天を駆ける光〜Cross Road〜第4章
4 〜 タネを明かす者 〜
…あれ?
は意外な人物の出現にほんの少しだけ驚いた。
この場で真相?を語る人物といえば…彼しか思いつかなかったのだ。
――諸葛孔明。
しかし、目の前で笑顔を振り撒いている人物は…同じ知将でもアノ人とは雰囲気からして違う。
…うん、若い。 とってもフレッシュだ。
でも………。
設定年齢は自分とあまり変わらないが、彼は間違いなく年下だ。
にも関わらず、その笑顔には明らかに『哀れみ』が含まれている。
――年下のガキに哀れまれている――
ある意味被害者であるにとっては、その事実が少々腹立たしく思えた。
憮然としながらも、今あるこの状況を説明してくれそうな人物に何も言えず黙ってその姿を見つめる。
すると――
「そのように警戒なさらなくとも大丈夫ですよ」
更に優しい笑顔で見つめ返された。
彼はの表情から警戒していると思ったのだろう、距離をおいたままで立ち止まっている。
…何を今更。
こんな状況に陥ったら、警戒どころの騒ぎではない。
誰でもいいから、早くどうなっているのか教えて欲しかった。
「警戒してる場合じゃないわっ! てか…そんな瞳でこっち見んな!」
ムカつくのよ、と殆ど叫ぶように訴える。
彼の視線はかつて、『力』を持つようになった自分に向けて注がれる視線に似ていた。
哀れみ、そして『力』に対する物珍しさや気味悪さ。
初めはその度に自分が惨めに感じる事もあった。
しかし、今はいい加減慣れた…と言うよりは寧ろ反発心に近いものを持っていた。
馬鹿めが、と………そう、隣に居る司馬懿のように。
直後、のツッコミに似た訴えを汲んだのか目の前の笑顔が首を垂れる。
「貴女は強い方ですね。 …失礼をお詫びします」
「いや、解ってくれればいいのよ」
己の非をあっさりと認めるところは流石だ。
しかも、笑顔の色を一瞬にして変えた…そこが知将たる所以なのだろう。
その落ち着き払った態度を見ているうちにの頭の中も冷静になっていった。
感心しながら知将に顔を上げるように促す。
「気にしないで。 …えと、貴方、陸遜よね?」
「はい、申し遅れました。 私、陸伯言と申します…で、貴女は?」
「、よ。 よろしく」
「宜しくお願いします、殿――」
「、って呼んで。 そんな呼ばれ方、された事ないからむず痒くって」
「では、。 …そろそろ本題に移りましょうか」
「えぇ。 頼むわ」
向かい合った二人の表情が真摯なものに変わる。
そして、陸遜の口が再び開かれようとした刹那――
「陸遜殿。 この方には特殊な力が宿っているようです。
貴方が説明するより、この方に力を使っていただいた方が早いでしょう」
…うわ、ここで来ますか。
声に反応し、振り返ると白い羽を束ねた団扇を携えた人がゆっくりと歩いて来た。
その出で立ちで即座に理解出来る。
この人こそ、かの大軍師…蜀軍の丞相・諸葛孔明。
しかし、にしてみればそれはゲームの中での事。
真相を語ってくれさえすれば、それがどんな人でも…たとえ三国一のバカ息子でも構わなかった。
なんとなく焦らされているような気がして、は苛立ちを覚える。
しかし、今諸葛亮が言った台詞が引っかかった。
私の、力を使う…?
