――とても哀しいですわ。

 砂埃と血の臭いにむせ返る戦地を見渡しながら、は独り言を零した。
 ここも少し前までは花も綻ぶ美しい平原だったのに、と寂しげにかぶりを振る。
 しかし――

 そんな彼女も一軍を率いる将として、この地に立っているのだった。










 姫将、戦地に立つ。











  ――我が軍の戦況が思わしくない――

 この報がの下に届いたのは数日前の事であった。
 善戦していた前衛の部隊がいよいよ圧され始めたらしいのだ。
 これでは父の控える本陣の無事も危うくなる。

 そこで今、は父である城主の前に跪いていた。
 軽装の鎧に身を包み、手には彼の人から譲り受けた刀を携えて――



 「………いいか、。 此度の戦は少々厄介な事になっておる、よってお前の手も借りねばならん」
 「解っております。 私も昔より武芸を学んだ身、私の武でこの家…いえ、この国を護れるのであれば――」

 ――この身、自ら戦場に投じましょう――



 一つ一つ確かめるように語るの瞳に強いものを感じたのか、城主はふっと微かに笑みを零す。
 それを見ても同じように笑顔で大きく頷いた。
 近頃、難しい顔しか見せなくなった父。
 本当は優しい父の心からの笑顔が見られるのならば――



 「すまぬな、――」
 「何を謝る必要があるのですか? 私も家のために戦えるのですから………父上に感謝こそすれ、責める謂れはありません」
 「そうか。 ならば共に行こう! お前も、己の本当の力を如何なく発揮するのだ!」
 「はいっ、父上!」



 こうして、この城の姫も戦へと身を投じる事となった――。










 わぁぁぁぁっ!!!!!



 鬼気迫る敵軍の攻勢にじりじりと後退を始める我が軍。
 それでも兵達は己の持ちうる全ての力を振り絞り、敵兵に斬りかかる。
 しかし――



 「いかん、このままでは前線が完全に崩される!」
 「くっそ、こうなれば刺し違えてでも我が軍を――」



 がきぃんっ!!!



 「諦めないで! 貴方達も決して死んではなりません!」

 「ひっ………姫様!?」

 畳み掛けるように繰り出された剣撃を渾身の力で受け止めたのは、城に居る筈の姫だった。
 何時も美しく垂らしている髪は一つに結わえられ、その身は軽装の鎧に包まれている。
 そして、死を覚悟した兵達に檄を飛ばすその顔は既に一軍を率いる将そのものであった。

 姫将へと見事に変貌を遂げたは直ぐに敵兵を牽制しながら、呆気に取られる兵達に向けて言葉を放つ。

 「ここまでよく持ち堪えてくれました。 礼を言います」
 「な、ななな何を仰いますか姫様! 何故姫様がここにっ――」
 「話は後です。 さぁ、圧し返しましょう!」



 わぁぁぁぁっ!



 意外な援軍に少々の戸惑いはあったものの、我が軍の動きに再び勢いが加わった。
 姫自らの出陣に味方の士気が一気に上がったのは言うまでもない。
 しかし、は未だ気付いていなかった。
 自分自身の持つ、本当の力を――。










 実際、は強かった。
 普段は戦など好まない物静かな気性の持ち主とは思えない程に、戦場での彼女は修羅そのものだ。
 並み居る敵兵を携える得物一本で蹴散らしていく。
 しかし――



 「所詮お前らは多勢に無勢、俺達に殺られる運命なんだよっ!」
 「くっ――」

 僅かに鈍った一閃を弾かれ、はとうとう地に膝をついた。
 得物を支えに立ち上がろうとするがそれもままならず、続く敵兵の一撃に防戦一方となる。
 諦めては駄目と心では思っても敵軍の勢いに圧されてしまい、思うように動けない。

 ――これでは今迄護って来たものが――

 己の心にわき上がる哀しみと悔しさに視界が滲んだ。
 それでも睨みを利かせるの姿を見て、敵兵共が嘲笑を浴びせかける。
 お姫様は城の中で大人しくしてればいいんだ、と。

 刹那――



 たぁぁぁんっ!!!



 「ぐぁっ! この軍に、鉄砲がある、なんて、聞いてな――」



 たぁぁぁんっ! たぁぁぁんっ!



 「あ、あれは――うぎゃぁぁぁっ! 傭兵だぁっ! 雑賀衆だぁっ!!!」



 戦況は一瞬にして優勢に転じた。
 父が雇っている、雑賀衆の鉄砲隊が背後から物凄い勢いで進軍して来る。
 そして先頭を走る男がの前に立ちはだかると、敵兵の群れを一瞥してやれやれとかぶりを振った。

 「あんたら、おひいさんに酷い事したな………痛い目見るぜ?」
 「なっ、何を――」
 「俺は依頼主に、全力でおひいさんを護るって約束したんだ――悪く思うなよ」



 たぁーーーーーんっ!



