悔しさの裏側
「聞いてますか!?曹丕様!!」
穏やかな昼下がり。
惰眠を貪る猫たちが、ビクリと身体を震わせて逃げだすほどに、長閑な光景とは裏腹の、本日何度目かの激しい怒声が城内に響き渡る。
何事か、と歩みを止めるのは、滅多に城に足を踏み入れることのない商人たち。
一日の大半を城内で過ごす者たちからすれば、またか、と苦笑すら漏れる日常の一端。
「・・・はぁ・・・」
「何ですか?そのあからさまなため息は!?」
「・・・もう少し静かにできぬものか?」
私は執務中だ。
気が散る。
言いたいことはそれだけか?
ならば早々に立ち去るがいい。
煩くて敵わぬからな。
話がある、とが主である曹丕のもとを訪れてからというもの。
曹丕は大人しくを招き入れたものの、どうやら執務は止めるつもりはないらしく、用があるならさっさと言え、と言うだけで、顔すら上げることはなかった。
幼いころから仕えてきたであるから、それは最早いつものこと、と割り切って、自身も気にすることなく言いたいことを言いはするけれど。
「曹丕様!!」
我慢が限界を超えることもある。
相手が魏を束ねる身分である、などということにはお構いなしで、は曹丕が執務をしている卓を勢いよく叩く。
案の定、今までが何を言っても涼しい顔で適当な返事をし、執務に没頭していた相手は、端整な顔を顰めて、漸くをその視界に捉える。
何をする、と目で問う曹丕を見下ろすように睨みつけ、
「ちゃんと聞いてください!」
「お前の話は長い」
「っ・・・曹丕様が真面目に聞いてくださらないからです!!」
再び勢いよく卓を叩けば、端整な顔は更に歪められる。
「甄姫様!甄姫様も何か言ってください!」
曹丕様には私の声は届かぬようですから。
散々怒鳴り散らし、それでも態度の変わらぬ曹丕に、最後の手段、とばかりに、背後に控えていた甄姫へと助けを求める。
だが、頼みの甄姫は困ったように笑うだけ。
何か言おうと口を開くより早く、曹丕が甄姫に命ずる。
「甄、そいつを摘み出せ」
煩くて敵わん。
言うだけ言って、再び執務に没頭する曹丕。
こうなっては取り付く島もない。
甄姫に促されるまま、今日はこれまで、と大人しく曹丕の執務室を後にする。
「もぉ!腹立つ!!甄姫様はよく平気な顔で傍にいられますね」
「クスッ、妻が夫を傍で支えることは当然のことですわ」
「それはそうですけど・・・・・・いえ・・・もういいです」
反論しかけ、この人には言うだけ無駄かもしれない、と小さく頭を振って、そこまで出かけた言葉を呑み込む。
「おかしな」
「放っておいてください」
さぁ、甄姫様はもうお戻りを。
貴方様が傍にいなければ、曹丕様の機嫌が悪くなります。
普段は素っ気ないし、随分と冷徹な面も持ち合わせているというのに。
甄姫のこととなると人が変わる。
その有様を幾度か傍で見てきたは、面倒事は御免、とばかりに甄姫の背を押し、曹丕のもとへ戻るように急かす。
「そう焦らずとも──────」
「いいえ!お急ぎください!」
甄姫様を横取りしたと勘違いされて、後で嫌味を散々聞かされるのは私なのですから。
仲睦まじすぎるのも考えもの、とは漸く踵を返す甄姫の背を見送って、今日一番のため息を、ここぞとばかりに吐き出すのであった。
* * *
「曹丕様」
名を呼べば、振り向いた顔はあからさまに歪められていて
「なんて顔なさってるんですか」
は腰に手を当て、仁王立ちでため息一つ。
「そう、あからさまに嫌がることもないでしょう?全く・・・まぁ、いいです。それより曹丕様、今日という今日は、本陣から絶対動かないでくださいね!」
「お前に命令される謂れはないが?」
「命令じゃありません!お願いです!!」
主に命令する部下がいったい何処にいるというのですか?
