――本当に、これでよかったの?
うん、いいに決まってるわ!
見知らぬ町並みを見つめながら、は自問自答する。
たった一つの不確定要素を頼りに、彼女はいよいよここまで来てしまった。
この地で、どれだけの間待てばいいのかも解らないままに。
それでも――
――彼女は、信じていた――
信じる女、奇跡の地に立つ。
ここは、が妹とよく待ち合わせに使う喫茶店。
人気店という事もあって、夕方近くなった今でも店内は客でごった返している。
そんな中――
「私、暫く旅に出るから後の事は宜しくね」
「………また始まったのね、姉さん」
ここに来て開口一番、重要な事をあっさりと言うに妹は盛大に溜息を吐いた。
しかし、呆れた様子を見せる妹を他所に本人は運んで来られたばかりのアイスティーを笑顔で啜る。
「………いきなりで悪いと思ってるわ、私も」
「なんで何時も早く言ってくれないのよ、大体姉さんはね――」
「あーあー説教は後で聞くから。 もう決めた事なの、止めたって無駄よ」
「はぁ………」
妹の攻めにも臆する事なくしれっとした姉の態度。
それを見て妹は天井を見上げながら今一度盛大な溜息を吐いた。
昔からそうだ。
職業病だったのか何なのか、姉の行動は何時だって突然。
思いついたら即行動、愛用のカメラを引っさげてふらっと出かけてしまう。
長期不在もお構いなしの振る舞いに、妹は何時も振り回されていた。
でも、と妹は考える。
「姉さん………あれから、写真を撮るの辞めたんじゃなかった?」
ずっと、ずっと前に姉から聞かされた何とも不思議な話。
他でもない貴女だから話すのよ、と語られた内容はとてもあり得ないものだった。
――三国志の世界で、張遼という人間と恋に落ちた、だなんて――
しかし、彼女の真実味を帯びた瞳やそこから零れ落ちる涙を嘘だという一言で終わらせる事は出来なかった。
そして今迄肌身離さずに自ら相棒と称していたカメラを、これがきっかけで封印したという事実。
姉の話を信じるにはそれだけで充分だった。
それからと言うもの、カメラはおろか旅行にすら行かなくなった姉が、何故?
傷心から復活したのかしら、とかそれこそ傷心旅行なのかも、などと頭に仮設を思い浮かべる。
刹那――
「………夢を、見たのよ」
「――夢?」
「えぇ。 でも、あれを夢だとは思いたくないのよ、私は――」
今迄笑顔だった姉の表情に違う色が見え始める。
そしてストローにかけていた指を離し、手を組むとはゆっくりと語り出した。
まるで、自分自身の言葉を噛み締めるように――。
「ここは………?」
見渡す限りの平原。
斜陽が差し込むこの地は、何時か来た事がある。
――間違いない!
ここは、私と文遠が初めて会った場所だわ――
しかし、今はあの時のような血の臭いも殺伐としたものも感じられない。
ここに見えるのは、乾いた風に揺れる丈の低い草だけだ。
――そんな場所に、私は何故立っているんだろう?
自分自身に問うても答えが出る筈もなく、はただただ呆然と力を失っていく斜陽を見つめる。
この地は、かつて戦場だった。
たくさんの血を含んだ湿った風が吹き、兵たちの屍からは死に抗うような熱気が立ち上っていた。
ここは戦争が、スクープではないと思い知らされた地――
「」
刹那、声が聞こえた。
それは懐かしい声。
今迄幾度となく聞きたいと思い、そして叶わなかった声――
「――文遠!」
「!」
声の方を振り返り、その者の姿を確認する事もせずに飛び込んでいく。
いや、確かめなくとも解るのだ。
離れて尚、焦がれて已(や)まなかった人だから。
――張文遠、私の愛する人――
「文遠! 逢いたかった………ずっ、と、あいた、かっ………」
「私もだ、」
さぁ顔を見せてくれ、と続ける張遼の腕に包まれ、は喜びの涙を流した。
これが夢でも構わない、と思いながら――。
一時の後――
もう二度とないと思われた抱擁を堪能した二人は、草原の中心で肩を並べて座っていた。
ここは、張遼の姿を見るまでは何の変哲もない草原だったのだが――
「何も、ないわね」
「うむ………しかし、そなたが居るだけでこの風景も美しく見える」
「クスッ………どうしてかしら」
それは言わずとも解る。
愛する人と共に居られさえすればどのようなものも綺麗に見えるものだ。
同じものを見て、同じものに触れて――
これは離れていた時には出来ない、何よりも大切な事だった。
しかし、には一つ気がかりな事があった。
元の世界に戻る前、張遼は大病を患っていた筈だ。
時間的な概念が解らないから何とも言えないが、この地の様子を見るとそれなりに時は過ぎているらしい。
不思議に思いながらもは想い人に尋ねる。
すると――
「文遠、もう身体はいいの?」
「あぁ………あれから大きな戦には出陣していなかった故、ここまで生き永らえた」
「でも、未だ戦は終わってないんでしょ――」
「、それなのだが」
突如、の言葉を遮るように張遼は語り出した。
の身に起こった出来事のような、不思議な現象を――
張遼の話では、この地は既に乱世が終わっているそうだ。
何処かの地では未だに戦争を起こしているらしいが、少なくとも群雄割拠の時代よりは平和だと言う。
張遼がどうしてこの時代に飛ばされたのかは本人にも解らない。
