからさまに夏侯惇の顔が歪められる。
 その様子に、分かりやすいなぁ、と苦笑しつつ、

 「はいはい、姐さんね」

 何処にいるか、知りたい?
 勿体ぶるに、夏侯惇は苛立ちを隠そうともしない。
 だが長い付き合いのがそんなことで動じることもない。

 「言う気があるのか?」

 言うか言わないかハッキリしろ!
 こっちは急いでいるんだ、と言う夏侯惇に、既に事情を把握済みのは苦笑する。

 「ギリギリに捕まえようってのが間違ってんじゃないの?」
 「煩い」
 「はぁ・・・ま、しょうがない、教えてあげよう」

 ズバリ!
 姐さんは今!

 「純情ボーイと『蜀』にいる」
 「・・・なに?」
 「だから〜『蜀』に──────こらこらこら!待て待て待て!」

 聞くや否や飛び出して行こうとする夏侯惇を、は再び呼び止める。
 当然、向けられる視線は不機嫌極まりない。

 「何する気?」
 「お前には関係なかろう」
 「やぁ、そうはいかないなぁ」

 今日は純情ボーイを応援することにしたのだよ。
 ・・・何が純情ボーイだ!

 「まぁ聞きなさい」

 私が聞いた所によると・・・





 『無双』にて、日頃の感謝を込めて、優待客のみが参加できるイベントを開催する。
 内容は至極簡単。
 ホスト自身が、己が一番と思う客を誘い、最高のもてなしを提供する、というもの。
 開催日は1月30日。

 イベントが決まったその日の夕刻、『maro』には一人の客の姿があった。
 手にしているのは一輪の黒薔薇。
 たった今購入したばかりのそれを、店主へと差し出す。

 『一日だけ、貴方の時間を私にくださいませんか?』
 『ん?いつ?』
 『1月30日』

 貴方が生まれた、その日です。
 その大切な日を、どうか私に。

 切実に願う相手に、店主は二つ返事で了承の意を伝える。

 『ありがとう。その日にもう一度、これと同じ花を、貴方に送りましょう』

 楽しみにしています、と笑顔で去っていくその人を、は苦笑交じりに見送った。





 「と、言うわけで、完全に出遅れてるんだから、諦めて他の人探したら?」

 時間ないだろうけど。
 クツクツと楽しげに笑うを夏侯惇は一睨み。
 探し人の居場所はわかった。
 ここにはもう用はない、とバーを出つつ、夏侯惇はふと思いついたように意地の悪い笑みを浮かべて足を止める。

 「そういうお前は、誰からも誘われなかったのか?」
 「んなっ!?ち、違うぞ!断じて違うぞ!仕事だから断っただけだ!!」
 「ほぉ」
 「何?その顔・・・ムカつく・・・さっさと行け!」

 教えてなんかやるんじゃなかった!
 シッシッと追い払うように手を振れば、夏侯惇は何処か満足気に、今度こそ立ち去る。

 「くっそー・・・」
 「何?本当に誘われなかったの?」
 「やかましい!」

 毎日毎晩アンタと顔合わせてるのに、ホストクラブに通う暇があると思ってんの?

 「ん〜・・・それも、そうか」

 ところで・・・

 「本当にちゃん二つ返事でOKしたの?」
 「ん?あぁ、そんなわけないじゃん!」



 『暇だからいいよ〜』



 「──────って言ったらしいよ?」

 くのいちに聞いた。

 「軽っ!」
 「ま、イベント自体が姐さんの誕生日祝いみたいなもんだろうしね〜」

 わざわざその日にセッティングしたのは、間違いなくの企み。

 「姐さんも気づいてて乗ったんでしょ」

 さて、と。

 「・・・あれ?何処行くの?」

 コキコキと肩を鳴らし、エプロンを外しつつ奥へと引き取ろうとするに、佐助がすかさず問う。

 「ん?『新』だけど?」
 「・・・は?」

 なんで!?
 仕事は!?

