静かな温泉宿に響く足音――

 ――これは娘達に忍び寄る魔の手か、それとも――










 4.それぞれの思惑の中で










 「来たよ、
 「…しっ! 気付かれたら危ないわ………後は手筈通りにね、

 はそう言うと、寝返りを打つようにに背を向けた。
 静かに狸寝入りをする背中を見遣ると、は同じように寝返りを打ちながら頭の中で考える。



 この作戦が上手くいくか………正直、不安。
 「大丈夫だよ、君は僕達の言う通りにすればいいんだから」
 って小次郎は軽い調子で言ってくれたけど、私はこういった作戦なんてやった事がない。
 ましてや戦慣れしている小次郎やあらゆる武芸を身に付けていると違って、自分は素人だ。
 こんな私がもし、足を引っ張ってを危険に晒す事になったら………

 ………

 あ、問題ないや。 、半端なく強いもん。





 がそう考えを変えているうちに、この部屋の扉がぎぎと音を立てて開いた。
 そして、ゆっくりと娘達へ歩み寄る異形の者の気配。
 が察するところ、気配の数は三つ――予想通り、先程よりも数を増やしている。
 まさに好都合、とは布団の中でほくそ笑んだ。



 「おい――こいつだ」
 「さっきあんな目に遭ったばかりだってのに………いい気なもんだな」
 「いや、もしかしたらまた寝たふりをしているのかも知れんぞ――用心しろ」

 奴らの狙いは、本当にだけらしい。
 には指一本触れる事なく、をその場で縛り上げて連れ去っていく。
 大男に担ぎ上げられ、部屋を出る直前――

 ふっと顔を上げたに向かって不敵な笑みを残した。







 さて、ここに残された
 異形の者とが部屋を去った後、直ぐに起き上がった。
 「しっかし…が服のまんま寝てたのにおかしい、って思うヤツは居ないのかね………アホかヤツらは」
 彼女の残した武器やバッグをよっこらせと重たそうに担ぐと、辺りに気をつけつつ扉を開けて隣の部屋へするりと入る。
 その部屋では既に小次郎が出発の準備を整えている筈だ。
 しかし――

 「ごめんね、。 後はおしろいを塗るだけだからちょっと待ってて――」

 「そんな暇あるかーーーいっ! っつーか塗らんでいいっ!!!」



 この期に及んで余裕をブチかます小次郎の頭に手痛い一発を食らわす
 そして直ぐに厩舎へと引っ張っていく。
 そこには既に用意していた速い馬が二頭、しっかりと繋がれていた。

 「うーん、やっぱり敵側には知将が居ないみたいだね」
 「どうしてそんな事が解るの、小次郎?」
 「だってさ………効果的にを連れ去るんなら、先ずは追っ手を振り切る事だろう? 馬をそのままにしておくなんて考えられない」
 「そう言えば………を連れて行く時、私には何もしなかったし」
 「そう。 だからこれは予想通り…慶次が独断でやっているって事だね」

 それなら納得がいく。
 三人の作戦会議の時にふと小次郎が言った「。 君たち、何かおかしいと思わないかい?」との一言。
 言われてみれば今回、敵は彼女――だけを狙ってきた。
 共に行動するや、小次郎にさえも手を出さずに。
 これは確実にを攫うにしてはあまりにも浅はかだ。
 そこでと小次郎は、今回の事が慶次の独断であるのかを判断するためにもこの作戦を実行に移したのだ。



 「そうと解ればあまり考える事ないね! 小次郎、早くを追っ駆けよう!」
 「うん! 何時までも慶次に大きな顔をさせておけないからね」

 二人揃って拘束を解いた馬にひらりと跨る。
 そして馬の腹を蹴り、進み始めたまさにその時、小次郎がふと我に返った。

 「ねぇ、? …君、確か馬に一人で乗るの初めてじゃなかったっけ?」
 「ん? そうだけど、何か問題がある?」
 「いや、ないけど………それにしては上手いな、って思ってさ」

 確かに、小次郎の言う通りである。
 道中を共にしてから今迄、馬で移動する時は必ずの前に陣取っていた。
 本人曰く「ん、馬は動物園でしか見た事がないし」。
 それにも関わらず、今は難なく馬を乗りこなしている。
 その事が、小次郎にとってとても不思議だったのだ。
 しかし――

