――私は、武器を持たない。
この乱れた世の中で、私にどれだけの力があるというのでしょうか。
それでも――
冷静に秘めた激情
飽きる事なく繰り返される戦――
それも今は少しの間影を潜め、人々はまた来るであろう戦乱に備えてそれぞれの力を蓄える。
武器を持たぬ者は己を支えてくれる人のために働き、戦う者は護りたい人のために日々鍛錬を怠らない。
そんな不透明な毎日が続く中、今日も兵の心を癒すべく一人の女が鍛錬場に足を運んでいた。
汗まみれになりながら己の腕を磨く鍛錬の、終わり頃の事である。
「――皆様、本日も鍛錬お疲れ様でした」
女は集まって来た兵達に深く丁寧に一礼する。
その様子は堅苦しくもなく、だが軽過ぎてもいない。
ただ、芸術を生業としている者特有の優しい、そして柔らかい雰囲気を醸し出していた。
彼女は以前よりこの軍に留まっている楽師・。
相棒の踊り子と共に芸を披露しながら戦場を渡り歩き、ここに辿り着いた。
だが今はその相棒の姿はない。
何故なら、日々鍛錬に励む兵を労う――これは自身が望んでしている事なのだから。
自分へと注目する兵達に向けてにっこり微笑うと、は徐に笛を取り出して己の唇に当てる。
直ぐに奏でられる笛の音は、この場に居る者達だけでなく儚く散って行った人々の心をも癒すかのように空へと響き渡った。
美しく、それでいて憂いを帯びた調べ。
その楽曲には人々の想いが凝縮されているような色を漂わせる。
兵達はそれぞれ瞳を閉じ、暫くの奏でる調べに耳を傾けた。
まるで故郷に想いを馳せているかのように。
こうしてこの場はの醸し出す雰囲気と呼応し、優しい空気に包まれる。
しかし――
「辛気臭い曲なんか止めちまえ!」
「そんな曲じゃ、俺達の元気は出ねぇよ!」
「俺達は何時死ぬか解んねぇんだからな!」
突如立ち上がった数人の兵の言葉がこの場の雰囲気を見事にぶち壊した。
この突然の事に周りの者達が呆気に取られる。
しかし彼らはその様子をちらりとも見ず、それでも演奏を止めないに向けて汚い言葉を吐いていく。
「踊り子はいねぇのかよ! 音楽だけじゃつまんねぇんだよ!」
「そうだ、踊り子がいねぇんならお前が俺達を楽しませろよ」
「ほら女、脱げよ!」
――また始まったわ。
でも、こんな事が何だって言うのでしょう?
私は、私の出来る事をするだけ――
兵達の罵倒にも怯む事なく調べを奏で続ける。
このような事は楽師として歩き始めてから何度も体験した。
しかし、もう慣れている筈なのに心が悲しみと怒りに苛まれてちくちくと痛む。
「嫌だったら、今夜俺の寝床で脱いでくれてもいいんだぜぇ!」
「ははは! そいつはいい!」
今迄もそうだった。
こういう奴らは私達を「たかが楽師」「たかが踊り子」としか見てくれない。
どうせ男にとって女はただの慰み者だと言うのでしょう!?
………馬鹿にしてるわ。
は己の怒りに身を任せ、ついに笛を唇から離した。
そして心無い言葉を放つ男達を冷たい視線で見つめながら反撃すべく口を開く。
刹那――
「止めるのはお前達だ」
違うところから、聞き慣れた声が響いた。
驚きに一瞬身を震わせ、改めて声の方を見ると――
「――っ、伯約様!」
「、お前が音楽を止める必要などない。 非はこの者達にあるのだからな」
がこの軍に留まる直接のきっかけになった張本人――姜維が顔に僅かな微笑を浮かべ、立っていた。
何時もは諸葛亮様と共に部屋で執務に励んでいる貴方が、どうして…とは呟きつつ更に目を白黒させる。
すると姜維はに今一度笑みを向けた後、たった今まで威勢の良かった兵達をひと睨みした。
「お前達は、に言ってはいけない事を言った」
「げぇっ姜維様!? ………いやあの、これはほんの言葉のあやで――」
「どう取り繕っても無駄だ。 私は、お前達を赦す事は出来ない」
何時からこの場の様子を見ていたのか――
静かに言い放つ姜維の怒りは心頭、何時爆発してもおかしくはなかった。
この緊迫した空気に一同は固唾を呑み、じっと見守る事しか出来ない。
しかし続く姜維の言葉は雰囲気とは裏腹に、至極穏やかだった。
――お前達が戦うのは何故だ?
