心の中の住人 −中編2−










 私は元譲の視線から逃れるように下を向いた。
 自嘲気味な笑みを含んで………。





 「…?」
 私の肩を抱く元譲の腕が、思った以上に暖かくて。
 酔って麻痺した頭の中で影を潜めていたものが大きくなる。
 ついさっき、失ったばかりの『恋愛』が…。
 現実から逃げたい、私の弱さが…。

 …そう。
 私は、甘えてるんだ。
 今、私を…私の心を苛む空虚感を、埋めるために…。
 何かに、縋りつきたいんだ―。

 自分の本心を隠して、慌てて「…って言ったら、付き合ってくれる?」って付け加えようとしたけど…喉が詰まって声が出ない。
 「ふっ…くっ」
 酔いに任せた激情は、やがて私の瞳から涙を零れさせた。
 私は急いで両手で自分の顔を覆い隠す。
 だけど…。
 抑えようと必死になっても、止まる事を知らずに私の手を伝い、零れ続けた…。



 『お前は強いから…』
 忘れたいのに、私の頭でリフレインし始めたアイツの言葉を振り払うように首を振る。
 …嫌…お願い。
 『一人で生きていけるよな…』
 …そんな一言で、今迄の二人を否定しないで。
 『お前は強いから…』
 …私もそう思ってた。 思っていたかった!
 『一人で生きて…』



 「いっ…嫌ァァァアッ!」
 私の心の叫びは、何時の間にか声となって溢れていた。
 それでも、こびり付いたまま離れないアイツの言葉。
 最低な、最低な言葉―。

 やめて…!
 これ以上、思い出させないで…っ!

 「…! どうした!?」
 突然、私の身体にかかる強い力に私の叫びは…川が塞き止められるようにぴたりと止まった。
 私を呼ぶ声と共に力が更に加わり、肩を軽く揺すられる。
 元譲の、腕…。
 その暖かさに救われるように、私の意識が一瞬にして引き戻された。
 私は強く支えてくれる腕に、俯いたまま身体を預けると
 「ごめん…暫く、このままで…」
 今度は流れるものに逆らわず…静かに、瞳を閉じた。



 「元譲…聞いてくれる?
 …酔ってるから、上手く話せるか解んないけど…。
 私、今日ね―」










 「…そうか」
 私の話を黙って聞いていた元譲はそう言うと、まるで泣きじゃくる子供をあやす親のように私の頭を軽くポンポンと叩いた。
 私は、一つ大きく息を吐いてから俯いていた顔を上げる。
 涙は、もう打ち止めらしく…あれだけ零れ落ちたのに今は全く出てこない。
 依然頭を撫でてくれる元譲に視線を向けると
 「ごめんね。 こんな弱音に付き合ってもらっちゃって…」
 泣き腫らした顔に不器用な笑みを乗せた。
 ぶっちゃけ…泣き言は苦手だ。
 更に言えば…自分の愚痴を相手にブチ撒けるのも、正直嫌いだ。
 今迄、自分に起こったイヤな出来事は自分で処理して…自分なりに消化してきた。
 …所謂 『てめぇのケツはてめぇで拭く』 ってヤツ。
 でも、それは結局 『強がり』 でしかなかった。
 自分は強いんだ、って自己暗示をかけて…弱さをひたすら隠していただけだった…。
 私を守るように、支えてくれる腕の暖かさで気付かされた。

 辛い時は、寄りかかればいい―。

 そんな簡単な事に、どうして今迄気付かなかったんだろう…。

 あぁ…また、泣きそうだ…。





 刹那。
 「、お前は今、真実の…一つの強さを得た」
 「…えぇっ!?」
 私の頭に手をやりながら顔を覗き込んでくる元譲からの一言に心底驚く。
 おかげで、泣きそうな気持ちが一気に私の心の中から消えていったけど。



 私は…強くもないし、弱くもない…。
 どっちやねん!って自分で思わずツッコミを入れたくなるけど、元譲の言葉は何とも言い得て妙で。
 何処か納得してしまってる自分が私の中に居た。
 だけど…。
 「んじゃ、強さって何なのよ。 元譲、教えて?」
 私は元譲の胸座を掴む勢いで問いかけた。
 今の私は、間違いなく 『弱い自分』 な筈だ。
 それを…何を根拠に 『強さを得た』 って言っているのかが、いまいち解らない。
 すると、思い悩む私にちょっと意地悪い視線を向けて元譲が言い放つ。

