キャンペーン会場に用意されていた見慣れない乗り物。
 これが、所謂 『OROCHI世界探訪ツアー』 へ赴く装置であった。



 参加者それぞれには二つの選択肢が与えられた。

 『この装置は二人乗り――
  二人で乗れば同じ場所、一人ならばそれぞれ別々の場所へ降り立つ事になる』





 ――二人で行けば、間違いなく戦闘に巻き込まれる。

    だけど、たった一人で戦場を見に行く勇気はない。

    だとしたら――?



 ――どうせ同じ戦場なら、一人ぼっちよりも二人一緒の方がいい――










 2.あたらしい景色










 「ここが、OROCHIの世界――」

 眼前に広がる新たな景色に、は揃って言葉を失った。
 ゲームで感じていたよりも強く、重く圧し掛かるような空気。
 空を見上げれば気味の悪い雲が漂い、その間からは紅と藍(あお)――二つの月が顔を覗かせている。

 ここは――紛れもなく 『異世界』 だった。



 しかし――

 「…何も、ないわね」
 「うーん、直ぐに誰かに会えると思ったんだけどなぁ」
 「…現実はゲームのようには簡単に行かない、って事ね」



 見渡す限りの荒れた平原――気付けばその中に二人は佇んでいた。
 あまりにも想定外の始まりに、娘達も戸惑いを隠せない。
 と、思いきや――

 「んじゃ、試してみますか!」
 「…何をするの?」
 「まぁまぁ、見てりゃ解りますよって――」

 と視線を合わせて誇らしげにウインクすると、が唇に指を当てて息を大きく吸い込む。
 そして――



 ピィィィィィーーーーー!



 の奏でる口笛は高らかに空へと響き渡り、程なく平原の彼方から一頭の馬が二人の下へ駆けて来た。
 「ビンゴ!」
 「…流石ね、。 こういう時は貴女の直感が役に立つわ」
 「むっふっふー。 ここがOROCHIの世界だったら、足は簡単に確保出来るって思ったわけよ」
 まさにの言う通り。
 無双OROCHIの世界では、プレイヤーは口笛で馬を呼び寄せる事が出来る。
 彼女らはプレイヤーではないが、この世界に足を踏み入れれば自分らにもこの法則が成り立つとは踏んだのだ。



 武芸に通ずる者は、馬術も巧みだ。
 は不慣れなを器用に馬へ乗せると、その後ろにひらりと飛び乗った。
 すると、先程よりも視界がほんの少し広がり――地平線の近く、大地から立ち上る細い煙を二人の視界が捉える。

 「…まずは、あそこを目指しましょ」
 「OK!」

 は両腕での身体を支えながら手綱を引き、馬の腹を蹴った。





 しかし、その選択がにとって初めてのものを招くとは――

 この時の二人には勿論、知る由もなかった――。















 澱んだ空にたゆたう煙――

 ――これは、死へと向かう業火の傷跡だった。



 遠くに見えた煙を頼りにこの地へと辿り着いた二人は、眼前に広がる光景に息を呑んだ。
 焼け跡というのも憚られる程、黒く塗り替えられた村落。
 そしてその中には誰かが流したのだろう、紅い染みが混じっている。

 「………惨い」
 「うっ………最悪ぅ」

 ゲームの中でも見た事がない惨劇に二人の言葉も少ない。
 彼女達はこみ上げる吐き気を抑えながら、更に周りを見回した。
 田畑は既に焼き尽くされ、建物も全て瓦礫の山へと変貌している。
 遠くには命からがら逃げ出した人々がへたり込み、新たな恐怖に慄いて――

 「………っ! 、あれは――」
 「…間違いない、敵だわ」

 大きな体躯を揺らしながら、恐怖に怯える人々へじりじりと近付いていく異形の者。
 そう――あれこそ、ゲームの中で幾度となく斃してきた遠呂智軍の兵。
 遠目ではよく解らないが幸いに取り巻きは存在せず、でかい図体をした者が二体居るだけのようだ。
 刹那、が馬の近くに下ろしていた大きなバッグをひっくり返し、武器をその場にブチ撒ける。

 「…もう、見てられない」
 「ちょ、! アンタまさかっ――」
 「………助けに行く。 、手伝って」
 「てっ、手伝えってアンタっ――て、ちょ、待てーーーーーいっ!!!」

 の制止を全く聞かず、は手馴れた様子で刀を腰に装備すると、真っ直ぐに駆け出した。
 ………うっは、いきなり戦闘するハメになるとは思わなかったよ。
 呆れたようにかぶりを振る
 しかし、このまま彼女を放っておくわけにもいかない。
 ウエストポーチに使えそうな飛び道具と砲丸のような丸い物体を詰め込み、手にからもらった投弾帯を持つと――

 「もう、どーなったって知らんぞ私はっ!」

 今まさに異形の者と対峙しようとしているの姿を必死に追った――。










 「ブヒャヒャ………全て、喰らい尽くしてやる――」
 「ひっ、ひぃぃ………」

 口元から意地汚く涎を垂らしながら得物を掲げる異形の者。
 その腕が重力に逆らう事なく振り下ろされた刹那――



 がきぃんっ!



