天を駆ける光〜Cross Road〜第5章


     5   〜 働けざる者  〜











 原因が解っただけでも大きな収穫、とは言うものの――
 これから、どうすりゃいいんだ?私。

 幕舎の片隅に設えてある休憩所らしき所には一人座って考えていた。
 今迄一緒に話をしていた軍師達は彼女の滞在場所を手配すべく現在は席を外している。

 はぁ…とんだ事に巻き込まれちゃったな。

 零れるのは溜息ばかり。
 威勢の良かったも、現実を目の当たりにしては流石に堪えるというもの。
 ここが三国無双の世界、という事以外は全く何も解らないのだから。
 自分が記憶喪失にでもなった気分――いや、記憶喪失にでもなっていた方が気が楽だったかも知れない。
 それでも――

 ………くよくよしてたって何も始まらない、か。

 突っ伏していた顔を上げて意を決したように一つ頷くと、は徐に立ち上がる。
 その表情には不安よりも前向きな気持ちの方が露わになっていた。
 そして――



 …この世界で、私は…何が出来る?
 手探りでしかないけれど…



 とりあえず、探してみよっと。



 何処に何があるか解らないにも関わらず、軽い足取りで扉の向こうに身を躍らせた。
 まるで『善は急げ』と言わんがばかりに――















 の滞在場所を手配した後、陸遜は幕舎に戻るべくだだっ広い廊下を歩いていた。
 諸葛亮と司馬懿は現在、後を陸遜に託して別行動を取っている。
 大方、の身を置く場所――仕事でも探しているのだろう。

 しかし、とここで陸遜は考える。
 先程廊下を歩いている時に諸葛亮が言った『働かざるもの食うべからず』という言葉。
 確かに、戦だけではなく普段の執務でも人は多い方が捗るしこちらとしては助かる。
 だが彼女は言わば新参者――この世界の事は右も左も解らないだろう。
 しかも向こうの世界から飛んで来たばかりの娘だ。
 こんな戸惑い多き状況下にある彼女が、果たしてこの世界で普通に生活出来るか。

 「諸葛亮先生達は、どう考えておられるのでしょうか………」

 誰に聞かせるでもなく小さく呟くが、そうしたところで答えが見出せるわけでもない。
 それでも尚考え続けるのは彼の知将たるが所以。
 廊下を歩きながら視線を宙に彷徨わせる。
 刹那――





 「きゃぁぁぁぁぁあああっ!!!」





 不意に耳を突く絶叫で陸遜の思考が一気に遮られた。
 殆ど反射的に声の方を向く。

 あちらには確か――厨房がありましたね。

 戦がない時は平穏なこの地。
 そこに悲鳴が上がるとすれば、それ以外の厄災――すなわち火計…もとい、火事だろう。
 陸遜は今迄考えていた事を一旦心にしまうと、持ち前の素早さで踵を返した。



 の事は、とりあえず後回しです。
 今は女官達の安否を――










 ところが、陸遜の救援は残念?ながら徒労に終わる。
 目の前に広がるは彼の頭の中に浮かんでいた場面とは全く違うもの。
 火事は火事でも、これは小火だ。
 大きな鍋から上がったのだろう――火は既に消し止められ、傍には炭塗れになっている女官が二人茫然と立ち尽くしていた。
 「これは一体………どうしたのですか?」
 安堵にほっと胸を撫で下ろしながらも、訝しげに訊く。
 この小火で、あれだけの叫びを上げるのは些かおかしい。
 しかも滅多に失敗などしない女官が二人揃って炭塗れになっている。
 これは何かあったに違いない、と陸遜はふんだのだ。
 すると、今迄あんぐりと口を開きっぱなしにしていた女官が事の全てを語り出した――。



 女官の話によると――
 こうなる少し前、見た事もないような服を着た若い娘がここを訪れたらしい。
 そして、何か手伝う事があれば――と殆ど強引に鍋を火にかけ、傍にあるものを手当り次第に放り込んだという。
 その結果がこの有様、というわけだ。



 「もう、何が何だか………鍋が爆発するなんて、今迄見た事も聞いた事もありませんわ!」
 「………一体、何を入れたらこうなるんでしょうか………」

 今度は陸遜が茫然とする番だった。
 やれやれとかぶりを振りながら事の次第をおさらいする。
 女官達の言う若い娘とは、間違いなくの事だ。
 彼女はここに来て、何をするつもりだったのだろう?

 『何か手伝う事があれば――』

 「あ、それだ」
 が放ったという言葉を反芻した刹那、陸遜は思い至る。
 彼女も彼女なりに何か出来る事を探しているに違いない。
 そこで思い付いたのがこれ――ここで働く女官達の手伝いだ。
 しかし――

 「その女性は今何処に居るのですか!?」
 「えっ!? あぁ…この炎を消した後、『ごめんなさい!』って言いながら瞬く間に去って行かれましたわ」
 「そうですか――すみません、こちらの事は他の方にお任せしてください!」

 女官達への言葉もそこそこに踵を返す陸遜。
 その様子には普段の彼からは想像もつかない程の焦燥感が漂っている。
 彼の頭の中に浮かぶは嫌な予感ばかりであった。

 厨房で手伝いをしようとしていたのは解りました。
 しかし手伝いでこれだけの失態をする程ですから………
 もしや、彼女は――!?

