天を駆ける光〜Cross Road〜 第1章


     1   〜 崇められる者 〜










 空が抜けるほどに青い。
 地に生え伸びる草を撫でる風も…今迄感じた事のない澄んだものを含んでいる。
 周りに目立ったものを見受けられない草原のど真ん中には倒れていた。
 身体には傷一つ付いていない。
 殆ど大の字になっているその姿は、この場にぱっと現れる前のままで、少々場違いな印象を受ける。
 一時の後、の肩まで伸ばされた髪が風に踊りながら鼻をそよそよと擽った。



 むずむず…。



 「ふぁっ………ふぁっっっくしょいっっっ!!!」
 女性のくしゃみにしては些か豪快だが…は大きな声色を響かせ、くしゃみと共に目を覚ました。
 鼻の下に指を添えて「う〜」と唸りながら周りを見渡し…
 直後――

 「………ここ、何処???」

 瞳を大きくしながら頻りに瞬きを繰り返す。
 そして、自分の置かれた状況を徐々に理解していくうちに、だんだんと腹が立ってきた。



 「私、確か東京のど真ん中に居たのよね?!
 何?この空気の鮮度…。
 んで、何よ!この少女マンガちっくな展開!
 誰もこんなヘンピな場所まで飛べ、なんてお願いしてないわよっっっ!!!」



 誰も聞いてないことをいい事に、声を大にして文句を垂れる。
 「ちゃちゃっと止めるだけでよかったのにさ…もうっ!」
 彼女は自身の『力』に対して腹を立てていた。
 以前、同じような目に遭った事がある。
 交差点を横切ろうとした時、暴走したトラックが目がけて突っ込んできたのだ。
 その時は寸前で『力』を発動させ、目の前まで迫っていたトラックをぴたりと止める事ができた。
 だから今回も『その手』で回避できると咄嗟に思った。
 しかし――
 今回は車相手に『力』を発動させた瞬間、意識が完全に吹っ飛んだ。
 自身、『死んだ』と思ったらしい。
 それが…視界が暗転して再び目が覚めたら、そこは平原のど真ん中。
 死んだら三途の川を渡るって言うよねぇ…と考えたは、直後この場所に『飛ばされた』と理解するに至った。
 『死=三途の川』という考え方がいかにも彼女らしい安直な理論だが。







 煮えくり返った腸はなかなか治まらない。
 柔らかく生え揃う草をぐしゃぐしゃに踏み潰しながら地団太を踏む。
 周りをよく見れば…アンテナどころか、電柱すら見当たらない。
 先程、バッグの中に入っていた携帯電話を開いた時に見た…待ち受け画面に赤く表示される『圏外』の二文字。
 当然といえば当然なのだが、今のにとっては怒りを増長させるものでしかなかった。
 場所を聞こうにも人っ子一人居ないのでは話にならない。



 「もう…! どうすりゃいいのよっっっ!」



 が天を仰ぎながら叫んだ刹那、背後から突如流れてきた異様な空気。
 気配に誘われ、が振り向くと――
 そこには奇妙な格好をした男と、それを取り囲む人々が居た。
 中心の男は何やらぼそぼそ話をしながら手の杖を宙に浮かし、周りの人間達はそれを尊敬の眼差しで見つめる。



 何? この集団…。 どっかで見たことあるんだけど…。
 もしかして新手の新興宗教?



 の考えは強ち間違いではなかった。
 聴覚に集中してよく聞くと、中心に居る奇妙な人物が唱える呪文のような言葉を聞き取る事ができた。

 「蒼天、既に死す。 黄天当に立つべし!」

 そう、その男こそが太平道を導く人物。
 なんで張角がこんなとこに居んのよ?!とは怒り交じりに小首を傾げる。
 三国志の仮装行列でもやってんのかしら???
 …にしても、辺りにはそれらしき雰囲気が微塵も感じられない。
 まるで怪しいものを見るような目つきで張角をじろじろと見る。
 …見れば見る程、アヤシイ。
 ここまで無双の張角にそっくりなコスプレも珍しいわ、とが思っていると
 「そこな者。 このような処で何をしておる?」
 不意にその『張角?』が話しかけてきた。
 刹那、の身体がずざざっと2メートルくらい後ずさる。
 うわぁ。
 話しかけられちゃったよ…。
 こういうイカれた輩とは関わり合いたくないんだけど…今ここには こんなん しか居ないし…。
 は思案する。
 コイツをやり過ごし、もっとマトモな人を当てもなく探すか。
 それとも、今コイツに場所を訊いて打開策を練るか。
 「ある意味『究極の選択』だわね…」
 そして、苦笑を浮かべながら悩んだ挙句に出た結果は――



 生理的に受け付けられない輩は…無視!



