「――ご清聴、感謝する」
 「皆さん、明日も頑張ってくださいね」



 まばらに響く拍手の音を聞き、はその場で丁寧にお辞儀をした。
 人々を癒すべく披露する楽曲、そして舞い。
 しかし、この場に居る兵たちの心を静めるにはあまりにも足りなさ過ぎる。

 度重なる戦に疲弊する心。
 何時命を失うか、という恐怖。
 そして、安寧の時に馳せ続ける想い――



 兵たちの去った広場で、顔を見合わせる二人。
 その顔には、揺ぎ無い想いと決意が満ちている。

 人々の心が完全に晴れずとも、私たちは歌を歌い、踊り続ける。
 皆と同じように、この乱世と戦うと決めたのだから。



 ――平和な世の中で舞える日を、自分たちも夢見て――










 歌い踊る女たち、今こそ大きな壁に挑む時!










 「――、まさか君からそんな話が出て来るとはな」
 「クスッ………でも、悪い話ではないでしょう?」

 来るべき戦が数日後に迫ったある夜、は意を決したようにへと話を持ちかけた。
 その内容は勿論、戦の事。
 これまでは意気揚々と戦場へ赴く兵たちをそっと見送る側に居た彼女たちだったが――

 「私もあの方と共に戦いたい、そう思ったの」
 「あぁ――護られるだけなのはもう嫌だからな」

 どうやら二人とも考えていた事は同じだったらしい。
 自分たちも戦う術を持っている――ならば戦場に行かない理由はないのだ。
 今一度顔を見合わせて頷く
 しかし――

 「………問題は、彼らだな」
 「えぇ、そう簡単には許してくれないでしょうね」

 戦よりも前に立ちはだかる大きな壁。
 彼らがどういう顔を向けるか、何と返してくるのか。
 容易に想像出来る想い人の様子を心に思い描きつつ、二人は揃って盛大な溜息を吐いた。













 「――文遠、私も君と共に戦いたいんだ」
 「すまない、そなたの気持ちは解るが………私には許す事が出来ぬな」
 「やはりそう来るか」

 頭に描いていた予想通りの答えを聞き、は先程と同じく溜息を零した。
 共に戦へ、と言うの瞳を真っ直ぐに見つめながら困惑の様相を呈する想い人――張遼。
 この人は優しい。
 話を聞けば、戦場では修羅の如く敵兵を難なく蹴散らす程の武勇を持つ将らしい。
 だが自分の前ではそんな素振りを微塵も見せず、の舞やの奏でる歌を心から愛してくれている。
 このような人が、愛する者を簡単に戦場へと送り出す訳がない。

 ――さて、どうするか。

 は先程交わしたとの会話を頭の中で反芻する。
 張遼は粘り強く話をすれば解ってくれる、思慮深い人物だ。
 ならば、どれだけ時間をかけても説得する価値はある。

 瞳を閉じて「頑張って」と言う相棒の笑顔を思い浮かべながら、は今一度大きく頷いた。







 「私は、もう待つだけの日々を過ごすのは嫌なんだ」
 「解ってくれ、私は心を鬼にして戦うそなたを見たくはないのだ」

 しかし目の前の壁は思った以上に厚く、そう簡単に崩れるものではなかった。
 平行線のように繰り返される会話。
 相手の心の内が手に取るように解ってしまうだけに、なかなか話が進展しない。



 ――たとえこの身が危険に晒されようとも、愛する者と共に往きたい――

 ――傍に居て欲しい………だが愛する者が傷つくのは見たくない――



 「乱世でなければ………何処までも君と一緒に往けるのにな」

 自然と触れ合う肌から、切なさが伝わって来る。
 一体何時まで、戦いばかりの日々が続くのか。
 人の悲しみが連鎖するこの世の中など、要らない。
 早く、終わって欲しい――いや、終わらせたい。

 それは武の骨頂の目指すこの人も、同じように思っているだろう。
 だから――



 「だから、平和な世の中をこの手にするために………私も戦いたいんだ」
 「――」

 視線を落とし、訴えかけるの瞳から一筋の涙が零れる。
 愛する者と共に戦い、乱世を終わらせる――これがの切なる願いだった。





 刹那、潤んでも力を失わないの瞳に張遼は戦へ出る事への覚悟が見えた気がした。
 顔を上げて真っ直ぐに見つめて来る瞳に湛えた涙を己の指で拭ってやる。
 そして――



 「。 そなたの願い、この張文遠が聞き届けた………共に参ろう!」
 「………! いいのか?」
 「あぁ、そなたの涙を見て解った………私と同じ想いを抱いていたのだな」

