「あぁっ!? もうこんな時期じゃんよ!!!」



 お気に入りの腕時計を見て、は大声を上げた。
 考えてみれば、こっちの世界――所謂異世界に飛んで来てしまってから大分経っている。
 環境の変化や新たな絆、そして戦………いろいろあり過ぎて時の流れなんてすっかり忘れていた。
 しかし、年が暮れて新たな年を迎えるという事は大きなイベントだ。
 きっとこの世界でも――

 「そうだ! 折角だからたちと相談して何かやろうっと!」

 何かを思いついたのか、は徐に立ち上がると親友の下へ走り出した。



 ――確たる楽しい予感に、身も心も躍らせながら――










 異世界の女、今が本領発揮の時!










 「ねぇねぇ、陸遜! 忘年会やろうぜぃ!」
 「「は、はいぃ!???」」



 いきなり呼び出され、更に開口一番こう言われて戸惑わない人は居ないだろう。
 親指をびっと立てながら得意げに言うを目の前に、二人は素っ頓狂な声を上げた。
 方や冷静(と言うか腹黒い)な軍師、方やと正反対で普段は物静かな女性。
 この二人が滅多に上げない声を上げるのだから相当だ。
 しかし、はそれに全く構う様子がない。
 立てた親指をそのままに、表情を更に明るくする。

 「忘年会だよ忘年会! もしかして知らない?」
 「………全く初めて聞く言葉ですわ、さん。 それはどういったものなのでしょうか」
 「私も聞きたいですね。 詳しくお話してもらえませんか?」

 きょとんとした表情が目の前に二つ。
 恋人同士とはいえ、こうも同じような反応をされると流石に気分も少々萎える。
 は小さく一つ溜息を吐くと、白紙の書簡に『忘年会』と大きく書きながら話をし始めた。



 ――忘年会ってね、こっちの世界で言う年末の催し物なんだ。
    今年遭った嫌な事を忘れて、次の年も頑張ろうぜ!的な。
    ………簡単に言えば、仕事仲間や友達なんかと宴を開く、ってとこ。



 「――これで解ったかな? お二人さん」
 「えぇ、充分ですよ。 ですが――」
 「それはとてもいい案ですわさん! 是非開きましょう、忘年会を!」
 「え!? 、ちょっと待ってください………今は乱世、理由もなく宴を開くのは――」
 「理由ならばありますわ、陸遜様。 皆の労を労い、年が明けても頑張っていただくというしっかりとした理由が」

 「ぃよっしゃ! じゃ早速準備を始めよう! 行くよ!」
 「はい、参りましょうさん!」

 「ちょ、待ってください! ………はぁ、私の意見は完全無視ですか………」



 忘年会とは何たるや、という事が解った刹那、陸遜の考えを他所に勢いよく話が進む。
 そして異世界から来た娘があっという間に己の恋人を連れ去って行った。
 場に取り残された陸遜は盛大な溜息と共に腕を組み、楽しげな後姿を見送る。



 ――まさかがこの話に乗るとは思いませんでした。
    この時機に宴とは………の世界では当たり前なのでしょうか?
    しかし、兵の士気を上げるのも軍にとっては重要な事。

    でしたら――



 「まぁ、偶にはいいでしょう。 もしっかりとした理由があると言っていましたしね」

 視線を上げると、己を納得させるように大きく頷く。
 そして女たちが去って行った方向に足を向けて歩き出す陸遜。
 その顔からは、たった今が見せたものと同じような笑みが零れていた。













 ――二人が先ず向かった先は我らが君主である孫権の下。
 宴を催すのはいいが、君主が何も知らなければ大事である。
 そこで彼女らは宴を開く許しを得る事と会場の確保を目的に謁見場へと赴き、早速話を切り出した。

 より説明の上手いが忘年会とは何ぞや?というところから話を始め、そして――



 「――というわけですわ、殿。 さんの提案、是非とも聞き入れていただきたいのですが」
 「成る程、の居た世界では面白い風習があるのだな………」

 話を聞いた君主がなかなかの好反応を見せる。
 君主と言えど人の子、楽しい事にはやはり食いつくようだ。
 更に言えば孫権はと恋人同士。
 その恋人からの提言を無下にする事など、余程の冷血人間でない限り出来ないだろう。

 「ねぇ権、いいでしょ〜? 私、みんなと一緒に楽しい時間を過ごしたいんだ」
 「ちょ、! そのように甘えずとも許すから抱きつくな、恥ずかしいだろう!」
 「あらあらどうしましょう、私はお邪魔なようですわ………」
 「まで何を言うか! あぁもう、解ったから離れてくれ

 が甘える、という策はほんのおまけで終わり話は難なく進んでいく。
 会場は今彼らが居る謁見場で決定。
 日時は準備の時間も取りたいというの言葉より数日後に設定された。
 そして――



