相も変わらず賑やかな夜の街――『無双』――
ここではたくさんの男と女が様々なドラマを描いていく。
人と他人(ひと)とが出会う楽しさが宵闇を明るく照らす街。
しかし――
――光には必ず影が存在する事を、殆どの人が忘れているのだ――
無双街の悪夢
「ちょ、何ですってぇぇぇぇぇっ!?」
「………そんな傍で怒鳴るなよ。 相変わらず態度だけじゃなく声もでけぇなぁ」
「一言余計だよ、氏康」
ここは花屋 『maro』 の奥にある一室。
普段は店長であるをはじめ従業員が休憩場所として使用しているのだが、今は少々勝手が違っていた。
華やかなホスト街――無双の治安を守る立場にある北条氏康が、真ん中にある椅子に陣取っている。
そして――
「この状況、お前ならどう動く? 兄弟」
「んー未だ全て把握してないからなぁ………」
彼が言うように、は花屋の店主をしつつ氏康と共に影からこの街の事を守っている。
が 『表のオーナー』 ならや氏康は 『影の頭』 といったところか。
氏康から話を振られ、は腕を組んで暫く思案に耽った。
何故、突然こんな事になったのか。
他に華やかな街は幾らでもあるのに、何故この街を選んだのか。
そして、この事に何の意味があるのか――?
氏康の話では――
この、知る人ぞ知るホスト街に近頃ある美女三人が新たに出入りし始めた。
それは自身もくのいちなどから流れて来る情報である程度把握はしていたのだが、その女共がなかなかの曲者らしい。
羽振りよく金をばら撒いて店の売れっ子を独り占めするだけなら未だ可愛い。
その後、何かしらの言いがかりをつけて怒って帰って行くというのだ。
そして、外で他の女たちに今居た店の悪評を流している、と。
これでは影響が出るのは当然で、ここ数日の売り上げが何処の店も軒並み下がっているらしい。
「先ずはウラを取らなきゃ始まらないね」
「………ウラ、か」
「うん、一見女たちが勝手にやってるように見えるけど、バックに誰か居ると思うのよ」
羽振りがいいらしいしね、とはにやりと笑う。
こういう街に関わらず、どの話にも 『女の影に男あり』 である。
女三人が同じような事をしているところでもそれが一目瞭然だ。
「それは俺も思っていたがなぁ………まさか俺や舎弟が店に行くわけにもいかねぇしな」
「あはは、それは違った意味で営業妨害だわ」
「………で、どうする?」
「んーそうだねぇ………とりあえずあの娘に――」
「話は全て聞きましたぜ、姐さん。 ここはあたしの出番だね、にゃはん♪」
「おぉ、それなら話は早い………ってくのちゃん!店はどーした!?」
「え? この街の非常事態だと思ってさっさと閉めて来ましたぜ♪」
「この店の売り上げも落としてどーすんだゴルァ!?」
花屋 『maro』 の売り上げはともかく――
こうして氏康と、そしてくのいちは夜の街 『無双』 を護るべく動き始めた――
「姐さん姐さんご注進! 耳寄りな情報を手に入れましたぜ!」
明け方近く――
漸く客の足が引き、店仕舞いを始めたの下にホクホク顔のくのいちが現れたのはそれから数時間後。
詳しい話を聞く前に口にした彼女の言葉によると、どうやら敵?の素性が明らかになったらしい。
誰よりも早く情報を得たい気持ちもあるが、店の軒先では話が筒抜けになってしまう。
そこではまくし立てるように話を始めるくのいちの口を手で塞ぐと、彼女を引き摺りながら店の中へと引っ込んだ。
「………成る程、じゃぁ向こうさんはこの街を陥れてから乗っ取ろうってハラか」
「確かにあたしから見ても結構流行ってるもんね、この街」
「しっかし………中国マフィア、ねぇ」
くのいちの口から明かされる 『影の男』 の正体。
それは今、巷で人気を博している中華料理店チェーンのオーナー。
しかしその実は 『始皇帝の再来』 とまで言われる中国マフィアの頭だ。
その彼が、日本に上陸しているという話は前々から知ってはいたのだが――
「まさか目的がコレ、だとは思わなかったよ私ゃ………はぁ」
満面の笑顔を見せるくのいちを前に、は盛大な溜息を吐いた。
意外に大きな敵?の存在に、これからどう対処すればいいのかを全力で考える。
こちらには自分の舎弟に加えて氏康とその一派という頼もしい仲間が居る、しかし――
………。
「ま、一人で考えててもしゃーないか。 と氏康に相談相談っと!」
ここは楽観的というか前向きというか。
はすっくとその場に立ち上がり、徐に身に付けていたエプロンを外す。
そして手馴れた動作で勝負服である和服に着替えると――
「くのちゃん、留守番よろしくっ!」
「へい、合点承知♪」
くのいちを残し、飛び出すように我が城を後にした。
程なくの待つ事務所に顔を出すと、そこには既に氏康が居た。
話によると、氏康もただ情報を待っていただけではなく、各店の人間からいろいろと話を聞いていたらしい。
その問題の女はそれぞれ 『聖王母』 『黄泉』 『虞美人』 と名乗っているという。
実名ではないだろうが、頭の通り名 『始皇帝』 に因んだ名を名乗るとは実にふざけている。
被害に遭った人間の話によると――
「私が普通にお酒を差し出したら虞美人殿がいきなり 『要らない、帰る』 って言って帰られてしまったんです…(陸遜・談)」
「私が折角服の事を褒めたのに 『これを脱がす事が出来るのはあの方だけ』 と怒ったのだ…私が何をしたというのだ?(曹丕・談)」
「注文を確認して戻ったら 『遅いわ………貴方、一度地獄を見たいようね』 と言われました…たった数秒だったのだぞ!(趙雲・談)」
――といった感じだ。
標的は専ら三国勢の店らしく、幸い戦国側には足を運んでいない。
それでも連帯責任と言わんがばかりに他の店にも影響は出ているようだ。
「このままじゃ埒が明かねぇな………」
「うーん、ウチの店も花が売れ残り傾向だからねぇ………客足も減ってるか、やっぱり」
「楽が出来るからいい、と誰かさんは言っているがな」
「ははは………誰が言ってるかは大体想像つくよ、」
会話の軽さと裏腹に、三人の顔は神妙だ。
それもそうだ、今この街を脅かしているのは中国マフィア。
かつての氏康とのように簡単?には済まされないだろう。
――さぁ、どうする?
