永遠の夢の世界へ―











 俺は今、夢の中にいる…と思う。
 「と思う」…こう言ったのはここ数日、「夢」と「現実」の区別がつかなくなっているからだ。
 事の始まりは…そう、3ヶ月程前、俺が沙織という彼女にこっ酷くフラれて…自棄酒をあおり、酔いつぶれて眠った日の事だった―。










 …好き…大好き…



 俺の耳元に熱い息がかかる。
 「ん…? 誰だ…沙織? …そんなわけないよなぁ…っておい!!!」
 俺は驚いた。
 はっと息を呑み、酔いか眠気からか…重たくなった身体を起こすと…なんと、見ず知らずの女が俺に纏わりついていた。
 …さらに驚いたことに俺も女も素っ裸だった。
 混乱し始める頭をぶんぶんと振りながら俺は喉から搾り出すように声を上げる。
 「…君は一体―」

 お…落ち着け…

 俺はまだ冴えない頭で考えてみた…が、酒に溺れた頭では上手く行かない。
 とりあえず頭の隅に降って涌いた可能性を彼女にブチ撒けてみる。
 「もしかして…俺がここに連れ込んだ…? 悪い! 俺すっげー酔ってて―」

 すると―

 「…違う。 私が好きでここに居るだけだから。 心配しないで…」
 女は俺の言葉を遮るように、思いもかけない事を言った。
 そして、なおも言い訳を続けようとしている俺の唇が生暖かい物で塞がれる。



 …女の熱い身体が俺にのしかかり、そして…

 俺は次第に女の唇、そして身体の感触に酒とは違う酔いを感じていった―。










 朝、目を覚ますと女の姿はなく、もちろん女が居たような痕跡もない。
 部屋は女の影など皆無といった、何時もと何ら変わりのない空間が広がっていた。
 しかし、あれが夢だと思うにはあまりにもリアル過ぎた。
 俺は情けなく、また不謹慎な事に
 「もったいない!!」
 と思わず叫んでしまった。
 こんな事なら…もう少しリアルな夢に溺れていればよかった、と自分の生活習慣に嫌気もさす。



 そして…不思議だったのが…フラれたショックがその「一夜」のうちに完全に癒されていた事だった。
 俺は再び混乱する頭を捻ると
 「…ま、ここは夢に感謝するべきだな」
 と独り言を零し、洗面所へ歩を進めた。













 それから暫くは「夢の女」のことを思い出す暇もなく、仕事などでまともに眠らない日々を過ごしていた。
 沙織は俺があれから落ちこんでいないことを変に感じたらしいが、安心したようだ。
 少しは反省していたんだな…アイツもなかなか可愛いところがあるじゃないか。
 些か未練がましいとは思うが、そんな事も思わず考えてしまう。

 そして、やっとの事で完全な休日ができたある日、俺は再びあの女の夢を見た。










 「…逢いたかった…本当に寂しかったのよ」
 彼女は俺の背中に頭をつけて、甘えるように呟いた。
 女…しかも綺麗な女に甘えられて、喜ばない男は居ない。
 俺は振り返り、彼女の長く艶やかな髪を優しく梳きながら言ってやる。
 「俺も逢いたかったよ。 …あれから気になって―」
 「嘘。 仕事が忙しくて私の事なんか少しも考えてなかったでしょ!!」
 俺はどきりとした。
 彼女の事を思って気を利かせたつもりが反対に怒らせてしまった。
 しかし、何で俺が寝る間を惜しんで仕事をしていた事が解ったんだ?
 瞳を瞬かせながら思案にふける。
 女はそんな俺の顔を見て
 「私…あなたの事が好きなのよ。 あなたが知らなくたって私はあなたの事なら何でも知ってるわ」
 俺を更に驚かせる事を言った。
 なんという娘なんだ…?
 それじゃ、自分はストーカーだって自ら白状しているようなもんだ。
 しかし…ここは夢だ。
 夢の中の住人が俺の事を知り尽くしていても危険という事はないだろう。
 そう判断した俺は―。

