――『酒池肉林』を豪語する悪者、董卓――
今、その首を取らんと美しくも勇ましい女達が戦地を進む。
――奴等の行いで困窮する民を、救うために――
7.人のものに手を出すな!
「――準備は宜しいですか?」
(女装した)蘭丸の一言に女達が頷く。
本格的な戦へと赴くのだから、勿論初めてと言っていいとの顔にも緊張の色が走る。
筈、なのだが――
「…ねぇ、董卓にトドメを刺すなら、どれがいいと思う?」
「うーん、相手は肉の塊だからねぇ…半端な刃物じゃ直ぐに脂巻いちゃいそうだよね」
「…だったらやっぱり飛び道具、かしら」
「え、もしかして私の出番!?」
「…そこまでは言ってないけど」
………どうやら取り越し苦労らしい。
まるで旅行前の子供のような二人の様子に、流石は異世界の猛将だと蘭丸は感嘆する。
佐々木小次郎の助太刀はあったものの、あの前田慶次をあっさりと撤退させた娘たち。
彼女らの中に、どれだけの力があるのだろうか?
――まぁ、見てみれば解りますね。
「殿、殿――参りますよ」
とのやり取りに場が和む中、(女装した)蘭丸は愛馬の背に乗りつつ緩んだ表情をきゅっと引き締めた。
程なく、遠呂智に与する董卓の軍と解放軍との戦いが始まった。
解放軍は女性武将集団とは言え、流石は今迄幾度となく戦を経験しているだけの事はある。
一軍を率いての勢い、そして将の統率する力。
とにとってはその全てが初めて体験するものだった。
しかし――
「…痛い目に遭いたくなければ、どいて」
「お前らには用はないんじゃ! どけやゴルァ!!!」
勿論、彼女らも負けてはいない。
は使い慣れた刀一本、そしては昔?取った杵柄である投擲技を持って並み居る敵兵を次々と打ち倒していく。
この勢いでなら直ぐにでも総大将、董卓を討ち取る事も出来るだろう。
だが、これだけの勢いで進軍していても肝心の総大将が姿を現さなければ意味がない。
そこで(女装した)蘭丸は一旦軍を退き、予てからの作戦を実行に移すべく果敢に攻める女たちを呼び寄せた。
「………やはり董卓は出て来ませんね」
「…奴は兵士をただの捨て駒だとしか見ていないのよ。 許せないわ」
「では、ここは――」
「はいはぁーい! あたしたちの出番だね、ちゃん!」
「おうよ! いっちょ行って来ますか!」
(女装した)蘭丸の言葉を遮るようにと小喬が立ち上がる。
そう、彼女らが此度の作戦の鍵。
見た目戦闘要員だと思えない娘を前線に出し、女に目がない董卓を誘い出そうという作戦なのだ。
そうと決まれば話は早い。
と小喬は得物を隠し、お互いの顔を見合わせて不敵に笑う。
「小喬ちゃん! どうせだったら私たちだけで倒すつもりで行こう!」
「うん! ちゃんと一緒だったらいけるね!」
「…あのね二人とも、とりあえず董卓を誘い出す事だけ考えて」
よく解らない二人の自信に苦笑を漏らしつつも頼もしく感じる一同。
何事にも物怖じしない性格は、こんな時こそ心強い。
………だから周瑜は自分の妻にこの役目を任せたのね。
二人の背中を見送りながらは至極納得したように一つ頷いた。
群がる敵を軽く身を翻して避けながら広場の中心へと歩を進めると小喬。
さぁ、今こそ作戦を実行に移す時だ!
「董卓さぁ〜ん、出ていらしてぇ〜ん! うっふん」
「早くしないと行っちゃうわよぉ〜ん!」
遠巻きに敵兵が囲む中、挑発的な言葉を吐きつつしゃなりしゃなりと悩ましく動く。
しかしその動きは見るからにわざとらしく、これではどんな女たらしでも乗って来ないと思われた。
それも、相手は女好きと言えど百戦錬磨の暴君。
幾ら可愛い娘が戦場に出てきたとしても直ぐには姿を現さないだろう。
すると――
「誰じゃぁ? わしを呼ぶ女の声がするぞ〜」
「………あ、出た」
一同の予想を大きく覆し、総大将があっさりと挑発に乗って来た。
あまりの呆気なさに二人は口をあんぐり開け、後ろに控える他の面々は盛大に溜息を吐く。
しかし、総大将が出てきた今こそ好機!
