――私は、ここから新たな第一歩を踏み出すのね。
大きな会場の佇まいを見上げ、はひとつ呟いた。
今迄何度もたくさんの人に祝ってもらい、自分はここまで成長した。
だけど、今回はちょっと特別。
何故なら――
――不安と期待が入り混じった気持ちで今、彼女は扉を開く――
耀く女、晴れ舞台に立つ。
「これであなたも大人の仲間入りなのね………早いものだわ」
美容院ですっかり別人のようになったに、母が目を細めて云う。
一方、和服なんて初めてじゃないのに、と返しながらも言われた張本人もまんざらではない様子。
大好きな色の振袖を新しく調達してくれた母にも感謝だが、同時に髪結いをしてくれた美容師にも笑顔で礼を述べる。
「どうもありがとうございました」
「あらぁ…何時もの事なのに何畏まってるの、ちゃん?」
「え、いやあの………これ、思ったよりずっと素敵だから」
「それは着物を買ってくれたお母さんに言わなきゃ! ねぇ?」
美容師に勢い良く背中を叩かれ、咳き込みそうになりながらも照れ笑いを浮かべる。
それは、今迄何度も繰り返された光景。
習い事の成果を披露する場には必ずと言っていい程和服を着てきた。
その度にこの美容院へ足を運び、髪を結ってもらう。
しかし、今回はこれまでとは違うのだ。
――成人式――
この晴れの舞台を、どれだけの若者が特別だと感じるだろうか――?
「それじゃ、行って来ます」
「、着物は脱いだら直ぐに手入れするのよ!」
「ちょっ………母さん、注意するとこ違うって」
透き通るような晴天に女たちの笑い声が響き渡る。
その暖かい笑顔に見送られながら、は軽やかに踵を返した。
一路、晴れ舞台へ向かうために――
何時にも増して厳しい寒さとなったこの日、成人式の会場は熱気に包まれていた。
白い息を吐き出しながら、ある者は古くの友人と久し振りの再会を喜び、ある者は仲間同士談笑を交わす。
そんな中――
「やっと来ましたね――お待ちしてました」
周りの人たちと同じような正装をした一人の男が仰々しく礼をし、を丁寧に出迎えた。
この男の名は陸遜。
経緯は良く解らないが、遠く中国――しかも三国無双と言うゲームの中からやって来たらしい。
その割には新たな生活に戸惑う事がなく、しかも謎をたっぷり秘めた彼に、ははじめ近寄りもしなかった。
しかし時を経るにつれてその心は徐々に氷解し、そして――
「ごめんなさい、伯言………ちょっと準備に手間取っちゃって」
「はは、いいですよ。 大方、お母上や美容師殿とお話でもしていたのでしょう?」
「………悔しいけど、その通りよ」
出会ってから三年。
二人はの両親からも認められる仲となっていた。
今となっては身寄りのない陸遜を二つ返事で引き取ったお人好しの父に感謝せざるを得ない。
それがなければ、恋仲どころか彼との出会いすらなかったのだから。
「では、行きましょうか」
「えぇ。 でも、良かったわね………貴方も一緒に出られるようになって」
「これもお父上のお陰ですよ。 後でもう一度お礼をしなければ」
「そうね………何かプレゼントでも――」
「いいですね。 その案、私も乗らせていただきます」
楽しげに語り合いながら歩く後姿に、今迄生きてきた場所や思想の違いなど全く感じられない。
二人にとっては、共に過ごした三年の日々が全てなのだ――。
成人式の会場に入ると、外以上の熱気が二人を襲った。
今年成人を迎える人がこんなに居たんだ、と客席の上から黒やら茶やらが混じった山を見下ろしつつ感嘆の声を上げる。
と、同時に心の奥底から違う感情がわき上がってくる。
それは――
「凄い人………どうしよう伯言、何だか緊張してきた」
何の因果か――はこの地区の代表に選ばれたのだ。
新成人の決意と称して、壇上に上がって話をしなければならない。
原稿は既に用意してあるし、内容も全て頭の中に入っているのだが………
「………あぁダメっ、これじゃあそこに上がった途端真っ白になっちゃうわ」
「大丈夫ですよ。 私も舞台袖まではお供しますから」
