未だ終わらない暗き混沌――

 よく知る地と、知る事のなかった地が一つとなった世界。



 その中で人は何を想い、戦っているのだろうか――










 遠い夜明け










 キン、と金属同士触れ合う音が絶え間なく場内に響き渡る。
 この宴席で行なわれている剣舞は、祭りのように騒がしかったその場の空気を一瞬にして変えた。

 一騎打ちをしているかのように錯覚させる緊迫感。
 そして、緊張の糸がぴんと張った場の中で剣を片手に雅やかな舞を披露する二人の女の美しさ。

 それは宴席に居る全ての人を魅了し、惹きつけるだけの大きな力を持っていた。
 小さく流れていた曲が終わり少々汗ばんだ女が二人顔を上げた刹那、沸き起こる割れんばかりの大喝采。
 二人は互いの顔を見合わせると、それぞれ満足げに笑みを湛えた。










 「綺麗どころが二人して宴席を中座していいのかい?」

 大広間を出、中庭にて一息ついている二人に突如頭上よりからかうような声が掛かった。
 聞き慣れた声に天を仰ぐと――

 「黒脛巾(はばき)組が一人…参上。 なんちゃってね」

 大きな木の枝に脚を掛け、逆さにぶら下がる女の姿があった。
 しかし、突然のお出ましに二人は特別驚きもしない。

 「…居たのか、。 全く気付かなかったぞ」
 「あっははー! こんな事で直ぐに気取られるようじゃ忍びは勤まんないよ、女カ」

 言葉もなく見上げているはおろか、女カにさえ気配を覚られずに近付くところは流石は忍びといったところか。
 と呼ばれた女はここで枝から音もなくひらりと降り、漸く地に足をつけると
 「そろそろアンタ達の出番が終わった頃だと思ってね、来てみたんだ」
 笑みを浮かべる二人と同じように、口角を上げてにっこりと微笑った。





 一堂に会した美女三人――
 彼女達はかつて、それぞれに違う境遇の中に生きていた。

 女カは仙界の住人――すなわち仙人。
 は三国の時代に生まれ育った舞姫。
 そしては戦国時代の将である伊達政宗の隠密――黒脛巾組のうちの一人。

 しかし彼女達は何故か、生まれ育った環境の違いなど感じられないほど気が合った。
 何事もないつかの間の休息が訪れる度に集まっては腹を割った話をする、今や友人とも言うべき間柄なのだ。





 さぁ、今宵はどのような話に花を咲かせるのか――













 場所を移し、ここは宴席の賑わいが届かないの自室。
 しかしこの部屋には美しい調度品などはなく…ただ、女性の部屋らしく質素な作りの鏡台が大きな存在感を持っていた。
 は部屋に入るなりきょろきょろと辺りを見回し、盛大な溜息を吐く。
 「――相変わらず地味な部屋だねぇ。 、アンタも舞姫なんだからもう少し華やかにしてもよくないかい?」
 「華やかなのは舞を披露する時だけでいい。 …私が派手なものを好まないのは、君も既に知っているところだろう」
 「まぁね」
 の何時ものような切り返しに短く返事をすると、再び溜息を吐きながらやれやれとかぶりを振った。



 も黙っていれば最高の女なんだけどねぇ………。
 ま、それが言い寄ってくる男達に対する彼女なりの防衛策なんだろうけどさ。










 仲のいい女同士が集まれば、語り合う話題には事欠かない。
 それはどの世界でも変わらないらしい。
 この場に居る三人も例外ではなく、侍女の入れてきた茶を囲みながら止め処なく会話は続く。

 しかし今宵の話は何時もとは違い、少々きな臭い内容となっていった――。





 「――!? 伊達政宗の軍が?」
 「うん、これは魏の君主さんに言われて偵察に行ったアタシとくのいちが掴んだ情報だよ。 間違いない」
 「…奴もいよいよ動き出した、という事か」



 遠呂智亡き後――
 三人が身を置く魏軍は妲己率いる残党との小競り合いを続けていた。
 妲己が何を企んでいるのか、同じ仙人である女カには思い当たる節があるようだが…更にかつて遠呂智に加担していた政宗が兵を挙げたとなればこの地が再び乱れるのは火を見るよりも明らかだ。
 ここの君主――曹操には、今頃くのいちが詳しく報告している事だろう。
 三人は行く末を案じ、渋い表情をその顔に浮かべる。

 「これは…宴席で悠々と舞っている場合ではなくなるな、女カ」
 「あぁ。 奴が動くとあれば、曹操も黙ってはおれぬだろう」
 「ったく、あの主は…」

 何時ものように淡々と語り合う二人を余所に、吐き捨てるように呟くの心中は穏やかではない。
 かつて主として仕えていた政宗が、今や大事な仲間となった者達の手を煩わそうとしている。
 これは、彼女にとって頭を悩ませるものだった。



 政宗様が、何時でもてっぺんを目指しているのはアタシにも解る。
 だけど………



 「――で、お前はどうするのだ? 



