我に跨る者、すべからく英雄。

 だがいずれも國の覇者成らずや……。



 我は死を運びし者たりや……。










 龍哭 地の章










 わらわ…は……?

 水中から湖面に向って浮上していく感覚がする。
 今までとは逆の、この奇妙な感覚に違和感を感じていた。

 わらわは……人柱となりて……湖に落とされたはず……。
 ……あぁ、これが死という感覚なのであろぅ……か…。

 湖面から顔が、身体が出た。
 顔を下に向け、自らの姿を確認する。
 …湖面が鏡となり、龍の姿が映っていた。
 思考能力が働かず、頭が麻痺をしている。
 否、人としての記憶が霞んで行く。
 悲しみが、慈しみが、怒りが、喜びが……そして……初恋の記憶さえも忘却の彼方へと……。

 暫くその姿のまま、湖の上空を駆ける。
 そして陸地まで辿り着いた時、四肢でしっかり地面を捉えていた。
 霞んでいく人の意識の中で誰かが言った。

 「ほぅ…これは見事な馬だ。全身炎の如しなり!」

 何処かに連れて行かれた気がする。
 だが、それも良く解らない。
 けれども、この出会いからは良く覚えている。
 暴が、力が、武が人の姿を纏った者が言った。



 「ほう、これがこの呂奉先の馬……赤兎馬か!」







 炎と煙、血河により、天地が赤黒く染まりし下。
 居並ぶ諸侯の眼前に鉄鎖により全身をがんじがらめにされた男が跪いている。
 「ふん、流石は大暴の呂布ともあろう者、こうなってしまっても気迫冷めやらぬか。」
 蒼い衣を纏った男が呂布と呼ばれる男に向って言った。
 じゃらりと鎖を鳴らし、呂布は蒼い衣の男に顔を上げ言葉を吐いた。
 「動けぬ俺が大暴か…。暴風を吹かせることも出来ぬ俺に警戒すべきことはないぞ、曹操」
 呂布の双眸に自分の心を見透かされ、曹操は蝦蟇の心境というものを思い知った……が、曹操も然るべき人物、動揺を面に出すことはなかった。
 「ふん、お主が人間の範疇であれば、この曹孟徳も恐れることはない。が、お主はすでに人の姿をした別物よ。」
 「まるで俺が妖物とでも言いたげだな。はっ、良いだろう。妖を倒すは人、英傑よ。速やかにこの首を撥ねるが良い!」
 「…なるほど、その心根、確かにお主は暴ではなく武…と言ったところか。良いだろう。……呂奉先の首を撥ねよ!!」



 跪く呂布の首に、大斧が振り下ろされようとしたその刹那……

     ……馬の嘶きが響いた……





 「と、止めろ〜!」
 「馬が、馬が暴れ出したぞ!!」
 兵士達の怒号。
 「何事か?!」
 誰何の声を上げて曹操が騒ぎの方を見ると、炎が馬の形をなぞらえたかの様な、全身真っ赤な馬が鎖でがんじからめにされているにも係わらず、大暴れしている。
 「あれは…呂布、お主の馬であったな?」
 呂布は苦々しげに、だがまんざらでもない様子で言う。
 「…赤兎め、主の死ぐらい静かに見守れないものか。」
 その言の葉に感心した面持ちで曹操は、
 「主に似たのであろうよ。……そして主を殺させまいと必死なのであろう。流石は馬の中の赤兎よ。」
 一拍置き、呂布は大きく息を吸い、そして……
 「赤兎! 主の死ごときでうろたえるな! この呂奉先の死を汚すでない!!」
 暴風の如き声を張り上げた。
 主の声を聴き、戦場の大火のごとく暴れてた赤兎馬は、蝋燭の灯火のように静かになった。
 聴こえるか聴こえないかくらいの声で呂布は呟いた。
 「……ふん、可愛い奴よ……」





 訪れた静寂の中で呂布は何事もなく言った。
 「さて……続きと行こうか。」
 曹操も答えた。
 「うむ、そうだな。」



 斧が振り下ろされ……


     ……馬の嘶きだけが再び響いた……







劇終。






管理人によるアトガキ

久し振りの情報屋ぷれぜんつ☆です!
感動です!
再び情報屋殿の素敵なお話がアップできるとは…!
しかも、これは続き物らしいです。
赤兎とそれにまつわる人とのお話…それも馬(?)視点。
人柱となった姫(なのか?情報屋殿)が龍となり、そして馬となる…。

今回は地に伏すリョフィー…なので『地の章』。
さて…次は!?
この先が非常に楽しみなお話でありますwww

情報屋殿、この場をお借りして大いなる感謝の意を表します!
ありがとー!
(裏話は日記にて)

ここまで読んでくださってありがとうございました。

2008.1.12   飛鳥@管理人 拝


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