――この世界にしては珍しく穏やかな風土と空気を湛えた美しい村落。
それが大きく変わったのは一つの事件からだった。
その事件から、この地には絶え間なく雨が降り注いでいるという――
5.涙雨
「やっぱりレインコート持って来た方がよかったね、」
「…えぇ、これでは風邪をひくのも時間の問題だわ」
「………ねぇ、。 今日はあの村で宿を取ろう」
あの、慶次と対峙した一つの騒動?から数日――
三人はこの世界に点在する村落を渡り歩きながら当てもなく旅を続けていた。
そんな中、突如降り出した雨に備えのない彼らは先に見える大きな集落に今宵の宿を求めて馬を駆る。
――その集落が現在見舞われている事件を知る由もなく――
「――ちょっと、なんか騒がしくない?」
「…確かに」
「雨も本降りだし………どうやらあれはお祭りじゃなさそうだね」
「当たり前じゃボケ! ………っつーかものごっつ嫌な予感がするんだけど」
集落に足を踏み入れた刹那、奥の方から感じる只ならぬ雰囲気に三人の足がぴたりと止まる。
それは騒がしいというよりも阿鼻叫喚――空に響き渡る叫びと悲壮感漂う嘆き。
未だ建物以外何も見えないだけにが一瞬躊躇するのも無理のないものだった。
しかし、彼らも一応は何度も修羅場を乗り越えた人間だ。
放っておくわけにもいかないよね、とが独り言紛いの言葉を吐きつつが居る筈の後ろを振り返る。
刹那――
「…今まで刀ばかりだったから今度は薙刀で行こうかしら…あぁでもこっちの剣も試し斬りしたいし――」
「こンの非常事態に何してんだアンタわっ!!!」
「あぁ………お許しください! うちの娘は病弱で一人では――」
「ぅるせぇっ! ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと差し出しやがれ!」
「あぁ…っ!」
三人が村落を注意深く進んでいると、小さな住居の前で白髪の雑じった女性に手を上げる何処ぞの兵の姿があった。
更に見回すと、村落のそこここで同じようなすったもんだが繰り広げられている。
中には年端のいかない幼子までもが兵によって連れ去られようとしているではないか。
――これは間違いなく人攫いだ。
『経験者はかくも語る』ではないが、はそう判断するとわざと目立つように足音を立てつつ広場に集められている女たちの方へと足を駆った。
そして、の意図を酌んだと小次郎も得物を携えながらそれを追う。
さぁ、救出劇の幕開けだ!
「ん? 何だぁ? おぉ、上玉が自らやって来おったわ――」
「………絶対に許さない」
「何の罪もない一般市民をいぢめる輩は死にさらせボケェ!!!」
油断した見張りの目の前からの姿が消えた刹那、が構えた投弾帯から大きな石が放たれ、見張りの身体目がけて飛ぶ。
兵はそれを間一髪で避けるが――
「うわっ! 何しやがる――」
「それはこっちの台詞だよ。 流石に僕も人攫いは大嫌いなんだ」
素早く背後に回り込んだ小次郎の刃が兵の喉下に当てられた。
絶妙な位置で光るそれは、身動ぎしようものなら直ぐに皮を破り、肉に食い込むだろう。
ひっと短く声を上げ、兵が顔を引きつらせる。
「お、おま、えは………」
「名乗る必要もないだろう? ………可哀想な人、僕が綺麗に斬ってあげる」
「うわ、ちょ、待て………何でも喋るから命だけは――」
「それは君から聞かなくてもいい事だよ………だから君はもう、要らない」
しゅぱっ――
紅い弧を描きながらどさり、と兵の身体が地に落ちる。
それを興味なさそうに見送ると小次郎は直ぐに周りを窺った。
先程見た限りでは、強そうではないが相応な数の兵がこの集落に押し寄せているように見えた。
あの数では、流石に幾ら強いとでも手に余るだろう。
しかし、この小次郎の危惧はただの徒労に終わる事となる。
後ろを振り返ると――
「………本当にありがとうございました」
「いやぁ、なんのなんの! これくらいは朝飯前だよ!」
「…困った人を助けるのは当然よ、気にしないで」
広場に集められた女たちから礼を言われているとの姿。
そしてその後ろには女二人に伸された兵が折り重なって山を作っている。
………どうやら小次郎の見せ場の間に事は片付いたようだ。
息一つ切らせずに女たちと会話している彼女らを見つめながら、小次郎は
「元々強いと思ってたけど………やっぱり君たちは凄いよ」
やれやれと両手を挙げ、かぶりを振った。
とに倒された兵を集落の男たちに任せると、三人は程なくこの地の長の住居に案内された。
