魔が、差す―










 どうやら、天気にも愛想をつかされたらしい…。
 飲み屋から外に出ようとしたらいきなり大粒の雨が降ってきた。

 あーあ…ついてない…。
 今日は本当にとんでもない日だわ。
 仕事じゃ上司にどやされるし…際目付けがこれだよ…。







 ついさっき、別れたばかりの男と会った。
 そいつは何故か女を連れていた。そして、目の前で憮然としている私が「元彼女」だというのに
 「俺…結婚しようと思うんだ」
 お前にだけは話をしたかったんだ、と私を地獄に叩き落すような言葉を吐きやがった。

 心底ムカついた。
 気持ちがどうこう…とか、そんなことじゃない。
 私もアイツも恋愛感情は別れるときにはとっくになくなっていたから。
 いわゆる「惰性」というか、何時別れてもおかしくないといった状態で付き合っていたんだ。
 だから、アイツが誰と引っ付こうが関係なかった…いや、関係ないからムカついたんだ。

 なんでもう関係のなくなった私にこんなことを報告するのか?
 しかも、別れて間もないのに…

 私には全く解らなかった。
 友達とかに報告するならともかく…。

 あぁー!もう、やめやめ!!
 アイツが幸せになるならそれでいいじゃないの。
 私も同じように幸せを掴めばいい話だし!!



 私は気持ちを静めるようにどしゃ降りの中を走り始めた。










 「悪いな…」
 「ん……? 何が?」
 「俺に女がいたって事。 今迄黙っていて、さ」
 「だって別に…私達別れたんだよ? なんでアンタが謝らなきゃいけないの?」
 「いや…実はもうずっと前…そうだな…2年ぐらい前から彼女と付き合っていたんだ」
 「はぁ????? じゃ、フタマタだったわけ???」
 「だから悪いなって言ってるだろ?」

 「あっそう…まぁ、別に気にしないけどさ…アンタの女癖の悪さは最初から知ってたからね。 …お幸せに!」

 「…もう帰るのか?」
 「当ったり前でしょ??? これ以上他人の幸せを見せつけられるのはごめんなのよ!! せいぜい悪い癖が出ないように祈ってるわ。 じゃね…」







 ……………ん?
 なんでこんな夢を見たんだろう…。
 そんなにショックだったのかしら…?
 昨日のアイツとの最後の会話が夢に出てくるなんて…私の夢もネタが尽きたのかしらん???

 この人生の中で一番の目覚めの悪さを引き摺り、ひとりで笑いながら身を起こした。
 夕べは結局あれから近くのコンビニに行ってお酒を買いこんで…我を忘れるくらいまで飲んだから…家の中がめちゃめちゃに散らかってる。

 かなり荒れたらしい… あはは。







 暫くして、重い頭に嫌気が差しながら部屋を片付け始める。
 すると―

 「あら? これ…」

 なんとなく開けた宝石箱。その中にはまだ私とアイツが幸せだった頃にアイツからもらったペンダントやら、指輪なんかが入ってた。
 結局捨てることも売ることもできずに戸棚の奥に『封印』してたのに…。
 夕べの薄れた記憶を頑張って引き出してみる。
 …そうだ。
 睡魔に負ける前…らしくもなく感傷に浸ったんだっけ。

 「あは…バッカみたい」

 ひとりごととは裏腹に私の心は遠い思い出をたどり始めた…。







 「私…あの頃が一番幸せだったのかもね…」
 呟いた私の瞳からは涙が溢れていた。

 なんで…こんなことになっちゃったんだろう…。
 今となってはもう…どうしようもないんだよね…
 アイツがひとりで幸せになるって知って初めて本当の自分の気持ちに気がつくなんて…。

 私…アイツを本当に愛してたんだ。
 弱い自分を見せたくなくて…強がってただけなんだ。
 それが…自分でもわからなかったなんて…。
 寂しい…悲しい…悔しい…。

 私の心の中は様々な気持ちで混沌としてきた。



 …………?



 気がつくと、私の心の隅から何か解らない もの が囁いていた。

 何なの…?





           「この気持ちに 『終わり』 を告げなさい。 …あなたの、手で…」





 私は、自分の思考回路が遅くなっていく事を薄らながら感じていた―。





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 「久しぶりだなぁ、お前の家に来るなんて…」
 「まぁ、とりあえず上がってよ」

 家にあいつを呼んだ。
 理由はないけど、とりあえず呼んだ。
 別れた女の家にのこのこやって来るなんて…バカだな、と思うけど。

 「今、コーヒー入れるね」
 「おぉ! そう言えばお前の入れるコーヒーは美味かったな」
 「あら…覚えててくれたの?」
 「これくらいは覚えてるさ…」
 「ふふっ…」



 台所に立ち、サイフォンが奏でる小気味のいい音を聞きながら私は考えた。
 今の私は何処かおかしい。…自分でも解る。
 あれからだ… 『あの声』 を聞いてから―。



 「はい…お待たせ」
 「さんきゅぅ!」

 アイツは私に『乾杯』のふりをしてからカップのコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

 「ん…? お前、これ…何か入れたか?」

 「ふふ… …何…?」

 「だからこれ………ぐっ!!!!!」

 アイツは急に苦しみ出した。
 …それもその筈…

 あいつに出したコーヒーに即効性の劇薬をフンパツしたんだ。

 「おっ…お…まえ…、なに…を…」

 何か言いたそうにしてるアイツを前に私は
 「ふふっ… 人間って…、本当に 『魔が差す』 時があるのね…」
 って笑いながら言ってのけた。
 自分でも怖くなるくらいにさらっと…。



 息が絶え絶えになっていくアイツを見ながら

 「ごめんね。 私、本当はこんな事、したくはないんだけど…」
 鈍った頭を揺り起こしながら、零した。

 『あなたの、手で…終わりを…』

 呟き続けているのは 何 なんだろう…。 止めなきゃ…。

 思考回路が働いても行動につながらない。

 その 何か は 『これでいいのよ…』 と言ってる。







 「死んだのね…」

 私の身体はまだ『思考回路』とつながっていない。
 私はふらっと台所に行くと…先程アイツを死に至らしめた薬を手に取り、自分のカップに入れた。

 アイツに入れたときよりも多く…。

 そしてふぅ、と一息つくとそれを一気に飲み干した。

 「ぐっ…!!!!!」

 苦しみ出す。

 それでも 何か は 『これでいいのよ…』 と囁き続ける。

 そうだね…。

 「これでやっと… 『終わり』 なんだね…」





 自分でこう言って、意識が暗い底に堕ちていく私の中で―

                何か―



                心の中に棲む 『魔』 が声を上げて笑ったような、気がした…。







 劇終。





 アトガキ

 とりあえず、3万打御礼企画第4弾です。
 が…全く相応しくありません!(←ドきっぱり)

 まぁ…第1弾が あんなん だし、そのままスルー(汗
 この企画のテーマ(あったのか!?)が
 『様々な愛の形』
 なので、今回は少々歪んだ(壊れた!?)愛の形を手直しして再アップいたします。
 管理人の違った面が見られればこれ幸い!

 とりあえずはここで退散いたします。。。
 ここまでお読みくださってありがとうございました!


 2008.04.14   飛鳥 拝


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