天を駆ける光〜Cross Road〜第10章


     10   〜 戦たるもの 〜











 「、ここだ」
 「ここだ、って………あのぉ孫権さん? 広くなっただけであんまり変わらないような気がするんだけど」



 幕舎のある城から馬を駆る事数刻――
 と孫権、そして周泰が向かった先は、何の変哲もない平原。
 周りには何もなく、ははじめに自分が放り出された場所みたいだ、と思った。



 鍛錬と勉学に明け暮れていたの元に吉報?が舞い込んだのはつい朝方の事だった。
 何時ものように準備をして鍛錬場へ赴いてみれば、そこに用意されている馬。
 今日は乗馬訓練か、と思ったのもつかの間――師匠とも言うべき孫権と周泰が云う。
 「本日からは実戦で腕を磨いてもらう」と――。



 ――実戦、って………実際の戦のように訓練するって事よね――

 ぴんと来ないなりに、は頭の中で考える。
 今迄は周泰のみを相手にひたすら戦ってきたが、これからは他の兵や武将も加わるという事なのだろう。
 しかし――たった今が訊いたようにここには何もない。
 ゲームで見たような拠点もなければ、三人の他に人影が全くないのだ。
 これでは実戦をするといっても何時もと変わらないではないか。



 だが、訝しげに首を捻りながら思案に耽るを尻目に、周泰が得物の柄に手をかけて身を低く構える。

 「………戦場では何が起こるか解らん………、用心しろ………」
 「えっ!? 用心、て…何もないけど?」
 「………ここは既に………戦場だ………」

 気が付けば、隣に居る孫権も己の得物をしかと構えている。
 そして、何時もの穏やかな表情は何処へやら、その顔には険しい色を覗かせていた。
 すると――



 「居たぞ! 急ぎ、敵将の首を取れ!」
 「「わぁぁぁぁっ!!!!!」」

 程なく、視界の先――地平より喊声を上げながら敵の一群が接近してきた。



 ――そう、そういう事ね。

 刹那、は思い至る。
 戦とは相手あってのもの――こちらが何をしていようと何を言おうと、決して待っていてはくれないのだ。
 そして今、周泰は云った。 「ここは既に戦場だ」と。
 ならば――



 「向こうさんはもう準備OK、ってわけね――」
 「、今迄のように一対一ではないが私たちも少々の手助けはする。 しかし危なくなったら直ぐに退くのだぞ」
 「………なら大丈夫だ………心してかかれ………」
 「ありがとう! 私、周泰さんと孫権さんの一番弟子だもん、大丈夫!」



 二人に礼を言うと、直ぐには土煙に塗れる敵軍へと視線を走らせた。



 ――まずは敵を知れ、って司馬懿さんも言ってたもんね。



 改めて見てみると、軍は騎兵と歩兵で構成されていた。
 何れも剣兵――槍や弓を持っている兵は居ないようだ。
 更には軍を指揮している名の知れた武将も居ない。
 大方、孫権か周泰が初心者のの事を考慮してくれたのだろう。

 ――でも、相手は場数を踏んでいる奴らだもんね………気合入れないと!

 は唇をきゅっと引き締めつつ両手を拝むように合わせる。



 「………、何をしている………」
 「ん? とりあえず勝利の女神が微笑んでくれるように祈っとこうと思って」

 「………ふっ………気を抜くな………来るぞ………」

 「えっ? え、ちょ、周泰さん! 今笑ったよね!? ねぇっ!?」
 「気を抜くなと言っているだろう、! この戦い、鍛錬ではなく本気の戦と心得よ!」

 「っ!! はい!すみません孫権さん!」



 思わぬ周泰の笑みに気分が浮ついたのもつかの間、孫権からの檄で思わず敬語になる

 ――そうだ、どんな形だって本気の戦となれば命がけなんだ――

 再び敵軍に視線を向けるその顔にはもう既に冗談めかした色も笑みも消えていた。





 そして、戦が始まってからほんの数刻――





 「者ども! 撤退だー! 退け、退けぃっ!!!」



 わぁぁぁぁっ!!!