しかしそこには調度品といえるようなものは何もなく、長の部屋にしてはえらく貧相だ。
長の妻に擦り切れた座布団を勧められて遠慮がちに座ると、目の前の長が漸く重たい口を開く。
「ようこそ、お客人。 もてなしたいところなのじゃが…奴等のおかげで何もなくての」
「…いいえ、この雨の中で一宿一飯をいただけるだけで充分です」
「しっかし…ヤツらは人を攫うだけじゃなくて強盗までするんだ? とことんワルだね」
この集落が大きい割にはひっそりとしている事。
そして長の部屋をはじめとするあらゆる場所がやけに貧しそうだという事。
それらの原因が先程とっちめた賊紛いの仕業だと三人は直ぐに合点がいった。
の言葉に大きく頷くと、長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「初めて奴等がこの村を襲ったのは確か――一月程前の事になるかの」
長の話では――
この人攫い事件が始まる前まで、この地は歪んだ世界にも関わらず豊かであったらしい。
澄んだ空に実り多き田畑、そして子供たちの笑顔が溢れる美しい土地。
それが突如、奴等の出現により瞬く間に変貌した。
まさにそれは地獄に落とされたようなものじゃった、と長は言い、力なく項垂れる。
奴等は容赦なく人々から金品を奪い、田畑を荒らし…そして若い娘を攫っていった。
抵抗しようものなら手を上げられ、それでも刃向かう者は尽く殺される。
先程は三人によって救われた娘達だが、きっとまた奴等の仲間が襲って来るだろう。
「――それからというもの、この村には雨ばかり降っておるのじゃ」
「………人々の想いが雨を呼んでいるのかも知れないわね」
「涙雨、だね」
「小次郎、こんな時に誰が上手い事を言えと?」
思わずツッコミを入れるだが、小次郎の言葉は確かに言い得て妙だった。
人々の悲しみが時に雨をもたらす――それはどの世界でも変わらないらしい。
近頃は晴れる事もないのだろう………空も、この集落の人々の心も。
それを思うとの心がちくりと痛んだ。
同時に、暴虐の限りを尽くす奴らへの憎しみがこみ上げてくる。
それは隣に居るも変わらず、握り締めた拳をわなわなと震わせていた。
一方の小次郎は我関せず、といった様子だが。
二人は顔を見合わせて一つ頷くと、依然項垂れたままの長へと向き直る。
「…長、一つ訊いてもいいかしら? この一件、何か手掛かりはある?」
「うむ。 奴等の首領の名は董卓………そしてそれを追って反乱軍の者が明日来る事になっておる」
………董卓!?
反乱軍!?
長の言葉を聞いた瞬間、三人は同じように復唱していた。
董卓はこの世界に生きる小次郎は勿論、ゲームを散々プレイしているやにとっては忘れられない名前だ。
三国志の世界屈指の悪者、董卓が黒幕。
そして、反乱軍は言うまでもなく遠呂智軍に加担する董卓の敵――言わばこちらにとっては味方である。
どれだけの軍勢かは未知数だが、少なくとも自分たちの力になる事は変わりない。
しかし明日の何時に現れるか解らない味方を待つよりも、寧ろ自分たち自身の手でこの村を救ってあげたい。
ならば、ととは直ぐに小次郎へと話を持ちかける。
「…ねぇ、小次郎? 貴方――」
「皆まで言わなくても解ってるよ、。 そこに行けば、武蔵が居るかも知れない」
「小次郎! アンタまだそんな事っ――」
「………それに、僕は人攫いが大嫌いなんだ」
との言葉を待たずに、小次郎は微かな笑みを浮かべつつ一つ頷いた。
続いちゃうよー!
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飛鳥絞首刑シリーズ第5弾ですじゃ!
前回から約2ヶ月………ネット落ちもありましたが、本当にお待たせいたしました!
今回から始まるネタは前と同じような人攫いモノですが…
うはは、今度はついに反乱軍の出現ちゅー大掛かり?な展開になります。
何処の軍を出すかは未だ未定なのですが…(笑
恐らく、女性武将の居るアノ軍が…(←予告になってねぇよ!
さぁ、次回はどんな展開になるか………
作者と共に楽しみにしていてくださいませ!(ヲイコラwww
最後に――
ここまで読んでくださった皆様と、何時もの如くの情報屋に心から厚く御礼を申し上げます。
以上、飛鳥でしたv (’09.10.22)
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