影の存在なんてないに等しい私のことなんて、誰も知るはずない。

 まして、日向に居ることが当たり前な、あの人にとって―――

 あまり動き回ることが許されない身でも、見ることの叶う人。

 そっと窺い覗く私に気付いて欲しいなんて、浅ましい想いを抱きはしない。

 ただ、釣り合える場所に、出たい。

 それだけでも叶うのでしょうか―――――?


















陽だまりの下で















この城に詰め始めて、どれくらい経ったのか。
もう世間は平和なときを過ごしていて、高いところから見る城下は賑わっている。

 態の良い人質として―名目上は―預けられていること、哀しいとは思わない。
けれど何の縛りもなかった頃よりは自由に利かない身は不便だ。
外に出るにも許可を得て、供を付けていなければいけないから。
初めのうちは外へ出たくて仕方なかったけれど、いまはもうそれすらも面倒で出ようなんて考えなくなった。

 ここが嫌いなわけじゃない。
寧ろ、実家に居たときよりは、居心地が良い。
城の人達はこんな私にも笑みを浮かべ、手を差し伸べてくれる。
邪魔者扱いされていた実家や、その大元となった生家に比べれば何倍もまし。

 四季折々に顔を変える庭を眺めながら、ぼうっと一日を過ごす。
何をするでもなく、晴れていれば空を見上げて。
花が咲けば、下に広がる庭を見遣って。
少し賑わう気配があれば、遠目に城下を思う。
雨が降れば書を読み、上がれば虹を臨んで――――
それなりに楽しいものだ。

 もうずっと繰り返してきたその生活に、日が差したのはいつだったか。
思い出せないけれど、その日から何かが少しだけ変わった。

 凄くよく響く声が下から聞こえてきて、何事なのかと窓から覗いたことがある。
大きな声だけど、不快さを感じさせない、爽やかな。

 声が聞こえだしてから暫くすると、廊下をすっと白い影が横切った。
影といえば黒く映るものだと思っていたから、何だか不思議。
でも、その影が遠ざかっていくと声も聞こえなくなってきて・・・・・・
その白い影の持ち主が、声の主だったのだと後から知った。

 初めてはそれで、次もまた気が付いたのは声だった。
あの低いけれど聞き取りやすい、心地良い声は、一度聞けば忘れない。
あ、と思って窓から見ると、少し遠い場所に白い人。
その前には見覚えのある、珍しい髪色の人が居た。
しっかりと聞き取れないけれど、二人で何か遣り取りしている。
耳を傾けていれば、そのうち笑い声が聞こえてきた。

 それから、声が聞こえれば窓から見るようになって。
ちょっとだけ、それを楽しみにしている自分に気が付いた。
ここは美しいものをたくさん見れるけれど、心から楽しんだことは初めてかもしれない。
そう、思いながら。
























 珍しく用事があって、自分に充てられている部屋から出たときのこと。
もうやらないといけないことは終わって、部屋に戻ろうとしていた。

 実家から連れてきていた侍女と供に廊下を歩いていると、聞こえてきたのは、あの声。
思わずぴたりと足を止めてしまって、侍女が驚いていた。
それから彼女は、ああ、と何かに納得したように苦笑する。

 「あのお声に驚かれましたか?様」

 「・・・・・・え、ええ―――――」

 驚いたのは本当。
でも声の大きさとかにではなくて、その声自体に。
まさかこんな近くで聞く日があるなんて思わなかったから。

 「上杉家家臣、直江兼続様のお声ですよ」

 「そう・・・」

 ずっと私に付いてくれている彼女は、私よりも城の中に詳しい。
私に関する用事があるときは、全て彼女が動いてくれているから。
だからこの城に出入りしている人のことも、彼女のほうがよく知っている。

 (直江、兼続様―――――)

 心の中で名を繰り返しながら止まっていた足を動かす。
近くで姿を見てみたいと思っていても、少し怖かったりもする。
いつも上の方にある自室から遠目で眺めていただけだった人の名が分かっただけでも、いい。

 だから、足早にそこから立ち退こうとした。
けれど己が向かっている方向に居るのか、声は近くなっていくばかり。
進めば、もう二つ、違う声が聞こえてきた。

 「石田様、真田様とお話中のようですね」

 お三方、ご友人らしいですよ。と侍女の補足が入る。
石田様と真田様は自分も知っていて、何度か顔も合わせたことがあった。
その二人の友人ともなると、また凄い方なのだろうと想像が付く。

 「あ、様、あちらにいらっしゃいます」

 「え―――?」

 侍女に言われて彼女の示す方を見れば、知った姿と、あの白い影。
一瞬だけ足を止めて見遣れば、彼の人の顔が見えた。

 (あの方が、直江様・・・)

 綺麗な人だった。
綺麗といえば石田様もとても綺麗な人だけれど。
あの人のように女と見間違えるような綺麗ではなく、男の人が持つ綺麗さだ。
真田様も綺麗な顔立ちをされているから、三人並んでいると圧巻だろう。
とてもじゃないが、女といえど、容易に近付けはしない。

