――私が、待つ事になるだなんて。



 穏やかな水面を見つめながら、はぽつりと零した。
 次の戦はもう直ぐそこまで来ている。
 一軍を率いる将である彼女も、本来ならば参戦するところだ。

 しかし――



 周りで忙しなく準備が続く中、はぎり、と己の唇を噛み締めた――










 待つ女、決意と共に立つ。










 「こんな所に居ては身体に障るぞ、

 大河の畔から水面を眺めていたの背中から不意にかかる声。
 心中を悟られまいと笑顔を作ってから声の方を振り返ると――

 「ちょっと外の空気を吸いたくなったのよ。 ごめん子龍」
 「………あまり皆に心配をかけるな」

 の気持ちを知ってか知らぬか、声の主が困ったような微笑を向ける。
 先程衛生兵からが何処かへ行ったとの報告を受け、ここに来たらしい。
 彼女の行動範囲をしっかり把握しているところはやはり恋仲である。
 しかし、今の彼にしてみればそれどころではない。
 何故なら――



 先の戦において、矢傷を受けたはそれが元で病に罹った。
 それが一過性のものだと判明はしたが、無理をしてそのまま戦に出ては生命に支障を来たす可能性があるらしい。
 そこで、完全に回復するまでは無闇に出歩かないように軍医から言われていたのだが――



 「そんなに重い病じゃないのに………皆心配し過ぎだわ」

 普段から快活であるにとって、それは無理な相談だ。
 過保護にされるのは嫌だ、と頬を膨らませて拗ねる恋人の様子を見ながら仕方ないな、と溜息を零す趙雲。

 こうして、彼は何時もが行方不明になる度に連れ戻す役を買って出ている。
 そして、強気な彼女に向かって誰も出来ない説教を垂れるのだった。







 その夜――

 「いよいよね」
 「あぁ」

 二人は戦前の最後の晩を共に過ごしていた。
 夜が明ければ、趙雲は一軍を率いて出陣していく。
 しかし――



 ――その傍に私の姿は、ない。



 今迄こんなに歯がゆい思いをした事はない。
 相手に圧倒されて敗走を余儀なくされた時でさえも。
 悔しさに、は人知れず拳を握り締める。

 「どうしても、駄目、なのかしら………」
 「当たり前だろう。 回復すればお前も直ぐに戦へ出なければならないのだ、今のうちに少しでも休んでおけ」
 「でも………」

 傷が深く、動けない程のものなら諦めもつく。
 しかし実際は動けるのだ。
 ただ無理をしたら命に関わるかも知れない、それだけの事。

 「皆に、悪いわ」
 「そう思うのならば、大人しくしていてくれ………私も気が気ではない」
 「ごめん、子龍」

 呟くように一言零し、項垂れる
 目の前で心配してくれている恋人の気持ちを思うと、何も言えなくなる。
 だが、心に燻っている想いは一向に消えてくれない。

 戦へ赴く愛しい人を、見送りたくない。
 この人と共に、戦いたい。

 これも一軍を率いる将の性、なのか――



 「大丈夫だ、直ぐに終わらせて帰って来る」
 「死なないでよ、子龍………」



 趙雲の暖かい腕にすっぽりと包まれながら、は泣きたい気持ちを必死に堪えた。













 時は過ぎ、趙雲をはじめとする我が軍が進軍を開始してから暫く経った。
 は医療班の面々に見張られつつ身体を休める毎日。
 しかし回復の具合がいいのか、ここ数日は行動範囲も広くしてもらっている。
 見張りも日に数回の見回りだけとなり、待遇がよくなった。

 しかし――

 「何も出来ないのは、やっぱり嫌だわ」

 と、回復して来たのをいい事に女官の仕事を手伝おうとする。
 だが、当の女官達は我関せず。

 「いけません、様は病床の身。 手伝っていただくなんてもっての外です」
 「様に手伝わせてしまったら、趙雲様に叱られてしまいますわ」

 殆ど門前払いで取り付く島もない。
 更には他の所へ行ってもお休みください、の一点張りで何もさせてくれない。
 これでは飼い殺し、である。





 何処へ行っても病人扱いされ、は完全に苛立っていた。
 うぅ、と唸りつつ中庭に座り込んで膝を抱える。



 待つのが、こんなに辛いものだったなんて思わなかった。
 だから、他の事をして気を紛らわせようと思ったのに………

 戦にも出られず、何も出来ない私は、ただの木偶じゃない!?



 自分を蝕んでいる病も、回復に向かっている。
 今は、少し身体を動かした位ではどうって事ない。
 それなら――



 「――私に出来る事は、一体何?」



 は自分の心に問うた。
 しかし答えは、訊かずとも見えている。

 後はそれを実行に移すか、否か――













 場所は移り、ここは戦場。
 本格的な戦が始まってから、我が軍は少々肩透かしを食っていた。
 敵軍と我が軍の兵数は互角であった筈。
 それが、いとも簡単に敵拠点が落とされていく。

 「趙雲様、これは罠なのでしょうか………」
 「可能性は無きにしも非ず、というところか。 皆、心して進軍せよ」

 先程から一方向に兵が誘導されている気がしないでもない。
 趙雲は此度の参謀である護衛兵に指示をしつつ思案をめぐらした。



 敵軍の将は誰の指示で動いているか。
 それによっては策の可能性も捨てきれないな。

 こんな時、はどのように動くだろうか――?