 「佐助〜シフトはちゃんと見ようぜ」

 今日私、休みだから。
 ちなみに、ちゃんとお呼ばれしてるから。
 んじゃね〜♪

 バイバイ、と手を振れば、いったい何しに来たの、という佐助の言葉が返ってくる。
 そんなのわかってるでしょ〜、と意地悪く笑って返して、はバーを後にした。








*                    *                    *







 「お待ちしておりました、殿」

 来ていただけて安心しました、と笑顔で差し出されるのが、あの日と同じ黒い薔薇。
 それを「ありがとう」と笑顔で受け取れば、次いで、どうぞと手を差し出される。
 その手を慣れた様子で取って、案内されるままには席へとつく。

 「それにしても・・・も好きだねぇ」

 苦笑交じりにが呟く。
 話によれば、今日はホスト自らが選んだお客一人を相手に尽くすのだとか。
 だが、見渡してみた限りで、どういうわけか、この店にはお客はしかいない。
 イベント自体は確かに今日行われているようで、実際、ここへ来る途中、贔屓の客と同伴出勤のホストを多く見た。
 ならば、何故この店には他の客がいないのか・・・。
 答えは容易く察せられる。
 おそらく間違いなく、この街のオーナーの粋な計らい。

 「さぁ殿、まずはこれを」
 「ん?・・・・・うわっ、デカっ!」

 これをどうぞ、との傍らに腰掛け微笑む姜維。
 それを合図に運ばれてくるのが、三人がかりでも重そうな、三段重ねの大きなケーキ。

 「これは、さすがに・・・」

 さすがに、驚いた。

 「え、何?初めての共同作業、的なやつ?」

 なんて、と冗談交じりに言うに、姜維は相変わらず笑みを浮かべたまま、

 「殿がお望みであれば」

 そう応えるとほぼ同時に、どうぞ、と他のスタッフから差し出されるのが入刀用のナイフ。

 「・・・準備いいね」
 「出来うる限り、殿の望みにお応えしたいと思いまして」

 微笑む姜維に、はハハと乾いた笑みを浮かべる。
 こんなものを用意したのは間違いなく己の親友、だろう。
 こんなやり取りまで読んでいるとは・・・

 「さすが、というべきなのか・・・」

 それとも私が単純なのか・・・
 うーん、と何やら考え込むに、姜維が首を傾げる。

 「殿?」

 どうかなさいましたか?
 もしや、何か気に食わないことでも?

 「あーいやいや、なんでもないよ」

 いい友達もったなぁ、と思っただけ。
 苦笑交じりのの言葉に、姜維はどこか腑に落ちない様子で、そうですか、と応える。
 さすがに上客相手にそれ以上の追求などできるはずもなく、姜維は気を取り直してに向き合う。

 「では殿、こちらへ」

 さぁこちらへ、と手を引かれるのが巨大ケーキの前。
 いつの間にかそのケーキの周りには『蜀』の人気ホストたちがズラリと居並ぶ。



     ♪ハッピバースデートゥーユー ハッピバースデートゥーユー
      ハッピバースデーディア 
      ハッピバースデートゥーユー



 「さぁ、殿、ロウソクを」
 「あ、うん・・・って・・・デカ・・・」

 ロウソクは普通のサイズでいいと思うんだけど・・・
 え、このケーキ、自家製とかじゃないよね?
 消えるのかな、こんなの・・・

 ケーキに引けを取らぬように用意されたのか・・・
 冗談としか思えないロウソクの大きさに、さすがのも呆れる。

 皆に見守られ、いくよ、と言い置いて、は出来うる限りの空気を吸い込む。
 未知の世界なので加減はわからない。
 とにかく思い切り吹いてみれば、何本かのロウソクの炎が揺れて、消える。

 「・・・むぅ・・・」

 なかなかに手強い。
 次からは普通のロウソクにしてって言っておいて。
 そう零しつつ、それでもは通常より明らかにデカイそのロウソクと対峙する。
 何度か息を吸い込み、吹き消して、と繰り返せば、ようやく全てのロウソクの炎が消える。
 ほぉ、となにやらもの凄い脱力感を感じつつ一息つけば、お疲れ様です、と傍らで姜維が苦笑する。

 「おめでとう、
 「おめでとうございます、殿」

 続く皆からの祝いの言葉に、ありがとう、とは笑みを浮かべる。
 それとほぼ同時。
 店の入り口のドアが酷く乱暴に開けられる。
 いったい何事か、と一同が一斉に入り口のほうを見やれば、そこには酷く不機嫌そうな夏侯惇の姿がある。

 「これは夏侯惇殿。随分と苛立っておられるようですが」

 どうかなさいましたか?
 今宵は例外なく全員参加のイベントのはず。
 このようなところにいらしてよろしいのですか?
 お相手のお客様がお待ちになっているのでは?