 「己の弱さを否定せず、素直に認める。
 それも一つの『強さ』だと思うが…違うか?」

 「…ううん。 違わないよ、元譲。 でも…」
 戸惑いながら私は呟くように言葉を床に落とした。
 意外だった。
 武将である元譲の口から、メンタルな部分の話が出てくるのが。
 戦では有無を言わせず自分の力で戦わなきゃいけないのは解る。
 だけど、それは…腕力とか統率力とか、そんなもんで。
 まさか武将さんが、弱い心云々って言う筈ないと思ってた…。
 訝しげな顔しかできない私。
 直後、それを見て元譲が私の言葉を待たずに話し始めた。

 「意外だったか?
 だが…世界は違えど俺も人間だ。
 時には弱音を吐く事もある。
 俺も、が思う程強くないのだぞ」

 自慢にならんがな、と自分の頭を掻きながら僅かに視線を逸らす元譲。
 そうだ。
 この人も、ヒトなんだ…。
 今更ながらに思い至る。
 常に何かを心に置いて、私よりも厳しい日々を、生きているんだ。
 そして、今…元譲は全く知らない世界に居る。
 心の中は戸惑いと焦りでいっぱいだろう…。
 それを。
 夢の中だとは言え、自分勝手に泣くだけ泣いて…喋るだけ喋って。
 元譲の事なんか微塵も考えてなかった。



 押し寄せる酔いの波に抗いながら、私は元譲に向き直って正座をすると
 「ごめん! 元譲…本当にごめん!」
 何度も何度も床を擦るように頭を下げて平謝りに謝った。

 元譲の優しさで、私は本当の 『強さ』 をもらった。
 心が、ずっと軽くなった。
 だから…

 「今度は、私が貴方の力になる番だわっ!」
 いきなりの私の行動に目を白黒させる元譲に対して精一杯の言葉を放った。
 大きな力にはなれないかも知れないけど…。
 一緒に…元の世界に帰る方法を探そう、と。





 ところが。
 元譲が返してきた言葉は、またしても意外なものだった。
 さっきまで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのに、急に表情を元に戻して
 「。 お前の気持ちは嬉しいが…俺は今更じたばたするつもりはない」
 何ともさらりと言ってのけた。
 床に手を付いていた私の肩ががくっと落ちる。
 「えっ!? いいの? 元の世界に戻らなくても…?」
 直後、必死になって問いかける私に元譲は更に畳み掛けるように言葉を続ける。

 「互いに酒が過ぎたようだ…とりあえず今夜は寝るぞ。
 どうするか考えるのは明日でも構わんだろう。
 それに…今は、お前が居れば充分だ」

 …見事に畳み掛けられた。
 元譲の最後の一言に、私の頭は変な方向にこんがらかっていく。
 そりゃ、貴方がよければ?
 私が眠りにつくまで、一緒に居てくれてもいいけど…?
 て言うか…一緒に、居て欲しいけど…。
 でも。
 何なの!? その次の言葉は!?
 「私が居れば充分って…どういう事よ!?」
 ほとんど反射的に声が出る。
 それ程に、元譲の言葉には謎も重みも含んでいた。
 …聞き様によっては…それは告白ですぞ、元譲さん?
 こんがらかった頭の中で次々に出てくる独り言も、些か可笑しい。
 元譲は狼狽しまくる私を高笑いしながら見据えると。
 ちょっと悔しい気持ちで睨み返す私にトドメと言わんがばかりに言葉を投げてよこした。
 私の耳元に唇を寄せて―。

 「
 短い時間で何故このような気持ちになったかは俺も良く解らんが…
 どうやら俺はお前に惚れたらしい。
 …、それでは答えにならんか?」

 瞬間。
 今迄忘れていた酔いが一気に私を襲った。
 そして…私自身、考えもしなかった元譲からの 『告白』 。
 その衝撃と酔いに、私の意識と同時に身体がぐらりと揺れる。
 「…後悔しても、知らないよ…?」
 咄嗟に抱きとめられた腕に頬を寄せながら、私は言った―。





   → 後編へ続く。





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