 異形の者と一人の娘――二つの刃が交わり、互いの力によってギリギリと唸りを上げる。

 「きっ………貴様ぁ、何者だぁ………」
 「…私は通りすがりの観光者。 そして――」



 キンッ!

 ざしゅぅっっ!!!



 「――そして…貴方を、斃す者」

 「ブヒャァァァ………」



 首筋からどす黒い血しぶきを撒き散らしながらの足元へ崩折れる大きな体躯。
 一瞬の出来事に、斃れ行く者は何が起こったのかも解らなかっただろう。
 それ程に、の放つ一閃は鋭かったのだ。
 しかし、それを見てしまってはもう一方の異形の者も黙っていられない。
 「ブヒャ………こいつらの前に、まずは貴様からだぁ………」
 視線を険しいものに変え、逃げ延びた人々に向けていた刃をの目の前に晒した。

 ………こいつ、さっきのより強い。

 刹那、異形の者が放つ瘴気に近いものを感じ、は刀を改めて構える。
 先程斃した奴は、油断をしていたのかあっさりとの刃に堕ちた。
 しかし今度はそう上手く行かないだろう。
 と言っても、あまり大きく得物を振るっては被害が他の人たちにも及ぶ。
 さぁ、どうする――!?

 だが――



 「さ、みんなこっちへ――うん、ヤツに気付かれないようにそっと、ね」



 の事を気遣ったのか、はたまた違う意図があったのか――
 ちらりと視線を走らせると、少し遠くに村落の人々をこっそりと逃がしているの姿が見えた。
 しかも気付けば全ての人々が無事に逃げ果せたようで、この場には既に誰も居ない。
 が思案している時間はそう長くはなかったにも関わらず、だ。
 この、の行動の早さには感嘆の息を洩らした。



 後方の憂いはもう、ない。

 勝負は、これから――。



 逃亡の手伝いを終え、離れて位置するに目配せをして一つ頷く
 その手に持つ刃が今、二つの月に照らされて淡く光った――

 「………、まかり通る!」



 しかし、先制攻撃を仕掛けたのはではなかった。
 先日見たの構えを思い出し、見よう見真似で投弾帯を構える
 その投弾帯の中にあるのは――!?



 「…ちょっ、待って、それは――」

 「それ、いっけーーーーーぃっ!」



 ちゅっどーーーーーん!!!!!



 の投げた球は、残念ながら異形の者の身体を捉えるに至らなかった。
 しかし、奴の僅か後ろに不時着?した球は………の想像を遥かに超え、大きな爆音と共に異形の者の身体をあらぬ方向へ吹っ飛ばしたのだ。
 地に強かに身体を打ちつけ、悶え苦しむ異形の者。
 その前に、刀を構えたが立った。

 「ブヒャ………貴様らぁ、一体何を………」
 「…生憎ね、彼女は私の親友なの――」



 ドスッ!



 異形の者にトドメを刺した
 しかし、次の瞬間――



 その場にある筈の屍が、嘘のように掻き消えていた――。















 「…が居れば、何も怖い事なんかないわね」
 「私の方が怖いわ、ボケェ!」

 待機させていた馬の元へ戻り、二人は戦闘の前にブチ撒けた武器をバッグに収めている。
 その間に繰り広げられる会話。
 先程の放った球は、爆発自体は然程大きくなかったが――を驚かせるには充分な威力があった。
 「…まさか、最初にアレを使うとは思わなかったわ」
 「解ってたまるかいっ! てか爆弾なんて…何処で手に入れたのよ」
 「…ふふ、ナイショ」
 「ナイショで済んだらケーサツなんか要らんわいっ!」
 ………大方、知り合いの自衛官などからくすねたか何かしたんだろう。
 バッグの中を見てみると、そうに違いないと思わせる物が幾つもある。
 「ちょ、これ、パイナップルじゃん!?」
 「…その言い方が解るも、なかなかのものよ」
 「そーゆー問題じゃなぁいっ!!!」
 危うく 『パイナップル』 を地に叩き付けそうになって慌ててお手玉する
 とは付き合いが長いが………ここに来て流石に謎が増えたなぁ、と思う。