 「ふん、貴様に心配されるようなことはない」

 そもそも、俺の相手はここにいる。
 ここに、と言いつつ歩んでいくのが、何やら不穏な空気を漂わせる二人のやり取りを何処か楽しげに見やっていたの下。

 「電話してもでんと思えば・・・まさかこんなガキといるとはな」
 「あ〜今日携帯忘れちゃってさ」

 ごめんごめん、と大して悪びれもせず言うに、夏侯惇はため息を一つ。

 「それにしても・・・随分いい思いをしているようだな」

 店内を見渡し、夏侯惇は呆れた様子でそんな言葉を口にする。

 「でっしょ〜?」

 羨ましいか、と笑うに、夏侯惇は盛大なため息。
 そんなわけがなかろう、と頭をかかえる。

 「あれ?そういえば、何でここがわかったの?」
 「・・・・・感だ」
 「あ、嘘ついた」

 若干目を逸らしながら答えた夏侯惇に、はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてすぐさま突っ込む。

 「誰に聞いた?・・・って大方予想はつくけど」

 
 それとも・・・

 「だ」
 「あ、やっぱ。あれ?でもちゃん『魏』じゃなくて『新』に行くって言ってたような・・・」

 可笑しいな、と首を傾げるに、夏侯惇も違う意味で首を傾げる。

 「あいつは仕事じゃないのか?」

 会ったのはバーだ。

 「いやいや、今日休みって言ってたし・・・」

 今頃清正あたりとムフフなハズ。
 まるで自分のことのように頬を緩めて楽しげに話す
 一方の夏侯惇は、一杯食わされたことに気づいて拳を握る。

 「あいつ・・・・・」

 今度会ったらただじゃおかん、と憤慨する夏侯惇。
 はそれに苦笑しつつ、可愛い妹をいじめてもらっちゃ困るよ、と宥めにかかる。





 「で?何しに来たの?」
 「お前を迎えに来た」

 今宵の俺の相手はお前しかいない。
 一緒に来い、と差し出される手は、だがしかし、が口を開くより早く、二人のやり取りを些か不機嫌に見やっていた姜維の手によって弾かれる。

 「それは困ります、夏侯惇殿」

 今宵、殿と過ごす権利は、既に私がいただいています。
 今頃やってきて横取りするのはどうかと思いますが?

 強行突破の夏侯惇とは違い、事前に自身に今夜の相手役の了承を得ている姜維は、些か余裕のある笑みで夏侯惇に対峙する。
 一方の夏侯惇は、そんなこと知るか、と言いたげに顔を顰め、お前はどうなんだ、とに直接問う。

 「ん?」
 「俺か、それとも・・・」

 このままコイツと過ごす気か。
 どっちだ、と詰め寄る夏侯惇。

 「そんなわけないでしょう」

 私ですよね?殿。

 強引な夏侯惇に顔を顰めつつ、姜維はを庇うように、二人の間に立っている。
 邪魔だ、と苛立ちを顕にする夏侯惇。
 不穏な空気の流れるそこで、さすがというべきか・・・。
 は苦笑を浮かべつつ、まぁまぁ、と二人を宥める。

 「両方」
 「は?」
 「なん、だと?」

 満面の笑みで応えたに、二人は唖然としつつ問い返す。

 「今、何と?」
 「ん?だから、二人ともいただきますって」

 いやむしろ・・・

 「ここにいる全員、とか、いいんだよね?」

 だから他のお客はいないんだよね、と確認するのは、すぐ傍にいた支配人に。
 それを受け、支配人は涼しい顔で「えぇ、構いません」と微笑む。
 そもそもそれが、オーナーからの指示である。

 「まぁ、夏侯惇殿に関しては、私の預かり知らぬところですが・・・」
 「え〜?大丈夫大丈夫」

 まぁでも念のため・・・・・
 そう言って鞄から徐に取り出すのが、何故か「忘れた」と言っていた携帯電話。
 当然、目の前にいる夏侯惇の表情はまた険しくなるが、は気づかぬふりでどこへやら電話をかけ始める。




 『・・・もしもし?』
 「あ、?・・・なんか、繁盛してそうだねぇ」

 相手の声が聞き取りづらいほど、電話の向こうが何やら随分騒々しい。
 何度目かのコールで電話に出た相手に苦笑交じりに言えば、受けたも「お陰様でな」と苦笑しつつ応える。

 「今何処?」
 『ん?『魏』だが?」

 どうかしたか?
 『蜀』にいるんだろう?
 何か不都合でも生じただろうか?

