――あぁ、何でこうなっちまったんだろうね。
紅と青、二つの月を眺めながらは己の頭を掻いた。
思い起こせば少し前――世界中が歪んだその日から、彼女の運命は大きく変わった。
見知らぬ地に放り出され、主君を探しているうちに『解放軍』なんぞに身を置く事になっていて。
気が付いたら異世界の女と行動を共にしていた。
今、あの方は何処に居るんだろう――
「考えたって仕方ないでしょ、。 私たちも戦わなきゃ!」
「ん――あいよっ!」
――そうだ。
今は新たな頼もしい友――と共に、皆でこの歪んだ世界を元に戻さなければ――
戦う女たち、今こそ持ち味を生かす時!
今また、乾いた戦場に砂埃が舞い上がった。
異世界の者たちが手を組み、このあり得ない世界を創り上げた張本人目指してひたすら突き進む。
その進軍はその士気同様、衰える事を知らない。
そんな中――
かぁんっ!!!
「そんな生っちょろい攻撃、屁でもないわよ!」
疾風の如き速さで異形の者の剣撃を捉える女一人。
その手から放たれる一撃は速くとも鋭く、一瞬にして敵の首を撥ねる。
まさに『はやきこと風の如く』だ。
「相変わらず凄い勢いだね………お館様が見たら大喜びしそうだよ」
女――の影に寄り添うように従いながら、は大きく溜息を零した。
この、並み居る武将たちをも凌駕する武勇。
まるで『風林火山』の『風』をそのまま表したような戦い方には、流石に武田信玄の隠密もただただ感嘆するしかない。
しかし――
「そう? の動きもなかなかだと思うけど?」
「アタシは隠密だから当然さ。 でもアンタは何時だって前線………本当に凄いと思うよ」
「ん〜そういうもんかな………強い人たちに囲まれてるからいまいち実感がないのよね〜」
どうやら当の本人はあまり自覚がないらしい。
それも元居た世界では『乱世の奸雄』と言われる曹操が率いる魏軍に身を置いていたのだから仕方のない事だろう。
強き者の中で鍛え抜かれた武は、気付かないうちに高みへと登りつつあったのだ。
少々おどけたように天を仰ぐに、今一度溜息を吐く。
これもの力の源なのかね、と思いながら――
刹那――
「………っ! あれは――」
ふと見遣る戦場の片隅にて、間者とも見える影が乱戦から離脱しようとしていた。
奴は解放軍の手がそこにまで及んでいないのをいい事に、違う方向へと難なく身を翻す。
敵の猛攻を受けながらもそこここに気が回る彼女は流石隠密といったところか。
は己の得物で雑魚の首を真一文字に切り裂きつつと背中合わせに立つ。
「悪いね………ちょいと野暮用が出来ちまった」
「え!? ちょ、待ってよ…何があったの?」
「ん――まぁ、何だかお敵さんにも同業者が居たらしくてね。 直ぐ戻るさ」
「了解。 ――気をつけて」
「それはお互い様だよ。 じゃ、大将たちにはアンタから言っといてくんな」
短い会話を済ませると、同業者を追うべくはこの場から忽然と姿を消した。
素早く消える姿を見送る事も出来ずに、はふっとこの場に相応しくない微笑を浮かべる。
忍びだからなのか、彼女の行動には一寸の無駄もない。
常に咄嗟の判断が必要なのは解るが、ここまで単独で行動できるのは主君が切れ者だからなのだろう。
「――っとと、私も早くここを片付けて報告に行かなきゃ!」
違った意味での強さを見せる友に感嘆しつつ、は今一度己の得物を持つ手に力を込めた。
「――というわけで、ただ今が間者らしき者を追っています」
「そうか――報告大儀であった、」
質より量の敵軍を抑え、本陣に戻るとそこには何時もと変わらない主君の姿があった。
その傍らには既に残党を蹴散らして来たであろう夏候惇が控えている。
斥候から彼の無事を聞いてはいたが、やはり一目姿を見ないと安心出来ない。
傷一つ付いていない想い人の様子を確認すると、は漸く満面に笑みを浮かべた。
しかし、次の瞬間――
「間者か………咄嗟の事とはいえ、一人で行かせたのは少々頂けんな」
「ちょっ元譲! 心配なのは解るけど、恋仲の相手に言う最初の言葉がそれって酷くない!?」
夏候惇本人から掛けられた言葉に脳内を沸騰させる。
今ある状況を考えれば当然の言葉なのだが、恋人としてはもっと優しい言葉を掛けて欲しいと思ってしまう。
しかし、想い人の相変わらずの態度に腹を立てながらもの心にあるのはやはり友人の安否。