 は膝をついたまま目の前の光景を唖然呆然と見つめていた。
 自分を全力で護ると云った男が、得物が鉄砲であるにも関わらず距離を置かずに次々と敵兵を血祭りに上げていく。
 我が軍の傭兵であり、との仲を父からも容認されている男――雑賀孫市。
 しかし彼は今、父の居る本陣を護っている筈。
 それが何故、ここに――?



 の心中を察するか否か――
 目前の敵を粗方退かせた孫市は、ここで漸くに向き直った。



 「待たせたな………
 「孫市様! 私は待ってなどおりません! 何故父の元から離れたのですか!?」

 「まぁまぁ、そんなに怒るなよ。 これは俺の意思でもあり、依頼主の意思でもあるんだぜ」
 「父上の、意思………?」
 「そうさ、娘を前線で戦わせてるんだ………父親が心配しないわけないだろ?」



 孫市はこう言うと、依然膝をついたままのの腕を取って優しく抱き上げるように立たせた。
 そして得物にこびり付いた血糊を己の手拭いで綺麗にしてやり、本人に手渡す。

 「ほら――、未だ戦えるだろ? これからは俺も一緒だ、張り切って行こうぜ」
 「孫市様、あのっ――」
 「ん? 俺だけじゃ頼りないか?」
 「いいえ――いいえ、貴方様が傍に居れば私も心強いです。 ですが――」



 意気揚々と進軍しかかる孫市を制して、はかぶりを振りながら足を止める。
 その心にはやはりと言うか、父の存在があった。

 ――この戦、幾ら本陣に居れど安心は出来ません。
    何時伏兵に本陣が襲われてもおかしくはないのですから。
    それに――
    万が一、私がここで斃れてしまったら――



 「………そんな事はさせないさ」
 「孫市様!?」

 「安心しな、。 本陣は雑賀衆の精鋭がしっかり護ってる。 それに――」
 「それに?」

 「、お前は最も大切な人なんだ。 この軍にとっても………俺にとっても、な」



 ――見えるか、
    あいつらの、姿が――



 照れくさいのか、孫市は直ぐに視線を逸らし、己が指し示した方へ目を向ける。
 それを追うようにも視線を走らすと――



 「姫様のためにも、ここは負けられんぞ!」
 「俺も元気百倍だぜ! 姫様が一緒に戦ってくれてるんだからな!」
 「姫様の身体に指一本触れさせるな!」



 おぉぉぉぉぉっ!!!!!



 「――な、おひいさんの出陣であれだけ士気が上がってるんだ」
 「………皆………」



 はここで漸く父の言う『本当の力』の意味に気付いた。
 それは武勇だけではない、形ない力。

 上に立つ者――姫将でしか出し得ない、力――



 「父上………これが私の本当の力、なのですね――」
 「そうさ。 それに………お前のおかげで俺もしっかりと士気を上げてるぜ」



 たぁぁぁぁんっ!



 「さぁ行こう! 一緒に敵を蹴散らそうぜ!」
 「はいっ!」










 ――戦は、哀しいもの。
    ですが――



    愛するこの国のために。
    そして、共に戦う者のために――



    ――姫将は今、戦地に立つ――







 劇終。


 ↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
 (夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)


 ――お疲れさん、。 どうだった、初の戦は?

 「いきなり苦戦を強いられましたが…今は清清しい気持ちです」

 ――そうか、それならよかった。 これで君の任務は達成だ。

 「任務というより………私が以前座談会の時に言った事、ですよね」

 ――あはははは………いや、これでいいんだ。 君のキャラと違う事をさせたからな

 「………まぁ、そういう事にしておきましょう。 ではまた、次の機会に――」

 ――ん? まだ戦闘したいのか、君は?

 「えぇ! 敵軍を前に刀を振り回すのがこんなに楽しいものとは思いませんでしたわ!」



 ――私が渡した刀、思ったより早く錆びそうだな、をい(汗



 本当の終わりv



 アトガキ
 拍手、ありがとうございます。
 此度、新シリーズ『筆者の秘密指令!?』を発動させた飛鳥です。

 今回のお話は如何でしたか?
 ビジュアルから、非戦闘要員とイメージされがちな彼女ですが………
 此度は相反する戦へと身を投じてもらいました。

 指令内容は『とりあえず戦って来い!』。
 まぁ、彼の援軍によっていい感じに〆られたのではないかと思います。
 姫将という言葉はあまり聞いた事ないですが、ね(汗

 さぁ、次は誰が生贄になるのか――
 それは来月までのお楽しみ、と言う事でv


 あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。



 2010.04.10 御巫飛鳥 拝



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