――人には心の潤いが必要だ。
荒れ果てた町並みを見渡し、はひとつ零す。
今や何も奪うものがないだろうこの地を、また賊が襲撃するという情報が入ったのはつい先日。
その際、何時もは舞のために振るう得物を戦いに使う事を彼女は決意した。
――この地の人々に再び潤いがもたらされるよう、強く祈りながら――
舞姫、荒れた街に立つ。
賊の襲撃という情報を得てから、この街は備えを厳重にしていた。
僅かながら残っている金品はこの村一番の頑丈さを誇る大倉庫へ持ち込まれ、人々もそこに籠る。
これで軍の到着まで持ち堪える、という寸法だ。
しかし――
「本当に軍の奴らは来てくれるのじゃろうか?」
「………今は信じるしかないよ」
街に残された人々の不安は拭い去れない。
今、軍は戦の連続で街一つの治安を護るどころではないだろう。
それはこの街の男たちが兵士として軍のために戦っているという事でも解る。
力のある男たちがこの場に居ないとなれば、軍に頼るしか生き延びる術はないのだ。
何時来るか解らない賊へ恐怖を抱きつつ準備は進む。
しかし慌しく動き回るその向こうから場違いだと思われる程の煌びやかな女が三人、歩いて来た。
彼女たちはそれぞれに笑みを湛え、真っ直ぐにこちらへ近付くと、その一人が開口一番こうのたまう。
「賊の襲撃があるというのはここだな」
「………何故それを?」
「私たちは軍の人間だ、そういった情報を得るのは容易い」
この、一見戦のいの字も知らないような女たちの訪問に人々は面食らった。
街の男たちや軍の兵が来るのならともかく、彼女らでは少々の人手にしかならないだろう。
そう思った人々は口々に軍は何を考えてるのかなどと呟きつつそれぞれの顔を見合わせる。
しかし――
「私たちが戦えないと思っているのならばそれは大きな勘違いだな」
刹那、暖色の衣装に身を包んだ黒髪の女が腰に下げていた物体を手に取ると鮮やかな手捌きを皆に披露する。
彼女が振るう得物、それは――舞でもよく使われている流星錘。
長い紐の両端に付いている先の尖った錘は、当っただけでも相当な打撃を与えられそうだ。
そして、彼女の行動に倣うかの如く他の女たちも己の得物を振るってみせる。
それはまるで美しい舞を見せているようであったが、同時に敵を一網打尽にしそうな程鋭くもあった。
「これで解ったかな? 私たちが来たからもう安心だよ!」
「………それを言うのは未だ早いぞ、三蔵。 私の策はこの者たちの力なくしてはあり得んからな」
「もう………出鼻を挫かないでくれないかな、女カ」
「ははは………と、いうわけだ。 宜しくな」
軍から来たと言う美女三人――
彼女らはそれぞれに、女カ、三蔵法師と名乗った。
ここに来た理由を訊けば、この街の情報を知って戦に手一杯な男たちに代わり是非にとこちらへと足を向けたと彼女らは云う。
どうやら、女だけでも戦えるという事を知らしめたかったらしい。
話の最後に漸く「私たちと共に戦って欲しい」と切り出したのだ。
しかし、戦う術を知らない街の人たちにとっては晴天の霹靂である。
「そう言われてもねぇ………私たちは戦なんてした事がないし」
「お嬢さんたちの足を引っ張るだけだよ」
「危険な事はするなって父ちゃんにも言われてるし………」
口々に何だかんだの理由をつけ、断ろうとする。
その様子を見渡し、はこれではいけないと大きくかぶりを振った。
「皆………女は耐え忍びながら待つもの、と誰が決めたんだ?」
身を賭してでも護りたいものがある――それは誰でも持っているものではないのか、とは街の者たちに訴えかける。
頑丈な部屋に閉じこもり、強い援軍を待つだけというのはとても容易い。
だが、それでは何も変わらない――いや、何も始まらないのだ。
「ただ待つだけの日々はもう終わりだ。 今こそ、我らも立ち上がる時だと思わないか?」
「でも、どうすれば――」
「戦う術など何処にでもある。 例えば――ほら、そこにある農具も時には人を護る武器になるんだ」
「………穀竿、が?」
「うん、そうだよ。 当ると痛いよね〜女カ」
「勿論だ。 これが元になった連接棍という武器もこの世には存在するのだぞ」
「だから………君たちも私たちと共に戦ってくれ」
「ここで頑張って、みんなでこの街を護ろうよ!」
ここで三人は改めて、君たちの力が必要だ、と言う。
刹那、この話を半信半疑で聞いていた街の女たちが意気揚々と立ち上がり始めた。
一丸となって、この街を護るために――。
「みんなで、って言うところが気に入ったよ。 いっちょ頑張ってみようじゃないか!」
「そうだ! この街をみんなで護るんだ!」
「嫌だったら中に籠ってりゃいいんだ、あたしはやるよ!」
「みんな! この街の武器になりそうな物を片っ端から持って来な!」
こうして、賊襲撃の備えは違う方向に動く。
勇ましく立ち上がった女たちはそれぞれに農具や刃物を持ち、街の入り口に仁王立ちする。
その姿は戦に出ている男たちに退け劣らない雄雄しさだ。
そして、街の者たちを鼓舞した女たちもその前に布陣する。
――さぁ、何処からでもかかって来い!