直ぐ戻る、とは言ったものの一人では連絡もままならないだろう。
すると――
「案ずるな。 今我が軍には有能な忍びがまだ居る事を忘れたか」
「は〜い、お呼びですかい? にゃはん」
の心中を察したのか、曹操がにやりと口角を吊り上げた。
と、同時にこの場に現れたのは身軽な一人の娘――くのいち。
彼女は物陰で話を全て聞いていたのか、の顔を見てうんうんと大きく何度も頷く。
そして――
「心配しないしない、! ここは我らが友の援軍にくのいち参上!ってね!」
「大丈夫、くのちゃん? あっという間の事だったから、具体的な場所もわからないのに――」
「むっふふふ〜忍びを甘く見てもらっては困りますな〜。 ご心配なく!」
くのいちはこう言うと、先程のと同様にすっと音もなく消えた。
その行動力にはただただ呆然と口をあんぐり開けたままだ。
しかし、同時にこれ以上ない安心感が心に沸き起こる。
彼女たちに任せておけば間違いない、と――
「しかし………お前が無事でよかった」
「んー、最初にそれが聞きたかったんだけどな、私は」
君主の下から離れ、二人きりになった途端に放たれる想い人からの言葉。
それが照れからによるものだと解ってはいたが、それでも尚悪態を吐く。
だがこれは、彼女の精一杯な感謝の態度でもあったのだ。
「元譲、貴方も死ななくてよかったわね」
語調とは裏腹な満面の笑みを浮かべながら、は夏候惇の肩にそっと頭を寄せた。
一方その頃――
「………ちっ、お敵さんもやるもんだね」
は少々苦戦していた。
勝手知ったる何とやら、敵は凹凸激しい土地をいとも簡単に駆け抜けていく。
どうやらこの地の地形をも把握しているようだ。
方やは身が軽くとも気配を悟られないように敵の姿を視界の隅に捉えるのがやっと。
これでは奴の行き先が解らないまま見失いかねない。
――さぁ、どうしたもんかね。
ここは、無理やりにでも奴の前に出て口を割らせるか。
それとも、何か目印を付けてそのまま泳がせるか。
刹那――
「………、何時まで我を追う………」
――ん? アイツは――
こちらの気配に気付いたらしく、不意に立ち止まった影から発せられる声。
は即座に木の陰へ身を潜めつつも、聞き覚えのあるその声にふふ、と笑いを零した。
「忍びの性かね、怪しい奴が居たらつい追っちまうんだよ。
………それが風魔忍軍の大将だって解ってたら追いやしないさ」
そう、影の正体は風魔小太郎。
らがこの世界に身を投じられてからも奴の噂はそこここに及んでいた。
解放軍と異形の軍、どちらにも加担せずにただ混沌を求め、彷徨っていると。
――そんなに戦場を引っ掻き回して、何処が楽しいんだろうね。
小太郎の言葉を待ちながら、はやれやれと大きく溜息を吐く。
今走っていたのも、何処ぞで繰り広げられている血戦に水を注そうとしていたのだろう。
感情なく自分を見つめる小太郎の態度には掴み所がない。
それでもはかつて、常に奴の傍に居たのだ。
影のそのまた影、として――
「さてと、どうする? ここで抜け忍のアタシを始末するかい?」
「………うぬも混沌の風に誘われたか、」
ではお望み通りうぬを壊してやろう、と身を低く構える小太郎。
それを見ては己の得物に手を掛けつつ、心に戦慄を覚えた。
あの頃――共に生きていた時から、小太郎は強く、そして孤独だった。
誰の力をも借りず、今もただひたすらに何者かと戦っている。
もかつては奴の強さに憧れ、一人で生きて往こうと思った事もあった。
しかし、今は――
――今は護るべき主、共に戦う友が居るんだ――
「だから、こんなとこでアンタに負けてられないんだよ!」
静かに構える小太郎をひと睨みした刹那、間合いを一気に詰める。
その動きは一陣の風のように速く、直ぐに繰り出された小太郎の拳をひらりと避ける。
奴の頭上高く舞い上がる体躯、そして――
「でも、ここまで強くなったのはアンタのお陰さ………礼だけは言っておくよ」
顔を上げた小太郎と一瞬だけ目を合わせて微笑むと、瞬時に己の得物を振るった。
解放軍の本陣から出撃したくのいちがその場に着くと、岩場に腰を掛けるの姿があった。
よく見ると疲労困憊の様子とは裏腹に、顔に笑みを浮かべている。
「ちん! だいじょぶ? 一体何が――」
