人が死へと誘われる。
その瞬間が一番綺麗だと感じるのは私だけだろうか?
衝動が………私を殺戮へと駆り立てる。
人を斬った感触も、吹き出す紅い飛沫も悪くない、けれど…。
何より。
魂が浄化される瞬間を、私は見たいんだ―。
殺戮は破滅の調べ
「何? …もう終わり?」
得物を支えにしてようやく起きている相手の喉元に己の得物を突きつけ、が言葉を放つ。
冷たく、その魂を凍らせるように見据えながら。
刹那。
「ひっ…! いっ、命だけはっ…お助けを…」
相手が血相を変え、両膝を地に付けると涙ながらに懇願した。
…ここまで来ると…恥も外聞もない、といったところね。
ふん。
手応えのない奴だわ…。
「そう言えば助けてくれる、と思った? …不様ね」
地に吐き捨てるような言葉と共にの手から冷たい切っ先を持った刃が振り下ろされた。
それは…肉を容赦なく斬りつける音を響かせ、閃光を走らせる。
一瞬の後。
どさり、と音を立ててその場に斃るるは醜い肉の塊となった屍、一つ。
だが、はそれに一瞥もせずに灰色の天を仰いだ。
まるで…昇華して逝く魂を見送るかのように―。
………魂が、自由になり。
また一つ、浄化されていく………。
言いようのない恍惚感には打ち震えた。
甘く、溶かされていくような感覚…。
それは、どのような男から齎されるものよりも遥かに女の芯を痺れさせる。
そう。
殺戮こそが、彼女を満足させる唯一つの 『行為』 なのだ―。
が人を殺める事に快感を覚えるようになったのは、何時からだっただろうか…?
幼い頃、両親を目の前で惨殺された瞬間か。
それとも…かつて愛した者に裏切られ、止む無く手をかけた時か。
だが、今の彼女にとっては…。
…そんな事は、どうでもいい事だった。
抜け殻から眼を背けるように踵を返す。
ただ地に伏すだけのものに何の価値もない、と言いたげに。
彼女の瞳に『それ』は…魂を保管していた入れ物、としか映らない。
…辺りに人は居ない筈だった。
しかし。
今、の目の前に一組の人馬が立ちはだかっていた―。
先程見た紅いもののような毛色を持つ馬に跨り、見下ろす男。
はそれよりも、男の手にある大振りの戟が放つ冷たい輝きに瞳を奪われていた。
触れるもの全てを無に還してしまいそうな、鋭さを持った切っ先。
その刃は…既に数多の血を吸っている………。
はそれを知っていた。
かつて、この男の…いや、刃の魅力に取り憑かれていた頃―。
彼の許で、幾度となく魂が浄化していく様を見てきた。
しかし。
彼女は気付いてしまった。
己の手でなければ………
幾らその瞬間を見たとしても究極の恍惚感など得られない、という事を―。
「…久し振りね、奉先…いえ、呂将軍」
得物にこびり付いた血糊を一振りで落として鞘に収めると、は改めて呂布に向き直ってわざと丁寧に拱手した。
こんな所で貴方に会うなんて思いもしなかったわ、と唇の端に優しい微笑みすら乗せて。
すると、
「ふん。 何が久し振り、だ…。 突然姿を見せなくなったと思えば…傭兵気取りか」
始めに見せた表情をそのままに呂布が言い放った。
風の噂で聞いた。
がわざわざ乱戦を選びながら戦場を渡り歩いている、と。
それは何ゆえの事なのか―。
呂布はその謎に近付くべくが赴きそうな戦場を同じように流離った。
そして今、彼女を見つけた―。
徐に紅い馬からさっと降り、の腕を掴む。
躊躇いなく敵を葬り去る冷酷な手。
その手が異常な熱さを湛えている事には驚いた。
以前、触れていた時は…
…ここまで熱くはなかった…。
「…ちょっと、痛いんだけど」
一瞬の動揺を悟られないように呂布を軽く睨み、冷たく言い放つ。
自分の腕を掴む男が、何をしたいのか…いまいち理解出来ない。
何も言わずに彼の前から消えた自分に、今更「一緒に来い」とは言わないだろうが…。
憮然とした表情のまま見つめ合う二人の間に、少し冷めた風が吹き抜けた―。
「…何故、俺の元から去った? 」
暫しの沈黙がその場を包んだ後、呂布が漸く口を開いた。
表情は依然変わらなかったが…語調には僅かに優しく諭すような空気を含んでいるようにには感じた。
しかし。
「やれやれ…」と微かに笑いを含ませながらかぶりを振る彼女の喉から紡がれる言葉は―。
「何故、って…。
それは単純な理由よ、奉先。
貴方と居たら、貴方をこの手で斃せないじゃない」
―簡単に、相手の神経を逆撫でる事が出来るものだった。
…彼女が、気付いてしまった事実…。
…心を、蹂躙し続ける衝動…。
私の中にある衝動を貴方に言っても解らないでしょうね、とは極々小さく呟いて…そして微笑った。
奉先。
最強と謳われる貴方を、この手で………。
これ以上の悦楽は、私には探し得ない―。
の腕を掴む手が小刻みに震え始める。
「…、この俺を愚弄する気か」
ぎり、と唇を噛み締めてを見つめる瞳に僅かな変化が現れた。
…あの時と。
戦場で、大軍を相手に不敵な笑みを向けた時と。
…同じ、眼光。
鋭く、冷たく…その視線に貫かれてみたい、という気持ちに一瞬駆られるが、は頭に浮かんだ欲求を振り払うようにかぶりを振ると
「ふふ…そう思いたければどうぞご勝手に」
軽い笑い声と共に吐き捨てた。
そして、依然自分の腕を強い力で掴んでいる呂布の手に極々やんわりと自分のそれを添えながら言葉を続ける。
「いい加減、離してくれない?」
「…離さん」
の言葉にも臆する事なく、手に更なる力をこめる呂布。
瞳の中に何かしらの影を潜めた彼には少々驚きながらも呆れたような笑いを洩らし、再びからかうような視線を投げる。
「あら、随分私にご執心じゃない…奉先。 貴方にはあのお方がいらっしゃるというのに」
そうだ…あの方が居れば。
ただ共に戦い、身体を重ねるだけの私など…とうに用済みの筈。
なのに………
「どうしようかしら…。 貴方の腕を、これで斬り落とそうかしら? …さぞかし綺麗な紅が吹き出すでしょうね」
再び鞘から得物を抜き出し、僅かな光を放つ細身の刃を呂布の目の前に晒しながら楽しそうにくすりと微笑う。
突き放すような振舞いを見せる。
彼女の中には人としての、心が欠落しているのか…。
それとも、心そのものが存在していないのか―。
「そこまでして俺を拒むか、。 ならば…」
刃で語り合うしかないな、と漸くの腕から手を離した。
そして、背に収めていた戟を手にして一振りすると…と間合いを取り、改めて対峙した。
「。 俺にとってお前など唯の雑魚に過ぎん。 …死んでも知らんぞ」
「それはこっちの台詞よ、奉先。 雑念がある貴方なんか敵じゃないわ」
「…ふん、戯言を」
「それは勝負に勝ってから言う事ね…」
自らの得物を構え、対峙する二人の間に…
再び冷たい風が一陣、吹き抜けた―。
↓ 後編へ続く ↓
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但し…どの道を選んでも、待つものは 『破滅』 です―。
→ やはり最強の武人である呂布の勝利でしょう!
→ いや、ヒロインの勝利でしょう!?
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