 「それじゃ不公平だろ…? 俺も君のこと…いろいろ知りたいな」

 流石の俺も夢の中では大胆になるらしい。
 俺は彼女の返事も待たず、ほとんど強引にその身体を自分のベッドに押し倒した。
 女は待っていたように俺に身体を預け、小さく笑う。

 「そう言う人には教えてあげない。 …でも、何時かは―」

 言葉の最後は俺の唇で完全に遮られた…。










 その後―
 俺は夜に眠る度、現実にいるような錯覚に陥りながら夢の中の女と…夜を楽しんだ。
 そして、次第に彼女を愛し始め、毎日…夜を待つようになった―。













 …ここ数日…
 俺は仕事にも行かずに、眠っては起き、起きては眠るといった毎日を過ごしている。
 …彼女と、夜に逢うだけではとても足りない。

 ずっと一緒に居たい…。

 その気持ちがそうさせたのか、今の俺には現実にも彼女が傍に居るような気がする。
 今日、薬局に行って睡眠薬を買ってきた。
 最近は精神的に睡眠薬を欲する人が多いのだろう…薬剤師は「またか」といった様子で俺と話をしていた。
 まぁ、こんな事も今の俺にはどうでもいい事だが。



 これでまた彼女に逢える…と思うと天にも昇るようだ。
 先程、一人で…彼女も一緒だったかもしれないが、祝杯をあげた。
 しかし、調子に乗ってかなり飲みすぎたようだ…。
 目の焦点が定まらず、ぐらぐらと頭が回り出す。
 …でも、ここで酔いつぶれるわけにはいかない。

 これから、彼女と―。

 彼女に変なところを見せたくないなぁ…と思いながら適当に睡眠薬を取り出し、酒で流し込む。
 …酔いからなのか、睡眠薬の効果なのか…暫くして、意識と共に視界が溶け始めた。





 …ああ…また、あの娘に逢え、る…










 まずは一回戦…些か激し過ぎた行為の後―。

 「ねぇ、何を考えてるの?」
 俺の腕を枕にして、天井を見上げたまま彼女が言った。
 俺も彼女に倣うようにして天井を見上げる。
 「お前と出会った頃のことを思い出してたんだ。妙な出会いだったなって…」
 「夢の中だもの…ある意味何でもありでしょ?」
 さらりと言う彼女。
 その様子は切なげでもなく、淡々としていて…俺は身体を僅かに起こすと思わず心にある本音を吐き出す。
 「そうだけど…。 でも、俺はお前を愛してるんだ。 現実でも一緒にいたい」
 「それって贅沢な考えだよ。 世の中、好き合っても一緒にいられない人達もいるんだから。 …そう思うと私達って幸せだと思うわ」
 「そうなのか…?」
 彼女の言葉に俺は彼女を見下ろしたまま考え込んでしまった。
 確かに、今は幸せだ。
 でも…一旦現実に帰ってしまえば彼女は居ない。
 部屋も世界も…殺伐としたままだ。
 前に彼女が
 「夢の中でしか逢えないの」
 と目を伏せながら言った事がある。
 …やっぱり夢は夢でしかないのか?
 もどかしい気持ちを持て余し、叫びたくなる俺だったが―



 「実は私、とっておきの場所を知ってるの。 あなたさえ良ければ連れて行ってあげられるけど?」



 不意にベッドから飛び起きながら彼女が言った。
 突然の事で俺の肩がガクッと落ち、支えを失った身体がベッドに倒れる。

 おいおい…マジかよ。

 果たして、本当に夢の中にそういう場所があるのか?
 とっておきの場所…?
 そこは…もしかして、僅かでも現実とつながってる場所なのだろうか…?



