雷に轟く恋い想い










 「相変わらず嫌な空ね………」

 うっすらと開けた窓から覗く暗い空を見上げながらは苦笑を零した。
 禍々しい空気に支配されるこの世界で、晴天がまともに拝められるのはほんの僅かだ。
 今日も澱んだ雲に空が覆われ、朝から心の臓を擽るような小さな雷鳴が遠くで轟いていた。



 雷――
 暗雲立ち込めるこの世界では珍しいものではない。
 この歪んだ世界に相応しいと主張するように鳴り響く雷鳴と地を穿つ稲光。
 それは時折、この地に生きとし生けるものを怖れさせる。



 ――そう、今も。



 ぼんやり外を見ていたは、突如鳴り響いた破壊音と地震を思わせる地鳴りにびくっと身体を跳ね上げた。
 ………近いわね。
 刹那、脱いでいた作業着を引っ掴んで身に着けると、徐に立ち上がる。
 この落雷で被害が出ないとも限らない。
 軍医であるはこの先訪れるかも知れない被害者に備え、準備を始めた。
 だが――



 「殿、少々お時間をいただけませぬか?」

 暫しの後、の元を訪れたのは雷の直接の被害者ではなかった。
 部屋に入るなり切羽詰った様子で訴えかける一人の武将。
 何事かと問えば、その青年は話せば長くなると言う。

 ………一体、何事?

 刹那、は今直ぐにでも掴みかかりそうな青年を落ち着かせるべく諭すように手招きした。

 「貴方ともあろう人が血相を変えてどうしたの?
  話は聞いてあげるから…とりあえずそこへ座んなさいな、幸村」







 「殿、私は――あの方に嫌われてしまったのかも知れませぬ………」

 茶を淹れるべく席を立ったが戻って来ると、開口一番幸村はこうのたまった。
 項垂れているその様子はまさに意気消沈、普段の彼からはとても想像がつかないものだ。

 ――彼とあの娘の間に何があったのかしら?



 『あの方』とは、間違いなく彼が仕えている武田の姫君の事だろう。
 かの勇将、武田信玄の愛娘――
 が助けられて間もなく仲良くなり、互いに人を探している事もあってこの地まで道中を共にした娘だ。

 そのと幸村――
 出会った当初から感じていた二人の絆とその裏に隠された想いの深さは、流石のにも計り知れない。
 互いを見つめ合う瞳には主従を超えた暖かさが見受けられる。
 彼らを見ていると仲違いなど縁遠いものだとは思っていた。
 しかし――



 「あぁ、殿………私は一体どうしたらいいのでしょうか――」
 「ちょ、ちょっと待って幸村。 いきなりそう言われても私には解らないわ」

 そう、には全く解らない事だった。
 付き合いは短いがは人柄がよく、簡単に人を嫌いになるような娘ではないのは百も承知。
 その彼女が他でもない幸村を嫌うだなんてとてもあり得ない事だ。



 ――なんとかしなきゃ。



 刹那、のお人好しの血が騒ぎ出す。
 と言うより………好きな人同士が仲を違えるのを誰だって見たくはないだろう。

 ここまで来たら話は早い。
 は目の前で今にも頭を抱えそうな勢いの青年に微笑みかけると
 「幸村。 どうして貴方がそう思うのか、詳しく話してくれる?」
 事の真相を探るべく、やんわりと話の先を促した――。















 遡る事一刻前――

 鍛錬の後、と幸村は揃って鍛錬場の片隅で存在を主張している大木を眺めていた。
 この大木はのお気に入りであり、見上げると咲き誇る時を待ち切れないと言わんがばかりに花の蕾が色よく膨らんでいる。
 今も何時花が開くか、もう直ぐだねなどと語り合っていたのだが――