「あはは、聞いておくれよくのいち。 奴がアタシに何て言ったと思う?」
――来る者は拒まず、去る者は追わず。
うぬも信頼する者の元へ帰れ、だとさ――
と小太郎、二人の打ち合いは暫くの間続いた。
かつては決して敵わないと思っていた相手との力が、今は拮抗している。
その事実に、奴も何かを感じ取ったのだろう。
不意に戦意を喪失したかと思うと、直ぐにこの場から掻き消える姿。
そして、の耳に届いた奴の最後の言葉が、これだった。
「うわっ気持ち悪ぅ………雨が降らなきゃいいけど」
「まぁ、この世界に来て奴も変わったのさ………きっと」
「ちん、立てる?」
「もう大丈夫さ。 じゃ、帰ろうか………『信頼する者の元』に!」
「合点承知!」
今度は友と二人揃って、来た道を戻る。
その道中、くのいちの口からもかなり心配していたと語られた。
心配してくれる友、信頼出来る仲間――それが大切なものだという事に、奴は気付いたのだろうか。
走りながら、ふと小太郎が消えた方向を見遣る。
すると――
そこには自分たちの姿を静かに見つめる、消えた筈の小太郎が、居た――
「!くのちゃん! よかった〜無事で!!!」
「むぐぐ………ぐるじぃ〜」
「ちょ、よしとくれよ! 女同士で恥ずかしいじゃないか」
とくのいちが本陣に戻ると、誰よりも早くが出迎えてくれた。
大した傷もなく無事だと知るや否やとくのいちの身体に抱きつく。
その今にも泣きそうな様子に、は苦笑を漏らしながらも喜びを心に抱える。
「心配かけて悪かったね、」
「うん………でも、貴女が追って行った同業者って結局――」
「あーその話はちょいと長くなるからねぇ………大将に報告しがてら説明するよ。 付いて来てくれるかい?」
「「勿論!」」
己の頭を掻きつつ訊くに、何の躊躇いもなく応えるとくのいち。
その率直さに向き合ってやっと帰って来たんだ、と実感出来た。
本来の主君と違う主に従い、進軍していく自分。
それでも、帰る場所があるという幸せには変わりない。
――アイツはまた一人で………
いや、きっと何時かは――
はほんの一瞬だけ淀んだ天を仰ぎ、彼の人を思う。
そして自分の手を引っ張ってくれる頼もしい友に向けて一言、告げた。
「ただいま、」
劇終。
↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
(夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)
――お疲れさん、に。 今回はどうだったかな?
「いやぁ、初の共演で楽しかったよアタシは」
「私も! ちゃんと戦えたし、と楽しくできたしね!」
――うん、私も同じだ。 君たちの場合はホント勝手に動いてくれるから楽だ(笑
「………その割には苦戦してたよね?(ニヤリ)」
――(うっ…)いやいや、それはのお相手がだな………
「やり辛い相手だもんねぇ………アタシは面白かったけど」
――あははははー(乾笑)。 …ちゅーことで今回の指令は達成!って事でw
「うん! ホントお疲れ様でした、飛鳥!」
「次のアタシの話も期待してるからね、頼むよ飛鳥!」
――何気にプレッシャー掛けられたような気もするが………まぁいっか♪
本当の終わり!
アトガキ
此度も暖かい拍手連打、ありがとうございますぅ!
シリーズ『筆者の秘密指令!?』第10弾をお送りします。
下半期の第4弾………あと二つですね!
今回もギリギリになっちまいましたが、大丈夫ですよね???(←不安らしい
此度の指令内容は…初めてのコンビちゅーことで
『君たちらしさを見せてくれ』
この話はアタクシ自身も自分らしさが出せた話になったような………。
戦闘シーンや友情――恋愛要素はあまりありませんが、これも飛鳥節!
初挑戦のお相手も何とかなりましたしね(汗
このお話で少しでも楽しんでいただければ幸いでございます!
さぁ、次は誰が生贄になるのか――
それは次回作のお楽しみ、と言う事でv
あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。
2011.01.26 御巫飛鳥 拝
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