 女官達の指差す方に向かって駆け出す陸遜。
 だが、その機転も虚しく――





 「きゃぁぁぁぁぁあああっ!!!!!」





 新たな悲鳴が空に響き渡った――。















 「お願いですから勝手な行動は慎んでください、
 「………ごめんなしゃい」

 一時の後――
 先程の座っていた休憩所では始めにと関わった軍師の面々が正座しているの前に仁王立ちしていた。
 その様子はさながら『反省部屋』である。



 あの後、と陸遜の妙な追いかけっこは暫く続いた。
 悲鳴を頼りに水場へ行けば、洗い過ぎでボロボロになっている衣服の成れの果てに出くわし――
 慌てて駆け寄ってきた兵士に続いて鍛錬場へ行ってみれば鍛錬に使用する藁が思い切りブチ撒けられ――

 そして、漸く資材置き場にて崩れた切り株の山に埋もれているを見つけ出したのだった。



 陸遜が事情を詳しく話した際、諸葛亮に
 「この私が追いつけないとは………、彼女はもしかしたら大物かも知れません」
 と耳打ちしたのはここだけの話。
 しかし、の行動が思わぬ大騒動を引き起こしたのには変わりない。
 親切心の逆効果とはこれ如何に、であった。



 「貴女の気持ちは良く解りました、私も責めるつもりはありません。 しかし――」
 「だって諸葛亮さん、ここには電子レンジも洗濯機もないんだもん」
 「この世界にあると思うてか、馬鹿め!」
 「はぁ…向こう側の人達は文明の利器に頼り過ぎている、という事なのでしょうか………」

 の発言や行動に三者三様の反応を示す軍師達。
 だが、その顔にはを責めている様子は全くなかった。
 これはが彼女なりに考えた行動――ただこちらの世界で出来る事を模索していただけの事。
 思わぬドジっぷりには苦笑を洩らすしかない、が――

 「私達の力になろうとする貴女の心意気には感謝しますよ」

 白い羽扇を口元に当て、諸葛亮はに向かって何かを含んだ笑みを返した。










 此度の大騒動は、の気持ちを酌んで結局お咎めなしとなる。
 思った以上に――というより思いの外暖かい軍師達の配慮には疑いの念を抱きつつ漸く立ち直った。
 今回の事で自分の不器用さを自覚しただったが………それでも何かしたいと軍師達に訴える。
 すると――

 「貴女は、特別な力をお持ちですが――得意な事はありますか?」

 含み笑いを浮かべた諸葛亮が羽扇を緩やかに振りながら尋ねてきた。
 そのいやらしいとも言うべき笑顔に、の中で一つの予感が首をもたげる。
 家事一般も満足に出来ない自分がこの世界で出来る事といえば――



 「得意な事って程じゃないけど…サイコキネシス?――あ、念動力って言った方が貴方達には解りやすいか」
 「ふむ…念動力、ですか――」
 「まぁまぁ諸葛亮さん、百聞は一見にしかずだよ。 ちょっと待ってね」

 いまいち理解出来ていない軍師達に自分の力を見せようと、は周りに視線を走らせる。
 刹那、幕舎の中程で暇そうに杖を弄んでいる太平道の教祖を見つけ、の口角がにやりと吊り上った。

 うん、ヤツなら実証済みだ――

 「ねぇねぇ、張角さん。 ちょっとちょっと――」
 「何だ? おぉ、汝は先刻我と会った娘ではないか」

 の手招きにまんまと乗っかった形で近付いて来る張角。
 刹那、の手が彼の目の前に翳された!



 「――張角さん、ごめん!」

 「ん? 娘よ、我に何ようぅごぁぁぁぁあああっ!!!」



 どがん!



 ――、またしても張角を討ち取ったり――





 暫しその場の時が止まった。
 が『力』を発動させた刹那、張角の身体が吹っ飛んで頑丈な造りだった筈の壁にめり込む。
 そして、幕舎に居た面々は事の一部始終を目の当たりにして目ん玉が飛び出る程の衝撃を受けた。

 彼女の力が、これ程のものとは――。

 彼らが驚くのも無理はない。
 念動力とは、物理的エネルギーを発生させて対象物を動かす力。
 つまりは己が触れずして敵を倒す事が可能な――彼らからしてみれば立派な『技』だったのだ。

 「ま、こんなとこかな。 解った?」
 はぽかんと口を開けて呆けている一同を見て満足げな笑顔を見せる。
 そして逸早く我に返った諸葛亮が再び怪しい笑みを浮かべながら、一つだけ大きく頷いた。

 「えぇ――よく解りましたよ、










 ――、貴女を戦闘要員に任命いたします――

 間を置かずに諸葛亮から言い渡されたこの一言は、まさにの予想通り。
 自分が持つ破壊的?な力や人の心を読む力は、軍の戦力をアップさせるにはもってこいだろう。
 彼女自身もこの世界で一役買えるという事がこの上なく嬉しかった。
 しかし――

 「力があるだけでは、貴女は未だ使い物になりません。 ………戦闘に対して充分に鍛錬しなければ」

 直後放たれた諸葛亮の一言にがっくりと肩を落とす。
 「やっぱり………そうなりますか」
 ゲームでは経験はあるものの、やはり戦闘に関してはど素人の
 彼女が戦場で己の腕を発揮するには、もう少し時間が必要だった。







 「で、鍛錬の相手を誰にするかですが――」

 そうと決まれば話は早い。
 諸葛亮はの行く先を案じながら幕舎内を見渡す。
 素人の女性が相手ですから………半端な人物を指名するわけにはいきません、と。





 その時――

 幕舎の壁に凭れかかっていた一つの影がゆらりと立ち上がり、こちらへと歩を進めた――。










続く。



                              












 2009.4.15   更新