 ここで、事件が勃発した。

 今迄遠かった筈の雷鳴が大きく響き渡り、空には暗雲が立ち込める。
 そして――目が眩む程の稲光が走った刹那、眼前の大木に雷が落ちたのだ。

 幸いか奇跡か――突然の落雷、しかも未だかつてない程の至近距離にも関わらずの身体を庇った幸村にまでは被害は及ばなかった。
 何より庇った相手が無事である事に安堵しながらその場で蹲るに手を差し伸べ、大丈夫ですかと問う幸村。
 ところが、向けられる瞳からは涙がはらはらと零れ落ちていた。



 「幸村………木に、雷が………」



 の指差す方向に目をやると、漂う焦げた臭いと共に飛び込んでくる光景。
 それは、彼女のお気に入りの場所が真っ黒に変わり果てた姿だった。
 たくさんの蕾を蓄えた大木も、今は縦二つに割れて白い煙を立ち上らせている。

 実にらしい。
 彼女は間近に雷が落ちたから泣いているわけではなく、ましてや雷が怖いわけでもない。
 開花の時を楽しみにしていた大木が一瞬にして変わり果ててしまった事に悲しみを覚えているのだ。
 しかし幸村にはそれが瞬時に理解出来なかった。
 結局、幸村の実直な人となりがを怒らせる事となる。



 「………花が咲いたら、一緒に見たかった、のに………」
 「この大木が避雷針となってくれたのでしょう………私は様が無事ならばそれで――」
 「幸村はそれでいいんだ? もう直ぐ花が咲きそうだったんだよ!?」
 「私はそんな事よりも様の御身が大事ですから――」

 「そんな事!? 幸村はそんな簡単な言葉で終わらせちゃうんだ?
  ………もういい! 幸村なんかもう知らないっ!」



 瞳から更に涙を溢れさせながら完全なる膨れっ面で踵を返すと、一人ですたすたと歩き去ってしまう
 その突然の事に制止も出来ず、幸村は彼女の後姿を視線で追う事しか出来なかった。



 ――私は、様が――

 無事ならばそれでいいと思った。
 彼女のお気に入りの大木はその生をあっけなく終わらせたが、代わりは幾らでもある。
 しかし、彼女はこの世でただ一人の存在――幸村にとっては一番大切なものなのだ。
 それなのに――



 私は、一体どうすれば――



 何を思ったのか、幸村は次の瞬間ある場所へと足を向ける。
 そして、はじめゆっくりだった足取りは何時しか戦場で見せるような突進へと変わっていった。



 ――あの方ならば、様のお心が解るかも知れない――















 「………ここが、問題の場所、か」

 黒く焼け焦げた大木の前に立ち、が独り言を零す。
 滅多に訪れる事のない鍛錬場――その片隅にある広場は、幸村の言っていたように一部が焼け野原へと変貌していた。
 それを見て、は確たる思いを胸に抱く。



 ――確かに、が嘆くのも無理ないわね。







 ――ここに来る前、の自室を訪れていた。
 何時もは誰かしら傍に居て楽しげに会話をしているのだが、その時は珍しく一人で膝を抱えて何かを思案していた。
 頃合を見計らってが声をかけるとは泣き腫らした顔を上げて
 「どうしよう、? 私、幸村と喧嘩しちゃった………」
 と幸村と同じような言葉を投げて寄越した。



 「幸村の気持ちは解る。 だけど私は………あの木と私の命を同等に見なかった幸村が許せなかっただけなの」

 幸村に聞いたのと同様な経緯を聞いた後、は後悔の念に囚われる彼女を目の前に心の中でふっと笑みを浮かべる。
 ――全くもって似たもの同士ね、と。
 その時は殆ど勢いでなされた会話――そして終わった後に相手を思い遣り、落ち込む。
 それも恋の成せる業なのだと、当事者達には知る由もない。
 かつて自分が幾度となく恋人相手に繰り広げていた喧嘩を思い出した
 「大丈夫よ。 こういう喧嘩は大したもんじゃないわ………私が保証する」
 笑顔での頭を優しく撫でながら、少々前に幸村に放った言葉をそのまま贈ったのだった――。







