今日も誰かがこの店の扉を開く。



 ――今宵は一時(いっとき)の夢を、どなたと見られますか――?










 今宵、扉の向こうで










 今日は、の誕生日。
 ここ最近の忙しさで、今回の誕生日は一人で過ごす事になるだろうと思っていた彼女に突如訪れたひとつのサプライズ。
 それは、一通の招待状だった。



 ――親愛なる殿。
   誕生日おめでとう。
   常日頃精一杯頑張っている貴女に、私からちょっとしたイベントを用意しました。

   つきましては、下記の場所でお待ちしております。

   今宵、素敵な夢を貴女に――



 繁華街から僅かに離れた路地に存在するちょっとしたホスト街『無双』――その場を牛耳っている親友からの招待状。
 以前からホストと言うものに少々嫌悪感を抱いていたは始め、この誘いにいまいち乗り気がしなかった。
 しかし、親友が折角用意したものを無駄にしたくはない。
 そう思った彼女は、複雑な気持ちを心に抱きながらもその場へと赴いた。










 「あ、あった………ここだわ」
 招待状に添付してあった地図を頼りに、漸くたどり着いたホスト街。
 その一角にある 『ホストクラブ・義』 の扉を目の前には一つ大きく息をした。
 何せ、初めてのホストクラブ。
 こんなクソ高い金がかかる店など来た事もない彼女に緊張するなと言う方が無理な話だ。
 突然、やっぱ帰ろうかなぁと弱気な心が働く。
 しかし――



 「ま、待て幸村! 何故俺がそのような事をせねばならぬのだ!?」
 「落ち着いてくだされ、三成殿! ほんの少し辛抱してくだされば問題はありませぬ!」
 「問題の意味が違ぁう! …って、ちょ、幸村! そこまで言うならお前がやればいいだろう!」



 ………え、何? 何が始まったの?

 突然扉の向こうから響いてきた男達の言い争いに、項垂れていたの顔がぱっと上がった。
 こちらにまで聞こえてくるという事は、相当な大音声だ。
 しかしその声には只ならぬ空気は全くなく、寧ろ何処か楽しんでいるようにも感じられる。
 中の様子を想像すると、今まで尻込みしていた気持ちが直ぐに興味へと置き換えられた。

 ちょっとだけでも、覗いてみようかな………。

 ところが、この『ちょっとだけ』がとんでもない事態を引き起こす。
 両手で扉の取っ手を握り、力を入れようとした刹那――



 ドバタンッ!!!



 「………あ」



 扉が勢いよく開き、寸でのところで手を離したが呆気に取られた声を上げ――



 「う、ぎゃぁぁぁぁっ!」



 ――そして、一瞬の後に一人の男が発する絶叫が群青色の空へ溶けていった。







 「すみませんね、さん。 …お怪我はありませんか?」
 「だ、大丈夫です。 でも、これは一体――」

 は、あれから直ぐに駆けつけてきた支配人を名乗る男――左近に半分抱きかかえられるように中央の席に座らされた。
 左近の隣には、先程の絶叫の主がしかめっ面でそっぽを向いている。
 そして入り口の方を見遣れば、勢いよく開きすぎて閉てつけが悪くなった扉が、吹き付ける風によって切なげにカタカタ揺れていた。
 「はは…とんだ失態を。 これはですね――」
 自分に起きた出来事に理解出来ないへと向き直ると、左近はこれまでの経緯を苦笑交じりで話し始めた。



 彼の話によると――

 夕方、彼らが出勤すると、中央のテーブルの上にオーナーからの手紙があったのだそうだ。
 その文面は
 『本日は私にとって大事な人物が来店する。 誕生日の祝いをしようと思うので、私が行くまで粗相のないように素敵なもてなしをせよ』
 といったもので、突然の事態に一同が思い切り絶句したらしい。
 しかしここでヘタな事をしてオーナーからの怒りなど買おうものなら、今後の予算が大幅に減らされて他の店が得をしてしまう。
 そこで考えたちょっとしたサプライズ。

 ――扉に仕掛けをし、勢いよく開いた瞬間に天井から大量の花びらを降らせる――

 女性の大事なイベントにはロマンチックな演出が必須だろうと思いましてね、と左近。
 だが、これで終わらないのがどうやら彼らの仕様らしい。
 更にはメンバーの誰かに何らかのコスプレをさせ、その人物から花束を贈呈しようと企んだ。
 ここで成程、とは納得する。
 はじめ、扉の向こうで聞いた言い争い――それは、コスプレを強要?していた幸村とそれを断固拒否し続けていた三成によるものだったんだ、と。
 そして、二人がソファの上でもみ合っているその瞬間に扉が開いたんだ。
 だけど――



 「悲鳴を上げたかったのはこっちの方よ。 二人とも服が大乱れだったし………てっきりアノ関係でじゃれ合っているもんだと――」
 「そのような事は断じてないっ!!!」
 「はいはい、解ってますって…だからとんでもない場面を私に見られて絶叫したんでしょ? しかも私よりも早くね」
 の言葉を全て聞かずに直ぐさま反論する三成だったが、直後に言われた台詞に二の句が告げなくなる。
 「ふ、ふん」と元のようにそっぽを向き、だから俺は嫌だと言ったのだとか全ては幸村が悪いのだとか次々に独り言を零していく。
 その様子があまりにも可愛らしく、は改めて三成という人物像を見たような気がした。
 口は悪いけれど憎めず、なんだかんだ言っても慕われているんだな、と。



