天を駆ける光〜Cross Road〜第9章


     9   〜 戸惑う者 〜











 「………、一体何処に行っちゃったのよ………」



 大きな溜息を天に吐き出しながら、は独り言を零した。
 横断歩道のど真ん中で突如、忽然と姿を消した
 直後、大方何処かにテレポートしちゃったんだろうと携帯電話で連絡を取ろうとするが相手は出ない。
 それどころか
 『おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか電源が入っていないためかかりません』
 の一点張り。
 今の世の中、電波の繋がらないところと言えばとんでもないど田舎か、海や川の中か地の底か――或いは海外か。
 どの道、こちらが連絡つく場所に居なければ話にならない。
 あの娘の事だ、連絡がつくようになったら直ぐにでも電話してくるだろうとは携帯電話を握り締める。
 そして――

 「大変な目に遭ってなきゃいいけど………」

 雲一つない寒々とした晴天を見上げ、今一度大きく溜息を吐いた。







 は以前、がテレポートする瞬間を一度だけ見た事がある。
 高台の神社へ向かう途中、ふざけていて階段から足を踏み外した時だ。
 その時、落ちていくの姿が掻き消えた直後、階段の最上からの声がして初めて気付いた。

 本人曰く「自分が危険な目に遭わなきゃこの『力』は出ないみたい」。

 同じ超能力でも出易い、出難いというのがあるらしい。
 「自由にじゃなくてもテレポート出来るって凄いじゃない、羨ましいわ」とその時は笑って軽く返したのだが――

 今この時ほど自分にも超能力が欲しいと思った事はなかった。
 テレポートのメカニズムなんか解りゃしない、だけど――あればを直ぐに迎えに行く事が出来るかも知れない、と。







 の安否を気遣いながらも素直に帰宅する。
 ただ闇雲に探し回っても無駄足になりかねない、と今は自宅でからの連絡を待とうと思った。
 何時ものようにアパートの鍵を開け、中に入る。
 すると――

 「おう、おかえり姉さん」

 リビングの奥から聞き慣れた声がした。
 出向きもしないで声だけを寄越す人物――弟の稜(りょう)にはただいまと何時ものように軽く返す。

 「稜、あんたバイトは?」
 「んー今日休みー。 大学のレポートも終わったしさ、ちょっとゲームでもやろうかなって」
 「あっそ」

 何も知らない人間は気楽なものだ。
 このゆるい感覚を嫌っては台所で手を洗いながら聞き流す。
 何時もならばも好きなゲーム――三国無双を一緒にプレイするか、自分よりも上手い弟のプレイを見るかするのだが、今はとてもそんな気になれない。

 「あれ、姉さん今日はやんねぇの?」
 「うん――あ、そうだ。 稜、から家に電話あった?」
 「いや? っつーか今日はさんと仕事じゃなかったのか?」
 「うーん、そうなんだけどねぇ………」

 は頭に手をやり、暫し思案にふける。

 何て言ったらいいのか。
 が路上で突然何処かにテレポートしたと簡単に言っていいものか。

 の力はテレビに出ている事もあってか、今や周知の事実である。
 しかし、テレポートの事まで知っているのは本人とだけだ。
 他の力ならまだしも、テレポートまで出来るとなったら世間は今迄以上に大騒ぎになってしまうだろう。



 『奇跡の超能力! テレポートする女』



 突如、頭の中に浮かぶありもしない新聞の見出し。
 物凄い取材攻勢にブチ切れ、そこここにPKをぶっ放しまくるの姿を想像して、の背筋が凍った。

 ――ダメ、やっぱり話せない。

 そう思ったはかぶりを振ると弟の問いをはぐらかすべく視線を逸らせる。
 すると――



 「あー解った! さん、また仕事が気に食わなくてバックレたんだろ? 姉さんも苦労するな」



 の思案を他所に、弟が都合よく解釈をしてくれた。
 何時もはマネージャーとして苦労しているも、この時ばかりはの解り易い性格に感謝せざるを得ない。
 心の中で安堵の息を吐くと、あははと笑いに苦いものを含めて
 「まぁ、そんなとこね」
 適当に返しながら自分の部屋へと踵を返した。










      To :  携帯
      Subject : 緊急!

      ――今、どこにいるの?
         電話も繋がらないし、どうしたらいいかわかんないよ。
         連絡ができるようになったら、直ぐに電話してください。
         心配してるんで、よろしくね。





 「………っと、こんなもんか」

 にメールを送信すると、は携帯電話をパタンと閉じた。
 今の私に出来る事と言えばこんなことくらいしかないもんね、と独り言を零しながらも心は一向に落ち着かない。
 どうやら何かにつけ突っ走るを抑えつけている内に何時の間にか世話焼きというライフパスを身につけてしまったようだ。

 ――さて、どうしたもんかしら。

 帰る途中、心当たりのある友人知人には全て連絡をした。
 真っ先に自分に連絡をしてくれると思っていても念には念を、だ。
 そして、携帯電話を再び開け、の実家に一応でも連絡を入れておこうと電話番号を検索し始める。
 刹那――



 コンコン。



 「姉さん、ちょっと来てくんねーかな」

 部屋のドアがノックされ、外から弟の声が聞こえた。
 その様子は普通に聞いた限りでは何時もと変わらない。
 しかし、滅多に部屋を訪れる事のない弟がわざわざ部屋に来てまで自分を呼ぶのは何事か?
 心の中になんとなくだが嫌な予感が過ぎる。
 この僅かな胸騒ぎを気にしながらも、は部屋を出て弟について行った。







 「なぁ――これ、姉さんが作ったのか?」

 リビングに入るなり、弟が訝しげな表情で姉に話を振る。
 弟の指差す先にはテレビのモニター――そこに映し出されるはエディット武将の作成画面。
 既に作成を完了しているらしく、完成された武将が大きく画面を飾っている。

 しかしその武将の姿を間近で見た瞬間、は今迄体験した事のないような衝撃を受けた。



 「えぇっ!? 何、これっどーいうことぉっっっ!?」







 これはとてもあり得ない光景だった。



 ゲームの画面には――





 消えた時と同じ格好をし、周泰の武器を持つが、雄雄しく映っていた――。










続く。



                              












 2010.1.14   更新