――この世界で、私は…何が出来る?
手探りでしかないけれど…
探してみよう。
――この道の向こうに、戻るべき場所が見付からなくても――
序 〜 全てはここから始まった 〜
「お疲れ様でしたぁ!」
「うっす! …お疲れっしたっ!」
ばたん、と楽屋の重い扉を閉める瞬間、薄汚い格好をしたADが一瞬憎たらしい表情で自分を見た。
直後、その背中から
「こんな素人に敬語なんか使いたくねぇんだよ」
と心の声が聞こえる。
はいはい…どうせ私はアンタからしてもまだ素人ですよ〜だ!
は何もない殺風景な楽屋の扉に向けて憎憎しくあっかんベーをした。
刹那、扉の向こうで――
がっしゃ〜ん!
――大きな音と共に
「おい!お前、何してやがる! 大事な機材に傷がついたら弁償してもらうぞっ!」
「すっ…すみません、申し訳ありませんっ!!」
ADが転んだのだろう…ディレクターの怒声とADの情けない声が廊下に響き渡る。
あ〜あ、またやっちゃった…。
は自身の頭をかきながら苦笑を零した。
たまに自分の『力』をコントロール出来なくなるのよね…。
が芸能界で脚光を浴びるようになったのはあるテレビ番組からだった。
その番組は世界中から超人的な『力』を持つ人を集めて晒し者にしようという、彼女から見れば如何にも低俗な番組であった。
その番組の中で…ある日本人が『超能力』と称して様々なパフォーマンスを見せていた。
スプーンを曲げたり、コインをテーブルから消したり浮かせたり…。
親友のから誘われて…観客としてその場に居たはそのパフォーマンスを見て嫌気が差した。
隣を見るとも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「ねぇ…。 アンタの技の方が断然凄いんだけど?」
「…あれが『超能力』? 片腹痛いわね」
ボソボソと低い声で囁き合う。
そんな低級な技なんか見せないでよ、と言いたくなり、イライラし始める。
そんな間にもその『自称・エスパー』がいろいろな技を見せていたが、余りにもベタな技に他の観客も流石に引き始めた。
そして、のイライラがついに頂点に達する。
刹那――
立ち上がったが手をステージに差し向け、指を軽く弾くと、観客の注目を集める中…
『自称・エスパー』のベルトがぶつり、と切れ…履いていたズボンが床へと落ちたのだった…。
あの一件以来…の身は多忙となった。
ちょくちょく来るテレビ出演の依頼。
最初は辟易していたも、番組の質を確かめて…選んで出演するようになっていた。
結局、この『力』を生かせるのはこういう仕事しかないのよね、と苦笑しながら。
確かに、自分の『力』を見て驚く他人の顔を見るのは楽しいと思うし。
たまに「気持ち悪い」と言われることもあるけれど、は全く気にしなかった。
時々見せられる先程のADのような視線も笑い飛ばすくらいの気性が彼女にはあったのだ。
は傍らのテーブルにあった飲みかけの水を取り、口に運ぶ。
そろそろ撤収の時間、だね…。
時計を見ようと後ろを振り返った刹那…
「、帰ろっ♪」
…やっぱり。
楽屋の扉が勢い良く開き、親友兼マネージャーのが声を掛けてきた。
は苦笑を湛えつつ自分の荷物を持ち、扉に向かって歩を進ませながら
「私って…予知能力も持ってるのかなぁ?」
頭を掻き、誰にも聞かれないように小さく呟いた。
「!こっちこっち! 急いで!」
バスの到着時刻まであと僅か。
他の芸能人と違うところは…移動手段が公共交通機関だということ。
車で送迎なんて素人同然の自分にはありゃしない。
…まっ、いいけどね♪
重い荷物を肩にかけ、猛ダッシュをかますと。
目の前には横断歩道。その向こうにはようやく見えてきたバス停。
先に着いたが道路の向こうを指差して必死に声を上げる。
「! 早く早く! バス、来ちゃうよ!」
がちらり、と見た視線の先に捉えたバスの姿。
…やばい! 乗り遅れるっっっ!
そう思ったは横断歩道を突っ切ろうと脚を踏み出した。
――信号が『赤』である事にも気付かず………。
続く。
2007.2.8 更新