――戦場となった場所は、何時見ても空しいものだわ。
草原のそこここに残る戦の傷跡を眺めながら、は俯いた。
それでも、この地はまた戦火に包まれる。
失われた多くの命、戦に託された幾つもの願い――
それらを思い、今彼女は戦場に赴く。
――何時か見えるだろう、希望の光を目指して――
乱世を歌う女、今が飛躍の時!
「――此度の戦は、私も参戦させていただきます」
「な、何だと!?」
誰もが寝静まっているだろう深い宵――
毎日のように逢瀬を堪能している一室にて、女が放った言葉に孫権は目を丸くした。
それもそう、目の前で優しく微笑む女――は楽師。
普段は戦の話を嫌う程温厚な性格で、確か戦場には赴いた事がない筈だ。
その彼女が突如共に戦へ、と云う。
一体何があったのか――何か悪いものでも食ったのか、と孫権はに問いかけた。
すると――
「今まで隠してましたが、実は自分の身を護るだけの武勇は持ち合わせているのです」
驚かれましたか?と当の本人はくすりと僅かに声を上げて笑った。
更に続く話では、楽師や舞姫というものは旅をするのが常であるために己の身が危険に晒される事も少なくないらしい。
そこで旅先などで武器を買い、密かに必要な武を身に付けているそうだ。
「――戦わないと思っていた者が戦に行くと言えば誰でも驚くだろう、」
「くすっ………それは迂闊でした。 ですが、私は一度決めた事は覆したくありません………お許しいただけますね?」
半分呆れたように返す孫権を他所に、は更に詰め寄った。
その瞳を見れば固い決意に光り、有無を言わせないような雰囲気を醸し出している。
だが、普段はあまり自己主張しない彼女がここまで決意を露わにする理由が孫権には解らない。
それが明らかにならない限り、愛しい女を死地に向かわせるような輩は何処にも居ないだろう。
許しを請うに返事が出来ず、孫権は俯いて考え込む。
彼女は一体何故、戦に出たいと云うのか。
すると――
「私は………何もしないで孫権様を待つのが嫌になっただけです」
――この世は乱世。
最早『争いが嫌いだ』という我侭は言っていられません。
それに――
――私は何時如何なる時も孫権様と共に居たい、そう思ったのです――
孫権の心中を察したのか否か、の声が耳を突いた。
はっと息を呑み、顔を上げるとそこには何時ものような笑顔がある。
それは至極柔らかく、とてもきな臭い話をしているようには見えない。
しかし彼女の瞳に宿る確たる意思は本物で、握り締めた己の拳に添えられる手からも伝わって来た。
ここまで言われてしまっては流石の殿も拒む術がない。
孫権は一時の沈黙の後、漸く解ったと返事をしたのだった。
「しかし本当に、いいのか………?」
「えぇ勿論。 更に言ってしまえば、私の参戦は貴方様のためにもなると思うのです」
「ん? それはどうしてだ?」
「くすっ………だって、私が傍に居れば孫権様は簡単に命を落とせなくなりますもの」
「はははっ! 言ってくれるな。 しかし、無茶な真似はするな………これは私との約束だ」
「承知いたしました、殿」
かくして、孫呉の君主をも巻き込む大きな戦が始まった。
言うまでもなくこの戦は苛烈を極め、その勢いは前線はおろか中衛にまで及んでいる。
これでは本陣に攻め込まれるのは時間の問題。
目まぐるしく変わる戦況を斥候から聞かされる度、孫権はその場から立ち上がる。
そして、それを制止する護衛兵とのやり取りを何度も繰り返し――
「これ以上味方を放っておくわけにはいかん! 私も出るぞ!」
「いけません殿! もし殿がお倒れになったら孫呉の未来は――」
「そのような言葉は聞き飽きた! もう黙ってはいられん!」
いよいよ抑えが利かなくなり、総大将は腰に刺す剣の感触を確かめると徐に歩を進める。
しかし、孫権の愛馬の前には何時の間にか最後の砦とも言うべきの姿があった。
「何処へ行かれるのです、孫権様?」
「そこをどけ、」
「いいえ、どきません。 貴方様は総大将、最後まで堪えてください」
「だが両軍の力は互角、ここは私が出ねば――」
問答を続ける二人の言い分は平行線で、一向に交わる気配がない。
は必死な表情を見せる孫権の姿を見つめながら一つ小さく溜息を吐いた。
――やはり私の思っていた通りだったわ。
この方は味方の安否を誰よりも案じる、心優しいお方だから。
ならば――
「………解りました。 では、私も共に参ります」
一旦地に向けていた視線を上げると、は君主にはっきりと云った。
戦が始まる前に二人で交わした約束を実行すべく、も馬を用意する。
――二人は、何時如何なる時も共に――
互いに想い人となってから、の心の中には一つの感情があった。
前を往く愛しい男の背中を見つめながら、それを何度も反芻する。
――人は何故、争わなくてはならないのでしょうか。
武器を取ることだけが全てではないのではないでしょうか。
――この地を、この世を統べる方法は、一つだけではありません――
程なく、乱戦続く拠点へと辿り着く二人。
そこには士気も落ち、疲弊しきった兵たちが未だ終わらない争いを続けていた。
退け! 退かないと斬るぞ!