 「それは何処なんだ? …そこだったらお前とずっと一緒に居られるのか?」
 「もちろん。 …一緒に来てくれる?」
 「ああ! お前と一緒なら…」

 何処へだって、行ってやる。



 俺はただただ嬉しかった。
 彼女と、永遠に生きていける場所。
 それは…今の俺にとっては何処でも楽園と言えるだろう。

 しかし、ふと隣を見ると…喜びを全身で表現しそうな俺を余所に彼女が不安そうな顔で俺を見つめている。
 「どうした?」
 「ううん…ねぇ、後悔しない?」
 「後悔…?なんでそういうことを言うんだ? 俺はお前と一緒にいられるんならそれでいいんだ。後悔なんてするわけないだろ?」
 何故彼女が不安になっているのかがいまいち解らなかったが、俺は心からの言葉をそのまま彼女に捧げた。
 すると―
 
 「そう?…それを聞いて安心した!!」
 俺の一言で彼女はすっかり明るくなった。
 その様子に俺も胸を撫で下ろす。
 …いろいろな意味で俺に遠慮していたんだろうな…と思った。
 可愛らしい彼女に再び触れようと手を伸ばす―



 ―が、俺の手は彼女に届くどころか、その本人に振り払われてしまった。
 そして
 「それじゃ、出かけるわよ♪」
 徐にベッドを降り、俺を置いてさっさと歩き出す。
 さっきまでとは態度がまったく違う。

 …一体、どういう事なんだ?
 彼女の中で、何が起きたんだ?

 俺は彼女を追うのに必死だった。
 それ程に、彼女の足の速さは尋常ではなかった―。







 「おい!!何処に行くんだ? …俺達…裸じゃないか」
 「大丈夫!これから行く所はそんなの要らないから」
 「…いいかげんにしろよ。 そろそろ教えてくれてもいいだろ? それって何処なんだよ!!」
 豹変した彼女の自分勝手な態度に流石の俺も怒りが込み上げてきた。
 今にも消えそうな彼女の背中に叫びに近い問いを投げかける。
 すると、俺の問いに答えるべく彼女の歩みが止まった。
 そして俺の方を振り返ると

 「永遠の夢の世界、よ…」

 妖艶な笑みをその顔に乗せて言い放った。



 ………これが夢じゃないのか?
 なんだか頭が混乱してきた。
 思考回路が麻痺してきているように感じるのは、先程の酒の所為なのか、一緒に居る彼女の所為なのか。
 俺の混乱した頭を察したのだろう…彼女は小さく笑いながら俺に近寄り、説明を始める。
 「くすくす…これは夢だけど現実に近い夢なの。 …深く考えなくてもいいわよ。 これから行くのは、私や…きっとあなたも知ってる所だから」
 「そんなこと言われても…俺には解らない」
 今更遠回しに言わなくてもいいだろう、と俺は彼女の瞳を見つめた。
 深く、闇を湛えた瞳に吸い込まれるような錯覚に陥る。
 刹那―







 「私は…『夢魔』。
 これで解ったかしら?

 あなたは、一時的にでも私が愛した人。
 だから…

           せめて、最後は安らかに…逝かせてあげる―」







 俺は…
 薄れ逝く意識の中で、彼女が高らかに声を上げて笑うのを聞いた………













 「うわっ…汚ねぇなぁ…」
 「男の一人暮しなんてこんなもんさ。 …さっさと片付けちまおうぜ」
 二人の刑事のうち、片方が薬の瓶を見つけ、もう一人に渡した。
 「睡眠薬か…。 こりゃ、完全な自殺だな。 …ここ数日、会社に出てなかったって言ってたからな」
 「酒の空き瓶がたくさん転がってるから自棄酒の挙句…だな。 飲む量を誤ったという線も考えられるが…それはないだろう」
 「…しかし、変だよなぁ。仏さんの顔を見たとき…」

 「ああ。…そう言えば…暗い死に方をしたわりには…」

 「幸せそうな顔をしてたなぁ…」







 THE END




 アトガキ

 3万打御礼企画!当サイト初のオリジー作品、如何だったでしょうか?
 初がこんなブラックですみません… orz
 しかも、過去の作品を手直ししただけの手抜き作品です、はい。
 (言っちゃったよ、このヒト…)

 まぁ、ベッタベタな恋愛ブツは夢で披露しているので、たまにはえぇでしょ!
 と自己満足的にアップいたします。
 管理人の違った面が見られればこれ幸い!

 とりあえずはここで退散いたします。。。
 ここまでお読みくださってありがとうございました!


 2008.03.29   飛鳥 拝


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