ここの人達は、私の事を何処まで知っているのか。
何処か薄気味悪い感覚に囚われるが、ここはゲームの中。
ある意味何でもアリな世界だ…その中の人物が人並み外れた力を持っていたとしても不思議ではない。
…そう思っておこう。
はここで余計な事を考えるのを止めた。
どう考えても、今の自分には事の経緯や解決策など解る筈もないのだから。
眉間に皺が寄りそうな気持ちをぐっと抑え、漸く作った笑顔を諸葛亮に向ける。
「…それはどういう事? 教えてくれる?諸葛亮『先生』」
「解りました。 それでは…」
刹那――
諸葛亮の手がの肩を捉えた。
突然の事で目を白黒させるを余所に、諸葛亮は言葉を続ける。
「私の心を、『読んで』ください。 殿」
「だから…『殿』は要らんって! てか、なんでアンタがそれをっ――」
「全ては私の心を読めば解る事ですよ、」
「うぬぅ………」
さぁ、と肩を掴む手に力を入れる諸葛亮。
なんなんだ、この軍師の強引さは…と思いながらもぐぅの音が出なくなる。
同時に、は肩にある腕をわっしと掴み、両方の瞳を固く閉じていた。
こうなったら…この大軍師の心、読んでやろうじゃないの。
こんな経験、滅多に出来ないし。
それより――
――私、意識し過ぎると読めなくなるのよね…大丈夫かな。
額に汗が浮き、次第に感覚が研ぎ澄まされていく。
そして…やがて視界を遮って真っ暗な筈の視界に、眩しい光が差し込んできた――
何処か見たようで…訪れた事のない場所だった。
ゲームで何度も迷子になった複雑なステージ『赤壁』。
そこにあったような祈祷所を、私は空から見下ろしていた。
これが…彼の心の、中?
心の中というより、立体映像か何かを見ているみたい――
祈祷所の中心に、彼が居る。
炎がごうごうと燃え盛る器の前で、精神を統一させているのか微動だにしない。
そして、彼が顔を上げて瞳をかっと見開いた刹那――
ばぁんっ!
爆発音と共に器の炎が一瞬だけ空へ舞い上がり、そして消えた。
…驚かすなよ。
目の前に炎の柱が迫って来て、慌てて身体を捻って避ける。
これは彼―諸葛亮―の心の中だろうから、まず死ぬ事はないだろうけれど…流石に自分に火計っちゅぅのは嫌だし。
ホッと胸を撫で下ろし、再び祈祷所の彼を見遣ると――
「どうやら…外からの力が同時に働き、この地に何者かが迷い込んだようです」
その場から遠巻きにしていた人達に説明をしていた。
…その『迷い込んだ人』って、私の事よね。
で、『外からの力』とは…恐らく私の『力』だ。
でも…それだけではこんなあり得ない事が起こる筈がない。
と、いう事は………?
………諸葛亮、オ マ エ か。
なんとなくだけど解ったような気がした。
彼の怪しげな祈祷と、私の『力』が変にリンクしてしまったんだろう。
何とも迷惑な話だ…。
やれやれと首を振り、終わりにしようとも思ったけれど――
「丞相! 迷い込んでしまったのならば…誰かが助けに行かなければ!」
陸遜と同じく、フレッシュな声に踏み止まった。
そっか、何で司馬懿が私を救いに来たのか…そこまで見ておかねば。
…興味本位の気持ちだけど。
予想に反して、姜維の一言に最初に反応したのは諸葛亮だった。
「その方が女性ならば…私が自ら参じたいところなのですが、私はここで迷い人の事を詳しく調べなければなりませんから」
…へっ!?
ちょっと待て…そんな事言っちゃっていいのか? 先生?
あの…貴方の後ろに物凄く恐ろしいオーラを背負ったヨメの影が見えるんですけど………。
…諸葛亮!? 後ろ、後ろっ!
次の瞬間、私は両手で顔全体を覆った――。
「困りましたね…一体、誰に頼むのが適任なのでしょうか」
一時の後、真剣に悩み出す諸葛亮の身体は満身創痍になっていた。
折れ曲がった羽扇をカタカタと揺らしながら考え込む様子は見ていて笑える。
…てか、ツボにはまるっ!