「・・・何ですか?その、お前ならやりかねん、とでも言いたげな顔は」
「ほぉ・・・漸くお前も私の言いたいことが分かるようになったか」
「なっ・・・」
ニヤリ、と意地悪く笑む曹丕に、は言葉を詰まらせる。
そもそも言葉で曹丕に勝てるはずもないのだが・・・
と、言っても、他にも何一つ、己が主に勝てる要素が見つかろうはずもないのだが。
「──────兎に角!動かないでください!絶対!甄姫様!この際鎖でも何でもいいので縛り付けておいてください!」
でなければ、臣下のささやかな願いの一つも聞いてはくれないんですから。
憤慨するを宥めつつ、曹丕の傍らに控えていた甄姫は困ったように笑う。
「それはさすがに、困りますわ」
見張りは引き受けよう。
守りも引き受けよう。
でも、さすがに縛り付けておくことはできない。
「後が怖いですもの」
貴方が代わりに仕置きを受けるというのなら、考えるけれど。
「・・・遠慮します」
甄姫の隣で、まるで他人事のように意地悪く笑っている曹丕をチラッとみて、は何故か背筋が冷たくなるのを感じる。
これ以上は身の危険になりかねない、と踵を返す。
「では、私は夏侯惇様と合流しますので!」
遅れてはどんな小言を言われるか分ったものではない。
「夏侯惇?仲達はどうした?」
は本来曹丕の傍にあるべき護衛武将である。
だが、己より遥かに力のある甄姫が、曹丕の傍には常に仕えている。
ならば、己は戦を早急に終わらせるべく動く方がいい。
主が痺れを切らし、己の危険を顧みず、本陣を飛び出してしまう前に。
そんな理由から、いつもであれば、は大抵司馬懿の指示で裏工作に回ることが多いのだが・・・
常に前線にある夏侯惇と合流する、ということは、此度の戦でのの役割は裏工作ではないということ。
曹丕の護衛に付く以上、とて、そこそこの実力を持ち合わせている、ということ。
時には今回のように前線に出ることも珍しくはないのだが、然程機会が多いわけでもない。
どちらかといえば、援護に徹する方が多いのだ。
「司馬懿様ですか?その辺にいらっしゃるのでは?」
敵は蜀。
軍師は諸葛亮。
「いつになく、気負っておられるようでしたけど・・・」
大丈夫でしょうか、と少しだけ心配してみる。
諸葛亮には勝てないのか、と珍しく塞いでいる姿を、先日偶然間の当たりにしてしまったから。
策で勝てぬなら総力戦。
先日の軍議でそう決まった。
だからこそ、も前線に、と・・・
「まさか曹丕様、また真面目に司馬懿様のお話を聞いておられなかったのですか?」
雌雄を決しようかという大切な戦の前の最後の軍議で、軍師の策を全く聞いていなかったのか、と呆れる。
応とも否とも言わぬ曹丕に、は勝手な解釈を付けてため息一つ。
「司馬懿様・・・僭越ながら、心中お察し致します」
ポツリ、と零して見やるのが、何処か遠く。
「何か言ったか?」
「いいえ!何でもありません!」
それでは行って参ります。
くれぐれも、動かないでくださいね!
最後の最後に念押して、は本陣から駆け出す。
先行く夏侯惇の軍に追いつくために。
* * *
小賢しい策を披露される前に、力で持って捻じ伏せる。
はずであったのだが・・・
「・・・押されてるんですけど?」
司馬懿様の馬鹿、と思わず悪態付けば、「煩い!馬鹿めが!」と怒鳴り返してくる司馬懿が容易に想像ついて、苦戦の最中だというのに、思わず苦笑が漏れる。
「何を笑っている?」
それが、敵を挑発しているように見えたらしい。
今まで以上に攻め手を激しくしてくる敵に、八つ当たりと知りつつ、再び心中で司馬懿に悪態付く。
「くっ・・・・・」
なんとか攻撃を防ぎつつ、返す手で攻撃を仕掛ければ、敵が距離をとる様に一端引く。
その隙に、少しでも現状を把握しようと辺りを見回して、唖然。
「・・・遠い・・・夏侯惇様・・・一人で先行きすぎ!!!」
待ってください、と叫んだところで聞こえはしないのだが、叫ばずにもいられない。
早く追いつかねば理不尽に怒られるに違いない。
「勘弁してよ」
急がねば、と逸る気持ちが、視野を狭くする。
目の前の敵に気を取られ、何とか叩き伏せて一息ついた時には、既に次の危険が迫っている。
「っ!?」
気づいた時には既に遅い。
避けられない、そう思ったときにふと過る言葉。
『武では我らが勝る』
あれはいったい誰の言葉であったか・・・
「全然勝ってないじゃん」
嘘つき。
こんなところで終わるのか、そう思うと、目の前の敵の動きが、随分とゆっくりに見える。
私が死んだら、甄姫様くらいは悲しんでくれるのかな。
曹丕様は、きっと、興味ないんだろうな。
煩いのがいなくなったって、むしろ、喜びそう。
それはちょっと、嫌だな。
夏侯惇様は顔を顰めて、司馬懿様はまた、馬鹿め、って言うんだ。
容易に想像できる面々の反応に、知らず笑みが零れる。
随分と呆気ない最期だ、そんなことを思ううちに、敵の刃がすぐ目の前。
終わったと思うと同時に聞こえてくるのが、刃の交わる音と、誰かの得物が弾かれる音。
それから・・・
「威勢良く出て行った割には、情けないものだな」
「なっ・・・曹丕様!!??」
いったい何故、と立ち尽くすに、甄姫が駆け寄り、怪我はないかと心配してくれる。
「甄姫様・・・手綱が、聊か緩すぎるのでは?」
「暴れ馬を止めるには、私の力だけでは、聊か困難のようですわ」
悪びれもしない甄姫の言葉に、は何処か力が抜ける。
「何をしている?私一人に働かせるつもりか?」
それでもお前は私の護衛か?
