――花も綻ぶこの季節。

    色とりどりの花が舞う、希望が絵になったような景色。



    だけど、あなたは――










 楽しさの連鎖










 この人は、今日も難しい顔をしている。
 窓を閉め切った、埃臭い執務室で。
 時折さっき私が置いたお茶を啜りながら、所狭しと開かれた書簡を穴が開く程読み耽る。

 どうしてそこまでやる必要があるの?

 私が訊く度にこの人は言う。
 私の目指すものがまだまだ先にあるから、と。

 伯約が頑張り屋さんなのは、婚約者の私もよく知ってる。
 その辺は丞相も認めてるところだもんね。
 だけど――



 「伯約、そこまで必死になって勉強していて、楽しい?」

 私は、そう訊かずにはいられなかった。





 「楽しいも何も…私は未だ未熟だ。 いいか、私は丞相の負担にならぬよう、日々努力し続けなければならないのだ」
 「それ、ぜんっぜん答えになってないんだけど」

 書簡から一瞬でも目を離さずに言ってくる伯約に、私はふくれっ面で答える。
 ………きっとこの人は、今の私が物凄く機嫌が悪いのも解ってない。
 だって、すっかり忘れてるんだもん。



 ――ねぇ伯約、さっき中庭を見たら花が満開だったの!
    明日お休みだからゆっくりとさ、一緒にお花を見ようね――



 昨夜、食事の時に交わした約束。
 絶対だよ、って念を押したのに………。










 「喜んでくれ、私にも漸く認めてくれる人が現れた!」

 ただの手駒としてしか見ていなかった前の君主から、今の軍に降り――
 この軍の丞相――諸葛亮様の下で働くようになってから、伯約はあまり笑わなくなった。
 あの時ははち切れんばかりの笑顔で、それはもう心から嬉しいという感じで喜んでいたのに………。



 今の伯約からは、それが感じられない。
 心の底では幸せを感じてるのかも知れない、だけど………。

 休みの日も殆ど外に出る事もなく毎日毎日書簡と睨めっこじゃ、仕舞いには身体に黴が生えてきちゃうんじゃないかな。

 だから私は決めた。
 今日は何が何でも外に連れ出して、一緒に花見をするんだ!
 時には息抜きも必要だ、って誰だって思う事でしょ?

 ………でも、その前に私がこの怒りを昇華しないと、ね。





 空になった茶碗を持って一旦廊下に出た私は、直ぐに戻ると皺を寄せている伯約の眉間に指を思いっきり突き立ててやった。
 そして――



 「痛っ! 何をするんだ、
 「何、じゃないわよ。 伯約、何か忘れてる事、ない?」
 「………??? それより、お茶のおかわりはどうした?」

 「おかわりは、なし。 それもこれも伯約、貴方へのお仕置きよ」



 約束してたでしょ、とぎろりひと睨み。
 女との約束を忘れるなんて、男の風上にも置けないんだから!

 すると、伯約はやっと顔を上げて私の顔を見て………直ぐに目を剥いた。
 多分………相当怖い顔をしてるんだろうな。



 「………っ! す、すまない! いや、昨夜あれから丞相がこの書簡の――」
 「言い訳は要らん! 恋人との約束をすっぽかして、この代償は高くつくぞ!」

 予定を入れたのは私の方が先じゃ!と私はもう一度伯約の眉間を指で弾く。
 これでも未だ何か言いようものなら、その綺麗な頬に紅い手形をつけてやる!



 だけど、私の右手どころか身体全体が伯約の腕によって忽ち固く拘束されてしまった。
 見た目よりずっと厚い胸板に顔が押し付けられて、呼吸も思うように出来ない。
 力も、見た目よりあるんだった………この人ってば。



 「………もがが!!!」
 「すまない、。 お前が怒るのも無理ないな………しかし、今からでも遅くはないだろう――」



 ――陽は少々落ちてしまったが、一緒に花見をしよう。
    それで、赦してはくれないか――



 「………もがっ、もががががっ!!!!!」



 卑怯だ! あんたは卑怯だ!