 「………宴と聞いて、飛んで来た………」
 「うわっ、周泰さん! 何でいきなり酒樽抱えてんの!? つか忘年会は今日じゃないし!」
 「………膳は急げだ、………」
 「いや確かにそーだけど! って『ぜん』の意味が全然違うし!」
 「あらさん、なかなか上手い事を仰いますわ」
 「全っ然!上手くないわぁぁぁっ!!!」



 ゆるーいボケとツッコミを交えて、忘年会の開催がここに正式決定した。







 協力者を募ろうと二人が次に向かった先は共通の親友であるの下。
 普段から快活で皆と一緒に何かをする事が好きな彼女であれば、この話にすんなり賛同してくれると思ったのだ。
 そして先程と同じようなやり取りがあった後、案の定――

 「――え、何それ!? 面白い事思い付いたじゃない………乗ったわ、その話!」
 「おぉっ! ありがとう!」
 「ご協力、感謝いたしますわさん」

 またここに賛同者が現れた。
 三人は互いの手をがしっと握り合い、同じような笑みを浮かべる。
 それはまるで、屈託して悪戯でもするような感じだ。



 三人が同盟?を組んで間もなく、が徐に口を開く。
 その様子だと早速宴に向けて動いてくれるようだ。

 「じゃさ、私興覇に話して来るわ。 あいつなら絶対乗っかって来るし、もれなく凌統や子分たちもついて来るしね」
 「まさに芋づる式、だね!」
 「それでは会場などの準備はさんにお任せして宜しいですか?」
 「解ったわ、男がたくさん集まれば力仕事しなくて済むしね!」

 じゃまた後でね!と手を振りながら廊下を騒がしく走って行く
 その後姿を見送りながらは顔を見合わせて笑い合った。



 「さん、非常に頼もしい友ですわ」
 「うん、これで会場はOK、と………後は目玉の準備だね」
 「………何かあるのですか、さん」

 「むっふふふふふ〜実はまだたくさんこっちの世界のネタがあるのさ。 、ちょいと耳貸して」



 の行動力に感心するのもつかの間、が徐にへと話をもちかける。
 彼女の話は、はじめには全く理解不可能だったのだが――

 「――と、言うわけよ。 どう、やってみない?」
 「えぇ、未だ解らない部分はありますが………楽しそうな事には変わりありませんわ」

 完全ではないが話が見えて来たはすんなりと聞き入れた。
 皆で楽しむ宴ならば、楽しい事をどんどんやらねば!
 の意気揚々とした様子には優しく微笑む。

 「『善は急げ』ですわさん。 もっと協力者を集めましょう」
 「おうよ! ってもうそのネタは要らんて!」



 かくして――
 女三人が幹事を務める忘年会の準備が、着々と進んでいった――













 「レディース!アンド!ジェントルメン! これより忘年会を始めま〜っす!」



 マイクに似せた書簡を片手に、が大声を張り上げた。
 何時もは広々としている謁見場も、所狭しと並べられた料理やその前に陣取る人たちで賑わっている。

 この数日の間、我が軍は全ての人間が大忙しだった。
 武将も兵士も関係なく、君主でさえも共に会場や料理の準備をしていく。
 それはの居た世界ではごくありふれた光景だったのだが――



 「しっかし、宴の準備もやってみると楽しいもんだな」
 「………あら興覇、ずーっとめんどくせーって言ってたの誰だっけ?」
 「っるせーな、黙ってろよ

 「こういった形でも、皆の心が一つになる………、此度の事は非常に勉強になりましたね」
 「はい、陸遜様。 さんには何時も驚かされますわ」



 この世界では特別な事だったらしい。
 皆で一つの事を成し遂げる――それは、戦でなくても可能なのだという事をは教えてくれた。
 しかし、これで終わりではない。
 宴――の世界で言う『忘年会』は、ここからが本番なのだ。





 君主の音頭で乾杯も終わり、暫し歓談の時間となった。
 はお役御免とばかりに孫権の隣にどっかと腰を下ろす。

 「どう、権? 一仕事の後ってお酒も美味しいでしょ」
 「宴の準備までやらされるとは思わなかったが、偶にはいいものだな」

 の笑顔の横で満足げに頷く君主。
 おそらく、が居なければこのような経験など決してしなかっただろう。
 宴を準備する者の労力、そして想い――
 それらが理解出来ただけでも、君主として充実した時間だったと思えたらしい。

 「ありがとう、
 「なんのなんの。 宴はまだ始まったばかりだよ! 権も楽しんでね!」

 しかし幹事の仕事はまだまだ終わらない。
 は孫権の傍に居たいという気持ちをちょっとだけ我慢し、徐に立ち上がる。
 そして廊下へ出ると、既に控えていたと合流した。



 「おっそーい、!」
 「あは、ごめん。 んで、準備は?」
 「うん、最終確認もしたよ。 でも………皆楽しんでくれるかな?」
 「ご心配要りませんわさん。 その辺は陸遜様たちが動いてくださっています」
 「おぉ、流石は! 後は頃合を見計らって――」



 女三人、寒空の下で大きく頷き合う。

 さぁ、果たして何が飛び出すのか――?