「でも………どどどどうしよう………」
陸遜の腕にしがみ付き、カタカタと身体を震わせ始める。
それは陸遜にとって初めて見るの姿だった。
これまでも習い事の試験などに何度も立ち会ったが、ここまで緊張しているのは見た事がないのだろう。
しかし彼は笑顔を崩さずにの肩を抱き、言葉を放つ。
「、貴女にもそんなに可愛らしいところがあったのですね」
「えっ………何それ!? もう、こんな時に言われても嬉しくないわ」
「ふふっ…ほら、もう大丈夫ですって。 何時もの貴女なら上手く切り抜けられますよ、私が保障します」
「何時もの、って………クスクス」
何とも不思議な気持ちだった。
好きな人の腕に抱かれ、言葉を交わしているうちに緊張が解けていく。
まるですぅっと波が遠くへ引いていくかのように。
――何故、私が代表に選ばれたのか解らない。
ただの偶然、なのかも知れない。
だけど――
「折角の晴れ舞台だもの、楽しまなくちゃ、よね伯言」
「そうです、その意気ですよ。 それでこそ私の愛した人だ」
「なっ………こんなところで言わなくていいから」
「ふふっ………さ、始まりますよ。 とりあえず奥へ行きましょうか」
不意打ちに戸惑うの手を引いて、陸遜は会場の奥へと歩を進める。
二人の顔には最早心配のしの字も不安のふの字もない。
何時も自分を励まし、前へと導いてくれる陸遜に心強さを感じながら、は密かに頬を染めて微笑った。
陸遜の予想通り――
成人式、そしての晴れ舞台は滞りなく終了した。
の堂々とした演説は大人たちの大絶賛を浴び、中には是非我が社へ、とスカウトする者も居たくらいだ。
その、大人たちの人垣から漸くの事で逃れたは今、陸遜と共に地元の公園を晴れ着のまま歩いていた。
「本当にお友達とご一緒でなくても宜しかったのですか、?」
「うん………あの娘たちとは何時でも会えるし」
自分を気遣う陸遜に屈託のない笑顔で返すと、は少し前を歩き始める。
正直、あまり深く詮索して来ない事をありがたく思っていた。
何故ならここだけの話、陸遜と合流する前に友人たちと少しだけ話をしていたのだ。
『ねぇねぇ、の彼氏って超イケメンなんだって? 私にも会わせてよ!』
『彼氏君も一緒でもいいから遊ぼうよ!』
『こんな時くらいいいじゃん!』
「ごめんねみんな………こんな時だからこそ、彼と一緒に居たいの」
――今日は、やっと大人と認められる日。
この特別な日、私は彼に――
これは、ずっと前――二十歳の誕生日を迎えた日からが勝手に決めていた事だった。
大人になるという事は、自由になる事。
しかし同時にたくさんの責任も負う事になる。
それを深く考えた末に、彼女は改めて決意したのだ。
――伯言は覚えてるかしら?――
今から約一年前――
二人は神妙な面持ちで両親と対峙していた。
正式に付き合いを始めてから半年――二人の結婚を許してもらうために。
しかし父から放たれた言葉は未だ早い、の一言だった。
確かに当時のは未だ学生だったし、陸遜も戸籍がなく、父の仕事の手伝いが漸く軌道に乗り始めたばかり。
これでは幾らお人好しの父でも簡単には許せなかったのだろう。
だが、陸遜の人となりを理解しているのも事実。
そこで父は二人に条件を言い渡した。
――お前たちが成人を迎えるまで待て、と――
その、成人の日を漸く迎える事が出来た。
この日をどれだけ首を長くして待っていた事か。
愛する人とこの先も一緒に過ごして往きたい――この気持ちは、あれから更に強くなっている。
何も言って来ない相手に些か不安は感じるものの、の心の中には未来への扉がはっきりと見えていた。
公園の奥に差し掛かり、はそろそろだと笑顔を浮かべながら陸遜へと振り返る。
「ねぇ伯言」
「はい? どうしたんですか、改まって」
「………一年前の事、覚えてる?」
は二十歳の誕生日の時に陸遜から何も言われていない。
それが成人式の日まで待っているのか、はたまた彼が本当に忘れているのかは解らない。