 「ありがとう、文遠――」



 二人の平行線が漸く一つに交わった。
 互いの心をぶつけ合う事で絆は一層強くなる。
 己の身を優しく抱きながら微笑む武人を潤んだ瞳で見つめ返す
 その顔にも、同じ笑みが浮かんでいた――。



 「だが、これだけは約束してくれ。 危険が迫ったら私に構わず直ちに逃げる事を」
 「あぁ! でも、そんな事は決してないな………私だって君が思う程弱くはないんだぞ」
 「ははは! それは心強いな」













 「駄目だ、わしは絶対許さねぇぞ!」
 「………そう言うと思っていたわ」

 自分の頭の中を覗いたのか、と思わせるような言葉を吐かれてはがっくりと肩を落とした。
 貴方と共に戦いたい、と言うの訴えを頭ごなしに否定して不貞腐れる想い人――典韋。
 この人は、優しい。
 見た目は粗暴、口調や物腰も武人にしては荒くて第一印象で恐れてしまう人も少なくない。
 だがその実、誰よりも暖かく広い心を持っている事を彼女は知っている。
 毎日のように聴かせる歌は勿論、自分自身の全てを愛してくれているのだ。
 このような人が、愛する者を簡単に戦場へと送り出す訳がない。

 ――さて、どうするか。

 は先程交わしたとの会話を頭の中で反芻する。
 典韋は頑固で、一度決めたら何をしても動じない率直な人だ。
 ならば、どれだけ時間をかけても言葉で説き伏せるのは難しい。

 瞳を閉じて「君なら大丈夫だ」と言う相棒の笑顔を思い浮かべながら、は今一度大きく頷いた。







 「何故、私が戦に出たらいけないの?」
 「そりゃぁお前、危ないに決まってるからだ」

 暫しの沈黙の後、が訊くとまたしても思った通りの答えが返って来る。
 こうなったら真っ当にお願いしても『駄目だ』の一言で終わってしまうだろう。
 そこでは考えた。
 正面からが駄目なら――



 「危ない、って………例え貴方が傍に居ても?」
 「おうよ! って、え、おい、わしが居ても?」
 「クスッ…訊いているのは私よ。 そう、貴方が居ても私の身に危険が降りかかるのかしら?」

 「………いや、そんなこたぁねぇ! わしが居る限りお前には指一本触れさせねぇぞ!」
 「そう………それを聞いて安心したわ典韋。 なら、貴方が居れば私が戦に出ても問題ないわね」

 「おう、わしが全力で護ってやるぜ! ………って、え?」



 、してやったり!の瞬間であった。
 典韋の性格を読んだが考えたのは話の先の先。
 ここまで解り易い性格であれば、自分にとって有利な展開に持って行くのは容易い。
 男に二言はない、を地で行っている典韋ならば、ここまで来て前言を撤回する事はないだろう。

 「約束よ、典韋………戦場でも貴方の傍に居させて、ね」

 はこう言うと、泣きそうだった顔を満面の笑みに変えて目の前の大きな手に自分の手を添えた。





 一方の典韋は自分の言った事とのにこにことした笑顔に動揺と迫り来る疑問を隠し切れない。
 何故、こんな展開になったのか。
 自分はが戦に出る事を拒んでいたではないか?
 なのに、気が付けば戦場で自分が彼女を護るという約束が何時の間にか生まれている。

 やられた、と典韋は己の頭を掻き毟る。
 の性格ならば、これ以上無理なお願いをして来ないと思っていた。
 しかしその優しい性格の裏にある、少し悪知恵が働くところを彼はすっかり忘れていたのだ。

 うーと唸り声を上げながらを睨む典韋。
 それでもその瞳は、愛する者を見る優しい光を湛えていた――。



 「くっそー! お前が泣いてもわしは知らねぇからな!」
 「あら? 貴方は戦場で私を護り抜く自信がないのかしら?」
 「そういう問題じゃねぇっ! って………、ぜってぇ無理すんじゃねぇぞ!」
 「………解ったわ、典韋」