これではどちらが護衛か分かりはしない。
顔を合わせるなり悪態付く曹丕。
助けてもらった礼を言わねば、と口を開きかけたであるが、顔を顰めてその言葉を呑み込んでしまう。
傍らで甄姫が意地悪く笑ったかと思えば、二人を守る様に一人奮戦する曹丕を尻目に、にこっそりと耳打ちする。
「口ではなんと言っても、貴方が心配で仕方がないのですわ」
が前線へ行くというのなら自分も。
護衛が主の傍を離れてどうしようというのか。
「それって・・・」
── 私の、為? ──
自惚れだろうか・・・。
だが、確かに曹丕が本陣を空けるときは、大抵が前線で奮戦している時で。
が傍に控えている時に本陣を抜け出したことはなかったような・・・。
そう思い至って、小さく頭を振る。
「なんか、ただ名目に使われているだけの気もするんですけど・・・」
そっちのほうが、しっくりくる。
見張りの目が緩い隙に、好き邦題暴れているだけ。
そんな気がする、と言うに、甄姫は「どうかしら」と小さく笑う。
「甄」
「分っておりますわ、我が君」
「」
「ふぅ・・・曹丕様、甄姫様、ここはお任せ致します」
の言葉に、曹丕の顔が歪むが、は気に止めない。
出てきた以上は働いてもらわねば。
曹丕の働きは、兵の士気に大いにかかわる。
不利な状況を打開するには、士気を上げるのが一番。
「夏侯惇様が随分先に行ってしまわれました。早く追いつかないと・・・」
私の此度の役目は夏侯惇様の援護ですから、と言うが早いか、曹丕の反論など聞く耳持たずは駆け出す。
堪え切れない笑みを少しだけその顔に乗せて。
── 本当に心配してくれてるなら、偶には素直に言ってくれればいいのに ──
「よし、頑張ろう!」
大切な主を守るために。
大切な仲間を守るために。
大切な国を守るために。
漸く見えてきた目指す相手に多少怒鳴られることは覚悟の上で。
── 絶対、勝ちましょうね、曹丕様 ──
思い返せば幾度となく救われてきた命。
もう少し、大切にしなければ、と思いつつ、は激戦の中にその身を投じるのであった。
↓↓↓作者様よりあとがき↓↓↓
すいませぇえええん!!!!!
大変長らくお待たせしてしまいました!!(土下座)
20800番GETおめでとうございます!&リクエストありがとうございました!
頂いたリクエストは・・・
生意気タイプの女の子がツンデレに食って掛かる。
恋愛感情とかはお任せで・・・別に甘くなくてもいいしw
ってことだったんで・・・甘くないですw
ただの護衛ですw
ガッツリ食ってかかってますけど・・・ツンデレになってるかなぁ??
それだけが心配だったりorz
ちょっと甄姫姐さんにフォロー入れてもらったんですけどw
司馬懿が哀れなポジションですけどw
こんなので大丈夫でしょうか!!??
お題もいくつか頂いていて、こちらはリクエスト聞いた段階で即決まってたんですけど・・・
ヒロイン名は三国設定のほうでお借りいたしました♪
どっちも捨てがたかったんですけどねw
フォロー役を甄姫姐さんにしたところでヒロイン決定。
キャラはあっさり出来てましたけどねw
どちらかと言えば私がよく書くタイプだったから・・・
勢い付いたらあっという間に書けちゃったんですけどねw
そこまでが大変でしたが、楽しかったです!!
改めまして、素敵なリクエスト、ありがとうございました!!
こんなものでよろしければ、どうぞお納めください。
いつものように、飛鳥さんのみ、苦情・書き直し等々お受けいたします!
お受け取りの際は、お好きに御調理くださいw
2010.4.5 鎹 紫乃瑪
↓↓↓ここからは管理人のコメントです↓↓↓
きゃー!キリリク来たー!
うぎゃぁ王子だよ!ツンデレだようっひょぉぉぉぉぉっ!
といきなり大騒ぎしたのはアタクシw
自分で王子書かない(←書けない?)ので、むっちゃんにお願いしちゃいましたw
ちゅーわけでこちらはキリ番ゲッターだったアタクシがむっちゃん宅で踏んだ20800番のキリリクです。
しかし………詳しいリクエスト内容を忘れてしまってご本人に訊き直したのはご愛嬌?(汗
リクエスト内容は
当サイトのお題を使用してというもので、ツンデレが見たいと(笑
ヒロインの名前も一応指定してしまったんですが…いやいや使用していただけて嬉しい限り!
そして………
お話の内容に思い切りむふふふふふーvと変な笑みを零しましたとさ(←キモイよ!
やっぱり王子はこうだよ!心配してても表に出さないツンデレだよ!
と叫びながら読んだのは勿論。
先行しすぎる惇兄の強さに更ににやけ。
嫁のツッコミ?にも終始楽しませていただきましたw
夫に暴れ馬てwwwww
長くなりましたがむっちゃん、此度は素敵な夢をありがとうございました!
これからもワガママを言う事がしばしばあるかと思いますが…
末永くよろしくお願いしますです!!!
2010.04.07 飛鳥 拝礼
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