 「ならば、この先の拠点へ偵察を送れば宜しいかと」



 その時、我が軍団の後方から一組の人馬が現れた。
 馬上の兵は全身を鎧に包み、発する声は甲冑に籠る。
 これでは誰なのか全くもって解らない。

 突如現れた謎の兵に、周りがざわつく。
 戦の途中なのだ、場が緊張感に包まれるのも無理はない。

 「おい! 貴様、趙雲様の前で失礼ではないか!」
 「………申し訳ありません趙雲様。 ですが、事は一刻を争います………早急のご判断を」

 しかし護衛兵の言葉にも臆する事なく、馬上で拱手しつつ趙雲の判断を待つ謎の兵。
 その様子はまるで、自らがその偵察の任を請け負う覚悟を示しているようであった。
 それを見て、趙雲は一つ大きく頷く。



 「あぁ、私もたった今それを考えていたところだ」
 「ならば話は早い。 では私がその任を買って出ましょう」

 「では頼む――と言いたい所だが、お前が誰なのか解らなければ任せる事は出来ないな」



 趙雲の言う事は尤もである。
 偵察は重要な任務だ。
 それを、正体の知れていない兵に任せるのはあまりにも危険だと趙雲は思った。
 もしかしたらこの兵こそが罠なのかも知れない、と。
 すると――



 「あーぁ。 正体を隠して、馬超とおんなじように正義のなんちゃら〜!って叫ぼうと思ってたのになぁ」

 「………っ! お前はっ!?」



 己の頭を覆う甲冑の前だけを外して大きく溜息を吐く兵の顔を見た瞬間に開いた口が塞がらなくなる一同。
 その様子を見ながら、兵は不本意ながらもニヤリと笑う。
 そして――



 「はい、これでいいでしょ? じゃ、行って来るわね子龍!」
 「ちょっ………待て! お前――」

 「お小言は後で聞くわ! そこで待っててね〜!」



 趙雲の制止も僅かに届かず、颯爽と馬を駆って行った。
 この先に居る筈の、敵軍へと――










 の機転により、我が軍は勝利を手にした。
 偵察が功を奏し、先にあった拠点に罠が仕掛けられていると判明。
 そこで我が軍はそれを逆手に取り、見事に敵を欺いたのだ。
 裏の裏をかかれた敵軍の末路は言うまでもない。

 戦に出ていた全ての者が、決死の覚悟で偵察を買って出たの功績を褒め称えた。
 しかし――



 「全く………言わん事ではない」
 「………面目ない」

 戦の後、未だ完治に至っていなかったは再び病床に臥せる事となった。
 大事に至らなかったのは幸いだが、一歩間違えれば命を落としていたという。
 その事を軍医に告げられ、これでもかと言う程叱られる
 そしてまた、愛しい人からも説教を聞かされる羽目になった。

 「どうしてお前はじっと耐える事が出来ないのだ」
 「いや、だって、それは――」
 「此度は病もそう重くはなかったからいいものの、あれで少しでも回復が遅れていたらどうなったか解っているのか」
 「解ってるわよ、でも………」

 ところが、説教を食らっているにも関わらず、は掛け布を顔まで引き上げて不貞腐れた。
 確かに、病を圧して戦に出てしまった自分に非はある。
 しかしそれでもは戦いたかったのだ。

 愛する人と、共に――



 「少しは、褒めてくれると思ってたんだけど、な………」



 は掛け布の中で小さく呟いた。
 刹那――



 「しかし………正直言えば、お前が来てくれて嬉しかった」

 ――私も、お前と共にありたいと思っていたからな――



 くしゃ、と自分の頭に宛がわれる大きな手。
 その何時もと変わらない暖かさに、の心は次第に晴れていく。

 互いを心配するのも、共に戦いたいと思う気持ちも、愛するが故――



 「子龍も、同じ気持ちだったのね」
 「あぁ。 だが………もう無理はするな、
 「………ん」



 掛け布から顔を出し、は趙雲の瞳を見つめる。
 そして、趙雲は柔らかく愛しい人の髪を撫でつつその瞳を見つめ返した。



 ――互いの心に、一層固く繋がれた絆を感じながら――










 劇終。


 ↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
 (夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)


 ――お疲れさん、。 どうだったかな、今回の話は?

 「自分が病気だって設定、最初はあり得ないと思ったんだけどね………楽しかったわ」

 ――そうだろうよ(苦笑)。 ったく、勝手に動いてくれやがって。

 「ごめんごめん。 でも、私に辛気臭い話は似合わないでしょ」

 ――だからこそ、私シリアス仕様にしたかったんだが………

 「まぁまぁ、そんな事言いっこなしよ。 じゃ、これにて任務達成!って事で」


 ――勝手に〆るなぁぁぁぁぁっ!!!(←マジツッコミ



 本当の終わり。



 アトガキ
 暖かい拍手、ありがとうございます!
 此度はシリーズ『筆者の秘密指令!?』第5弾を投下いたします。
 ………ギリギリ間に合った、って感じですみません orz

 此度のお話は如何でしたか?
 指令内容は『病床に臥せる待つ女を演じてくれ』。
 彼女のイメージからかけ離れた、シリアス仕様を目指していたのですが………

 あははははー! やっぱ無理でした(をいっ!!!

 それでも、自分なりには上手く行ったのではないかと思います。
 説教じみた彼の性格も思いっきり書けた事ですしね(笑
 少しでも愉しんでくだされば幸いです。

 さぁ、次は誰が生贄になるのか――
 それは来月まで(もう直ぐ来ますが;;)のお楽しみ、と言う事でv


 あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。



 2010.08.27 御巫飛鳥 拝



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