――ここは戦場。
 息吐く間もなく、己の武と運が試される場所――。










 
想いは熱いうちに










 孫呉が勝利を収めた――



 この報が入ったのは、が敵軍の拠点兵長を斃し
 「この拠点、我が軍が占拠した!」
 と声を高らかに宣言した時だった。

 「伝令! 殿、たった今敵本陣が落ちたとの報が届きました!」

 全力で走って来たのだろう、息も絶え絶えに…しかし高揚感を隠し切れない様子で力説する伝令。
 突然の嬉しい報に目を剥き、得物にこびり付いた血糊を振り落としながらは彼の方を見遣る。
 「えっ…本当!?」
 「その本陣からの報告です。 間違いありません」
 「そう…ならば」
 一つ大きく息を吐き、険しかった表情を漸く和らげると細剣を天高く掲げ、その切っ先を見つめた。

 「皆、喜んで! 敵の本陣は落ちた…我が孫呉の勝利よ!」

 の動きに呼応するように勝ち鬨を上げる兵達。
 その大音声は大きな波となり、空に、の耳に響く。

 今、皆の心が一つになる――

 は大好きなこの瞬間を心待ちにしていた。
 己が武器を持ち、戦う………この意味は達武将のみならず、戦人それぞれに違うものを持っている。
 しかし、行き着くところは皆同じなのだ。
 一つの目的を達した充実感をその場に居る全ての者が同じように感じる事が出来る、瞬間。
 は震える心を隠すかの如く得物をぶん、と一振りしてゆっくりと鞘に収めた。







 一時の後――
 敵の残党も見えなくなり、この場には漸く平穏な空気が漂い始めていた。
 はそわそわする気持ちを抑えながら拠点の中央に位置し、後処理をする兵の行動を逐一指示する。
 これらが終われば…あとは本陣に戻り、大将の指示を仰ぐだけだ。
 やっとの事で訪れた心の休息に思わず笑みが零れる。
 すると、更なる喜ばしい事がの身に降りかかった。

 「さん」

 兵達の妙なざわめきの直後、耳に聞き慣れた声が届き彼女の顔が更に綻んだ。
 「、陸遜! 貴女達も無事だったのね…よかった!」
 「さんも大した怪我もなくて何よりですわ。 …此度は素晴らしい進軍でした」
 「くすっ…これはこの場に居る皆の功績よ。 …労うなら彼らにして」
 誉められるのは苦手なのよ、とは拠点の入り口から入って来た二人の傍に駆け寄り、そして云った。
 この戦での軍師の一人・陸遜とその許婚であるがこの場に訪れたという事は、戦も完全に決着がついたのだろう。
 それでも決して油断してはならないのは戦場での鉄則のようなもので、それは二人の手にする得物に新鮮な紅いものがこびり付いている事からも窺える。
 「………残党!?」
 「えぇ。 …しかし、残り僅かのようです」

 陸遜は何食わぬ顔で言うけど…
 …一矢を報いようと、未だ何処かに残党が潜んでいるかも知れない。

 は緩んでいた唇をきゅっと引き締めると、先程感じた安堵の気持ちを再び心の奥に戻した。







 自分も、親友達も無事だった。
 あとは…あの人の安否を確かめるだけ――。

 伝令はあれ以来何度も行き来してはいるが、気になる味方の安否に関しては未だ報告がされていない。
 戦の直後であらゆる情報が交錯しているらしい。
 はそわそわする心を更に波立たせながら目の前の軍師に恐る恐る問う。

 「ねぇ、陸遜。 あの人が無事なのか、貴方には解る?」
 「解っていればとっくにお話していますよ。 …やはり気になりますか」
 「あったり前でしょ!? あの人は私の大事な人なんだから。 …陸遜だって、に何かあったらと思うと気が気じゃないくせに」
 「はは…貴女には敵いませんね」
 ならば…と陸遜はからかうような視線を元に戻し、一瞬だけ思案すると心配そうに両腕を組むの肩をぽんと軽く叩き、拠点の中央に歩を進めながら徐に声を上げる。

 「皆さん! ここから先は私、陸伯言が指揮を執ります!」
 「はぁ!?」

 陸遜が突如起こした行動に驚きと困惑の入り混じった表情で返す
 幾ら戦が終焉を迎えていたとしても、軍団長が急に変わるのはあまりよろしくない事である。
 瞬時に対応が出来ず、統率が取れなくなる事もあるからだ。
 しかし当の陸遜は…それを一番よく理解している筈なのにを交互に見遣りながら自信に満ちた笑みを零していた。
 すると、陸遜の意図に逸早く納得したのか――が彼女の耳元に唇を寄せる。

 「早くあの方に逢いに行け、という事ですわ…さん」
 「えっ…それじゃ――」
 「こちらの方は陸遜様にお任せしておけば間違いありませんわ。 私も共に参ります――行きましょう」