 「うん、の手綱捌きを見ながら思ってたんだ――馬もバイクも一緒だなって」
 「………ばいく?」
 「あ、小次郎には解らないか。 こっちの世界の乗り物だよ」
 「ふぅん、その『ばいく』と馬が同じ、かぁ………君は『ばいく』には乗った事があるんだ」
 「もっちろん♪ 十六歳になって直ぐに免許取ったんだもん」
 「………十六歳? めんきょ?」
 「あははははは………ごめん小次郎、後でゆっくり解説するよ」

 これ以上話をしても、小次郎の頭の中には疑問が増えるばかりだろう。
 は大きく笑う事でこの場を誤魔化すと、手綱を持つ手を強めて馬に集中した。



 初めてだけど、乗った瞬間初めてという気がしなかった。
 バイクに初めて乗った時と同じ――この馬と一体感を感じる。
 一緒に風を感じたい………そんな気持ち。
 今なら…この子の気持ちも解る!



 『もうこれ以上走りたくない…疲れた。 腹が減った』

 「ちょ、おま! 私の見せ場を台無しにするなぁぁぁっ!!!!!」







 僅かに残る足跡を辿りつつ暫く走る二組の人馬――
 しかし、ついにその頼りない手掛かりを失う時が訪れた。

 足跡が消えたその場に立ち尽くすと小次郎。
 しかし、その顔からは悲壮感を全く感じさせない。

 何故なら――

 「………あ、あったあった――これだよ、小次郎」
 「うん、も上手くやってくれたね」

 を捕らえる者が増えれば、その安心感からかちょっとした事で注意が逸れる。
 その僅かな隙を突いて、は道すがら目印となる光物――おはじきを点々と落としていってくれたのだ。



 これで再度手掛かりを得た二人は、先を急ぐべく再び馬を駆った――。













 一方、異形の者たちに連れ去られたは――



 「慶次様、例の娘をここにお連れしました」

 縛られたまま、前田慶次の目前へと放り出されていた。
 ………お連れしたって…強制的にじゃないの、とは心の中でツッコミを入れる。
 しかも、今は時間的に深夜の筈なのに慶次は外で待っていた。
 ………一体この人は何がしたいのかしら………?
 がはじめに抱いた疑問が大きく膨れ上がる。
 自分が目的なのは、二度も狙われた事から解った。
 だけど、他の二人に手を出さなかったのは何故か。
 これでは………あの二人に追って来て欲しいと言っているようなものだ。

 …!!! これは、もしかして………罠!?

 「…まずいわ、このままじゃあの二人が――」
 「この俺が、卑怯な手なんざ使わねぇよ。 心配するこたぁない」
 「…!!!」

 が顔を上げた瞬間、目の前に迫る慶次の顔。
 突然気配もなく近寄られた事には言葉を失った。
 これが――武士の強さ。
 ゲームをプレイする事でしか感じられなかった強さを実際間近で感じ、背筋と心が同時に震える。
 それは強者に会った事への畏怖か、戦慄か。
 しかし――

 「………貴方は………」
 「俺は天下御免の傾奇者、前田慶次だ…宜しくな、お嬢さん」
 「…言わなくても見れば解るわ」
 「はっは! 俺も有名になったもんだねぇ! で…お嬢さん、あんたは何処から――」
 「…お嬢さんではないわ、私はよ。 …覚えておいて」

 感じる震えと裏腹に、出て来る言葉は強気なもの。
 ヘタに慶次を挑発しては、自分の身が危なくなるというのに………。
 それでもは考えてしまう。
 この人と本気で刃を交えてみたい――この人の強さを、もっと肌で感じたい。
 でも何にしても、ここは先ず自分自身を拘束する縄を何とかしないと。
 あの二人が、来る前に――。



 「、あんたのその目、いいねぇ………勝気な女は嫌いじゃないぜ」
 「…なら、さっさとこの縄を解いたらどう?」
 「そうさなぁ………よし、決めた。 おい、お前ら!その娘の縄を解いてやんな!」

 「………はぃ!?」



 この場に居る一同が慶次の一言に素っ頓狂な声を上げた。
 予想だにしない展開――捕らえて来いと言った本人から今度は拘束を解けと命が下る。
 彼が遠呂智側の人間であれば、の事は既に聞いているだろう――武芸に秀でている娘だと。
 その娘を自由にしてしまったら己の身が危うくなるやも知れないのに、この男は一体何を考えているのか?
 戸惑いながらも遠呂智軍の兵がの縄を解いていく。
 そして、が自由になった両手を慣らすように振っていると、頭上から慶次が覗き込んできた。



