切り札はここにある 〜序〜
目が眩むほどの快晴の下――
土埃の消える事のない戦場にて今、二人の若き知将が顔を合わせる。
そして――
――この戦によって二人の女の運命が、大きく変わろうとしていた――
序 ―対峙―
敵本陣に向けて意気揚々と進軍する我が軍に立ち塞がった一つの軍隊。
その先頭に立つ武将が自身の得物を片手に携え、真っ直ぐに陸遜を見据えていた。
「…!! 貴方は――」
「丞相不在の今、私がこの地を守ってみせる!」
息巻き、槍を両手に構え直すその姿に陸遜は合点がいった様子で微笑みながら頷く。
「成程…貴方が姜維殿、ですね――」
蜀軍に諸葛亮を慕う知将が居る、と噂では聞いていた。
加えて、次代を担う程の度量だと。
………これは面白い。
今や孫呉の大都督とまで言われている自分と、目の前の男。
姜維の中に同じものを感じ、陸遜が喉の奥をくくっと鳴らす。
「――ならば、麒麟児を打ち破って…蜀の未来、潰えさせてもらいます!」
一対の剣を構え、槍の切っ先を自分に向ける姜維と対峙する。
二人の若武者が今、刃を交えようとしていたまさにその時――
――一際高い崖の上よりそれぞれの得物を携えし二人の女人の姿があった。
「――なぁ、。 私が言うのも何だが、これって卑怯だよな?」
「うーん、私もそう思ってるんだけどね」
緊迫感溢れる場を見下ろし、女二人が困ったような笑顔を湛える。
彼女らは陸遜より指令を受け、伏兵としてこの場所に潜伏中なのだ。
陸遜の軍が頃合を見計らって撤退したところで、彼女らが登場するという策。
しかし幾ら策とはいえ、これではあまりにも相手が可哀想だ。
何故なら――
ここに居る伏兵の数が現在陸遜が率いている軍の兵数よりも遥かに多いのだから。
「まさか向こうさんの頭が良くったって伏兵の方が多いなんて思わないでしょ、」
「そこが陸遜の策、なのだろう………一度、ヤツの腹の中を探りたいところだ」
「………多分、真っ黒で何も見えないと思うよ」
の一言に苦笑を浮かべつつ答える。
この遠慮ない会話を本人が耳にしたら、さぞかし盛大な溜息を吐くだろう。
いや――彼の事だ、このように言われる事すらも予測しているに違いない。
唇の端をくっと吊り上げて「そう言うと思いました」と軽くあしらわれるのが目に見えている。
それでも、毎回彼の策が面白いと楽しげに付き合うも相当黒いぞ!とは心の中で毒づいた。
ここに居る二人の娘――とは昔馴染みの親友同士。
性格も対照的であれば、戦い方も全然違う。
本人達曰く『腐れ縁』と言う事なのだが、一度戦に出てみれば見事なまでの連携を見せる。
此度の戦も、伏兵が最大の鍵となっているのだが――
「まぁ、貴女方に任せておけば先ずは安心ですね」
と我が軍の軍師に言わせるだけの強さと揺るぎない絆を誇っていた。
程なく眼下で本格的な戦闘が始まった。
それと共に出番を待つ伏兵たちにも緊張の色が走る。
「皆、撤退の合図が出るまでは音も立てないでね、いい?」
は小声で兵達に指示を出すと、自分も身を低くして眼下の様子を見る。
今のところは上手い具合に我が軍が圧され気味の様相を呈しているのだが――
「ちっ………皆さん、ここは一旦退いて体勢を立て直すのです!」
――来た!
腹黒い軍師からの合図――己の剣を突き上げる動作を眼下に見た女武将二人の瞳がぎらりと光る。
後は彼らが完全に退くのを待ち、充分に引き付けてから崖下へと滑り降りるだけだ。
しかし――
「力の限り追え! 遅れを取るな!」
わぁぁぁっ!!!
