夢の彼方へ










 「・・・終わった、のか?」

 たったの今まで激しい戦場であったその場所で、味方の勝鬨が上がる。
 周りに転がるのは敵であったものの躯。
 その場所に呆然と立ち尽くし、気が抜けたようにポツリと零せば、傍らで共に戦っていた夏侯淵が、やれやれとため息一つ。

 「長かったなぁ」
 「・・・淵?・・・あぁ、そうだな。殿が望んだ覇道、やっと、成ったんだな」

 長かった、本当に。

 「殿・・・見ておられますか?」

 曹魏の勝利を祝うように晴れ渡った空を見上げ、は今は亡き曹操へと問い掛ける。
 己が主は曹操のみ。
 あと一歩、というところで曹操が病没して後、嫡男である曹丕がその意思を継いだ。
 だが、曹操の傍らを常に歩んできた夏侯惇や夏侯淵、そしては、曹丕を「殿」と呼ぶことはなかった。
 己が突き進むのは曹操が思い描いた覇道のみ。
 己の信念を貫き通す三人に、だが当の本人である曹丕は気に留めることもなく、むしろ端から分かっていたかのように自由な振る舞いを許した。

 「好きにするがいい」

 咎める家臣に構うことなく、たった一言、そう言い置いて。




 視線を落とせば、勝利をさして喜ぶ様子もなく、相も変わらず冷静に戦場を見つめている曹丕の姿。

 「可愛げのない奴だなぁ」

 少しくらい喜んでみせろ、と顔を顰める夏侯淵に、今更だろうと苦笑する。
 それから小さなため息一つ。

 「なぁ、淵」

 再び空を見上げつつ声をかければ、どうした、と夏侯淵が訝しげな声を上げる。

 「この先、どうするつもりだ?」

 曹操が望んだ天下は曹魏のもの。
 だが、最早曹操はここにはいない。
 この先に示される道は、曹操のものではなく、後を継いだ曹丕のもの。
 我武者羅に駆けてきた道は、ここで途絶える。
 いったいこの先どうするべきか。
 空を見上げたまま問うに、夏侯淵はしばし考え込んで後、

 「さぁなぁ・・・なるようになるんじゃねぇか?」
 「・・・フッ、お前らしいな」
 「そういうはどうする気だ?」
 「私か?そうだな・・・・・」

 一瞬視線を落とし、再び空を見上げる。
 それから静かに口を開く。

 「なぁ淵、覚えているか?随分と昔、夢があると話したことがあっただろう?」
 「夢?・・・あぁ、確か────」



 『殿の覇道が成った時、この乱世が終わった時、私は・・・ただ、あいつと静かに笑って暮らせれば。そう、思うんだ』



 確かそんなことを言っていた。

 「ならお前は惇兄と?」
 「・・・いや、あれは私一人が望んだこと。元讓が隠居生活などできる質だと思うか?」
 「・・・いやぁ・・・それは・・・」
 「だろう?だから・・・・・」
 「だから?」

 言葉を切る
 その先を促すように、の言葉を繰り返してみるが、いや、と頭を振ってはその先に続く言葉を呑み込んでしまう。

 「?」
 「・・・淵、今まで、ありがとう」

 共に駆けた日々を、私は一生忘れない。

 「、お前・・・?」
 「私は少し、休むことにする」

 人のいないような静かな場所で、この先は静かに暮したい。
 激動の中で過ごした今までとは全く違う世界に身を置いてみたい。
 そう言って微笑み、はその場を後にする。
 残された夏侯淵は複雑な表情でその背を見送る。
 その肩をポン、と一つ叩くものがある。
 振り返れば、そこに立つのは噂のその人。