 「まぁ、彼らなら心配する事もない、かな」

 大木の周りを見回しながらは再び独り言を零す。
 喧嘩をする程仲がいいという言葉もあるし、何より恋仲一歩手前である彼らにはいい刺激になっただろう。
 でもその仲をどう取り持つかが問題よね、と頭を捻る。
 これが自分たちのように何度も経験したものだったら修復も簡単だが、初めてだと戸惑いも相まって難しいだろうと思われた。
 刹那――



 「………あっ! …ふふ、いいもの見つけちゃった」



 視線を大木に走らせていたは何かを見つけ、声を上げる。
 瞬間、彼女の頭の中に作り上げられると幸村の仲直りの場面――

 はにっと口角を吊り上げ、善は急げとばかりに二人の自室へと足を駆った。





 ――空には、雲の切れ間から二つの月が顔を覗かせていた――















 程なく、は行きたくないと言うを無理矢理引っ張りつつ鍛錬場へ戻って来た。
 近くにはから既に事情を聞いていた幸村も待機していて女二人の姿を複雑な表情で見つめている。

 「殿………これは一体――」
 「まぁまぁ、結論はそう急ぐもんじゃないわよ幸村。 …ほら、もこっちへ」

 真摯に問い質す幸村を制しながら少々手前で尻込みしているに手招きする
 その顔には不安など微塵もなく、ただ先にあるちょっとした幸せに顔を綻ばせていた。
 先程が見つけたもの――それは少々見上げなければ解らず、勿論俯いている二人には見える筈もない。
 彼女は微笑みを湛えたまま二人の手を取り、互いに握り合わせる。



 「つまんない喧嘩は終わりよ、お二人さん。 さぁ、顔を上げて」

 「うっ、うん………あ、あの、ごめんね幸村――」
 「何故貴女様が謝る必要があるのですか!? 悪いのは私です! 申し訳ありませぬ様!」
 「違うの! 幸村は何も悪くなんかない! 謝るのは私の方だって!」

 「………ちょ、待って、お二人さん。 ここでまた言い争いしてどうすんの………」



 互いに謝り合う二人に苦笑しながら割り入る
 しかし繋がった手が離れないところを見ると、この喧嘩は既に収束していると判断出来た。
 笑顔を元に戻すと二人の息が整ったところを見計らって、はここに来た本当の目的を遠回しに二人へ告げる。



 「喧嘩したお二人さんに、この木からお詫びの品をいただいているのよ」



 黒く成り果てた大木を指差し、視線を送る
 そしての声に呼応して二人が大木を見上げると――



 「うわ、ぁ………綺麗………」
 「………これは何たる奇跡! 雷に打たれても未だこの木は生きていたのか………」



 数こそ僅かになってしまったが、大木を彩っていた蕾が見事に花開き、二つの月に淡く照らされていた。
 それは本当に――喧嘩した二人を詫びるように、そして仲直りした祝いの意を述べるように光を放っている。
 なんと、綺麗な姿なのだろうか――



 「まぁ、これを見つけたのはほんの偶然だったんだけどね」
 「それでも――ありがとう! 凄く綺麗だわ!」
 「ありがとうございます、殿――このご恩は決して忘れませぬ!」

 「あはは…大袈裟よ、幸村。 あとはお二人さんでゆっくり見て行くといいわ」







 に礼を述べ、直ぐに花へと視線を移すと幸村。
 その二人の手は、もう離さないと言わんがばかりに固く繋がれたままだ。

 ――その強さがあれば、もう安心ね。

 大木を見上げながら楽しげに会話を始める二人を見守りながら後ずさる
 刹那、その背中にある筈のないものが当たる。
 その衝撃にほんの少し肩を震わせ、後ろを振り返ると――



 「よう、あの二人相手にまた世話ぁ焼いてたんだな――」
 「………興覇!」

 の真後ろには笑顔を湛えた――最大の喧嘩相手であり恋人でもある甘寧が居た。
 何故ここに?とが問えば、部屋にお前が居ねぇからよとさらり答える。
 それだけでこの場所を導き出す彼の勘には驚くところだが、にしたら慣れたものだ。