程なく、何も知らない賊の集団がこの街に雁首揃えてやって来た。
今回も労せずして金品や女たちを奪えるものと信じて。
しかし――
「そう簡単にやられると思うな! 意地汚い野郎ども!」
「女ばかりだって舐めんな!」
「お前らにやる物なんて何もないんだよ! とっとと帰んな!」
「………というわけだ。 すまんな」
力なく折り重なる賊どもを目の前に、は苦笑を漏らしつつ言い放つ。
女カの講じた策――女たちを鼓舞して賊を叩きのめす――は、本人も呆気に取られる程すんなり成功した。
賊が舐めてかかって来たというのも要因にあるが、勿論それだけではない。
想像以上に街の女たちの力があったという事だ。
自分たちの力で敵を退けた事に街の人々が歓喜に沸く。
口々に私たちもやれば出来るんだ、とかこれでもう怖いものはない、とか言いながら。
それを見ては思った。
――この者たちはもう大丈夫だ、と――。
「――いいの? 何も言わないで」
「あぁ。 あの者たちは既に己の力で立ち始めた………もう私の出番は終わりだ、三蔵」
「格好良過ぎだぞ、。 どうせならば祝いの舞でも披露して来ればいいものを」
「はは、それはいい考えだったな、女カ」
喜びに活気付く街を背にして微笑い合う美女三人。
彼女らもまた、その心に充実した潤いを湛えていた。
自分たちの力で街を守り抜いた強さがあれば、この乱世でも心に潤いを無くす事は決してないだろう。
そう、思いながら――。
それから一刻――
既に賊の脅威から逃れた街に、一人の男が訪れた。
彼は伏犠、軍から派遣された、己を仙人と称する人物である。
伏犠は背から一振りの剣を振り上げ、意気揚々と街の中心へと歩を進める。
しかし――
「はっはっは! わし、参上!」
「………遅いよ」
――自分の力で立ち上がった街の人々にとっては、もう必要のない戦力だった――。
劇終。
↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
(夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)
――お疲れさん、。 楽しかったか?
「あぁ。 今回も友情もので来るとは思わなかったが…」
――すまんな、これは戦闘以外思いつかなかった私の苦肉の策なんだ実は。
「そんな事だろうと思った。 でも、楽しくやらせてもらった」
――なら安心だ。 これで君の任務も達成だ。
「なぁ飛鳥、一つ贅沢を言ってもいいか」
――何なりと。
「私………久しく男と絡んでないから、今度はもっと絡ませてくれ」
――(ダラ汗)あははは………すまん、卑猥に聞こえちまった私を殴ってくれ orz
本当の終わりv
アトガキ
拍手、ありがとうございます!
此度はシリーズ『筆者の秘密指令!?』第2弾を投下いたしました!
毎月10日ごろ――と言いつつ遅れてしまってすみません orz
このお話は如何でしたか?
今回も非戦闘要員?である彼女をヒロインに、ちょっと違う目線で『戦い』を書いてみましたが………
やはり彼女は友情ものが良く似合うような気がします。
指令内容は『君の戦いを見せてくれ』。
同じ戦いでも男と女とはちょいと違うかな、といった感じ。
女は怒らせると怖いんだぞ、と。
さぁ、次は誰が生贄になるのか――
それは来月までのお楽しみ、と言う事でv
あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。
2010.05.20 御巫飛鳥 拝
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