天を駆ける光〜Cross Road〜第11章


     11   〜 心を許せる者 〜











 が初陣を辛くも勝利で終えた後――

 ここ、幕舎ではを称えるちょっとした祝いの席が設けられていた。
 これは断りもなく策を講じた諸葛亮が(司馬懿からの罵倒提言もあったが)せめてものお詫びにと催したもの。
 しかし、策を仕掛けられた当の本人――からしてみればこれはお詫びにもならない。
 何故なら、あの時は本当に死ぬかと思ったのだから。



 「諸葛亮さん、これで全部チャラにしようとしてもダメだからね! 私、めっちゃ怒ってるんだから」
 「ははは………初陣があれでは、流石のも少々きつかったか」
 「ちょ、孫権さん! 孫権さんだって大変な思いしたじゃないのさ」

 「………我らは百戦錬磨………あれ程の事、造作もない………」

 「あのね周泰さん、一旦逃げた人に言われたくないんだけど」



 一緒に被害を被ったにも関わらず、今は皆と共に宴を楽しむ孫権や周泰に容赦なくツッコミを入れる
 しかし、その一方では頭の中で少々都合のいい解釈をし始める。

 ――もしかしたら、あの時逃げたのは一旦退いて対処を考えるためだったのかな?

 突然の事態。
 人はそれに出くわした時、その場でどれだけ冷静な判断が出来るだろうか。
 ましてやあの場は戦場で、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。
 ならば、行き当たりばったりの戦いで危険な目に遭うよりは一旦退いてもう一度戦況を見極めた方がいい。
 これは以前、師匠である周泰から教わった事である。
 大事なところでその教えを忘れていた自分に、は何故か腹が立った。

 ――いや、腹が立った理由はそれだけではないのだが。



 「だからってね、初心者の私をほっぽって逃げる事ないじゃないのよ!!!?」

 「「???」」



 の脳内で勝手に込み上がった怒りに、孫権と周泰はただただ頭の上に疑問符を浮かべるだけだった。















 「ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる」

 は宴の最中、一言断ってその場を中座した。
 中庭に降り立つと、大きな木の下にしゃがんで膝を抱える。

 何だかんだ言っても宴は楽しいもので、皆から戦功を称えて貰っているうちにの心は次第に晴れていった。
 これが、自分の努力した結果。
 ただの余所者でしかなかった自分が漸く皆に認められたような気がして、何だかくすぐったい。
 だけど、とは考え直す。

 ここの武将さんたちは、ちゃんとした目的――固い意思を持って戦ってる。
 でも、私は――?

 勿論、命を懸けての戦を楽しんでいるわけではない。
 いや――あれだけ大変な思いをしたのだ、楽しむ余裕など何処にもないだろう。
 しかし果たして自分にはあの人たちのような、確たる意思があるのか?



 私はただ、ここに居る意味を持ちたいだけなのかも知れない――



 「………? ? そのようなところでどうした?」



 刹那、不意に掛けられる声。
 何処か余所余所しい口調と張りのあるその声の主は、が顔を上げずとも直ぐに解った。
 己が目指す父に近付こうと日々努力を惜しまない男――関平。
 はじめは何かにつけて『父上』と連呼する彼とはウマが合わない、と思っていた。
 しかしが少しだけホームシックにかかったある日、恥ずかしいと言う自分に掛けてくれた言葉から彼への印象がガラリと変わったのだ。



 『故郷へ帰りたい、と思う気持ちは誰でも………拙者でも持っているんだ、何も恥ずかしがる事なんかない』



 その時に見せた彼の照れたような笑顔はとても印象的だった。
 今が乱世じゃなかったら………現代だったら、きっとその辺の男の子と変わらなかったんだろうな。
 あの時に考えた事を思い出して、膝を抱えたままプッと吹き出す

 「………何が可笑しいんだ、?」
 「ううん、なんでもない」

 の様子が気になったのか、訝しげに近付いて来る関平。
 それに笑顔で答えながら彼の顔を改めてまじまじと見つめる。

 「うーん、この人もちゃんと目的を持って戦ってるのよね」
 「???」

 面と向かっていきなりこれでは、関平も戸惑う。
 不得要領とした顔でを見つめ返すが、当の本人は独り言を続けるばかり。
 一体どうしたんだ、と関平が問うと、ここでやっとはかぶりを振って両手を挙げた。

 「あーもう! ただ考えてるだけじゃ何も始まらないよね」
 「はは、らしい前向きな発言だな」
 「ちょっ! それどういう意味よっ!?」

 ちょっと考え込んだかと思えば直ぐに開き直る。
 何時ものだと解った途端に笑い出す関平にツッコミを入れつつもの顔は明るい。
 言葉遣いは少々堅苦しいが、人懐っこいところが彼のいいところ。
 他の武将と違って友達っぽく付き合えるのもにとってはホッと一息つける相手だった。





 隠しても仕方ないし、とはたった今考えていた事を関平に告げる。

 自分は一体何のために戦っているのか?
 大きな目的もない戦いはただの殺戮ではないのか?
 自分は戦の先に何を見出すのか?