 「惇兄?」
 「淵、はどうした?」
 「?・・・あぁ、なら・・・」

 あそこ、と指差すのがすでに小さくなったの背中。
 戦は終わったばかり。
 事後処理に、自分の隊へと戻ったのだろうと夏侯淵。

 「・・・なぁ、惇兄」
 「なんだ?」

 礼を言っての後を追おうとした夏侯惇を呼び止め、夏侯淵が遠慮気味に先ほどのの問いを、今度は夏侯惇へと向けてみる。

 「惇兄は、この先、どうするつもりなんだ?」
 「さぁな・・・だが、孟徳が目指した覇道、この先を俺達は見守る義務がある」
 「義務、ねぇ・・・」

 夏侯惇の答えに、の言うとおりだな、と深いため息一つ。
 いったい何だ、と顔を顰める夏侯惇に、最後のお節介とばかりに先ほどのの想いを伝えてみる。

 「惇兄、はどうするつもりだ?」
 「?あいつとて────」

 あいつも同じ思いだろうと続けられる言葉は、あっさりと夏侯淵に遮られ、思いもしない言葉に、夏侯惇は再び顰め面。

 「なぁ惇兄、の夢、覚えてるか?」
 「夢?」
 「・・・あいつは一人、静かに暮すってさ」

 いいのか?惇兄。
 記憶を辿り、いつかの夏侯淵の言葉を思い出す。



 『叶わぬ夢と言いながら、そう言ってる時のあいつは、本当に幸せそうな顔してるぜ?』



 「・・・淵、ここは、お前に任せる」
 「惇兄?」

 ポツリと告げ、夏侯惇は足早にの後を追う。
 再び一人取り残された夏侯淵は、一瞬顔を顰めて後、どこか満足気に微笑む。

 「ほんとに、最後まで世話の焼ける・・・」

 ポツリと零し、肩を竦めたかと思えば、踵を返し、自身も事後処理へと向かう。

 「さってと・・・忙しくなりそうだぜ」







               *               *               *







 「

 部下に指示を飛ばすの姿を認め、夏侯惇はその名を呼ぶ。
 粗方の指示を終えたは、夏侯惇の姿を認めると、後を副将に託して、夏侯惇へと歩みよる。

 「元讓?・・・どうか、したのか?」

 戦を終えて間もないというのに、己の下へと夏侯惇が来るなど、今までにあっただろうか?
 何かあったのか、と身構え、問うに、夏侯惇はしかし何とも曖昧な返事。

 「あ?・・・いや・・・お前がどうしているかと、思ってな」
 「元讓?・・・熱でもあるのか?お前らしくない・・・」

 熱でもあるのではないか、と顰め面で額に手を当てる
 そんなわけがあるか、とその手を払い、今度は夏侯惇が顰め面。



 (あぁ、そうか・・・元譲が、真っ先に勝利を分かち合うべき人はもう・・・)



 もう、この世にはいない。
 誰よりもこの瞬間を望み、そして今、誰よりもやりきれない思いでいるに違いない。

 「・・・殿は、見ているだろうか?」
 「・・・さぁな・・・あいつのことだ、存外、あの世で夢中になることを見つけたかもしれん」

 この世のことなど、もう忘れているやもしれない。

 「殿らしいな」

 誰よりも傍にいたお前が言うんだ、そうに違いない。
 私たちはまた、殿に遊ばれているのかもしれない。
 馬鹿な奴らと、きっと笑っているに違いない。

 「・・・
 「何だ?」
 「一度しか言わん」

 よく聞け。
 いったい何、と小首を傾げるに、夏侯惇は何故か視線を逸らしつつ、一歩歩み寄る。

 「俺は、あいつが示した道の、この先を見届けねばならん」
 「そう言うと思った────」
 「聞け」

 だから私は、と何か告げようとするの言葉を遮り、夏侯惇は続ける。

 「ここには淵がいる」

 この場所で、変わらずこの先を見続けていく人間は、他にもいる。
 それに、見届けるだけならばどこででも出来る。
 だが・・・

 「お前と・・・お前と二人で作るこの先の未来は、お前がいなければ成らない」
 「元讓!?」
 「言っておくが、俺は一度も忘れたことはないぞ」

 あの日の約束を・・・



 『孟徳の覇道が成って後は、お前とのんびり暮らすのも、悪くはなかろう』



 「・・・約、束・・・」



 『今は殿に譲ってあげる。でも、約束だからな元譲!』



 ほんの戯れ。
 その場凌ぎの約束。
 そう思っていた。
 たとえ、曹操が描き続けた覇道が成ったとしても、きっとその後も夏侯惇は曹操と歩み続ける。
 そういう男なのだと、は思っていた。
 そういう男だからこそ、惚れ込んだ。
 不器用な夏侯惇が、生涯付き従うと決めた相手から、自分の為に離れたりはしないと、には分かっていた。
 だからこそ、一人で去ることを決めていた。
 それなのに・・・