 武芸に通じているとはいえ、幾らなんでも――

 と、が口を開きかけた刹那――



 パン、パン、パン――



 ――突如空に響く拍手の音に、は腰に下げたままの刀の柄を掴んだ。
 しかし、の行動を制するような声が次の瞬間かかる。

 「いきなりでごめんね。 でも、僕は君達と戦うつもりはないよ」
 「…貴方は、もしや――」
 「うん、君は鋭いね。 そう、僕の名は――」

 「佐々木小次郎!」

 「………僕が名乗る前に名を明かしてもらっちゃ困るな」

 出鼻を挫くようなの発言に苦笑を浮かべる小次郎。
 それでも手にする刃を動かさないところを見ると、戦うつもりは本当にないらしい。
 ここでほっと一息つくと、は徐に口を開く。

 「…で、その小次郎さんが私達に何の用かしら?」
 「いや、ね………さっき、君達の戦を見させてもらったよ――凄く綺麗だった」
 「…それは皮肉? それとも賛辞?」
 「勿論、賛辞さ。 さっき、拍手しただろう?」

 ………随分皮肉が込んだ拍手だったけどね。
 二人の会話を聞きながらは心の底から思った。
 しかし、不思議と小次郎からは好戦的な雰囲気が何処からも感じられない。
 まぁ、確かに? ヤツが戦う目的は普通とは違うところにあるんだろうから、無理もないけどね。
 でも――

 怪しい笑みを浮かべつつ睨み合いのような状態を続ける二人の間には割り込んで問う。

 「で? 小次郎、未だの質問に答えてないんだけど」
 「あぁ………ごめんね。 僕は今、ある人を探しているんだ」
 「…それって、あの――」
 「あ、宮本武蔵ね」
 「………だから何で君は台詞に割り込むんだい?」

 「ごめん小次郎。 これは単なる私の趣味みたいなもんだから」

 小次郎の小憎らしい態度に刃向かうかの如くふふんと鼻を鳴らし、は気にしないでと答える。
 だが、彼の人を探しているというだけで自分たちと接触しようとする彼の真意が解らない。
 ――話の腰を折るような真似をしている自身の所為でもあるのだが。
 すると、今度は小次郎自身が問われる前に続きを語り出した。

 「ただ、探すにしても一人じゃつまらない。
  だから――一緒に旅をする人を僕は探していたんだ。
  そこに現れたのが君達………ってわけ」

 「ちゅーことはだ、アンタが言いたいのはこれから一緒に行こう、って事?」
 「そういう事」

 の出した結論ににっこり笑って答える小次郎。
 その笑顔は屈託がなく、見た目の怪しさがなければ直ぐにでも応じていいようにさえ感じる。
 は如何にも怪しい小次郎の姿をガン見しながら、考えを巡らす。

 ――OROCHIじゃ、ヤツはこっち――遠呂智討伐の方に居たわね。
    しかも、武蔵が居れば寝返る心配もない。
    だったら――

 「ちょっと、耳を――」
 「…どうしたの、?」

 マイペースに先程まで使っていた得物の手入れに入っていたの腕を掴み、自分へと引き寄せる
 彼女の頭の中にはある一つの提案が首をもたげていた。

 「とりあえず、小次郎――ヤツと一緒に行こう」
 「…えぇ、私も同じ事を考えてたわ」
 「小次郎が一緒なら――」

 ――いざという時、ヤツを盾にして逃げられる!



 「どう? 僕と一緒に行かない?」
 娘達の内緒話に臆する事なく、誘いをかける小次郎。
 その飄々とした姿に二人は満面の笑顔で至極丁寧に一礼した。



 「不束者ですが――よろしくお願いします、佐々木小次郎殿!」










 続くのじゃ!


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 飛鳥絞首刑シリーズ(←をいをい)第2弾です。
 前回、ネタが長くなりまして………途中で斬った続きがコレです。

 ここに来てやっとお相手さん?が登場しましたが――
 彼女のお相手といえば!てな感じで登場願いました。
 しかも、私が得意?としている戦闘シーンも盛り込みましたので、書いていて楽しかったですわい!

 日を置かず連続アップとなりました今作――
 今後は筆者の気まぐれで更新して行こうかと思っております。
 ギャグネタ満載なので、閲覧時要注意ですが(←手遅れ

 最後に――
 ここまで読んでくださった皆様と、ネタ提供者である情報屋に心から感謝を――

 以上、飛鳥でした。 (’09.04.29)




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