 すると今迄真摯な様子で聞いていた目の前の男が微かに笑いながらの隣に座り、口を開いた。



 「それなら、もう答えは出ているじゃないか」
 「………え?」
 「。 お前が以前、拙者に言った事を思い出せないか?」



 ――この世界に来たからには、何かしなきゃって思ったのよ。
    ただみんなが戦に出るのを見送るだけなんて真っ平ゴメンだわ。
    何でもいい………みんなの力になりたいの――



 「………あ」
 「思い出したか。 あの時、拙者は猛烈に感動したのだぞ」

 「感動? なんで?」
 「戦を知らないお前が、皆の力になりたいという理由だけで武器を取った。 それだけで充分ではないのかな」



 笑いながら語る関平に、今度はが頭に疑問符を浮かべる。
 ――みんなの力になりたい。
 確かにこれは何時も思っている事だ。
 しかし、何もしないでじっとしているのがイヤだという気持ちから生まれているものだとも言えなくもない。
 そんな簡単な気持ちだけで、本当に充分なのだろうか?
 しかし――

 「そういうもん、かな」
 「あぁ! 最初、父に近付きたい一心で初めて武器を取った拙者から比べれば尊敬に値すると思う」

 だからは何も思い悩む事はない、と続ける関平。
 その笑顔には少々照れくささも含まれているが、彼の真っ直ぐな気持ちをそのままに見せている。

 何も、思い悩む事はない。

 は彼の一言で救われた、と思った。
 戦う目的――その意思は人それぞれ。
 目の前の男のように目指すものがある人も居れば、護るべきものがある人も居る。
 それなら『みんなの力になりたい』と思う自分の気持ちも、ひとつの意思――



 「ありがとう関平! 貴方に話してよかった!」
 「あぁ! の力になれて拙者もよかった!」

 にぱっと笑顔を見せ合う二人。
 乱世でなければ、この光景はどのように映るのだろうか。
 それは気持ちのいい、男と女の友情――



 ………ん?



 刹那、物陰から視線を感じる。
 二人が振り返ると、そこには己の得物を抱える星彩の姿があった。



 彼女は男ばかりの環境で鍛えられているにとっては親友も同然。
 手合わせは勿論、他の女性たちも交えてお茶会をするのが楽しみの一つになっていた。
 その彼女と関平が互いに只ならぬ想いを抱いているのはも知っている。
 本人たちにはお節介かも知れないが、何かと三人で話をする機会を作っていたのはここだけの話。



 しかし、今は偶然とはいえ関平と二人きりで話をしていた。
 隣同士座っていては誤解をされても文句は言えない。
 こりゃヤバイわ、とが口を開こうとした刹那――



 「………関平。 姿が見えないと思っていたら、こんなところでと話をしていたのね」
 「ちょ、待て星彩! 拙者はを励ましていただけだ!」
 「わわわ、星彩! 武器はナシだって!」

 「何を慌てているの、二人とも? …宴の席は苦手だから、ちょっと関平に手合わせをお願いしようとしただけなのに」



 訝しげに微妙な笑顔を向けながら二人に近付く星彩。
 その様子を見る限りでは二人を疑っている感じではない。
 普段から物静かで努力家な彼女らしい――宴の席を外してまで鍛錬をするなど。

 武器を持っていた理由が解ると、はホッと胸を撫で下ろしながらも笑顔で星彩に一つの提案を持ちかける。



 「だったらさ星彩、これから三人で手合わせしない?」
 「………いいの? 今回の主賓が居なくても」
 「大丈夫大丈夫! あれだけ盛り上がってれば私なんかもうどーでもいいでしょ」
 「ははは! そうかも知れないな」



 歳近い三人の笑い声が宵闇に響く。
 恐らく、この笑い声も盛り上がる宴の席までは届かないだろう。
 後は年寄りに任せて、と些か本人たちに失礼な事を言いつつ三人は鍛錬場へと足を向けた。



 「ねぇ蓮、今日はあの念動力は使わないでね」
 「ちょっ星彩! 何その反則的なルール! ダメよ、まだ私ヘタレなんだから」

 「蓮、お前の技の方が反則的だと思うんだが――」
 「「関平は黙ってて」」

 「………ごめん」



 満面の笑みを浮かべ、楽しげに言葉を交わしながら――
 は群青色の空を見上げ、そっと思った。

 二人に、気付かれないように――。





 ――友達って、何処の世界に居ても大事なんだね。

    ………、今頃どうしてるかな………?










続く。



                              












 2010.6.23   更新