 「何を泣く?」
 「・・・っ!?」

 知らず流れていた涙を慌てて拭おうとして、だがそれは夏侯惇に阻まれて叶わない。
 代わりに止まることを知らぬ涙を拭うのは、夏侯惇の武骨な手。

 「一人では行かせん」

 約束をした。
 俺が左目を失ったその日に。

 「、俺の眼になってくれ」

 失ったこの左目に。

 「何を?・・・今更、いらないだろう?」

 その眼に光は宿らずとも、見えているんだろう?

 「この先、何があるか分からんだろう。後は老いていくばかりだ」

 右の眼も、失わんとは限らない。

 「老いたお前の世話をしろというのか?」

 お前が老いるというのなら、私も老いるに決まっているだろう?
 いったい誰が私の世話をしてくれるというんだ?

 「決まっている」

 俺がお前の世話ぐらいしてやる。

 「無茶苦茶だな・・・だが・・・」

 それもいいかもしれない。
 私を必要としてくれるのなら、断る理由など、どこにもない。

 「後悔、しないか?」

 お前の隣を歩むのは、本当に私でいいのか?

 「それこそ、今更だろう」

 いったいどれ程共に歩んできたと思っている?
 嫌ならとうの昔に別れていただろう。

 「・・・淵に、感謝しなければな」
 「何?」
 「随分と、世話を焼いて貰った。どうせ、今回のことも、淵に何か吹き込まれたんだろう?」

 悪戯に笑むに、夏侯惇は言葉を詰まらせる。
 図星か、と笑って

 「そうでなければ、お前がわざわざこんなことを言い出すとは思わないからな」

 お前らしくない。
 クスクスと笑う
 顰め面で顔を背ける夏侯惇。
 拗ねたのか?と顔を覗き込めば、そんなわけがなかろう、と更に顔を背ける。

 「元讓」
 「何だ」
 「ありがとう、元讓」

 己を包む温もりに、一瞬呆ける。
 だが次の瞬間には、満面の笑みを浮かべるを愛しげに抱きしめる。

 「共に・・・」
 「うん」

 この先は戦のない平和な場所で。
 喧騒からは離れた人知れない穏やかな場所で。
 たった二人の時間を。
 たった二人の場所で。
 ずっとずっと、永遠に。。。















↓こちらは作者様からのあとがきです↓

2万打お礼フリー夢第二弾!
ということで、こちらは激闘の末勝利を収めた惇兄夢です。
お相手が武将ヒロイン、ということで・・・
こちらのお話、実は2年ほど前に書いた短編「ささやかな夢を」の続編のようなもの。
いつか機会があれば書きたいなぁとずっと思っていた1品です。
淵ちゃん、相変わらずキューピッドしてくれてますw
ソソ様はね、いると収集つかないから御臨終いただきました(こら!)
と、いうのと、惇兄と最後まで争い抜いた末に惜しくも2位となってしまった曹丕さんに僅かな陽の目を・・・
という目論みでこんな感じになりましたw
いかがでしたでしょうか?
もし、気に入った!という方がいらっしゃいましたら、こちらももちろんフリーなので、どうぞお納めください。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!



 ↓ここからは管理人のコメントです↓

 まずは………2万打おめでたう!
 なんだかんだで正式に祝いの言葉を言っていなかったのでここにて。

 んでー。。。
 その際のアンケートに回答したんですが…
 実は次点のピ様に一票を投じていたアタクシ(笑
 しかし、トップが惇兄ちゅーことで、やっぱり出てくれましたね、彼。
 (あのツンデレっぷりとモーション(5の)がマイブームだったりする我ら夫婦)

 いやしかし………
 うん、こういった感動モンのお話、好きですねーv
 惇兄の人となりもちゃんと出ててもう悶えずにはいられませんべい!

 なので。
 しっかりと強奪してきちまいましたwww

 相変わらず頂き物のおおい当サイトですが…
 このお話でほっこり温まってください!

 しのめちゃん!
 此度は素敵なお話をありがとうございました!
 こんなヤツですが今後ともよろしゅー!

 2010.01.19   飛鳥 拝礼




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