 友として、というより、オーナーとして、何か失態でもあっただろうかと心配するに、違う違う、とは笑う。

 「夏侯惇、借りていい?」

 『蜀』の皆に追加して、夏侯惇も。

 『夏侯惇?・・・・・あぁ、どうせ、そっちにいるんだろう?』
 「あれ、知ってたの?」
 『あぁ。さっきが、な』

 たまたますれ違ったんだが、随分意地の悪い笑みで「今日夏侯惇欠勤かもよ?」と言っていた。

 「はは・・・楽しんでるな?さては」

 ほんと、いい友達もったよ。

 『まぁ、そういうわけだ』

 遠慮無く、好きにしてくれればいい。

 「ん、ありがと」
 『あぁ、
 「ん?」
 『誕生日おめでとう』

 直接祝えなくてすまないな、というに、これだけしてもらえれば充分だよ、とは笑う。
 それから、今日一日過酷な労働になるであろう友に「頑張れ〜」とエールを送って電話を切る。




 「はい、これで良し♪」
 「・・・・・おい」

 電話を終え、無事オーナーの許可を得たのだから、これで気兼ねすることもないよね、と笑うに、夏侯惇が不機嫌に問う。

 「携帯は忘れた、と言わなかったか?」
 「・・・・・あっれ〜?」

 おかしいね?あったね。
 まぁ、そんな細かいことはいいでしょ。

 「パ〜っと盛り上がろうよ!」

 せっかくの誕生日だし?
 祝ってくれるというのなら、この際もう盛大に!

 「はいはい、二人ともそんな顔しないでさ!」

 を挟んで睨み合う夏侯惇と姜維。
 その二人の腕に、自身の腕を絡ませて、は満面の笑みを浮かべる。

 「お祝い、してくれるんでしょ?」

 ね?ね?
 二人を交互に見やりつつ、ね、と同意を求める。

 「フン・・・ここで、というのが些か気に食わんが・・・」
 「邪魔が入ったのが些か気に入りませんが・・・」

 が望むなら。
 殿がお望みであれば。

 の笑みに応えるように、二人も漸く笑みを浮かべる。

 長い夜は始まったばかり。
 今宵は貴方のためだけに特別な夜を。
 HAPPY BIRTHDAY!
 最高の祝福を、君に・・・。









 ☆ 作者様からのあとがき ☆

毎年恒例お誕生日企画!
ということで、お相手誰がい〜?って聞いたら・・・
姜維!本当は惇兄がいいけど・・・
ってことだったので、火花散らしていただきましたw
あ、なんか出しゃばってるヤツはスルーしてくださいw

ちなみに黒薔薇の花言葉は『あなたは私のもの』
・・・やだ、姜維ったら・・・全然純情じゃない(爆)

飛鳥さんのみ苦情等なんでも受け付けます!
いつものように、今後の調理はご自由に♪
ということで!改めまして!
お誕生日おめでとうございました!!

2011.2.1 鎹 紫乃瑪



 
☆ ここからは管理人のコメントです ☆

 この話を読んで速攻鼻血を噴出したアタクシが通ります(笑

 此度、嬉しくない誕生日を迎えたアタクシでしたが………
 今年も、素敵な誕生日プレゼントを紫乃瑪ちゃんからいただきました!
 ホントいつもありがとね………これだったら年に何回誕生日来てもいいや(←をい

 えーこちら、彼女のところで展開している『ホストが行く!』の設定なのですが…
 (現在は独立したサイトになっております。詳しくはこちらへ)→
 管理人も花屋の店主+αで登場しております。
 んで、今回はその設定にて書いてくれたお話。
 事前に話をした際、お相手をリクしていいって事だったので、、、
 『きょん太郎いける? ………ホントは惇兄がいいんだけど(ぼそ)』
 と言ったらば………

 あぁっ! 二人いっぺんに出てるー!
 つか何その萌えるシチュ!
 二人で私を取り合うなんて………あ、、、グフッ(←悶絶死


 ………と、見事彼女の描く夢に撃沈いたしました。
 事前にしっかりと段階を踏むきょん太郎と堂々と正面からぶつかって来る(そして玉砕w)惇兄の対照的な姿が面白かった!
 しっかし、私に黒薔薇など………きょん太郎もなかなかにやりおるなw

 ちゅーわけで………
 この場を借りて作者の紫乃瑪ちゃんに心から御礼を申し上げます。
 こっちも新作を早く上げねば(汗

 2011.02.02   飛鳥 拝礼



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