敵も然る者、と言うべきか――陸遜の軍に引き離される事なく追撃する敵軍。
これでは引き付けるどころか、我が軍の兵が奴らによって減らされてしまう。
刹那――
「」
「ん?」
「ごめん、ちょっと兵を半分借りて行くわ」
「………何をするつもりだ、?」
「むっふふふー。 ちょーっと見てご覧なさいな………お敵さんの殿(しんがり)」
はいいものを見たと言わんがばかりに含み笑いを見せた。
流石に崖の上からだと戦況も見極め易い。
良く見ると、目前の軍に集中しているのか敵軍の背後ががら空きなのだ。
しかし――
「………罠かも知れないと一瞬でも考えろ、」
「っ、私だって考えたわよ。 でも、何もしないと損害が大きくなるわ………だから、ちょっと耳貸して」
最悪の状況を考えるに手招きすると、は己の策を耳打ちする。
それは上手く行けば万々歳、下手したら大惨事というらしい策だったのだが――
「はっはは! それは面白い………流石類は友を呼ぶ、だな」
「それを言うなら『類は恋仲を呼ぶ』だわ。 じゃ、後は頼むわよ」
親友の提案を笑いながらあっさりと受け入れる。
それを見て安心したように一つ頷くと、はしっかりと兵の半分を引き連れて少しづつ移動していく。
これも親友ならでは、の信頼関係なのだろう。
崖下で必死に兵を退く陸遜を他所に、女たちの決死の策が始まろうとしていた。
「逃がしはしない!」
「………しつこいですね」
我が呉軍随一の速さを誇る陸遜の軍に食い下がる姜維の軍勢。
あまりのしつこさに陸遜は小さく舌打ちをした。
これでは自分の考案した策も上手く発動しないだろう。
そう思ったのか、彼は軍を退きつつも頭の中で瞬時に対応策を練るが――
がららららっ!!!
刹那、敵軍の頭上から大きな音がしたかと思えば――
「こんなもの、壊れたらまた造り直せばいい! どんどん落とせ!」
勇ましい女武将――の怒声とともに落ちて来る大量の大型兵器。
それは崖を物凄い勢いで滑り落ち、敵軍の真っ只中に命中していく。
そして敵兵の阿鼻叫喚の中、その一つに乗ったが敵総大将の目の前に降り立った。
「これはこれは………知将と言えどなかなかに骨がありそうだな」
「きっ………貴様っ!?」
一対の剣を鞘から抜き、驚きに目を瞬かせる姜維の前ではふん、と鼻で笑う。
貴様など敵ではないと言わんがばかりに。
これには流石の知将も苛立ちを隠せない。
得物を持つ手に力をこめ、目の前の女武将に切っ先を向ける。
「道を開けよ! さもなくば斬る!」
「ふふん、そんな事を言っていていいのかな………後ろを見てみろ」
しかしも百戦錬磨の将、刃を向けられたくらいではびくともしない。
敵軍の後方へ得物の切っ先を向けると、再び不敵な笑みを浮かべた。
すると――
がららららっ!!!
「皆、急いで! 敵の退路を塞ぐのよ!」
わぁぁぁぁっ!!!!!
敵の背後では先程と同じように大型の兵器が崖上から降り注ぎ、それに合わせて兵たちが挙って滑り降りる。
その中には、別行動に移っていたの姿もあった。
は崖を滑り降りながら器用に得物を鞘から抜くと、地に降り立つや否や敵兵に次々とその刃をぶち込んでいく。
――その姿、まるで人々を魅了する舞姫が如く――
「………まるで水を得た魚だな、陸遜」
「えぇ、はあのような戦法を得意としていますからね………、私たちも負けられませんよ」
「あぁ、解っている!」
に触発されるように二人は己の得物を構え直す。
そして一瞬だけ目を合わせてニヤリと笑い合うと、敵の群れへとその身を躍らせた。
「さぁ、話はここまでです。 行きますよ、姜維殿!」
続く。
はい、連載開始です。
序章でここまで書いてしまったら先の展開がバレバレになりそうですがキニシナイ。
さぁ、彼女らの運命がどう変わっていくか、お楽しみに♪
2010.07.27 アップ