「でもさ、未だ向こうさんの頭は出て来てないんだよね? だったらいけるかも!」
沈黙がこの場を支配しそうになった刹那、が吹っ切れたように立ち上がった。
その顔には何処か楽しげな雰囲気を醸し出している。
「いける、って………どうするんだ、?」
「いやぁ簡単な事さ。 私が直接彼女らとナシつけるわ」
「「………は?」」
先程まで考えに考え込んでいた人間の発言だとはとても思えない。
の突拍子もない言葉に流石の氏康とも呆気に取られた。
しかし、当のは何かを含んだような笑みを浮かべている。
この状況で、いい考えでも思いついたのだろうか?
すると――
「それを実行するにあたって、先立つものが必要なんだけど………、ちょいと金貸してくんね?」
「………、一体何を企んでいるんだ?」
「あは、そっちの話が先だね………お二人さん、耳貸して」
は二人を手招きすると、得意げにたった今頭で組み立てた作戦を話し始めた。
それは中国マフィアに関わる人物への宣戦布告とも取れる内容。
だが、この突拍子もない作戦を二人は簡単に承知した。
軍資金は 『借用』 でなく 『必要経費』 としてに与えられる。
そして――
の一世一代?の作戦の幕が、夜明けとともに上がった。
夜が明けてが先ず向かった先はアパレルブランド 『幾咲』 の女社長――の下。
朝っぱらから呼び出されたと思えば開口一番
「御前、ここで一番上等な和服と可愛らしくてゴージャスなドレスを今直ぐ用意して!」
と言われて、は眼をひん剥いて驚く。
しかし、続くからの説明で全てを把握した彼女はそれを快く承諾した。
「しかし………和服は解るけど、何であの二人も一緒なンですか?姐さん」
「いやーやっぱ一人で行くより大勢の方が華やかでしょ? 何なら御前も来る?」
「………楽しそうだけど、面が割れたらやばいので遠慮しときます」
「うーーーん、残念」
どうやらは店の中でケリをつけるらしい。
何かやらかしそうな表情の友人を見つめながら、はその顔に思いっきり苦笑を浮かべた。
仕事の速いから受け取った品を持つが次に向かったのはこの街の一角にあるバー。
そこは未だひっそりとしていたが、中には忙しなく掃除をしている従業員らしい女が居た。
「すみません、未だここは営業してな――って姐さん!?」
「おはよ、ちゃん。 ちょっといいかな」
居ると思ったよ、とは徐にカウンターに座って先程から受け取ったドレスを見せる。
それは未だ箱に入ったままで、ブランド名を見た瞬間にはぱぁっと顔を明るくした。
しかし――
「あぁぁぁっ! それ、さんのドレス!」
「そ。 んで、お願いがあるんだけど………今夜、これ着て付き合ってくんね?」
「……………は???」
またしても相手が目の前で驚きの表情を見せる。
その辺は単刀直入な彼女らしい行動だ。
はじめは
「何!? 何が起ころうとしてるの姐さん!?」
と、かなり動揺していただったが、から事情を聞かされるとここで漸くホッと胸を撫で下ろした。
「じゃ、私は何もしないで座ってればいいんだね?」
「そそ………あ、お酒はガンガン飲んでね。 私飲めないから」
「はは、姐さんの代わりか」
の言葉に笑顔で大きく頷く。
彼女の心にはこれから起こる事への不安と、この人が居れば大丈夫だという安堵がない交ぜになっている。
だが流石はもの妹分、である。
ここまで来たらとことん付き合いましょう!と己の拳を前に突き出したのだった。
さて、お次は――
♪………♪………♪
「もしもし? 丁度良かった、今さんに電話しようと――」
『もしもし姐さん! 今無双が大変な事になってるんだって? から聞いたよ!』
「うわ、早っ!」
突如鳴り出した携帯電話の着信相手は、リゾートホテルのオーナーとして世界を飛び回っている。
仕事の関係とこの街に居る 『背の君』 に逢うため、現在はこちらに滞在している。
それを知っていたは、此度の作戦に彼女を加えようと思っていたのだが――
『で、姐さん今夜乗り込むんだって? 私もバッチリ着飾って参戦するから!』
「ちょっ、決断も早ぁぁぁっ!?」
今度はの方が驚く事となった。
こちらが話を振るよりも早く、参戦の狼煙が上がるとは思いもしなかったのだ。
しかし、彼女は誰よりもバイタリティに溢れるナイスなレディだったと思い返したは次の瞬間、口角を吊り上げる。
「それは話が早い、んじゃ例のバーで打ち合わせするから時間が空いたら連絡してね〜」
『了解です姐さん!』
ではまた後で、と慌しく切れる通話。
きっとの事だ、誰にも負けないように豪華な装いで現れてくれるだろう。
が何も言わなくても全て解ってくれる――彼女はそういう存在なのだから。
「さぁて、これから更に忙しくなるぞー!」
は空を仰ぎつつ思いっきり伸びをすると、着物の裾が乱れるのも気にせずに走り出した。
後半へ続くw
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