 刹那、の思案を遮るように突如女カから声が掛かった。
 ふと見ると、対面に座る女が何時の間にか口角を吊り上げて意味深な笑みを零している。
 「…何が言いたいんだい? 女カ」
 「いや、現在こちら側に居るお前が今後どのように動くのかが気になってな」
 「アタシが政宗様の下へ戻る、とでも?」
 「人と人とが結ぶ絆の深さは私も知るところだからな。 それが主従の関係ならば尚更だろう」
 ここまで言うと女カは卓に頬杖をつき、再びどうする?と問いながらふふんと鼻を鳴らした。
 その様子からは自分が試されていると自覚する。

 そうか、アンタは全てを見通した上でわざと………

 「恐れ入ったよ、女カ。 …でもね、アタシは今更あっちに行くつもりはないよ」
 仙人特有なのか、女カの鋭い洞察力に感心しながらも決意を露にする
 しかし、その苦難で表情を微妙に歪める様子を女カは軽く一瞥すると、の心中に構わず言葉の続きを促すべく笑みをそのままに一つ頷く。
 刹那――



 「ただ、主としてだけでなく…一人の男として慕う彼と刃を交えたくない。 そうだろう?



 今迄二人の会話を黙って聞いていたが突如、代わりと言わんがばかりに答えた。
 唯一認めたくない、痛いところを突かれたの頬が瞬時に赤く染まる。
 「!! 、アンタ…っ」
 「図星、か。 なかなか白状しなかったが、まさかこのような形で解るとはな」
 「、安心しろ…私達は誰にも言わない。 いい加減認めてしまえ、胸の痞えが取れるぞ」



 これは見事な波状攻撃、としか言いようがない。
 は目の前にある二つの黒い笑顔に観念したのか、がっくりと肩を落とすと
 「はぁぁ…やっぱりアンタ達には敵わないねぇ」
 口元に苦笑いを湛えながら、今宵一番の盛大な溜息を吐いた。










 きな臭い話に、何時しかほんの少しだけ恋の花が咲く。
 「――でもさ、女カ。 アンタはいいね…直ぐにあの人に想いが届くんだからさ」
 アタシが想う人は向こう側に居るからね、とは全てを吐き出してすっきりしたのかさらりと本音を零した。

 離れ離れ――敵味方に別れているあの人には届く想いも届かない。

 半分諦めたかのように独り言を呟きながら視線を下へ向ける。
 刹那――



 「。 ならば、奴の首根っこをひっ捕まえてでも取り戻せばいいだろう――お前の手でな」



 今迄とは違う場所から女カの声が聞こえた。
 声の方向に顔を向けると…開け放たれた窓を背にした女が笑みに違う色を加えている。
 そして、何時動いたのか――忍びに負けず劣らず気配を察せずに近付いた舞姫が、の手を引きながら女カの言葉に続くべくゆっくりと口を開いた。

 「そう、君の想いの強さで彼を引っ張ってくればいい…それだけの事だ」






 三人は大きな窓の前に会し、徐に外へと視線を走らす。
 すると――



 遥か向こうに見える空の端が、何時の間にか白く染まり始めていた――。










 窓枠に手をつき、明けていく空を見上げる美女三人。

 「見ろ、。 どれだけ真暗な闇でもやがて光が差し、晴れ渡る………この乱世も同じだ」
 「夜明けは必ず訪れる、といったところだな」
 「…そうだね、何も悩む必要はないんだ。 ありがと、お二人さん」



 今の空と同じように、自分の心も晴れていく。
 は両脇に居る頼もしい友人に礼を述べながら、その心に新たな決意を抱えるのだった。










 今は未だ遠い夜明けだけど………アタシはアタシの出来る事をするよ。






 アンタ達が言うように――



                決して、明けない夜はないんだから――







 劇終。



 長らくお待たせしてスミマセン!
 こちらは飛鳥作夢小説、記念すべき10作目となります!
 あまりの感動に涙が…(←ウソつけ!

 今回のお話はヒロイン投票の三国・戦国での第1位を勝ち取った娘が主人公です。
 (予てから日記にてネタをブチ撒けてましたが…)
 そして、新年初書きということで…
 当企画初のOROCHI設定&友情夢に挑戦させていただきました。

 いや、楽しかったですv
 女カと舞姫ヒロインの口調が似ているので書き分けには苦労しましたが(汗
 それでも、皆さんが楽しめるようなお話になったのでは…と思いたい。

 そして…お題に関してですが――
 今回は特別編としまして、絵板にて私が紫緋さんにリクエストしたお題を使いました。
 イラストのイメージとは違う形(ヒロインも違いますv)で書いてみましたが…如何だったでしょうか?
 絵板と共に楽しんでいただけたら幸いです。
 (積もる話はブログにて………v)

 最後に――
 このお話も、情報屋のアイディアや情報が大いに役立ちました。
 この場をお借りして、情報屋に心から感謝いたします!
 ありがとー!!!

 アトガキも長くなってすみませんでした;;(’09.01.08)




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