 思わぬところでの粋な計らいに依然困惑しながらもは二人に心から感謝した。
 彼らも今回の戦では共に戦っていたが、何時もは別行動になる事の方が多い。

――想い人の身を案じるのは誰とて同じ。

 それは知将として台頭し始めた若い陸遜にも言える事だ。
 はありがとう、と二人に感謝の意を述べながら陸遜に改めて向き直る。
 「じゃ、は借りて行くわよ。 後は宜しくね」
 「はい。 …ですが、の身に何かありましたら………許しませんよ」
 「解ってますって、ご心配なく。 流石に貴方からの火攻めは食らいたくないからね」
 ――を溺愛している彼なら、本当にやりかねない。
 今の言葉で一瞬だけぎっと睨む陸遜に怯む事なく声を高くして笑うだったが、直後視線を逸らすように踵を返した。
 見てはいけないものを見た、と言わんがばかりに。



 「陸遜様、それでは行って参ります」
 「――未だ外には残党が残っているかも知れません。 …くれぐれも気をつけて」
 「ふふ…心配には及びませんわ。 さんも居ますし、私も戦えます」

 ――これじゃ、どっちがお供なんだか解らないわね。
  …それより、イチャイチャするのは後にして欲しいんですけど。

 すっかり中てられてしまった。
 背後からでも二人の温度が伝わって来るような熱い抱擁を尻目に、は愛馬にひらりと飛び乗る。
 そして、苦笑を浮かべながらかぶりを振ると――ほんの少しだけ、思った。





 ――このまま、一人で行っちまうぞ!













 「さん、先ずはあの方の足取りを辿りましょう」

 の提案で、二人は彼の人が最初に布陣していた拠点に赴いていた。
 …無事なら、先ずここに戻って来る筈。
 ここは自軍の本陣に程近いところで優秀な護衛を配置しているとは言え、軍団長である彼の人がそのまま放って置くとは思えない。
 もし、ここに居なかったとしても…何らかの情報は掴める。
 そう考えた二人だったが――



 「あぁ、あの人なら………一刻前ここに戻って来て直ぐに出て行ったぜ」

 戦の終盤から彼の人の指示によりこの拠点を護っていたという凌統がその場を監視しながら入り口を指差した。
 やはり、彼の人は一旦ここに戻り、直ぐに動いたらしい。
 そして、もう既に出て行ったと凌統は言う。
 ――見事に行き違ってしまった。
 「彼が何処へ向かったか、貴方は何か聞いてない?」
 は隣に居ると一瞬だけ視線を合わせると、凌統に向き直って問うた。
 すると、凌統は片手の親指を入り口に差し向け、軽く笑いながら「そんな事も解らないのか」といった調子で口を開いた。

 「俺は何も聞いてないぜ?
 ただ――
 血相を変えてあんたの事が心配だっぽい事をぼそぼそ言ってたのは聞こえたよ。
 まぁ…あんたの進軍が早いって報がこっちにも届いてたから、大方お敵さんの本陣にでも向かってるんじゃないか?

 ――早く、行ってやれよ」







 ――これは、有力な情報だ。

 凌統の半分からかうような言葉にもしっかりと礼を述べ、二人は直ぐに敵本陣へと馬を駆った。
 その馬上にて、に語りかける。
 「よかったですわね…あの方の行方が解って」
 「うん。 それも貴女達のおかげよ…ありがとう。 それに――」

 ――あの人と私の気持ちが同じだって事が、解ったから。



 通じ合っている想いに喜びを抱え切れず、は笑顔をほんの少しだけ崩した。













 ところが、ここでも彼の人との再会は叶わなかった。
 途中、茂みに潜んでいた残党を己の力で退かせながら漸く到着した敵本陣。
 今は敵の姿はなく、その場には敵の総大将を討ち取った張本人・甘寧と軍の面々が疲れも見せず更なる指示を待っていた。



 彼らの話では――
 彼の人はここ、敵本陣を落としたのが猛将・甘寧だと知ると、僅かに引き連れていた兵をここに残し、直ぐに出て行ったという。
 残党が多く残っていたとしても、彼らなら軽く蹴散らせると判断したのだろう。
 そして…

 「物凄ぇ血走った目でよ、俺にお前が何処に居るか訊いてきたぜ」

 てっきりお前が瀕死の重傷を負ったのかと思ったぜ、と少々笑えない冗談を言う甘寧。
 それに馬鹿な事言ってんじゃないわよ、と睨みを利かせながらは間髪入れずに問う。
 「で、彼が何処へ向かったか…貴方は知ってる?」
 すると、甘寧は一瞬だけ不思議そうにを見ると
 「知らねぇな。 …でもよ、お前ならオッサンがどんな行動をするか、簡単に解るんじゃねぇのか?」
 付き合いが長ぇんだからよ、と当たり前のように笑いながら答えた。

 ――そうか。

 甘寧の言葉で直ぐに納得したは刹那、顔を見合わせて吹き出した。
 彼の人も、と同じように想い人の身を案じている。
 それならば、律儀に足取りを辿るよりも彼の人の行動を読んで動いていた方が早かったかも知れない。
 …戦と同じなんだね。
 大事な事を忘れていたように錯覚した二人の笑いは次第に大きくなっていく。

 こんなに簡単な事を、まさか甘寧から教えられるなんて…!