 はた、と見惚れてしまって、完全に足を止めていた。
侍女に顔を覗き込まれ、我に返る。
誰かを凝視しているなど、失礼極まりないことだ。

 「何でもありませんから、行きましょう」

 まだ私の行動に怪訝そうな顔をしていた侍女を促して、そこを後にした。
























 それからというもの、彼の人の声が聞こえると、姿を見に行くようになっていた。
部屋の窓からそっと居場所を窺って、その場所へ足を向ける。
そんな程度だけれど。

 誰かと―大抵は石田様か真田様―お話されている姿を、廊下の影から見ている。
周りから見れば怪しいこと間違いないと思うけれど、本人達に気付かれていなければいい。
声を掛けるどころか、姿を見せることも、廊下で擦れ違う勇気さえない。
侍女が言うには誰とでも屈託なくお話される方らしいけれど・・・・・・
怖かった。

 ずっと影でしか生きられず、影として生きてきた自分は、日の下へ出るのが怖い。
それと同じで、日のような温かい人や明るい人と関わるのも怖かった。
影である己を消されてしまいそうで、強い光に潰されてしまいそうで。
怖くて、そういう人と会うのは、いままで極力避けてきていた。

 そんな自分のことを知っていて、以前の行動から何かを察したのか、侍女はいろいろ彼に関する話をしてくれる。
今日来られてましたよ、が大半で、誰々とお話されてました、とか。
その中に上がってくる名前は殆ど石田様か真田様だけれども。
それでも、本当に少しだけだったとしても、楽しかった。
彼の話を聞けるのが嬉しくて楽しくて、でも痛くて苦しかった。

 世界が違う、なんてこと同じ土地に立っていて実感するなんて思いもしなかった。
でも本当に住む場所が違うのだと、知らしめられる。
影である私と、誰よりも日の下に居ることが似合いそうな、彼の人と。

 でも、それでも、浅はかだと己を笑ってしまう。
彼の目に映ってみたい、もう少しだけ近くで見たい。
傍を通ってみたい、挨拶だけでも交わしたい。
怖いと思っているのに、同じ場所に出たい、そんな自分を。
覗き見ているのを知られたくないと思っているのに、私という存在に気付いて欲しい、なんて。
どれだけ矛盾した人間なのか、自分自身が呆れ返ってしまって。

 そんな私を見ている侍女の目が、心配そうに不安そうに曇っているのを、見た。





























 「様、こちらです」

 侍女に用事があるから、と言われて部屋を出た。
何事か知らされないまま彼女に付いて廊下を行く。
見慣れた場所から、徐々に行ったことのない場所へ逸れていく。

 「待って、どこに行くの?」

 「もう直ぐ付きますよ」

 呼び止めても彼女は止まらない。
不審だったから、一人で引き返しても良かったけれど、自分の知らない場所に来ていて、道が分からない。
仕方がなくて、結局彼女に付いていく形になる。

 「花が綺麗ですよ、様」

 付いたのは自室からでは絶対に見えない、中庭辺り。
外側にある庭の花が咲き誇っていて、こちらも同じ。
よくよく見れば、植わっている花の種類が違うらしく、見たことのない花もあった。

 「偶には違う景色で楽しみませんか?」

 「そう・・・そう、ね」

 縁側に腰を降ろして、彼女と二人庭を眺める。
暫く何をするでなくて、ただゆっくりとした時を過ごしていた。
直接ではない日差しが、いい感じにぬくもりを与えてくれて、心地いい。
そのままいれば、寝てしまいそうな。

 「珍しい人が居るものだ」

 後ろから聞こえてきた声にハッとして振り返る。
そこには―――――

 「本当に。お久しぶりですね、殿」

 「お久しぶりです、石田様、真田様」

 石田様と真田様が並んで立っていて。
その後ろに、近くで見ることを望んでいた直江様が居た。
何やら不思議そうな、そんな感じで。

 「二人共知り合いか?私は知らぬが・・・・・・」

 「まあ、兼続は知らぬだろうな」

 自分が知らない私のことを知っている石田様と真田様を疑問に思っているらしかった。
だからといって、こちらから名乗るのも、気が引ける。
その前に、緊張していて言葉が上手く紡げない。

 「私は直江兼続だ、よろしく」

 「よろしく、お願いします―――」

 満面の笑みで言われて、どうにか小さく笑うことが出来た。
言葉も何とか、といった聞こえるか聞こえないかの音。
それでも聞こえていたのか、更に笑みを向けてくれる。

 その時、ちょっとだけ願いが叶った予感がした。


































 会うことと、話すことと、笑うことが出来ました。

 同じ場所に立つこと、日向に出ることが、出来て。

 浅ましいと思っていた願いが、叶いました。






 陽だまりの、下で―――――

















葵の夢、第1弾!
いきなり夢か!?ってのでスミマセン><
書き始めたはいいものの・・・・・・いざ兼続出そうと思ったら難しかったw
喋り方がイマイチ分からないというか、何というか
せめて名前呼ばせればよかったですね;;
戦国、これから精進します






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