しかし、にとっては今日がその日。
こうと決めたらとことん突き進む――これがの性分だった。
「一年前、父さんから言われた条件………達成した、よ」
「条件………そうですね」
「だから改めて言うわ。 伯言、私と――」
「この先は貴女の口からは言わせませんよ」
「ちょ、伯言! まっ――」
しかし決意を口に出し始めたその刹那、瞬く間の勢いで陸遜に拘束される。
その唇に触れる熱く、柔らかいもの。
突然の事に目を見開いただったが、人気がないのをいい事に、安心して陸遜の成すがままになる。
自分の腕の中で大人しくなるに満足したのか、陸遜はやっとの唇を解放してひとつ溜息を吐いた。
「………全く、私の方から言おうと思っていたのに」
「だって! 二十歳の誕生日の時、何も言わなかったじゃない………忘れているのかと思って」
「そんな筈ないでしょう? これは私にとっても大切な事なのですから」
ここで陸遜は己のズボンのポケットから小さな箱を取り出す。
そして自ら綺麗なラッピングを外し、中身を取り出すとそれをの目の前に晒した。
「これ………っ」
「はい、一年前にお店で見ていたものです。 ………もう一年も経ってますから探すのに少々苦労しましたがね」
「こんな事まで忘れてない、なんて………やっぱり伯言は只者じゃないわ」
「ふふっ………勿論受け取ってくださいますね、?」
「はい」
は陸遜からの贈り物を左の薬指にしっかりと入れる。
そして――
「ですが、これは私の気持ちのほんの一部に過ぎません。 これから先も………受け取ってくださいますか?」
「勿論よ、私だって負けないくらい貴方に気持ちを送るわ」
「コホン…では、改めて。 私と、結婚してください………」
「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします………伯言」
暖かい日差しが差し込む公園の片隅にて。
二人の影が、再びひとつに重なった――
――成人を迎えて間もなく、二人は再び歩き出す。
――新たな晴れ舞台へと――
劇終。
↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
(夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)
――お疲れさん、。 どうだった、今回の話は?
「…とても楽しかったわ。 武器を使うこともなかったし、プロポーズもされちゃったし」
――これで君の性格の軌道修正できたかな、と思ってるんだが。
「………それは飛鳥、あなたが勝手に決めた設定でしょ? もともと私はそんなに暗くはないわ」
――あはは…すまんすまん(汗)。 でも、これで君の任務は達成だ。
「じゃ、次は連載ね」
――おぅよ! これからも宜しく頼むぞ、。
「こちらこそ。 ………お手柔らかにお願いします(にっこり)」
――その笑顔が一番怖いんじゃぁぁぁぁっ!!!(汗
本当の終わり。
アトガキ
暖かい拍手、ありがとうございます!
此度はシリーズ『筆者の秘密指令!?』第3弾にございます。
またしても少々遅れてしまったこと、お詫びいたします orz
このお話は如何でしたか?
今回の指令内容は『戦わない、ごく普通の女の子を演じてくれ』。
嬉しいことに御前から彼女の第2衣装が公表され、それから浮かんだネタだったんですが…
何処か気が強く、何処か可愛らしい今時のオンナノコが書けたのでは、と思います。
今迄のお話と違う、三国無双での知将お相手となりましたが、楽しんでくだされば幸いです。
さぁ、次は誰が生贄になるのか――
それは来月までのお楽しみ、と言う事でv
あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。
2010.06.16 御巫飛鳥 拝
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