生死の境を彷徨った時、の事を想っていたら何時の間にかここに来ていた、と――。
「そして………民に話を聞いて驚いたのだ」
「うーん、それって………文遠がタイムスリップしてる、って事?」
「たいむすりっぷ、とは?」
「あは、こっちの言葉。 つまりは………文遠も時間を越えてる、って事か」
これまでのであったらとてもではないが信じられない話。
しかし、現に自分は時間を越えた事があるではないか。
ならばこれは――
「運命の紅い糸だわ、文遠!」
「紅い糸?」
「えぇ! 愛し合う人とは運命の紅い糸で結ばれてるってよく言うもの! 信じて強く願えば――」
「またこうして巡り逢える、と言う事か」
張遼の一言に大きく頷く事で答える。
二人の顔に改めて満面の笑みが自然と零れる。
どんな形でも、二人はこうして出逢う事が出来たのだから。
この奇跡を、私は信じていたい。
これからも、ずっと――
――私は、後悔などしない。
これが、夢物語である筈がない――
がこの地に来て、どれだけの時が過ぎたのだろうか。
見渡す平原は近代的な建物が並ぶ街へと変化し、人々の着る服も乗り物も、全てが変わっている。
それでも、はここが張遼との始まりの地だと直ぐに解った。
それは時折吹く乾いた風が教えてくれたのか、傾いていく斜陽が教えてくれたのか――
「………ごめんね、緋祢」
ふと、あの時の事が頭を過ぎる。
思い出すと直ぐに浮かぶのは、喫茶店で「行ってらっしゃい」と言う妹の笑顔。
しかし、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
まるで、もう会えないのかと云うように。
「大丈夫よ、私は絶対戻って来る。 文遠を連れて、ね」
あの時の気持ちは今も心にある。
互いを信じ、強く願えば必ず逢える………と。
文遠もきっと、同じ気持ちだから――
何時しか辺りは宵闇に支配され、ネオンと街灯が煌く夜の街に変わった。
の行動は、今日も徒労に終わるのか。
しかし何時もは日付が変わる前に帰る彼女が、何故か動かないでいた。
――文遠! 貴方に逢いたい!!!
は強く願った。
神にではなく、夢で見た奇跡に。
心のありったけをかけて――
「………なのか?」
刹那、遠くから声が聞こえた。
夜の雑踏に消え入りそうな程小さな声。
しかし、がその声を聞き逃す筈などなかった。
――それは愛しい声。
今迄幾度となく聞きたいと思い、そして絶対に叶うと信じていた声――
「――文遠!」
「!」
どちらからともなく走り出す。
微妙な距離をもどかしく感じながら、二人は全速力で駆け寄った。
そして――
「やっと逢えたね、文遠!」
「あぁ! 私も逢えると信じていたからな」
漸く巡り逢えた二人は、街の灯りの下でしっかりと抱き合った。
もう二度と、この温もりを手放さないように――
その時――
再び起こった奇跡を祝福するかの如く、何処かの時計がそっと0時の時報を鳴らした。
――日付が7月7日に変わった事を告げるために――
劇終。
↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
(夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)
――お疲れさん、。 これで指令達成だが、どうだったかな?
「自分でも感動しちゃったわ………文遠…もとい、張遼さんとハッピーエンドになったから」
――いや、あの切なさはナシやろ〜と私も思ってたからな。
「流石は飛鳥、ってとこね。 ずっと前に言ってた私のリクエストにも答えてくれたし」
――あぁ、緋祢の件か。 あれは最初から構想にあったんだぞ。
「おぉ、素晴らしい。 妹ってのもツボだったわ、私には」
――さんきゅ。
「でもさ飛鳥、まさか私の出演………これで終わりじゃないわよね?」
――な、なんだ?(汗
「もっと私の出番を増やしなさーーーい!」
――あぁっ! ごごごごめんなさいぃぃぃぃ!!!
本当の終わり(汗)。
アトガキ
此度は暖かい拍手をありがとうございます!
『筆者の秘密指令』シリーズ第4弾です。
7月なのでちょいと七夕ちっくにまとめてみました。
今回の指令内容は『あの切ない話をハッピーエンドにして来い!』。
企画本編にて少々不本意な終わり方をしてしまったので、此度のシリーズに託けて作ったネタです。
一応リンク貼っときますか。→コチラ(別窓)←
まさに信じるものは救われる的なご都合主義!
あの後二人がどーなるか…ビザとか戸籍とかどーすんの!って事は知りませんべいwww
因みに、今回の話はゲストに緋祢を出してます。
前に幕舎話で彼女が言った「絡みたい」発言を実行してみました。
何気にいいコンビかも知れません、この現代コンビも。
さぁ、次は誰が生贄になるのか――
それは来月までのお楽しみ、と言う事でv
あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。
2010.07.09 御巫飛鳥 拝
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