あなたの心、掴みに行きます




 「さん」

 模擬戦のために軍師がそれぞれ陣の配置を発表して検討し合ってて…今それをまとめている。

 「さん」
 「ん…」
 「さん」

 皆が出て行って、その足音も聞こえなくなって。
 もう何度目かっていう呼びかけで、顔を上げた。
 陸遜君が作業を手伝います、って手を挙げてくれてたことを忘れて、皆の計略に思わず夢中になっていた。
 否、忘れてたんじゃなくて、少し夢中になっているふりをしていた。
 呆れて、帰ってくれないかな、って。



     『あなたの心、掴みに行きます。』



 ひと月前だったかな、同じ瞳で彼にそう言われて、困ってしまったことを思い出す。
 それからは軍議の後や酒宴の席でも彼は私に声をかけてきて、
 相手をするまでお行儀良く座って待っている。
 周囲が熱っぽい視線に気づかないわけがない。
 あれこれ聞かれるし、人の口に上るようになって本当に参っていた。



 「あなたの心、掴みに行きます。これって、どういう意味なの?」

 私から踏み込み事は不利と思ったけれど口火を切った。

 「言葉の通りです」

 こくんとうなずいた彼は、さらりと答えた。
 あえてなのか、その気持ちを言ってくれないようだった。

 「うぬぼれなら聞き流してね。私は家柄なんて何もない出自の下っ端軍師、あなたは呉の名家の出で将来を期待される知将。私はあなたよりずっと年上の女で、あなたは呉で一、ニを争う人気者よ」

 様子を見たけど、彼は静かに聞いている。

 「そんなあなたが、どうして私なんか…?」
 「私はそういう要素に興味はありません」

 彼は、私との間にある地図の上に散らばった駒をざっと脇へどけた。

 「さんの心を掴むために、それらは必要でしょうか」

 その答えに虚を突かれて、私は彼を見た。瞳の奥には炎が立ち上っている。

 彼は机上から地図まで取り去った。

 「さんの方こそ、お見合いの話が沢山あるほど人気がおありなのに決まった男性はおられないのかなとか、重鎮の方とも親しげにお話をされますから、年上好みなのかと…。それにさんの方が私より身長が少し高い…男の方が低いのはやはり気にされるだろうか、と。それに…」
 「うん」
 「…!」

 冷静に戻った私が相づちをうつと、熱弁していた彼は口を閉じた。

 「お見合いは面倒だから断っていたの。お付き合いをしている方はいないわ。おつとめが長いと私みたいな平軍師にも重鎮の方々はお話してくださるものよ。男性の身長の高い低いは気にならないわ。…それに?続きは?」
 「いえ…。我を忘れて、さんを問い詰めてしまいました。申し訳ありません」

 彼は頭を下げた。

 「そんなに思ってくれていたなんて、うれしい。ありがとう」

 私の本音は、ぽろっと出た。

 「っ、さん」

 彼は悔しそうながらも頬を染めた。
 まさに我を忘れた、こんな陸遜君ははじめて見た。
 私の言葉に戸惑った顔を見ているだけでくすぐったくなってくる。

 「年下をからかわないでください…」
 「ごめん、ごめん。そんなことないよ、年下だなんて思ってないから」
 「本当ですか!?」
 「私のことも、おばさんなんて思わないでね」
 「そんな!」

 さんはさんです、と彼は笑っている。
 意外にたくましい腕を伸ばして、手のひらで私の手を包み込んだ。



 「好きです、さん」

 「…ありがとう」



 私のうぬぼれだと思っていたから最後の最後まで、気が抜けなかった。
 だからこの最後の告白で、ほっとしたってことは、彼には黙っておこう。







 劇終。



 ♪ こちらは作者様のあとがきです ♪

  ☆ 愛抱く心に10のお題 3.あなたの心、掴みに行きます。
  やっと、やっと最後までたどり着きました。最後は陸遜君夢でお題全てが完成しました。
  年下イケメン…完全に桜庭好みの範疇外でありながら、お相手に彼を選びました。
  眩しくて見ていられないような彼から熱烈に好きとアピールされたらどんな気持ちになるだろうと…。
  少しでもお楽しみいただければ幸いです、ご覧頂きありがとうございました!



 ♪ ここからは管理人のアトガキです ♪

 アタクシ、ただ今感激の大波にしかと乗っかっております!!!(何

 こちらは作者様ご本人からのご好意で戴いたものです。
 当サイトのお題をご使用くださり、その全完成の記念として。

 あぁんもう、使ってくれるだけで嬉しいのに、そのお話の一つをくださるなんてぇっ♪

 ………と、キモイくらい悶えました(笑
 こちらのお題は、企画サイトでも使っているんですが…
 やはり、作者様によって捉え方が違って楽しいですね。
 桜庭さんのお話は、策士ながらも少年らしさが失われてないりっくんと、年上女性とのやり取り。
 どっちが勝つか負けるかでなく、ちょっとした駆け引きっぽい感じも彼ららしい。
 今後はヒロインさんがしっかりと手綱を握るんだろうなぁと思いつつほくそ笑みwww

 桜庭さん、今回は心がほっこりするような優しいお話をありがとうございました!
 当サイトのレイアウトですが、しっかりと飾らせていただきます!



 2010.10.09   飛鳥 拝礼



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