生半可な気持ちで戦に出ているわけではないだろう。
………それはも同じだ。
乱世に抗う、戦う理由があってここに居る。
ただ、戦う武器がお前達とは違うだけの話だ。
戦に疲れた人々を癒すという素晴らしい武器で戦うの姿が、つまらないものとしか見えないのなら――
「――お前達が戦場に立つ資格など、ない」
「きょ、姜維様!?」
「お前達にも大事なものがあるだろう――故郷に帰れと言われたくなければ、今後軽はずみな言動は慎むのだな」
姜維はここまで言うとがっくり項垂れる兵士を尻目にふるふるとかぶりを振りつつ踵を返し、の傍に歩み寄る。
その顔にはもう既に怒りの色はなく、普段通りの雰囲気を身に纏っていた。
「伯約様………此度の事、本当にありがとうございました」
「いや、いいのだ。 偶には鍛錬でもしようとあの場へ行ってみれば――私の勘も侮れないな」
その夜――
離れにて一人胡弓を奏でるの元に、姜維は当たり前のようにやって来た。
恋仲になってからというもの、日課になりつつある二人の時間。
姜維は今日一日あった事を事細かに報告し、はそれを楽しげに聞きながら胡弓の調べを天に響かせる。
あの一件の後、彼らとは姜維の言葉を受けてすんなり和解した。
己が目指す未来が不透明なのだから、心が荒んでしまうのも無理はない。
それでも彼らは自らの非を詫び、本当は何時もの音楽に救われていたという事を告げる。
そして、も――
「私も、あの人達を一瞬でも軽蔑した目で見てしまいました………とにかく、あの場で謝る事が出来てよかったです」
「あぁ。 人の心は時に、深くまで話さないと解らないものだからな」
「………あの時のように、ですね」
二人、見つめ合いながらくすりと笑う。
遡ってみれば二人の関係自体もそうだった。
相手を愛している、という気持ちをその慎重な性格が故になかなか言い出せなかった日々。
それをじれったく思ったのか、突如「この地を離れる」と言い出した相棒のお節介があって漸く結ばれたのだ。
――でも。
「伯約様が怒る姿、初めて見ました………とても怖かったです」
「えっ!? ………極力穏やかに話をしたつもりだったのだが、そんなに怖かったか、?」
「クスッ…伯約様、怖いと感じるのは言葉や語調だけではないのですよ」
――あの時、冷静に話をする伯約様の中に、物凄い怒りを感じました。
私のためにあそこまで怒ってくれて、嬉しかったのですが………
「私は嬉しさと同時に恐怖も感じたのです」
「はは、冷静に秘めた激情、といったところか」
姜維のいう言葉は言い得て妙、だった。
はあの時の姜維の様子から、激情は内に秘めた方が時に人の心を強く突くという事を知った。
静かに怒る方が実は怖いのですね、と。
「はは………しかし、そう思うと演奏を止めた時のお前も少しだけ怖かったな」
「えっ………? 私が、ですか?」
「だから私が割って入った。 …お前が悲しむ姿も怒る姿も、私は見たくないからな」
「ふふ、ありがとうございます、伯約様」
肩を寄せ合う二人の手が自然と重なる。
近くなった想い人の耳元に唇を寄せるとはそっと、囁いた。
――己の中に生まれた、新たな誓いを――
――私にも戦うための武器がある事を、貴方は教えてくれました。
この乱れた世の中で、私にどれだけの力があるのか、未だ解りません。
それでも――
――私は私の戦い方で、この乱世を生き抜いてみせます――
劇終。
ども、このお話は飛鳥作短編13作目ですー!
先日、我が家に三国無双マルチレイド2がやって来まして………
一度は一線を退いたきょん太郎が華麗に、かっこよく復活しましたー!(喜
と言う事で、今回はきょん太郎復活おめでとー!なお話です。
まぁ、ついでと言っては何ですが…ヒロインもメインで書くのが初めての娘をチョイス。
敢えて相棒を出しませんでしたが…如何でしたか?
私としてはきょん太郎のカッコイイとこが書けて大満足です!(笑
このようなお話でも、少しでも楽しんでくれたなら本望!
以上、飛鳥でしたv(’10.03.20)
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