 「え、あれ? あれれ、どうなってんの?」



 の戸惑いを他所に、敵軍があっさり撤退する事でこの場は再び元の静寂を取り戻した。
 この呆気ない結末には勝利の美酒を味わうのも忘れる。

 「………俺たちの………勝ちだ………」
 「勝ちって、え、私、そんなに力使ってないのに――」
 「敵軍が撤退したという事は、我々の勝利だという事を意味する――未だ解らないか、?」
 「????? だって――」

 ――あまりにも手応えが無さ過ぎない?

 は今迄振るっていた得物の切っ先を見つめながら、訝しげに小首を傾げる。
 相手は名も知らぬ一般兵ばかりだとは言え、自分よりは遥かに場慣れした者たちだ。
 それが、いとも簡単に敗れ、去って行く。
 この事実がどういう事を指すのか、彼女には未だ理解し得なかった。
 すると――

 「………奴らが弱いのではない………お前が強くなっただけだ………」
 「そっかぁ………私が強くなっただけなんだぁ………て、えぇぇぇっ!?」

 自分を褒めてくれる周泰へ向けて思わずノリツッコミを入れる

 ――これが私の、今の実力。

 素人同然だった自分が、何時の間にか強くなっていた。
 それは今迄周泰と手合わせをし続けていたのだから当然だ。

 「そのように驚く事でもない…あれだけ鍛錬したのだからな。 、よくやった」
 「………あ、ありがとうございます孫権さん!!!」

 続く孫権の言葉に、次第に喜びが実感となって現れてくる。
 この高揚感は、努力の末勝利した者でしか知り得ない感情だ。
 は得物を丁寧に鞘へ収めると、満面の笑みを浮かべながら己の拳を天高く振り上げた。



 「やったー! 初勝利っ! わーいわーい!!!」



 ――嬉しいっ!



 「わーい! わーいわーい!」



 わぁぁぁっ!



 「わーいわーい! わー! わー!」



 わぁぁぁぁっ!!



 ………ん?



 わぁぁぁぁぁっ!!!



 どどどどどっ!!!



 「わぁぁぁっ!? わわわわっ!? 何!? あの大群っ!?」



 気が付けば、目前に迫り来る兵の大群。
 よく見るとその中には名の知れた武将の姿もあった。
 その武将たちはの顔を見るや否や、勝手な言いがかりをつけてくる。



 「女! この名家に楯突くぁwせdrftgyふじこlp!!!(←声が高すぎて理解不能)」
 「我、ペット、チガウ!」
 「俺の言う正義は真っ当だ! に馬鹿と言われる筋合いはないっ!」
 「! 馬鹿と言うおめぇが馬鹿だっ! 行くぜ凌統!」
 「なんで俺があんたに付き合わなきゃならないっつの」



 ――何?????



 の頭に先程以上の疑問がわく。
 確かに、この世界で生活を始めてからこの武将たちとも話をしたが………
 このような言いがかりを付けられるような事は一言も言っていない、筈だ。
 それが何故、今になって大軍を率いて攻めて来るのかが全くもって解らない。
 更に――

 ――これも孫権さんと周泰さんが!?

 「ちょ、周泰さん! これも貴方たちが仕組んだの!?」
 「………知らん………」
 「知らん! 私は知らんぞぉぉぉぉぉっ!!!」

 「ちょ、待ってよ………て、早ぁぁぁっ!?」

 瞬間思いついた仮説を投げかけた刹那、一目散に逃げ出す孫権と周泰。
 そして瞬く間に目の前へと進軍して来る猛者たち。

 ………さぁ、どうする!?

 「ぎゃぁぁぁっ! こんな実戦、ないわぁぁぁぁっ!?」

 周泰たちを追うように退却しながら半分涙目で絶叫する
 しかし、こちらも馬を持っているとは言え、今の自分の馬術では簡単に追い付かれるのが関の山。
 ここではぴたりと足を止めて得物を構え直した。



 ――えぇい、ままよ!