 「あっ………ありがとう、甘寧」
 「いや、それはいいけどよ………お前ら、こんな時に何で笑ってるんだ? 気でも触れたか?」

 突然の事に困惑している甘寧を余所に、女二人の大笑いは一時、続いた。







 ――彼の人の、行動。

 「あの方が何処へ向かうか…さんはどう思われますか?」
 再び場を馬上に移し、が腕を組んであれこれ思案しているに問うた。

 私達は、彼の足取りから行動を辿っていた。
 しかし、知将である彼は…余計な動きを必要としないだろう。
 恐らく、何度か会った伝令から情報を収集し、私の行動を推理している筈。
 ならば――

 「解ったぁっ! 、陸遜の許へ戻るわよ!」

 は何か閃いたかのようにぱっと顔を上げると、の肩を軽く叩きながら満面の笑みを向けた。













 「お帰りなさい、…そして
 「ただ今帰りましたわ、陸遜様」

 再びの熱い抱擁にやれやれ、とかぶりを振りながら…は先程感じた確信を胸に、きょろきょろと拠点の中を見渡す。

 私の推理が正しければ、彼はここに留まっている筈だ。
 恐らく彼は、私達が出発してから間もなくこの拠点に辿り着いただろう。
 そして陸遜の話を聞いて…私達が自分を探しに行ったと知る。
 だけど…あらゆる情報が交錯する今、大きく動く事は得策ではないと思ったに違いない。
 が共に居る…ならば、何れは必ず陸遜の許に戻って来るだろう、と――



 一時は擦れ違っていた二人の推理が、ここで漸く合致した。
 視線の先に、一番逢いたかった人の姿を捉え…の胸に熱いものがこみ上げる。
 そして、少々困ったような笑顔を湛える、その大きな姿に――



 「………子明っ!!!」



 ――瞳から零れるものを袖で拭いながら駆け寄り、思い切り飛びついた。
 あまりの勢いに目を白黒させながらもしっかりとの身体を受け止め、己の腕に収める呂蒙と…自分を優しく見下ろす笑顔に、泣き笑いで返す
 二人の視線が漸く一つに絡まった。
 これはまさしく、傍から見れば感動の一幕である。
 しかし――



 ごんっ!



 刹那、の頭に呂蒙の拳が軽く飛び、突然の事態に先程と違う意味で涙目になる。
 「いっ…痛い! なんでいきなり殴るのよっ!?」
 「ちょっとしたお仕置きだ、…じっとしていればいいものを、散々俺に心配をかけおって」
 「私だって心配だったわよ! それに、早く逢って貴方に大好きだって気持ちを伝えたかったんだもん!」
 「それじゃ、俺が見付からなかったらそのまま戦場を彷徨うつもりだったのか、お前は――」
 抱き合ったまま口論を繰り広げる二人。
 折角の感動の再会が一気に台無しとなるかと思われた、が――

 しかしだ………その気持ちは解らんでもない。

 俺の想いもお前と同じだからな、と一瞬眉間に皺を寄せていた表情が再び和らぎ、を抱く腕に力をこめた。

 短い仕置き、これにて終了――。

 そう言わんがばかりに己の顔をの頬に擦り付ける呂蒙。
 その腕の強さと、この戦で更に伸びた彼の無精髭から与えられるざらりとした感触に…は軽く笑みを零す。

 そして――二人の唇が、想いと共にゆっくりと触れ合った。







 刹那、背後から微かな笑い声と共に茶化すような声が近付く。
 「…お二人も中々に熱いですねぇ」
 「あら、いけませんわ陸遜様。 お二人の邪魔をしたら罰が当たります」

 …こいつら、わざとやってやがるな。

 二人の世界に浸っていたが意識を現実に引き戻した張本人を振り返る。
 そして、彼らの姿を見た瞬間――

 「この場に及んでもイチャイチャしまくってるアンタ達に言われたくないわっっっ!」

 叫びながら、心の中で複雑な気持ちが頭を擡げるのを自覚した。



 ――これは、もしかして 類は友を呼ぶ、なのか!?










 時には、擦れ違う事もあるかも知れない。
 だけど――

 この胸にある、熱い想いを………早く伝えたい。

 この気持ちは何時も一緒、だから――



 忘れないで――



           想いは、熱いうちに――







 劇終。



 飛鳥作夢小説第7弾、でしたっけ(←をい!
 今回の作品は如何だったでしょうか?

 今回のサプライズ…お相手をお話の後半まで伏せておく事。
 私・飛鳥の「また何かやらかしやがった!」的なお話となりました。
 御前(紫緋さん)宅のメインヒロインである彼女と陸遜のカップルは鉄板、ということで…
 今回のメインヒロインはウチの娘、となります。

 たくさんのキャラを書くという、私にしたら珍しい事になっていますが…
 たくさん詰め込みすぎて読み辛かったらスミマセン orz

 今回も楽しく書かせていただきました。

 このお話で少しでも楽しんでいただけたら幸いです。(’08.07.09)




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