 「あっ…ごめんね興覇。 じゃ、戻りましょうか――」
 「いや待て、。 あの花、綺麗じゃねぇか………俺たちも暫く眺めてから戻ろうぜ」
 「あら、興覇にしたら珍しい事を言うのね」
 「………っ、余計な事言うな。 俺だってな、たまにはこんな時もある」
 「はいはい、解ったわ。 じゃ、貴方の仰せのままに………」

 彼も、流石にこのような素敵な時を口喧嘩で台無しにしたくはなかったのだろう。
 その場にどっかと胡坐をかき、来いよと隣を指差す甘寧には素直に従う。
 そして寄り添うように隣に腰を掛け、大事な人の肩に凭れながら――



 ――大木さん、お零れ頂戴します――



 小さく呟き、微笑った。















 ――その次の日。



 何時ものように治療に使う薬品の整理をしているの元に、一人の珍客が訪れた。
 鍛錬でも戦でも負った傷をなかなか晒さない、気高き武士――立花ギン千代。
 その彼女が、珍しく意気消沈しながらに語りかける。

 「殿――私は、彼らに悪い事をしてしまったのだろうか?」



 彼女の話では――
 全員での鍛錬の後、更なる武を磨くために近くの広場で自主練習をしていたらしい。
 鍛錬場にて一人でするのは流石に恥ずかしいからな、とギン千代。

 しかし、ここで事件は起きた。

 己の技に更なる力をと刃から雷を発した刹那、一際目立つ大木に命中したという。
 その直後に、と幸村の言い争いが聞こえたらしいのだ。



 「その時、花がどうこう言っていたのでな………もしかしたら私が雷を命中させた大木が元で喧嘩をしたのだと――」
 「あははっ! 雷の犯人は貴女だったのね、ギン千代」

 あの二人を気にするギン千代を余所に、突如声を上げて笑い出す

 ――道理で被害が小さいと思ったわ。

 落雷の際に傍に居た二人に被害がなく、その場も穿つ事なく黒く焦げていただけであった事実。
 そして、枯れたと思っていた大木に花が咲いた事には不思議に思っていたのだが――
 成程、それがギン千代の放った技であれば合点がいく。
 思わぬ犯人の出現に笑いながらも大丈夫よと張本人に言い聞かす
 そして――

 「まぁ、雨降って地固まるってとこよギン千代。 少なくとも彼らの仲はあれで進展したんだから」

 目の前の女がいきなり笑った事に目を白黒させるギン千代の肩を励ますかの如くポンと軽く叩き、事の顛末を語り出した。










 劇終。



 アトガキ

 注意 : タイトルは 『いかづちにとどろく こい おもい』 と読んでください orz

 ども、サプライズ飛鳥です。(←なんだこの名乗りわ
 とゆーわけで、このお話は――
 見事楽しい?キリ番を踏んでしまわれたw波音まはなさんへ捧げるリクエスト夢です。

 そのキリ番は――56666。
 音にすると『ゴロロロロ』っつーわけでリクエスト内容は『雷に因んだ話』。
 そして、前回の相互記念リクエストと同様にヒロインコラボというものでした。

 リクエストを受けた瞬間に思いついたネタとはちょいと遠くなりましたが…如何ですか?
 今回は戦闘シーンもなく、チョイスした拙宅ヒロインも非戦闘要員である軍医。
 なので、ちょいとほのぼのした雰囲気を目指してみました。
 (前回同様、お姐さんモードの拙宅ヒロインがお節介してますが;;)
 そして、今回は拙宅ヒロインにもお相手さんを!っつーことでアノ方にもご登場願いましたv
 (因みに、オチを飾ってくれたアノ方の登場シナリオは別………捏造ですv ←をい!)

 このようなお話でも宜しければお納めください、まはな殿!
 そして、お読みの皆様が少しでも楽しんでくださる事を祈って――


 最後に、ここまで読んでくださった皆様と、素敵なオチを考案してくれた情報屋に――
 心から感謝いたします、ありがとうございました!


 2009.05.27   御巫飛鳥 拝


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