 「…とりあえずお礼は言っておくわ――ありがとう」
 「ははっ! 俺は礼を言われる事なんざしちゃいねぇ。 ただ…女をふん縛るのは俺の性に合わねぇと思っただけだ」
 「…私をこんな目に遭わせておいて、よく言うわ」
 「ははっ、それは違いねぇ。 なぁ、あんたの話は聞いてる………どうだい? あんた、俺といっちょ手合わせしてみないかい?」
 「………!!!」



 刹那、の瞳がかっと大きく見開かれる。
 彼女の心を読んだかのように誘われる強者との手合わせ。
 これはある意味、にとっては願ったり叶ったりだった。
 しかしこの強さは…恐らく自分一人では本気でないと太刀打ち出来ないだろう。
 ましてや今は丸腰に近い状態なのだ――身体のそこここに小さな武器を隠してはいるが。
 だけど、今こちらには自分を追い駆けて来てくれる仲間が居る。

 ………一人では敵わなくても、二人、いや三人ならばいけるっ!

 「…望むところよ、慶次」

 は慶次の誘いに素直に応じた。
 太腿に隠していた小さなナイフを素早く手に取ると、低く構える。
 周りの者が固唾を呑んで見守る中、二人の手合わせが静かに幕を上げ――

 ――るかに思われた。

 しかし、次の瞬間――



 「うっうわぁぁぁっ! たったた大変です慶次様、き、奇襲にございますっ!」
 「………はぁ!? 反乱軍かぃ?」

 「そっそれは解りかねますが………この娘の仲間と思われる娘と佐々木小次郎、たった二騎で――」



 ちゅどーーーん!!!

 「うわーーー! もうだめだーーー!」

 「どいてどいてーーー! どかないと痛い目見ちゃうよっ!?」
 「遠呂智の犬と化した可哀想な人たち………僕が綺麗に斬ってあげる」



 ………来たわね。

 この時ばかりは、あの二人がこの上なく頼もしいとは思った。
 自分の予想よりもはるかに早く到着した二人。
 しかも………方や小次郎は馬上で己の剣閃を如何なく披露し、方や相棒は――



 どっごーーーんっ!!!

 「使い慣れりゃこっちのもんだよ! 喰らえっ! 元ソフトボール部エースの腕を舐めんなぁっ!!!」

 早くも投弾帯を器用に使いこなし、馬上から容赦ない攻撃を敵陣内に叩き込んでいる。



 解説しよう!
 投弾帯というものは特殊な武器で、通常下手投げが基本である。
 したがって、中学時代からソフトボール部のエースとして君臨していたにとっては最も適した武器であるのだ!



 私が思っていた通りだわ、とは唇の端を吊り上げる。
 これで役者は全て揃った。
 漸く追い着いたから自分の得物――刀を受け取ると、改めて慶次と対峙する。

 「…ごめんなさい、慶次。 貴方が一人なのは解る………だけど、こちらは三人でいかせてもらうわ」
 「ははっ! それは見上げられたもんだねぇ。 …それじゃ、おっぱじめるかぃ?」

 「………えぇ。 …、まかり通る」

 彼女本来の得物を鞘から抜くと、は水を得た魚のように地を素早く駆った。
 と同時に、慶次も背中から得物を手に取って応戦の構えを見せる。



 がきんっ!



 決戦の火蓋が切って下ろされるかの如く、二人の得物が大きく弾き合った。
 勢いに圧され、後に飛び退く
 刹那――



 びしっ!



 慶次の右肩に大きな石つぶてが勢いよく当たる。

 「ちっ…やるねぇ。 …だが!」



 ぶんっ!



 「ぃよっと! …ごっめーん慶次、私、エースでかつ盗塁王だったのよね!」

 「な、何ぃっ!?」

 「…って驚いても、何言ってるか解らないくせに」

 持ち前の運動神経で慶次の一閃を難なく避ける
 そして間髪入れずにの姿が慶次の懐に入り、ツッコミと同時に一撃を繰り出す。

 ――見事な連携だ。

 慶次はいろんな意味で娘二人に感心した。
 何処でどのような鍛錬をしていたかは解らないが、この二人の連携を見ていると何となく気持ちのよさを感じる。
 互いの思惑を手に取るように理解する、まるで長年で培った強い絆のような………

 ――あぁ、これが仲間というものか。

 しかし、今の慶次には余計な事を考える暇などなかった。
 再び距離を取ったからの石つぶてが襲い掛かり、直ぐに得物で弾き飛ばす。
 刹那――



 がきんっ!