何を言うか、貴様こそ軍を退け!
口では意気盛んに敵軍を攻めてはいるが、体が追いついていない。
振り上げた得物も勢いがなく、空を斬るだけだ。
それでも両者は退く事を潔しとせず、ただ本能の赴くままに動いているようにも見えた。
この惨状を見て、君主とは揃って言葉を失う。
戦とは、こうも空しいものなのか――?
その時――
ピィーーーーーーーーーー
馬上に控えていたは一本の笛を手に取ると、徐に音を奏で始めた。
拠点で必死に戦っていた兵たちは突如響いてきた笛の音に己を忘れて武器を振るうのを止める。
「何を始めるんだ、!? この場で音楽など――」
「この場だから、ですよ………君主様」
突然の事に驚いた孫権がを制する。
しかしそれでもは君主の手を強く振り解き、音を奏で続けた。
その心に、ずっとあった想いと共に――
――今こそ、私が思っていた事を――
が奏でる笛の音は暖かい空気を運んで来るように戦場を包む。
何処か切なく、それでいて懐かしい空気――
――思い出して。
心穏やかに過ごしていた頃を――
――思い浮かべてみて。
戦のない平和な日々を――
笛の音と共に歌われる歌は、故郷を思う人の歌。
彼女も思うところがあるのだろう、その声は次第に震え、涙交じりとなる。
感極まったの歌を聴き、心を打たれる兵たち。
彼らは武器を納めると、やがてどちらからともなく軍を退いて行った。
これこそが、の思っていた『戦い方』であった。
人を傷つけているだけでは、何も始まらないし、終わりもしない。
この長く続いた戦を、血を流さずに終わりにするには――
――もしかしたら、私ならば出来るかも知れない――
両軍とも兵が退き、静かになった戦場にの歌は尚も響く。
今は志と共に散って行った兵を労い、慈しむ歌。
それは孫権をはじめ、後ろに控える兵たちの心に染み入り、疲弊した身体をも癒していくようだ。
「歌とは素晴らしいものなのだな、」
「はい………ですが、心無くしては意味を成しません。 それは戦も同じです」
――心ない戦は、ただの殺戮です。
私はただ、人と人との争いに血が流れない方法を見つけただけですよ――
「そうか――ならば私も、戦についてもう一度よく考えねばならんな」
「くすっ………誰もが孫権様のような人であればいいのですが」
遠く地平を眺めつつ何やら考え始めた君主。
その雄雄しい横顔を見つめ、はふっと優しく微笑んだ。
この方ならば戦ばかりのこの世を変えてくださるかも知れない。
そう思いながら――
劇終。
↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
(夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)
――お疲れさん、。 どうだったかな、今回の話は。
「楽しかったわ、とても。 ただ………武器を持って戦いたかったような気もするけれど」
――あぁ………君は非戦闘要員だからな。 すまん、君が戦う姿を想像できなかった(汗
「その辺は仕方ないでしょう…戦闘要員はしっかり居るし」
――そうだな(汗)。 では、ミッションコンプリートでいいかな?
「よしとしましょう! 今度は戦闘も心の隅に置いといてね、飛鳥♪」
――了解だ、相棒との話を楽しみにしててくれ!
(よかった、今回は普通に終われた〜♪)
本当の終わり!
アトガキ
相変わらず暖かい拍手、ありがとうございます!!!!!
此度はシリーズ『筆者の秘密指令!?』第8弾です!
下半期の第2弾ですね。
しかし………次の月まで引っ張ってすみません orz
お待たせいたしましたが、出来上がりましたですぞ!
此度の指令内容は『君の戦い方を見せてくれ』。
戦闘シーンが比較的得意なアタクシが、戦闘なしに戦のシーンを書こうと。
自ら高いハードルに挑戦した次第です、はい。
血生臭い戦闘ではない、美しい!?戦闘シーン。
それを目指して書いたつもりですが………どですかね(汗
少しでも楽しんでいただければ幸いに思いますです。
さぁ、次は誰が生贄になるのか――
それは次回作のお楽しみ、と言う事でv
あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。
2010.12.06 御巫飛鳥 拝
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