 ………って、私は言いたかった。
 だけど、胸板に押し付けられた口からは言葉にならない声しか出ないし、身体は力強い腕に包まれちゃってるし。
 あーもう! なんでこうなっちゃうのかしら。



 「………ぶはっ! だったら、早く外に出る準備しなさいよ、もう!」



 私は伯約の胸からやっとの力で顔を解放すると、嬉しさを噛み殺しながら精一杯の悪態を、吐いた。













 「………、とても綺麗だな」
 「でしょ? だから早く伯約と見に来たかったんだ」



 大きな中庭の片隅――

 満開の花に囲まれて、私達は並んで腰を下ろしていた。
 昨日何の気なしに見ていた花が、今は凄く綺麗に感じる。
 これもやっぱり、好きな人と一緒に見てるからなのかな。

 ――うん、やっぱり伯約を連れて来てよかった。



 満面の笑みをそのままに、私は持ってた桃饅頭を伯約に手渡す。
 これは昼食もろくに摂っていなかったこの人のために、私が作ったもの。
 何時もは埃っぽい部屋の中で食べる食事も、この晴れた空の下だったら美味しく感じるでしょ。

 「うん、美味い! 、偶にはこういった食事も悪くないな」

 ほら、ね。
 優しい風に揺れる花や舞う花びらを見ながら、伯約は頬張った饅頭に舌鼓を打つ。
 その笑顔を見て、私も同じ笑みを返した。
 ずばり、と伯約の笑顔を指差して。

 「そう! その顔よ!」
 「………ん? どうした…私の顔に何か付いてるか?」

 「久しぶりに見たよ、伯約の笑顔」
 「?………お前に笑顔を向けない日はないと思うんだが」
 「ふっふふー、違うのだよ伯約君」

 私はこう言うと、舞っている花びらの一つを宙で掴む。
 そして、何か訊きたげにしている伯約の手のひらの上に乗せた。

 「笑顔の種類が違う、って事。 今楽しいって思ってるでしょ? その気持ちが今の笑顔に出てるんだよ」
 「楽しい、か………確かに、楽しいな」
 「うん! 私も、伯約の楽しそうな笑顔を見てると楽しくなるよ!」





 綺麗な花に囲まれながら伯約と執務じゃない話をするって、本当に楽しい。
 だけど、それは花が綺麗だからじゃない。

 ――大好きな人と一緒に居る事が、楽しいんだ。



 「ありがと伯約、忙しいのに一緒に居てくれて」
 「ありがとう、お前が居なければ私はこの貴重な景色を知らずに季節を終えていただろう」

 どちらからともなく、二人同時に素直な感謝の言葉が出た。
 あまりにも時機がぴったりだったから、可笑しくて思わず噴出してしまう。

 「あはははっ! 何でここで同調するかなぁ」
 「あはは、それだけ、同じように楽しんでいるという事だろう、――」



 ――私も、お前と同じだ。
    お前が楽しければ、私も楽しくなるからな――



 ………あぁ。



 伯約の一言で私は解った。
 今迄、私はこの人が笑わなくなったから自分も楽しくないと思い込んでた。
 だけど――



 連鎖するのは、悲しみや憎しみだけじゃなかったんだね。










 「おぉ、花見とは粋じゃな! 姜維、………わしもちょいと混ぜてくれんか?」

 「この素晴らしい景色を放っておいては勿体ないでしょう。 孔明様、私達も少し休憩しませんか?」
 「えぇ………月英、偶には良いですね」

 「ようお前達、楽しそうじゃねぇか! 今そこから酒持ってくるからよ…兄者、これから皆で花見しようぜ!」
 「はは、それは名案だが………翼徳、程ほどにしておけよ」





 二人の楽しげな雰囲気に、何処からともなく自然と人が集まって来た。
 所狭しと座っていく仲間達に、伯約はどうぞどうぞと場所を空けていく。
 んもう………お人好しなんだから!



 ――貴重な二人の時間を、邪魔すんな!



 ………って、言いたいところだけど………

 うん、今回だけは見逃してあげよう。





 だって――



     心から楽しくしてる伯約の笑顔を、もう少し見てたいから――










 劇終。



 アトガキ

 ども、最近めっさ調子のいい飛鳥です(笑
 今回は…企画サイトがきっかけで相互リンクさせていただいたゆのりさんへの記念夢を投下します。
 いやー遅くなって申し訳ない!

 タイトルを見て解る方もいらっしゃるかと思いますが………
 リクエストいただいた内容が、私の考案したお題『楽しさの連鎖』でした。
 お相手はきょんか子龍さんで、って指定で…ここはかっこよさに磨きがかかったきょんで行こうと。
 今、私の中でもホットなお方なんで気持ちよく?書かせていただきましたーv

 お題『楽しさの連鎖』。
 連鎖という言葉は、本編にも書きましたが負のイメージがありますよね。
 それを覆したいと思った私が考案したお題です。
 一人が楽しいと思う気持ち――それが周りの人にも伝わればいいな、と。

 リクエストに100%答えられているか解りませんが――
 もし宜しかったらお持ち帰りください、ゆのりさん!
 そして、今後とも末永くよろしくお願いいたします!



 最後に、ここまで読んでくださった方々へ心より感謝いたします。


 20010.03.23   御巫飛鳥 拝


  使用お題『楽しさの連鎖』
 (当サイト「感情お題10連発!」より)


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