「皆さん、今です!」
(女装した)蘭丸が檄を飛ばすと、気を取り直した女戦士たちがわぁっと前線へと駆け出し、瞬く間に董卓を包囲した。
これでもかという程居た兵は、殆どが通りすがりに踏まれましたと言わんがばかりに呆気なく地に伏している。
ところが、この期に及んでも董卓の女好きは止まらない。
目の前に並ぶ女武将たちを値踏みするようにいやらしい目つきで見回しているではないか。
この、危機感が全くない敵の総大将に女たちは呆れて物も言えない。
しかし――
「うぉっほ〜! 未だこんなにも女がおったか………まさに酒池肉林――」
「うっは、董卓キモっ!」
「…ゲームで見てる方がよかったわね、………実物、気持ち悪すぎ」
「なっ………! ななな何だと貴様ら――」
「こりゃ、とっとと倒した方が目にはいいね」
「…いやっ、私こんな気持ち悪い奴と戦いたくない」
「、ここまで来て何ワガママ言ってんの………」
と、この二人には何処吹く風だったようだ。
遠慮なく叩きつける言葉の暴力に、一瞬だけ凹んだ董卓の顔がみるみる上気していく。
「ぬぬぬ………おのれ貴様ら、許さんぞ!」
「望むところじゃボケ!」
董卓の怒りが最高潮に達し、本格的な戦の火蓋が突如切って落とされた。
あからさまに嫌そうな顔をしているの尻を叩いてけしかけると、は董卓から離れて徐に懐を探り胸から投弾帯を外す。
そして、その辺にある大き目の石を拾い上げて董卓目掛けて投げつけた!
ビシッ!
「ぐあっ!」
「ぃよっし命中!」
「わぁちゃん、凄い凄い!」
「…こういう時胸が小さいと得ね、」
「ほっとけ! つか…なんでアンタもここに居る!?」
ブラジャー代わりに身に付けていた投弾帯を巧みに操るにツッコミを入れる。
しかし彼女は前線で戦う筈なのに、今は距離を取ったの隣に居る。
そんなにも董卓と戦うのが嫌なのか?
「…アレを斬りたくない、ってこの刀も言ってるし」
「ないない。 んもう………だったらその辺に転がってる兵の得物でも奪って戦えばいいじゃんよ」
「…あ、その手があったわね」
どうやら、余程董卓の気持ち悪さがの思考回路に大ダメージを与えていたらしい。
は気を取り直したようにかぶりを振る。
そして手持ちの袋から一本のビンを取り出してに渡すと、足元に倒れている兵から剣を奪って前線へと駆けて行った。
「ん? これって………」
が訝しげにビンの中身を透かしてみると、中には少量の液体とそれに浸された布が見える。
なるほどね。
瞬間、はのしたい事が手に取るように解った。
頃合を見計らってこれを董卓に投げつければいいんだ、と。
視線を再び(見たくもない)董卓の方へ向けると、そこでは既に勇敢な女たちが悪者をボッコボコに叩きのめしている。
口々に人のものに手を出した報いだ、とか女の敵だ、とか気持ち悪い!とか言いたい事をこれでもかという程叫びながら。
これでは幾ら精神力の優れている輩でも心身共にボロボロになってしまうだろう。
「ぐおぉぉぉ………わしの、酒池肉林がぁ………」
「…そんなもの、元々ないから」
董卓の姿を極力見ないようにしながらが吐き捨てる。
そして、後ろを振り返るとに向かってにっこりと黒い笑いを零した。
――今よ、!
「こンのキモ男! これでも喰らいやがれぇぇぇっ!!!」
しゅごぉぉぉっ!
刹那、の投弾帯から放たれた火炎ビンが紅い弧を描きつつ董卓の尻に命中した!