 「んでは、これから私の世界でやってるお正月の遊びを紹介しま〜っす!」

 の声と共に幹事である三人が先ず会場に持ち込んだのは一枚の大きな絵。
 それは君主である孫権の顔を絵師に描かせたもの。
 はじめはその素晴らしさに感嘆の息が聞こえていたのだが――



 べりっ! べりべりべりっ!



 それは不協和音と共にぱたりと止まった。
 絵から剥がれ落ちる孫権の髪、耳、目、鼻、口。
 孫権の顔は見事に輪郭だけを残すのっぺらぼうになった。

 これには一同が呆気に取られる。
 我らが殿の顔をこのように扱うなど、失礼この上ない。
 だが、持って来た張本人たちは笑顔のままそれを舞台に置いて去っていく。

 ざわざわと会場が不穏な空気に包まれた刹那――

 「皆、落ち着いてください。 これはの世界での遊びです」
 「『福笑い』ってヤツらしいぜ………っしゃ、陸遜! お前やってみせろよ」
 「解りました」



 舞台に置いた紙の前に陸遜が座り、間髪入れずに甘寧が陸遜に目隠しをする。
 一体何が始まるのか、と舞台の前に人が集まり、ぎゅうぎゅう詰めとなる中――



 「ほい、これは左の耳だ」
 「耳、ですね………この辺でしょうか」
 「っしゃ、次は右だ」
 「はい………」



 甘寧の指示の下、陸遜が孫権の顔を作り上げていく。
 しかしそれは元の顔とは似ても似つかず、甘寧は笑いを堪える。
 そして、陸遜が目隠しを外すと――



 「こんなもんですか………ぶっ」
 「ぎゃはははは! こりゃ傑作だぜ陸遜!」
 「あははは!酷いですよ甘寧殿! 私は貴方の指示通りに――」
 「………甘寧を信用しすぎた結果だな、陸遜。 いやしかし、私の顔がこんな………ぶっ、あははははは!」



 舞台に居る三人に触発されるように、この場には笑いが溢れる。
 そして、「次は俺が!」という声がそこここから上がった。
 これには舞台袖からこっそり見ていた幹事三人もご満悦だ。



 「おぉ、思った以上の好反応!」
 「素晴らしいですわさん」
 「うわぁ………ちょっと私もやりたいんだけど!」



 楽しそうな雰囲気を見て我慢が出来なくなったのか、が舞台に飛び出していった。
 中では次の試技者が孫権の顔を目の前に悪戦苦闘している。

 身分も何も関係なく皆で楽しんでいる光景。
 それは、戦に身を投じる全ての者が望む世界そのものだった――







 「おっしゃ、! 私たちも行こう!」
 「え? 羽根突きや凧揚げは――」
 「そんなん年明けでも出来るって! 次は新年会新年会!」
 「クスッ………さん、そのように急がなくとも宴は未だ終わりませんわ」







 ――そう、宴は未だ終わらない。
    今年の嫌な事をも巻き込んで、楽しさに変えてしまうように。
    そして――



     ――新たな年に向けて、人はまた歩き出す――










 劇終。


 ※ 今回は登場人物が多いため、おまけはありません(汗



 アトガキ

 相変わらずの暖かい拍手、まことにありがとうございます!
 此度はシリーズ『筆者の秘密指令!?』第9弾!
 下半期分の第3弾になります。

 今月は何とか間に合いました。
 年末ネタなのでホント間に合ってよかったです orz

 此度の指令内容は『無双の世界で忘年会やってくれ』。
 クリスマスネタでもよかったんですが…ありがちなネタですからね。
 そこで出たのが忘年会、でした。

 当企画のコラボヒロインって2組ありますが…
 此度はちょっと捻って2組をもコラボってみました。
 それぞれにお相手もくっつけて(笑)、実に賑やかな出来に。
 これで日頃の寒さも忘れて楽しんでいただければこれ幸い。
 (因みに周泰さんとのくだりは情報屋からのネタです! ありがとうぅぅぅ!!!)

 さぁ、この企画も残すところあと3回となりました。
 次は誰が生贄になるのか――次回作までおったのしみに〜♪


 あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。



 2010.12.27 御巫飛鳥 拝



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