涙目でオノレの腹を抱えながら話の続きを聞く。
「丞相、その迷い人…現時点では男性か女性か解らないんですね?」
「はい。 もっとよく調べてみないと解りません」
すると――
「…どっちか解らないんだったら…俺は降りる――」
「お前には聞いてないわっっっ!」
柱に凭れかかって腕組みをしながら師弟二人の会話を聞いていた凌統が徐に口を開いた刹那、彼の周りに居た数人の名立たる武将達に総ツッコミを食らった。
凌統ファンのには悪いけど…私の腹筋、崩壊寸前………。
しかし、話の発端である丞相は至って冷静だ。
…余程、笑いに免疫があると見えるわ。
きょろきょろと視線を泳がし、ある人のところでぴたりと止める。
「ならば…司馬懿殿、お願い出来ますか? 貴方…暇そうですし」
…暇そうに、って…そりゃ流石に酷いでしょ、先生。
それを言っちゃったら…その場に居る皆が暇人になるだろ、おい。
てか…そう言われて黙っているシバチューじゃないだろう。
「誰が暇だと!? そこに居る小僧どもに行かせればよいだろう、馬鹿めが!」
ほ〜ら、怒った。
黒い羽扇をぶんぶん振りながら「馬鹿め」と言ってる姿はちょっと可愛らしく見えるけど…
うわ、こんなところで軍師の口バトルが見られるかっ!?
………てか、これって素直に喜んでいいのか???
しかし、私が視線を諸葛亮の方へ向けると――
…あの、そこの小僧二人、何やってんの!?
司馬懿の言葉を受けてかどうかは知らないが、途端に諸葛亮の周りで甲斐甲斐しく働き始めた。
服の埃を払ったり、お絞りらしきものを渡したり、靴を磨いたり…!?
…何下僕化してるんだか。
そして、それを涼しげに見つめながら諸葛亮が司馬懿に含み笑いを向ける。
「彼等は私のために尽くしてくれているのです…」
「違ぁう! それはただの パ シ リ だっっっ!!!」
あっちに聞こえるわけないけど………思わずツッコミを入れる私。
…小僧二人の表情が何か楽しげなのが物凄く気になるが、そこはスルーして先を見守った…。
「その重要な任、私が受けなければ仕方あるまい。 行く事にしよう」
一時の後、漸く自分の考えに納得がいったのか…軽い溜息と共にOKするシバチューさん。
その間、彼の心の中でかなりの葛藤があったんだろうなぁ…と思っていると――
私の視界がぐにゃり、と歪んで…直後、暗く反転した――。
「…と、いうわけです」
「元々はアンタの所為なのに簡単に済ますな、ボケェ!」
が我に返って――
目の前に居た諸葛亮からかかった声に速攻ツッコミを入れた。
改めて見ると…その涼しげな表情が小憎らしい。
『…この体勢のまま、いっそ頭突きでも食らわせてやろうか』
と思い、頭を後ろへ逸らしたが…
刹那、諸葛亮がの肩からぱっと手を離し、身を翻した。
…チッ、避けられたか。
知将とは言え、流石は戦場に身を置く人だわ…。
そして、諸葛亮がの隣に控えていた司馬懿に向かって思い出したように労いの言葉をかける。
「司馬懿殿、此度の事…お疲れ様でした」
「これしきの事…造作もない。 と、言うのが遅いわ!馬鹿め!」
諸葛亮の心の中で見た光景そのままの仕草をする司馬懿。
やっぱりちょっと可愛いわ…とが思った刹那、諸葛亮が含み笑いを浮かべた。
「…何だ? 諸葛亮」
「いえ、何でもありません。 ただ…迷い人が可愛らしい女性でよかったですね、とだけ」
「なっ…! 何を言うか、馬鹿め!」
からかうように吐かれた諸葛亮の一言に動揺したのは司馬懿だけではなかった。
…へ!?
私が、可愛らしい、とな!?
この性格所以か、滅多に言われる事のなかった言葉を聞き、自分の耳を疑う。
しかし、悪い気はしない。
マスメディアと違って、こういう生の声って嬉しいものなのね、とくすり微笑う。
そして、地響きのように鳴る妙な音に反応して後ろを振り返ると――
――自ら任を降りた凌統が、地団太を踏んで悔しがっていた――。
かなりのすったもんだがあったが、ここで漸く『振り出し』に戻ったような気がする。
まだ、解らない事が多いけれど――
誰の所為にしろ、原因が解っただけでも大きな収穫だとは思った。
――そう、思う事にした。
2008.6.04 更新