 覚悟を決めて一つ頷くと、は大群に向けて足を駆った。





 の運命や、如何に――
















 「ご苦労だったな、………よく戻った」

 「ぜぇぜぇ………し、死ぬかと思った………」



 幸か不幸か、は見事?に元の幕舎へと帰還した。
 ボロボロになりつつ…そして途中戻って来てくれた孫権と周泰の援護もあって、辛うじて勝利に終わった初陣。
 憔悴しきった三人には解せない思いが燻っていた。
 それは入り口にて丁寧に出迎えてくれた司馬懿にぶつけられる。
 しかし――

 「もしや………此度の事、貴様が仕組んだ事ではあるまいな、司馬懿」
 「ホント死ぬかと思ったんだからね! 責任取んなさいよ、司馬懿さん!」
 「………幾らお前でも………許さん………」

 「ちょ、待て貴様ら。 何でも私の仕業にするな」

 物凄い勢いで食って掛かる三人を慌てて制しつつ、足元を指差す司馬懿。
 その指し示す先には――たちと同じく、ボロボロになっている諸葛亮の姿があった。



 「うわっ! どうしたの諸葛亮さん!?」
 「いや先程な、何かしら仕組んでいたこやつを私がひっ捕らえておいたのだ。 詳しい話はこやつから聞くといい」

 「………やっぱりアンタか、諸葛亮さん」



 ――おのれ諸葛亮!







 その後三人は幕舎に戻り、落ち着いたところで詳しい話を聞く。
 彼らの話では――

 初陣のに、孫権が用意した兵では足りないと思った諸葛亮。
 そんな彼がに課した密かな試練が、「逆上した武将に対してどのように対処するか」という事だったらしい。
 彼の弟子たち?――陸遜や姜維の協力を得て、それは程なく実行された。



 「袁紹殿………名家って言っても名ばかりでしょ?とが言ってましたよ」



 「魏延殿………貴方のそのなり…ペットにしたい、とが言っていました」



 「馬超殿………貴方って本当に正義馬鹿ね、とが(以下略)」



 「甘寧殿………貴方の事をが『バ甘寧』と(以下略)」



 ――と、いう事である。



 「いやしかし………孫権殿や周泰殿の援護があったとは言え、貴女の功績は見事でした」
 「今頃褒めても遅いわっ! つか次は絶対にアンタたちをぶっ飛ばすっ!!!!!」

 事の真相が明らかになって、の怒りが最高潮に達する。
 その矛先は諸葛亮に言われるがまま実行していた陸遜や姜維にも向けられた。

 「いや、あの………私たちは諸葛亮先生に言われたままやっていただけで――」
 「アンタらも同罪じゃボケ!」

 司馬懿や周泰に押さえつけられながらもがーがーわめき散らす
 それだけ今回の実戦がしんどいものだったのだと他の誰もが容易に理解し得た。
 しかし、次の瞬間に放たれる諸葛亮の一言での気分が一気に変わる事となる。



 「しかし、これでの力が解りました――今後は私たちと共に戦に出てもらいます」
 「回復したら覚えてなさいよ!? ………て、え???」



 「正式に出陣する事を許されたのですよ、
 「え、陸遜…それって………エディット武将で、って事???」
 「そうですよ、! おめでとうございます!」



 おめでとう!



 「………何処か解せない部分もあるけど………ま、いっか」





 ――苦労は買ってでもするもの、と何時か母さんも言ってたっけ。

 かつて躓いた時に母に言われた言葉を反芻して、微かに笑う

 自分の力が漸く認められた――
 その事実に、は「こいつらをとっちめるのはちょっとだけ先送りするか」とそっと心の中で呟いたのだった。







 ――、いよいよエディット武将としてデビューを果たす――










続く。



                              












 2010.2.08   更新
 (同09 修正)