余程尻の皮が厚いのか、ビンはあっさりと割れて董卓の尻に引火する。
巨体が炎まみれの尻を押さえてのた打ち回る姿は、滑稽以外の何物でもなかったらしく――
「あははっ!! おーおー史実通りによく燃えるわー」
「きゃははっ! ちゃん上手すぎ〜!」
「…あはは!!! …こういう時にも笑いを忘れないなんて、流石はお笑い担当ね」
「ぎゃははは! 誰がお笑い担当じゃボケ!」
「や、止めてください皆さん………お、お腹が………」
その場に居合わせた一同――敵兵でさえも、大笑いの渦に巻き込まれた。
しかし腹を抱えて笑い続ける一同とは裏腹に、当の本人はのたうち回ったまま叫ぶ。
「こ、こらお前ら! 誰か笑ってないでこの火を消さんか!」
「いいじゃん、面白いし」
「わしは面白くないんじゃぁぁぁぁぁっ!!!!!」
やがて、董卓に点いた炎は消え、ぶすぶすと黒焦げになった肉の塊が出来上がった。
その塊に剣を突き刺すと、は勝ち誇ったように声を上げる。
「敵将、焼き取ったどーーーーー!」
「………ごめん、ツッコミどころ逃したよ………」
ギャグのようなやり取りはともかく――
ここにと、そして解放軍の勝利は確定した。
豚の丸焼きのような格好で連れ去られていく敵の総大将。
きっとこの夜の肉料理には誰も手をつけないだろう。
そしてこの場には漸く平穏な空気が支配し始めた。
程なく村の人々がこの地を訪れ、奪われた金品と娘たちを引き取っていく。
そんな中――
「ねぇねぇ! 見てこれ! めっちゃイケメン!」
「………本当! …これ、誰が見てもカッコいいわよね」
董卓が座っていたと思われる玉座の間にて見つけた一つの肖像画。
これを見つけたとは、母と共に描かれている少年に目を奪われた。
眉目秀麗ってこの絵の少年の事を言うのねと二人揃って萌えの叫びを上げる。
しかし、裏に書かれていた文字を見た刹那――
『董卓 十五歳』
「「………え?」」
「15歳のとうたぁぁぁく! カムバァァァァックッ!!!」
「カムバァァァァァックッ!」
「………お二人して何を叫んでいるのですか」
涙ながらに叫ぶとに、(女装を解除した)蘭丸が素でツッコミを入れた。
一方その頃――
とから 『白塗り禁止令』 の出ている小次郎は、言うまでもなく村にて留守番を余儀なくされていた。
つまんない、と積まれている藁束を綺麗に斬りつつ彼女らの帰りを待つ。
すると――
「暇ならまろと蹴鞠るか、の、の!」
何処から現れたのか、白塗りをした恰幅のいい男が蹴鞠をしながら近寄ってきた。
そう、この御仁こそ戦国の世…そしてこの地でも(一時的に)活躍する今川義元だ。
この歪んだ世でも己の道を歩き続ける彼の姿を見て、小次郎ははっと息を呑む。
「………君、いいおしろいを使ってるね」
「お、まろと蹴鞠る気になったかの、の!」
「そのおしろい、何処で手に入れてるんだい?」
「まろと蹴鞠ってくれたら教える、の!」
「………あまり気が乗らないけど、おしろいの事が聞けるんなら、いいよ」
――これが、小次郎と義元との運命の出会いであった(のか!?)。
お話はまだまだ続くよ!
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お待たせいたしました!
飛鳥絞首刑シリーズ、第7弾の登場です!
此度はにっくき董卓さん討伐編のラストにございます!
今回も自分自身終始笑いつつ、楽しみつつ書くことができましたv
相変わらず勝手に動いてくれます、彼女ら。
お題は董卓さんに捧げる言葉、ちゅーことでこのお題をチョイス。
女の敵にはそれなりの天罰を、ですねwww
さて、次回はラストへ向けての新展開なんですが………
いい感じに面白いネタが情報屋から届いております。
楽しみにしていてくださいね!
最後に――
ここまで読んでくださった皆様と、何時もの如くの情報屋に心から厚く御礼を申し上げます。
以上、飛鳥でしたv (’10.05.11)
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