 「しかし………あぁくっそ、何か納得できねぇぇぇぇっ!!!」













 「………な、私が言った通りだっただろう?」
 「クスッ………その分だと、もどうやら上手く行ったみたいね」

 数刻後、二人は再び自室に戻り互いの首尾を報告する。
 自分を思いやる想い人という厚い壁。
 これを打ち破るには一人の考えだけでは無理があると思った二人は、あの直後にひそひそと打ち合わせた。
 どうすれば、あの人の心を氷解する事が出来るか――。



 「でも………典韋を騙したみたいでちょっと後味が悪いわ」
 「あはは、戦に出られるようになったんだからいいだろう」
 「ん………そうね、これで私たちも好きな人のために戦えるんだから!」



 二人、顔を見合わせて笑い合う。
 その瞳には武人を思わせるような強い意志が見えた。



 戦場にて、どんな事態が待ち受けているか解らない。
 だけど――



 ――相棒と愛する人が居れば、私は間違いなく強くなれる――













 時は過ぎ、ここは戦場――
 土埃と飛び散る紅いものが支配するこの地にて、二人の女が些か場違いな美しさを見せていた。

 歌を奏でるように鉄笛を鳴らしつつ戦う楽師、
 蝶のように舞い、蜂のように刺す舞姫、

 それは然るべき舞台であれば誰もが目を見張る、まさに芸術。
 言うまでもなく二人の連携は素晴らしく、敵兵は二人の美しき強さに次第に翻弄されていく。
 そして今迄の戦場と雰囲気が違う事に戸惑いつつも、我が軍の士気は見る見るうちに上がっていった。

 そして、二人の武を目の当たりにして一番驚いたのは彼女らの想い人である張遼と典韋。
 男たちのお株を奪うような勢いで進軍していく彼女らを必死に追いながら大きく溜息を吐く。



 「――なぁ、張遼」
 「何だ」

 「わしら、とんでもねぇヤツと恋仲になっちまったような気がするんだけどよ」
 「うむ………私もここまでとは思わなかった」



 彼女たちが戦えるのは話で聞いていた。
 女二人で旅を続けている以上、身の危険は付き物。
 そのため、自分の身を護る術を持っている事も良く考えれば解る事であった。
 しかし――

 典韋と張遼はここで漸く心から彼女らの存在を力強く思った。



 ――これからは、共に往こう。

 乱世の果て、そしてその向こうまで――







 「文遠! もたもたしてたら置いて行くぞ!」
 「典韋………まさか私たちの武に見惚れてるわけではないわよね?」

 「まるでわしらが護られてるみてぇだな………だが!」
 「………あぁ、私たちも負けていられん! 張文遠、推して参るっ!」



 美しくも強い女戦士、
 そして、彼女らに遅れを取るまいと馬の腹を蹴る張遼と典韋。



 彼らの心には、同じ想いがしっかりと刻まれていた――。










 劇終。


 ↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
 (夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)


 ――お疲れさん、、そして。 今回はどうだったかな?

 「ちょっと変化球だったけど、楽しかったわ」
 「確かに。 今までと違う展開だったからどうなるかと思ったぞ、飛鳥」

 ――そう思ってくれると計算通りだな(笑)。
    でも、私としてはもう少し君たちに戦闘させたかったなぁ。

 「あはは! その辺は次回作に期待、ってところか」
 「飛鳥も息切れしてたから、これくらいが丁度いいかも知れないわね」

 ――あれ? 私…慰められてる???

 「ふふっ、慰めじゃなくて檄って言って欲しいわ」
 「次は本格的な戦いがしたいからな………よろしく頼む」

 ――あぁ、やっぱりプレッシャーか(苦笑)。
    (慣れってこえぇな………)



 本当の終わり。



 アトガキ

 相も変わらず暖かい拍手連打、ありがとうございますっ><
 シリーズ『筆者の秘密指令!?』も此度で第11弾!
 残すところ来月?のみとなりましたっ!

 今回は月を跨ぎそうでしたが、ギリという事で…スンマセン orz

 此度の指令内容は…
 『男よりも強いところを見せてくれ』
 彼女らは元々非戦闘要員なので、少々強さが影を潜めている。
 そこで、いろんな意味での強さを見せてもらいました。
 友情や戦闘など、相変わらずの飛鳥節でお送りいたしましたが………
 少々不完全燃焼?かも知れません(汗
 それでもこのお話で少しでも楽しんでいただければ幸いかな、と思います。

 
さぁ、次は誰が生贄になるのか――
 それは次回作のお楽しみ、と言う事でv


 あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。



 2011.02.28 御巫飛鳥 拝



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