 直後、は『もっとマトモな人物』を探すべく踵を返す。
 そして…己の頭をかき、眉間に皺を寄せながら「う〜ん…目覚めて最初に見たのがアレじゃ、私も終わってるわね」と呟いた。
 すると――
 後ろから頼んでもいないのについて来る異様な空気。
 その中心人物は依然 「蒼天…(以下略)」 と誰かに呪いをかけるような雰囲気を纏いつつ唱えている。
 ………ウザイ。
 が振り向いて「なんでついて来んのよ」とつっかかる。
 刹那、『張角?』がの姿をじろじろと見ながら言葉を吐く。
 「汝は…何処から来た? その珍妙な姿、我は見たこともないぞ」
 珍妙って…。
 それはこっちの台詞よ、と吐き捨てるように毒づいては再び進行方向に向けて歩を進め始めた。
 「いい加減マトモな人に会いたいんだけど?」
 そう心いっぱいに思いながら――。







 行けども行けども見知った風景に出くわさない。
 それどころか、周りに広がる平原は途切れる気配も示さず、人っ子一人居ないという状況は変わる事がなかった。

 …後ろからつき従うように徒党を組んでくるイカれた連中を除いては。

 はイライラしていた。
 これなら一人の方がマシだ。
 誰だってこのような輩が背後に居たら気分が悪いだろう。
 自分の中にフラストレーションが溜まっていくのを感じる。
 そして――
 それが………突如、彼女の『力』と共に爆発した。



 「鬱陶しい! …てか去ね!」



 拳をぎゅっと握りしめ、振り下ろしながら渾身の力で叫ぶ。
 刹那――
 『張角?』の体躯が宙に浮き、後方へと吹っ飛ぶ。
 そして、地へと強く叩きつけられると…余程打ち所が悪かったのか、その後微動だにしなくなった。
 彼の身体全体から感じられていた異様な雰囲気も風船が萎むように消えていく。
 その姿を見て取り巻きらしい集団が塊のように集まったまま地に横たわる『教祖』に駆け寄る。
 やばい…。
 もしかして私…あのオッサン、殺っちゃった???
 の顔色が一瞬にして青ざめ、体中から血の気が引いていく。
 どうしよう…。
 20年やそこらの人生を歩んだだけで『罪人』になっちゃうの?私は?
 の頭の中にいろいろな場面が巡っていく。
 警官の手錠に繋がれる自分、裁判所のど真ん中で項垂れる自分、刑務所で働く自分。
 そして…13の階段を上り、首をくくる自分…。
 些か思考が飛躍しすぎているが、彼女にとってはそれどころではない。
 両手で顔を覆いながら、しかしそこから動けないでいる。



 私、どうしたらいい…?



 オロオロとしながら、指の間から太平道の教祖が倒れる場所に視線を走らせる。
 と――
 突如、『張角?』の身体が弾かれたように起き上がった。
 そして、徐にその場に立ち上がると
 「蒼天、既に…(以下略)」
 駆け寄っていた取り巻きを引き連れ、別の方向へと歩んでいく。
 …まるで何事もなかったかのように。



 「へ?」
 その一部始終を見ていたが呆気にとられ、思わず声を上げる。
 あれだけの衝撃を受けて、普通あんなに元気で居られる?と。
 …もしや、あれが『黄天の奇跡』ってヤツ???
 ぽかん、と開いた口が塞がらなくなる。
 なんとも言えない微妙な眼差しで小さくなっていく集団を見つめながら
 「今日は人生最悪の日かも知れないわね」
 と零した。







 その時――

 呆然と立ち尽くすの背後で…今また別の気配が現れ、そんな彼女の姿に近付こうとゆっくりと歩を進め始めた。







 その気配に………



 彼女はまだ気付かない――。










 続く。



                              












 2007.3.1   更新