 しかし、未だ解せない疑問が残っている。
 三成があれだけ拒んだコスプレが、一体どのようなものだったのか?
 がそれを訊こうと口を開いた刹那――



 「誕生日おめでとうございます、殿!」
 「いざ、我らが義と愛での誕生日を祝おう!」

 「……………三成、貴方が嫌がった理由がよく解ったわ」



 見事、真っ白な天使のコスプレで登場した男二人に、の笑顔に苦いものが加わった。
 しかし、これは自分を喜ばそうと思ってしてくれている事に他ならない。
 ごっつい天使二人から差し出される大きな大きな花束をしかと受け取り、精一杯の笑顔を二人に向ける。

 「あ、ありがとう――」
 「それから、これを」
 「うわ………ぁ」

 そして、花束に続いて差し出された小さな箱。
 既に開いているその箱には薄いブルーの石が輝く銀のペンダントが存在を露にしていた。

 「これ、貰ってもいいの?」
 「えぇ、勿論――そのために、閉店間際の宝石店を駆け回ったんですから」

 ペンダントを箱から取り出し、戸惑うの胸元へ飾る左近。
 その腕が離れる直前、ちょっと紅くなった彼女の耳元に呪文のような言葉が届いた。





 ――今宵一時(いっとき)の楽しい夢を。

          そして、貴女に幸福と永遠の美貌を――







 今年は、一人で祝う事になると思っていたバースデー。
 それが、この個性的な男たちの手によって楽しいものへと変わっていく。

 ――こんな誕生日も、悪くはないかな。

 は、日頃揉まれている現代社会の世知辛さも未だ来ない親友の存在もすっかり忘れていた。
 だが――



 …♪…♪…♪



 刹那、バッグに入れていた携帯電話の着信音が高らかに鳴り響いた。
 めんどくさいな、と思いながら画面を見ると――親友の名が表示されている。
 突如、現実へと引き戻されたは慌てて携帯電話を耳に押し付けた。

 「どうしたの、?」
 『あ、――もう店には着いたか』
 「うん、これからみんなで楽しもうといったところよ」
 『そうか――ならば安心だ。 すまんが急なトラブルでな、今宵はそちらに行けそうにない』
 「そっ…そうなの!?」
 『。 私からの祝いは後程改めて――じゃ、またな』
 「うっ…うん――」



 プツッ。

 ツー、ツー、ツー。



 殆ど一方的に切られる電話。
 その切れる瞬間、電話の向こうで

 『うわっ――殿! 早く来てください! 甘寧殿が凌統殿にっ――』
 『悪い陸遜、直ぐに行く!』

 というやり取りがあったのをは聞き逃さなかった。
 大方、他の店でメンバー同士がいざこざを起こしたのだろう。
 幾つもの店を管理するのも大変なのね、とは苦笑混じりに小さく零した。







 「結局、俺達の苦労はただの骨折り損だった、というわけか」

 依然、仏頂面で頬杖をついている三成がぽつりと零す。
 しかし、他の面々といえばそうは思っていなかった――特に、今宵の主賓であるは。
 面白くなさそうに膨らませている三成の頬をうにっと軽く抓りながら
 「これもオーナーの計らいだと思った方が楽よ、三成。 今夜はみんなで楽しみましょ」
 何時の間にか鳴り出していた小気味いい音楽に乗り、立ち上がった。
 刹那――



 「さぁ、お手をどうぞ――さん」
 「殿、私と踊ってくだされ!」
 「まっ、待てぃ幸村! は私の義と愛でもてなすと――」
 「恥ずかしい奴らめ………こういう時は静かに手を差し出すものだ」



 次々と目の前に出現するホスト達の手。
 天使のコスプレをしていた幸村と兼続も、何時の間にかバシッとしたスーツに着替えている。
 は、差し出された幾つもの手をハイタッチが如く次々と叩きながら

 「今夜はみんなで楽しもう、って言ったでしょ?」

 一人、跳ねるようにフロアの中心へと躍り出ていった。





 これが、にとって――

           人生で一番賑やかなバースデーパーティーの幕開けだった――










 劇終。


 ※3月の誕生石=アクアマリン。
  この宝石のブルーは、幸福と永遠の若さを象徴していると言われています(←一説)。



 アトガキ

 ハッピーバースデー、紫乃瑪ちゃん!
 …っつーわけで、こちらのお話は紫乃瑪ちゃんへ捧げますです。
 (こちらの都合により数日早めとなりますv)

 実はこのお話、紫乃瑪ちゃん宅で繰り広げておられるシリーズへの投稿ブツでもあります。
 その名も『ホストが行く!』。
 発動当初、お題の提供はしていたんですが…此度、作品でも参戦!
 パラレルの世界も私にとってはネタの宝庫! 言うまでもなくご本人にも参戦を豪語しておりました。
 楽しみにしていた世界を夢にて実現できた事、彼女のお誕生日と共に嬉しく思いますv

 「え!? 誕生日のプレゼントがこんなん!?」
 と思うことなかれ!
 完全に押し売りとなりますが…宜しかったらお納めください、紫乃瑪ちゃん♪



 最後に、ここまで読んでくださった方々へ心より感謝いたします。


 2009.03.04   御巫飛鳥 拝


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