 懐に入られたからの剣撃を振り払い、間合いを取った。
 だが、複数を相手にしていては流石の慶次も分が悪い。
 次第に遠距離から攻撃すると動きを読んでいるかのようなに追い込まれていく。
 そして――



 「僕も居るって事、忘れてもらっちゃ困るな………慶次」



 ついに小次郎の刃が慶次の身体を捉えた。
 肩に一撃を喰らい、片膝をつく大きな体躯。
 それを目の前に、は今一度刀を構え直し、立ち尽くす。



 「、今だ! 慶次に止めをっ!」
 「………」
 「…どうしたの、?」
 「………だめ、今は止めを刺さない」



 どうして?と疑問を投げかける小次郎を余所に、は慶次に背中を向ける。
 この戦いに心が納得していないのは自分でもよく解っていた。
 折角やり合うのならば、正々堂々と一騎打ちで――
 それは今、動かずにいる慶次も同じように感じているのかも知れない。
 でも、今は未だ一人では無理だ――もっと、もっと強くならないと。
 しかも刃を交える間に、には解ってしまったのだ――慶次が遠呂智の下に居る本当の理由が。

 ――だって、今の私には仲間が居るから――



 「…行って、慶次。 貴方は遠呂智の下で、やる事があるんでしょう?」
 「この俺に情けをかけるつもりかい、?」
 「…いいえ、今回は見逃してあげるだけよ。 …今度会った時は容赦しない」

 刀を鞘に収めながら歩き始める
 その背中に、娘相手に屈辱を食らわされた筈の慶次の声がかかる。

 「礼は言わないぜ、。 今度会う時を楽しみにしてるぜ………またな」
 「…えぇ、また」







 遠呂智兵の肩を借り、ゆっくりと撤退していく慶次。
 その背中を見送りながら、は心の中で誓うように呟いた。



 今度やる時は、必ず一騎打ちで、と――。













 さて、再びたった三人の進軍と相成った一同――

 慶次の軍が残した陣のど真ん中で三人はそれぞれの顔を見合わせる。

 「さぁ、これからどうする? お二人さん」
 「…とりあえず私は休みたい。 今夜のような…人を連れ去る温泉宿はゴメンだけど」
 「あははっ! も言うね。 じゃ、とりあえずここの天幕でも借りて、今夜はもう休むかい?」
 「賛成! 私も久し振りに腕を使いすぎて疲れちゃった」



 大きな天幕の中、何処からか引っ張り出してきた藁束とゴザを敷き、眠りにつく。
 刹那――



 「ちょ、小次郎! なんでアンタが同じ天幕で寝ようとしてんのよっ!?」
 「ん? だってさ、まともな天幕、ここしかないじゃないか………それに安心してよ。 僕は間違っても君には手を出さな――」
 「それはそれで納得できんわボケェ!」



 ゴキッ☆



 そして――

 「…私は別に構わないわよ、小次郎。 …貴方が覚悟してさえすれば、ね」

 ふふ、と笑うの手には鞘から僅かに抜かれた刃が光る!



 「あぁ、僕たちの世界の奥ゆかしい女性たちが懐かしいよ………」







 相も変わらずすったもんだの珍道中を繰り広げる小次郎、そして娘二人。

 この三人の心の中にも、それぞれ違う思惑が存在しているだろう。
 それでも今は、共にこの世界を歩いている。



 この乱世、何時何が起こるか解らない。

 だからこそ――今はつかの間の安息を貪ろう。





 更なる、物語の続きを思い描くために――










 続いてもいいですか?(←訊 く な


 3に戻る際はこちらから。


 飛鳥絞首刑シリーズ、ついに第4弾まで来ました。
 筆者お得意のパターン、ギャグそして戦闘シーン。
 これはもう、このシリーズのお約束になりましたね(←狙い通りv

 湯けむり温泉旅情から一転、今度はきな臭い誘拐事件(違
 今回は慶次さんとあの娘、そして小次郎とあの娘のやり取りがメイン。
 いい感じにキャラが動き、ギャグだけでは終わりませんよ的な展開となりました。
 んー書いていて気持ちがいいったら♪
 (因みに、今回のお題は後付けです。 ご了承ください)

 言うまでもなく、当初の構想からちょいと離れてしまいましたが…
 楽しんでくださると幸いです。

 
最後に――
 ここまで読んでくださった皆様と、ネタ提供者(情報屋)に心から厚く御礼を申し上げます。

 以上、飛鳥のアトガキでしたv (’09.08.27)




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